映画専門家レビュー一覧

  • ほんとうのピノッキオ

    • 文筆家/女優

      睡蓮みどり

      衣裳や美術が美しい。物語の大筋はおそらく多くの人が知っているものだろうが、なんというか所々ディテールがもったいない。木の人形を息子だというジェペットさんに対して知人が「は?」という顔を向けるシーンがあるかと思うと、当たり前に人形が人間と会話し、妖精もいて、他の生き物が喋る世界。原作に忠実であろう各シーンも羅列の印象。大人向けダークファンタジーというには物足りない。オゾン映画でお馴染みのマリーヌ・ヴァクトが一際美しいので満足感はある。

    • 映画批評家、東京都立大助教

      須藤健太郎

      お話を辿ることを目的にした映画なので、それ以上の関心を持ちようがない。劇中、カタツムリが物語を語り聞かせるのにピノッキオが退屈し、妖精と一緒に早送りをして楽しむ場面があったが、思わず真似したくなった。たとえ面白い話だとしても、それをただ聞かされるだけでは別に面白くもなんともないわけだ。なお特殊メイクを施してCGで均しているので、ピノッキオは表面以外は人間そのもので、人形感はゼロ。最後に人間になったといっても、見た目が多少変わる、ただそれだけ。

  • 劇場版 きのう何食べた?

    • 映画・音楽ジャーナリスト

      宇野維正

      テレビシリーズ『マスター・オブ・ゼロ』の傑作回「サンクスギビング」にも通じる「ゲイカップルにとっての実家問題」に真正面から誠実に取り組みつつ、レシピ映画や京都観光映画としての機能性も兼ね備えているという、何気に現在の国内娯楽映画のジャンルでは最もグローバルなランゲージで語られている作品かもしれない。ドラマ『大豆田とわ子と三人の元夫』でも存分に発揮されていた中江和仁の堅実かつ洒脱な演出も、テレビドラマと映画の壁を軽やかに乗り越えている。

    • 映画評論家

      北川れい子

      映画を観ながらインパクトのある台詞や場面のメモをとることがあるが、本作でも何度かメモを。但し全部、食べ物絡み。例えばリンゴのキャラメル煮の作り方やブリ大根の炊き方。まだ実際に試してはいないが、劇中で西島秀俊が作る料理は本当に美味しそうで、テレビの料理番組顔負けの分かり易さ。だからか、愛し合う男性同士の小さな誤解やさやかな不安も、万事大ごとにはならず、美味しいものを食べて世はことも無し。それにしても私はこの映画の何を観たのだろうか。反省だ。

    • 映画文筆系フリーライター退役映写技師

      千浦僚

      馴染みの客層を頼りにしてしまうということが多くのドラマの劇場版映画の緊張感のなさであり、本作もそのように始まる。だが同じスタッフ、キャストで続けられた練り上げは原作を超える肉付けを生み出し、主題上の別の緊張を再発見した。どうせ俺みたいなものは、と言って控訴を断念するホームレスの被差別意識に密やかに西島秀俊氏が同調してしまうワンカットなどは映画オリジナルだし、主人公ふたりの暮らしはもはや同性婚が制度化されてないことに対するゲリラ戦に見えた。

  • カウンセラー

    • 映画・音楽ジャーナリスト

      宇野維正

      現代のホラー映画において最も重要なのはナラティブの刷新であり、そのためには過去のホラー映画及びサスペンス映画の真摯な研究が不可欠なわけだが、本作における狭い空間でのショットの切り替えや、回想シーンに入るときの話者のギミック演出の目新しさには大いに興奮させられた。劇伴や効果音の使い方にも非凡なセンスがうかがえる。登場人物が全員大人のホラー映画というのも思えばなかなか貴重。フォーマットや尺の長短にかかわらず、この調子で作品を量産し続けてほしい。

    • 映画評論家

      北川れい子

      コンパクトな設定と人物によるドッペルゲンガー現象仕立てのサイコホラーで、小粒なりに脚本は面白い。ただどうしても気になったのは、明日から産休に入るという心理カウンセラーが若すぎること。私にはハタチそこそこにしか見えないのだ。そんな彼女の前に現れる40歳前後の奇妙な女。その女が語る過去の性的な体験は、若いカウンセラーの未来の陰画か、或いは不倫のツケである出産への恐怖心からくる妄想なのか。いずれにしてもカウンセラーの若さが折角の脚本を弱めている。

    • 映画文筆系フリーライター退役映写技師

      千浦僚

      蛾と、ふえるわかめが良い芝居をしている。そういう映画では人間も通常の人間以外のものになろうとしており、鈴木睦海氏、西山真来氏はそこに達する。撮影は「冷血」におけるコンラッド・ホールの域を狙っていてほとんどそれを果たしている。語りの組み方、ソニマージュ的な画と音の重ねと繋ぎは映画とはここまで凝ったことが出来る、すべきだと主張し、それを観る楽しさを拓く。映画美学校が正しく、スクール(流派)を形成している。講師陣の探求と蓄積は引き継がれている。

  • 芸術家・今井次郎

    • 脚本家、映画監督

      井上淳一

      売れるとか売れないとか、ウケるとかウケないとか、分かるとか分からないとか、そんなことを考えず、ただ表現せざるを得ない衝動を表現する。それこそが表現において一番大切だと教えてくれるそんな映画。今井次郎をはじめ、本作に出てくるアーティストを誰も知らなかった。恥ずかしい。親の金で好き放題生きてきた感じ。自分と同じだと思う。なのにこの差。全映画人、爪の垢を煎じて飲め。僕も。入院中に病院食で作った作品群。食べたら消える死への暗喩。生ある限り表現。泣けた。

    • 日本経済新聞編集委員

      古賀重樹

      魅力的な人物が映っていればそれだけで十分というドキュメンタリーがあるけれど、この映画はまさにそう。今井次郎という存在とそのオブジェやパフォーマンスを見ているだけで飽きない。人物と作品の力をよく知る監督と製作者が素材を存分に生かし、余計な味付け(意味づけ)をしない。仲間のアーティストたちがそれぞれの言葉で今井の魅力を語るが、今井本人の自己言及は一切なし。ただただあふれ出る創造力だけが映っている。がん病棟の病院食で作ったミールアートの力強さよ。

    • 映画評論家

      服部香穂里

      演劇集団〈時々自動〉での活動に加え、卑近な素材のオブジェ制作やパフォーマンス、元たまの石川浩司とのユニットなど幅広い音楽活動も展開した、今井次郎氏の生涯の濃密さは存分に伝わる。ただ、彼を慕う証言者やスタッフの思い入れの深さゆえに、その型破りな軌跡に観客個々が思いをめぐらす余地のようなものまで締め出されてしまった感も。病院食や薬袋などを愛らしく駆使した、今井氏晩年の自己表現を淡々と映し出す終盤、やっと“芸術家”の真価の一端に触れられた気がした。

  • 老後の資金がありません!

    • 脚本家、映画監督

      井上淳一

      正直に書きます。退屈でした。類型的で陳腐で何の魅力もないキャラとストーリー。老後の資金がないという恐怖は家庭内から出ることなく、ついぞ社会を射程に入れることはない。結論の「我儘に生きろ」も結局はお金がなければ出来ないこと。社会問題の最前線をやりながら、現実は描かない。コメディは免罪符ではないはず。問題の本質を避けるから映画の資金が集まるのか。テレビで出来る話を映画でやらないで。こうやって毒にも薬にもならない映画とそれを撮る監督だけが増えていく。

    • 日本経済新聞編集委員

      古賀重樹

      来月で定年を迎える筆者にとっては切実なタイトルでちょっと期待していたのだが、がっくり。この映画に出てくる人たちはちっとも困っていない。中産階級の没落という深刻な問題から、しれっと目をそらしている。そんな心配より目の前の人を大切にしなさいというのは、厳しい現実をやり過ごすにはいいのだろうが、麻薬みたいな思想だ。為政者にとって都合がいい愚民政策の極みではないか。そんな生ぬるい雰囲気に風穴をあける草笛光子の荒唐無稽な怪演に星一つおまけ。

    • 映画評論家

      服部香穂里

      生きるにも死ぬにも何かとかかる金に振り回される人びとを、厄介な見栄やプライド、嫉妬も絡め、温かなまなざしで見守る。ただでさえ多彩かつ芸達者な面々がバトルを繰り広げるうえに、スローモーションやボウリングのイメージショットなども多用され、コメディとしては少々過剰で上滑り気味にも映るのが難。とはいえ、いい意味で生活苦の見えない天海祐希の?剌さ、さらなる引き出しを披露する草笛光子(=老後の希望の星)を敬愛する現場の団結力も相まって、観賞後感は爽快。

  • MONOS  猿と呼ばれし者たち

    • 米文学・文化研究

      冨塚亮平

      余計な情報を観客に一切与えない引き算の演出が見事に奏功している。物語の舞台、組織や敵の内実、兵士たちの出自や性別を明かさずとも、雄大な山と恐ろしい森、そこで蠢く泥だらけの子供たちが直面する剥き出しの暴力をただ見せれば良い。無機質なミカ・レヴィの劇伴とも響き合う本作の確信犯的な曖昧さは、単に寓話的な雰囲気を醸し出すためのものではなく、同時に社会派作品とは全く異なる角度から観客にある程度兵士たちの生きる極限を追体験させる機能をも果たしているだろう。

    • 日本未公開映画上映・配給団体Gucchi's Free School主宰

      降矢聡

      彼らの目的はまったくわからないが、ただならぬ雰囲気をまとった若者のゲリラ兵士たちが映っている。彼らはほとんどカルト集団のようにも見える。様々な価値観や文化が尊重される社会背景と、観客一人一人が考察者であり、謎が謎を呼び作品を広めていく作品受容のあり方によって、映画はこうした謎の集団を今後ますます描くと思うが、決して思想的、抽象的にならない本作の俳優たちやジャングルの圧倒的な存在感は目を見張る。銃器が画面に出た瞬間の即物的な怖さもただ事ではない。

    • 文筆業

      八幡橙

      「2001年宇宙の旅」のモノリスに群がる猿たちを想起させる幕開けから、未知にして未踏のゾーンに引きずり込まれる。画と音の圧倒的な力。獣のような若者たちの、本能?き出しのようでいて、妙に弁えたところもある異様な生態。入口も出口も今いる地点もわからない、不穏な空気が全篇に満ちる。自分がちっぽけな小石になって、遠いジャングルの激流に呑み込まれ、掻き回されているかの如き鮮烈な体験。新時代のキューブリック、アレハンドロ・ランデスの名を、深く、心に刻んだ。

  • そして、バトンは渡された

    • 脚本家、映画監督

      井上淳一

      うまく作られた映画だと思う。それ故に気持ち悪さも際立つ。子供産めないから欲しくて子持ちと結婚して、子供と離れたくないから実父から奪って、病気だから子供の前から姿を消す。人のためという名の自分のため。そのエゴを批判せず、娘が立派に育ったから結果オーライって。結婚出産家族という価値観にも何かあるようで何もない。これが137分もかけて語る2021年の物語なのか。世界競争力ゼロ。より泣かせるための脚色演出。自分にこんな仕事が来たらどうしよう。来ないけど。

    • 日本経済新聞編集委員

      古賀重樹

      2つの家族の物語が並行して語られ、やがてそれがつながる。だけどどうもしっくりとかみ合わない。アクロバティックな作劇の支点であり、2つの物語を結びつける要となる石原さとみ演じる母親のキャラクターにリアリティーがないからだ。現実味のなさの理由は実は物語上ちゃんとあって、それが最後に明らかになるのだが、そのあまりに紋切り型の決着にも?然とする。語り方というより、やはりキャラクターの造型の問題で、そこが小説と違って具体的な事物で語る映画の難しさ。

    • 映画評論家

      服部香穂里

      映画化にあたり、ミステリー的な仕掛けも施されてはいるが、後の答え合わせも楽しめるよう情報量豊かに撮られているため、ある程度読める展開ではある。そんな構成上の微妙な塩梅も踏まえ、複雑な背景を繊細に忍ばせる俳優陣の巧演に、想像が膨らみ見方が広がるのも、映画ならではの醍醐味。性善説ばりの好人物ばかり登場するが、胸が塞がる事件も後を絶たぬご時世ゆえ、ひとつひとつの出逢いを大切に、心から信頼できる相手にバトンを渡すことの意義を、つくづく痛感させられる。

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