映画専門家レビュー一覧
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さかなのこ
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脚本家、映画監督
井上淳一
いつもの沖田修一に比して、明らかにユルい作り。そのスタイル自体が、普通ってなんだ?というテーマと通底する。映画ってなんだ?我々が常識(映画的)と考えているものは常識(映画)ではないというメタ構造。男とか女とか映画とか関係ない。しかし、のんのキャスティングを含めて少しテーマに囚われ過ぎたのではないか。さかなクン本人を出したことも正解だったかどうか。いや、それも映画とは?という問いに対する思索なのだろうが。嫌いじゃない。だけど最後まで心弾まなかった。
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日本経済新聞編集委員
古賀重樹
これは一種の教養小説なんだろうなと思った。登場人物が経験を重ねながら成長して、何者かになる物語。主人公のミー坊だけでなく、紋切り型の千葉の不良少年たちも、すし職人やら、テレビディレクターやら、それぞれに大人になっていく。さかなのことばかり考えていて、子どもの頃からまったく変わらないように見えるミー坊も、数々の挫折や失意を経て、おさかな博士になる。そう考えると、ここではないどこかをめざす、というのは沖田修一の一貫した主題なのかもしれない。
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映画評論家
服部香穂里
さかなクン自ら負の分身のような人物を演じて鮮烈にフェイドアウトすることで、きわめて稀有なサクセスストーリーに根差すパラレルワールドに、妙な生々しさも加わる。そのせいか、ずっと好きなことだけ突きつめる強靭さよりも、“大人”や“普通”の尺度に縛られブレまくるひとたちが、初志貫徹のマイペースに翻弄されつつ人生を進む姿の方が、魅力的に映ったりもする。「横道世之介」コンビらしいB面群像劇の趣だが、さかなクン≒ミー坊にしか見えない景色も覗いてみたかった。
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ブレット・トレイン
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映画評論家
上島春彦
日本が世界に誇る夢の超特急で不良外国人集団がろくでもないことをやらかす、というナイスな設定。タランティーノ派を苦手な私には疑問だったが、好きな人なら★4つかも。この監督は傑作「アトミック・ブロンド」での仙元誠三級にシャープな長回しアクションが忘れ難いものの、本作では人工的なセッティングが目立つ。せっかくの真田広之の殺陣なのにもったいない。音楽にカルメン・マキとか坂本九を使うセンスは楽しい。何より私はプリンスという女性の肉食的な悪らつさがダメでした。
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映画執筆家
児玉美月
外からの眼差しで撮られた異空間の日本を含め、荒唐無稽さがかえって癖になってくる。新幹線のダイナミックなアクションのかたわら、「水」に執拗に拘り続ける細部も効いている。「王子」という女性キャラクターは男児を望んだ親のための名をあえて引き受け、自分は「誰かの妻」や「いつか母になる」存在ではないと威勢よく言ってみせるが、結局は「女性は狡賢くて計算高い」とするようなステレオタイプに嵌っていくしかなく、フェミニズム的な視点では期待しないほうがよいだろう。
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映画監督
宮崎大祐
筆者は映画自体が面白ければリアリズムなど二の次だと信じている人間だ。だが、スマホひとつでこれだけの情報が手に入る時代に、さすがに現実を馬鹿にしすぎではないだろうか。筆者がこれまで好んできたこの監督のアイロニーは今作において空転するばかりで、白人以外の人種は名もなき血肉の山となり、日本産の幼く未熟なストーリーも相まって、地球環境に優しそうな冷気だけが客席をつつみこんでいた。好き放題演技しているときのブラピはいつも素晴らしいんだけど。
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ベルベット・クイーン ユキヒョウを探して
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映画監督/脚本家
いまおかしんじ
ヴァンサン・ミュニエは、変わり者だ。そのひねくれ者に賛同するシルヴァン・テッソンの惚れこみぶりも笑ってしまう。この凸凹コンビがいい。チベットは寒い。その寒さが彼らの服装で分かる。メチャクチャ防寒対策してる。寒い中で、腹ばいになって何日も待つ。待っているときの彼らの楽しそうな顔を見てると、ホントこいつらアホやなと思う。動物が出てきたときの喜びようったらない。アホアホだ。チベットの子どもが出てくるのだが、動物を撮るように彼らを撮っていて、すごく可愛い。
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文筆家/女優
唾蓮みどり
ユキヒョウを求めて山を旅する静かな冒険。山と一体化するほどに人は大地と近く親密になり、身を潜めて出会いの瞬間を待っている。何かを攻略するのではない。ふたりの愛情と好奇心が画面から伝わってきて心揺さぶられる。台詞なのでは、と思うほど詩的な言葉と美しい映像が重なり見ていて飽きることがない。合間合間に登場する動物たちの思いがけない動きや表情に何度も驚かされる。山という舞台のなかで、決して自分たちが主人公ではないことを自覚しているふたりに敬意を。
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映画批評家、東京都立大助教
須藤健太郎
問題はユキヒョウと人間の切り返しだ。ユキヒョウの姿と、それを間近で見て(とはいえ百mの距離)、涙を流す男(とはいえ涙は凍って流れはしない)を切り返しで繋いでいる。これでは、すべてを人間ドラマの枠内に閉じ込めるだけだ。自然を賛美し、人間を批判していたので、さすがに拍子抜け。主題歌のサビは「我々は一人ではない」。そこに「Good news for my heart」とコーラスが入る(「こりゃひと安心」みたいなことか)。確信犯ならなお理解しがたい。
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アキラとあきら
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映画・音楽ジャーナリスト
宇野維正
「心臓病を患った娘がいる工場の社長」のようなメロドラマ的サブ設定にはさすがに白けてしまうのだが、今やすっかり「日曜劇場」のデフォルメ演出&暑苦しい演技が視聴者/観客にもデフォルトとして浸透してしまった池井戸潤原作の映像化を、三木孝浩は柳田裕男のカメラの力を借りて自身の作家性に引き寄せることに成功している。特に御曹司役の横浜流星は当たり役で、「涼しげな土下座」という語義矛盾までをも見事に体現。尺の都合による、ダイジェスト的な食い足りなさは残るが。
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映画評論家
北川れい子
池井戸潤が描く仕事、組織、人間たちは、いまさら言うのもなんだが、かつて人気があったNHKの『プロジェクトX?挑戦者たち?』と被るところがあり、どんなに障害物が大きくても、必ず達成感がある。銀行が舞台の今回は、同期入社ながら背景が全く異なる2人を主人公に、それぞれの信念を描いていくが、演じているのが若手の売れっ子系、なにやら硬派のアイドル映画ふうな印象も。彼らを補佐するベテランの俳優たちはさすがで、中でも部長役・江口洋介は座布団二枚!!
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映画文筆系フリーライター。退役映写技師
千浦僚
バブル期の傲慢かつ放漫な経営が招いた危機という原作設定から時代的な要素を外したため、屈折した金持ち一族の次男坊勢は悪く言えば抽象的になったが逆に言えばその主題は普遍的になった。愚行の臨界点に達するユースケサンタマリア演じる叔父のキャラと芝居が良い。その他登場人物全員が明確にその性質を表現していて曖昧さがない。主演竹内涼真が、いま日本社会で求められる公明正大、隠蔽なし忖度なし慈愛あり、という池井戸潤世界の正義を体現するスケール感で好ましい。
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異動辞令は音楽隊!
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映画・音楽ジャーナリスト
宇野維正
このタイトルでライトなコメディではなく、リアリズムタッチの作品であることには意表をつかれたが、ストーリーはあまりにも予想通りに進んでいく。「コンプライアンスの壁にぶつかる昔気質の刑事」という設定を、映画の制作現場のメタファーと読み取ることも可能。もっとも、警察組織そのものに対する批判的な視点は皆無。冒頭とクライマックスで2回、緊急時でもないのにパトカーがサイレン鳴らして一般車を追い越すシーンを作り手が好意的なスタンスで描いているのには唖然とした。
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映画評論家
北川れい子
予定調和は娯楽映画のよくある手法のひとつだが、本作の場合、その立ち上がりからあとに続く流れまで、すべて予定調和&想定内のまんまで、これにはいささかガックリする。つまらなくはないけれど、面白くもないのだ。畑違いの音楽隊に配属された捜査課の鬼刑事。阿部寛は「とんび」と似たような独りよがりな主人公を駈け足気味に演じているが、どうも嘘っぽい。主人公の周辺の事件やエピソードも勝手知ったる出来合いのレベルで、別れた妻と暮らす娘の描き方も手の内、見え見え。
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映画文筆系フリーライター。退役映写技師
千浦僚
これはまた、ほぼ阿部寛しかできない役だわ……まずコワモテのごつい刑事で説得力ないといかんし、そこからのズッコケや愛嬌も必要なわけで。キャスティング、存在感、阿部寛、見れば納得である。変格的バックステージものミュージカル、でもあって、ありそうでなかったユニークな題材だとも思う。的確によく動き、活気のある撮影が良かった。そういえば主人公の音楽隊異動以前の刑事パートではちゃんと硬質な刑事もの映画らしいルックにもなっていて、そういうところも面白い。
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グリーンバレット
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映画・音楽ジャーナリスト
宇野維正
YouTuber的な軽薄さと、若手コント芸人的な台詞の間の面白味は理解できるものの、近年自分の評価(過去にここで「黄龍の村」のレビューもした)と世評とのギャップを最も感じる阪元裕吾作品。ミスマガジンの6人が殺し屋に、主題歌は東京初期衝動、みたいなところに象徴されるドメスティックなサブカルノリがテイストとして合わないというのはさておき、本作も極端な低予算で制作されているのは明らかで、そんなに支持されているならそろそろお金のかかった作品も観てみたい。
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映画評論家
北川れい子
ここまで本気で不真面目をやられると、もう面白がるしかない。昨年の「ベイビーわるきゅーれ」で、2人組のゆるキャラ殺し屋ギャルを誕生させた阪元監督の、さらなるアブナい打ち上げ花火。女子に特化した殺し屋養成所というのもふざけているが、応募してきた6人の態度とその理由が人を食っていて、演出も若い女優たちの演技もギャル度全開のおかしさ。伝説の殺し屋による山奥での特訓がまたムチャ振りの連続。そして意外な敵が現れての後半。いやぁ、目一杯、楽しみました。
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映画文筆系フリーライター。退役映写技師
千浦僚
前号の本欄の対象作品だったガールアクション映画に関して阪元裕吾監督「ベイビーわるきゅーれ」を引き合いにし、その新作はイマイチ、「ベイビー?」は良いと書いたが、まだその意味をつきつめられていない。「グリーンバレット」もイケてた。ミスマガガールズが伊澤彩織氏ほど鍛えられてなくても高石あかり氏ふうのメリハリでやれるということか。若者の日常感ダラダラ感をアクションと残酷への壮大なフェイントにするという方法論か。加えて本作には伊能昌幸=国岡がいる。強い。
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激怒(2021)
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映画・音楽ジャーナリスト
宇野維正
「異動辞令は音楽隊!」同様に「コンプライアンスの壁にぶつかる昔気質の刑事」モノだが、こちらの刑事はその壁を超えてとことん暴走していく。現代社会批判を込めた近未来SF的設定、突然挿入される海外での精神治療、唐突な背景のVFX、非現実的な照明の効果など、ストーリーの本筋以外でいちいちフックが効いていて退屈しないが、過激な暴力描写それ自体が目的化したクライマックスにはノレず。オープニングのグラフィックや全篇にわたる音楽に顕著な頭抜けたセンスはさすが。
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映画評論家
北川れい子
本作の、リアリズムなどほとんど無視した過剰なキャラクターと、過剰な設定、過剰な暴力は、映画という嘘だから可能なキツいくすぐりで、バイオレンスアクションの定番でもある。がどうにも腑に落ちないのは、主人公の暴走刑事が、その暴走癖治療のために3年も海外の施設に送られ、あれこれ治療を受けるくだり。要は主人公が不在のその3年間に日本が変わったということを描くために、海外治療を使ったのだろうが、これはムリムリ。オープニングを含めスタイリッシュな映像には感心。
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