映画専門家レビュー一覧
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ファイター、北からの挑戦者
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映画評論家
上島春彦
韓国における脱北者の実態について考えたことがなかった。差別がまかり通っているようだ。それにしても偶然からプロボクサーを目指すことになる主人公の無愛想ぶりが凄い。興福寺阿修羅像に通ずる宗教的な眉根の寄せ具合。シャープな身のこなしを褒められて、しかし意固地になり「北と見たら何でも特殊部隊か」という捨て台詞が実にいい。深刻な場面なのに笑ってしまう。つまり愛想がないのが彼女の取り得である。そして本当は強いのに、物語ではしょっちゅう負けるのが効いている。
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映画執筆家
児玉美月
「北朝鮮の人間はいつも映画で血も涙もない人のように扱われています」とイム・ソンミ演ずる主人公の女性が、劇中で毅然と言い放つ。5年前にドキュメンタリー映画(「マダム・ベーある脱北ブローカーの告白」)で北朝鮮の女性を描いたこともあるこの監督は、動機がこの一言に凝縮されているかのごとく、イム・ソンミの顔貌から滲み出る人間の情動へ執拗に迫り続ける。寡黙な館長の存在感にも胸打たれ、今年公開された韓国映画「野球少女」と共に優れた師弟映画として並べられる。
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映画監督
宮崎大祐
もはやひとつのジャンルになりつつある手持ちカメラによるボクシング映画。ただ、ボクササイズレベルの技量しか持たないライバルとのしのぎあいには当然ながら何の緊張感もない。では主人公が真に打ち倒したい相手とは、脱北者である己と家族の過去なのか。しかしこちらも凡庸で有り体な描写が積み重ねられるだけで、脱北者ならではの具体や人生が垣間見える瞬間はほとんどない。演出全般のつたなさを俳優の顔の良さで補おうとする演出家の戦略だけはある程度うまくいっている。
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マリグナント 狂暴な悪夢
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映画評論家
上島春彦
典型的なマッド・サイエンティスト映画の始まり方だが上手いこと裏切られる。監督が監督だから「死霊館」的展開かと思うとそれも裏切られ、この企画は様々なジャンル映画との戯れに眼目があると分かってくる。ネタバレ厳禁だが手塚治虫とブライアン・デ・パルマが狂喜するであろう映画。この程度は書いてもいいだろう。謎の怪人のぎくしゃくした動きが最大のポイントである。そして裏切られたと思っていた諸ジャンルに再帰する感覚も重要。形而上的ホラー映画の新境地と言えるな。
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映画執筆家
児玉美月
ジェームズ・ワン自身はダリオ・アルジェントやブライアン・デ・パルマの名を挙げているが、描かれているテーマでいえばジョージ・A・ロメロなどを最も強く想起させる。序盤あたりで正体不明の殺人鬼から逃げまどう主人公の女性の視点がふいに離れ、殺人鬼のPOVに移行するカメラはその後の展開をも示唆しており、驚きがある。古典的なホラー映画の様相を呈していた前半から、アクション映画さながらの後半への転調は観客を飽きさせないが、物語の核部分は厳重に隠すほどではない。
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映画監督
宮崎大祐
ヨーロッパのジャッロ映画をクラシック音楽だとすると、本作はオーストラリアのメタルバンドにカバーされてしまったクラシック音楽のようないたたまれなさがあり、恐らく続篇の制作は絶望的であろう。だが、まるで課金ゲームのCMのような安くてのっぺりとした画調と三文役者たちの限度を知らない芝居合戦、そして間が持たなくなると流れはじめる下品なインダストリアル・ノイズがある瞬間共鳴し、まったく新しい体感型ホラー・オペラを現前させている点は評価するべきだ。
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ドーナツキング
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米文学・文化研究
冨塚亮平
アメリカン・ドリームは常に悪夢と表裏一体である。難民としてカンボジアから渡米し、アメリカを代表する食事の一つドーナツで夢を?んでしまうテッド・ノイの数奇な半生そのものは非常に興味深く、「ツイン・ピークス」など多くの映像作品に彼らの商品が登場していたことがさりげなく明かされる抜粋箇所も楽しい。しかし、後進へと至る流れを重視したかったのだとしても、製作陣はギャンブルや女性問題で破綻へと至った彼の暗部ともう少しきちんと向き合う必要があったのでは。
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日本未公開映画上映・配給団体Gucchi's Free School主宰
降矢聡
ポップでカラフルな装いに反して、ドーナツから見えてくるのは、移民の国アメリカの近現代史や難民問題といったシリアスな事柄であり、描かれるのはドーナツ自体というよりもドーナツで繋がるカンボジア人のコミュニティだ。しかし同時に、純粋にドーナツが食べたくなる食べ物ドキュメンタリーの絶対条件もきっちり抑え、このシリアスな重さとポップな軽さが独特なバランスで成り立っている。このバランスこそがドーナツキングことテッド・ノイという人物の一番の魅力だろう。
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文筆業
八幡橙
中国系アメリカ人の新鋭、アリス・グーが映し出す、“ドーナツキング”の半生。成功の階段を一気に駆け抜ける彼の姿とカンボジアを襲った歴史の悲痛が、ポップなイラストや音楽を織り交ぜ、小気味よく、緩急たっぷりに綴られてゆく。70年代ゆえのアメリカンドリームに陶酔しつつ、中盤以降には『杜子春』的教訓も。魅惑と背徳を併せ持つドーナツという甘い毒が象徴する、ぎゅっと凝縮された社会の、人間の、悲喜こもごも。先を見据える次世代の飛躍に、回顧に終わらぬ光が見える。
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フォーリング 50年間の想い出
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米文学・文化研究
冨塚亮平
息子と父の関係が動き出す山場以降の主演二人は掛け値なしに素晴らしく、なかでも喧嘩から翌朝への流れは、「ヒストリー・オブ・バイオレンス」を彷彿とさせるモーテンセンによる自身の前髪への演出とも相まって鮮やかな静と動のコントラストを成しており白眉。それだけに、多様性の見本市のような息子や娘の家族のあり方が、対極に位置する父親の有害な男性性との衝突をより劇的に演出するための布石としてのみ要請された、わざとらしい設定に見えてしまう点が非常にもったいない。
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日本未公開映画上映・配給団体Gucchi's Free School主宰
降矢聡
認知症が出始めた父は、男尊女卑で差別主義的な傾向をますます強めている。そんなもう老い先短い父の世話をしなければならない息子という親子の物語は、父の態度を許しがたく強烈に描くほど興味深いものになるが、同時に着地がとても難しくなる。映画は断絶も安易な和解も描きはせず、なにかしらの心の交流がなされて終わるが、そうした目に見えぬがどこか通ずる関係によって、一番の被害にあっているともいえる女たちの声と存在はあまりに微かなものとして扱われてしまう。
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文筆業
八幡橙
ヴィゴ・モーテンセン初監督作は、半自伝だという“困った父”と、その息子の物語。母の死を契機に脚本を書き、主演し、自ら演出にまで挑んだ本気と、さらに父でも自身でもない中空に視点を据えて、登場人物すべてを静かに見つめる立ち位置の揺るぎなさに感服。それは綺麗事じゃなく、一度どんつきを知った人にしか至れぬ境地のように思えた。風のそよぎ、花、寄せては返す波、眩い日の光愛憎を超え、「生」の瞬間を一つ一つ撫でるように慈しむ掌の温度が、余韻となって長く残った。
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カオス・ウォーキング
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映画監督/脚本家
いまおかしんじ
かわいい映画だ。考えが、だだ漏れてしまう面白さ。主人公の男子がピュアなので、安心して見ていられる。女子と二人きりになって、考えることと言えばしょーもないことばかり。キスしようとして考えがバレるところ、かわいかった。犬もかわいかった。女子だけ考えがダダ漏れにならない設定も、なんで?なんだけど、お話にうまく組み込まれていて、効いていると思う。悪者が、典型的すぎてイマイチだった。もうちょい裏があったら、SF的に重層的な話になったかもしれない。
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文筆家/女優
睡蓮みどり
どこか懐かしい匂いが始終漂っている。男性たちの頭の中が全部筒抜けになり“ノイズ”として現れるという未来の世界で、初めて女性という生き物を見たトム・ホランド演じる主人公が「可愛い子だな、キスしたいなー」などと思っている反応がうぶすぎるというか、なんだか苦笑いしてしまった。正直なところ楽しみにしていたのがマッツ・ミケルセンであったので、もっとマッツを見たかったというのが本音。重要な役どころで出てはいるものの、いかんせん足りなくて悔しい。
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映画批評家、東京都立大助教
須藤健太郎
カオスとかノイズとかはったりもいいとこ。混沌ではなく秩序、雑音ではなく論理。この映画が依ってたつのは、旧態依然たるロゴス中心主義とその派生形態だ。頭の中にある考えが有意味な単語と構文に翻訳される、その時点でちゃんちゃらおかしい。むろん言葉だけでなく、映像と音声に翻訳される場合もあるが、結局は具象であり、ときに輪郭を曖昧にして想像であることを示すなど、その配慮は情けないばかり。思考とは何か。思考はいかに表象されるか。遊ぶなら本気でやってくれ。
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皮膚を売った男
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映画監督/脚本家
いまおかしんじ
展開が読めないので、引き込まれた。主人公の男が、情けなく恋愛を引きずっているところが良かった。見世物にされ、周りから色々言われる男の心情が突き刺さってくる。男は、どうするのか?だんだんアナーキーになっていくのが、痛快だった。ラストが気にくわない。ハッピーエンドはないんじゃないか。無理やりだと思う。実際の話があったらしいのだが、その人はどうしたんだろうか。背中のタトゥーは死後、アート作品として背中から?がされて展示されるのか。
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文筆家/女優
睡蓮みどり
不当に逮捕され逃れてきたシリア難民が自らアート作品になることで自由を手にしようとする壮大な仕掛けに引き込まれる。政治的テーマと人権問題に踏み込む社会派。緊張感とユーモアのバランスが素晴らしく魅了されていった。キャスティングがとにかくいい。家柄の違いから離ればなれになってしまうメインの恋人二人も良いが、この映画に影響を与えたアーティストのヴィム・デルボアが保険業者役で一瞬だったけどすごくいい味だった。モニカ・ベルッチのキャラクターも絶妙で最高。
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映画批評家、東京都立大助教
須藤健太郎
冒頭、ホワイトキューブと鏡の使い方に、一抹の不安とともに淡い期待を抱いたのは正直に告白しておく。だが、ビザがとれたと友人に告げて喜ぶシーンで、いきなりカメラが二人の周りをゆっくりと360度回りはじめたり、サムとアビールが電話するくだりでスプリットスクリーンが駆使されたりと、結局すべてがその程度のこけおどし。空虚な記号の戯れのアートワールドとリアルで深刻なシリア難民を対比させて組み合わせるとか、そもそもの発想に作り手の想像力の幼さが露呈している。
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我が心の香港 映画監督アン・ホイ
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米文学・文化研究
冨塚亮平
生い立ちから現在までスタンダードな構成で回顧される監督の半生が、いかに自らの監督作に反映され、香港の歴史と重なり合ってきたのか。ほとんど一つの話題を語り終えるたびに彼女が見せる豪快な笑顔がとにかく印象的。喜怒哀楽を包み隠さず、主張はするが自分の意見に固執することはない監督の素直さと人間的な魅力が、自身の語りと豪華関係者たちの発言からありありと伝わってくる。本作公開を機に行われるという、日本では普段アクセスが困難な過去監督作の小特集も楽しみ。
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日本未公開映画上映・配給団体Gucchi's Free School主宰
降矢聡
アン・ホイ監督の幼少期や母親との関係性から始まり、中盤は香港ニューウェーブの旗手として注目を浴びてから現在までを多彩な映画人たちを交えて語り、終盤ではもはや競う側ではなく新人監督の作品を楽しむ側になった今を捉える。そして彼女のキャリアの蓄積が、香港の歴史と緩やかに重なるという隙のない構成。ただときおり差し込まれる自作のフッテージが、自身の人生とあまりにリンクしすぎており、彼女の映画に対して一義的な見方を誘導しているのが少し気になるところ。
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