映画専門家レビュー一覧

  • 場所はいつも旅先だった

      • 脚本家、映画監督

        井上淳一

        世界ふれあい街歩き』とか『世界の車窓から』とかテレビと見紛う作り。飛行機の機内誌に書かれているようなナレーションが延々と。そこに新しい視点も切り口も批評性もない。何のために作ったの? 動くガイドブック? 仕事だから最後まで観たけど、映画館なら途中で出てる。いや、そもそも観に行かない。映画を作るならちゃんと映画を作って欲しい。配給宣伝、これをいいと思って売っているのか。映画館が可哀想。もう何年も底が抜けたと思ってきたが、底なし沼の底はなお暗く深い。

      • 日本経済新聞編集委員

        古賀重樹

        早朝と夜の町に人々の営みが表れるというのは本当にそうだし、いい旅だなあ、とうらやましく思う。サンフランシスコやスリランカや台湾の朝食も実にうまそうだ。でも、これって『名曲アルバム』や『世界の車窓から』とどう違うの? 映画館で80分も強制的にスクリーンに向き合わせて何を伝えたいの? 「不安と寂しさを愛してみる」とか「自分をリセットする」とか、気持ちはわかるけれど、そういうあなたは何者なの? 自分をさらけ出さない人の独白に付き合うのはつらい。

      • 映画評論家

        服部香穂里

        何かと悪者にされている“夜の街”の、世界各地のありふれた日常を見つめているだけで、目頭が熱くなる。ひとり旅や街歩きのすすめ的な側面ももつ作品と理解しつつ、ほぼ全篇、語られっぱなしのエッセイ風の朗読が、自我を抑制した耳なじみのよい小林賢太郎の声をもってしても、作り手の間だけで自己完結しているかのような印象を与えてしまう瞬間がある。映像や写真から自然とにじみ出てくる、異国情緒や旅行気分も味わってみたかっただけに、ちょっと残念に思った。

    • ジョゼと虎と魚たち(2020:韓国)

      • 米文学・文化研究

        冨塚亮平

        観る前は正直言って今さらリメイクすることになんの必然性があるのかと訝しんでしまったが、蓋を開けてみれば思ったよりも楽しく観られた。韓国ならではの階級差の要素をさほど掘り下げることもない、終盤の改変を含めたどちらかというと甘口の仕上がりには賛否はあろうが、とりわけ何度か登場するエンプティショットと見事に呼応する原作と日本版の時代には存在しなかったGoogleマップの取り入れ方には、コロナ禍の引きこもり生活を捉え直す契機ともなり得る新鮮さを感じた。

      • 日本未公開映画上映・配給団体Gucchi's Free School主宰

        降矢聡

        犬童一心版では携帯が一切映らず、いつの時代なのかも不確かなその世界は、そのまま二人のはっきりしない低温な関係性と重なり、この曖昧さこそが人間なのかなんて思った気がする。一転、本作は携帯にわざわざ言及する場面を用意している。しかし、それが新しさや明確さを強調することはなく、重要なのは古く暗い民家の混沌としたリビングで作る手料理だったりする。そして家が次第に片付いていくとき、映画は人間の明確さを拒むように、二人の距離を縮めつつ決定的に離れさせる。

      • 文筆業

        八幡橙

        リメイクは難しい。何を残して、何を捨てるか。改変したり、新たに付与する部分に、オリジナルを凌ぐ魅力をいかに持たせ、惹きつけるか。童顔かつ根は無垢でありながら、しゃべり出すと途端に大阪のおばはんと化す犬童一心版のジョゼを、無口で堅く閉ざした人物に変えたことを筆頭に、キム・ジョングァン監督の選択は、ことごとく裏目に思えた。原作はともかく、この流れなら水族館は閉まっているべきでは。「虎」と「魚」の暗示するもの、物語の肝まで曖昧な雰囲気に霞んでしまった。

    • スウィート・シング

      • 映画監督/脚本家

        いまおかしんじ

        子どもは無力だ。大人の都合や暴力を受け入れるしかない。15歳の女の子が酔っ払ったお父さんに髪の毛を切られるシーンは心が痛んだ。追い詰められた子どもたちは、ようやく大人に反撃する。三人の逃避行。のびのび遊びまくる彼らの?剌とした表情。ずっと不機嫌だった女の子が、どんどん解放され可愛くなっていく。モノクロの映像の中に、時々カラーの幻想的な映像が現れる。その夢のような美しさに息を飲む。美しく残酷な、思春期のあのときにしかない輝きがそこにある。

      • 文筆家/女優

        睡蓮みどり

        ずっと探し求めていた映画と出会えた喜びをかみしめている。監督の実の子どもたちが主演なのだが、演技が本当に素晴らしい。ビリー役のラナ・ロックウェルの瞳が画面に映しだされる。それだけで何の説明もいらないくらいに、言葉にならなかった感情が表情から痛いほど伝わってきて、思わず涙ぐんだり微笑んだりしてしまう。“映画の力”というものをストレートに感じさせるエネルギーが炸裂している。ビリー・ホリデーの歌声も含め、身体中に余韻の残る傑作。人生の大切な1作。

      • 映画批評家、東京都立大助教

        須藤健太郎

        一瞬の生のきらめきを捉えて、順に繋ぎ合わせる。それで十分なのだ。本作を見ていると、ショットをショットとして見ることができるかを試されているようだ。映画は物語や教訓に従属しない。画面の中には象徴があるのではない。ショットは機能に還元されず、叙述に回収されない。青い海に明日の空が映っているから、もう年をとることがないように。温かい愛があれば、コートも手袋もいらないように。雪が降り風が吹いても、つららの形を見るだけでいい。いまは一度しかないのだから。

    • モーリタニアン 黒塗りの記録

      • 映画監督/脚本家

        いまおかしんじ

        拷問のシーンが凄まじい。あんなの絶対おかしくなっちゃうよと思った。彼は耐え続けた。よく生きていたと思う。どんなときもユーモアを忘れない彼のキャラクターがいい。実話ベースだからなのか、派手な展開はない。検察も弁護する側も、地道な努力を繰り返す。山と積まれた黒塗りの資料を読む徒労感が伝わってくる。権力を持っている側が、いかにひどいことをやりかねないか。見ていて怖くなった。彼を弁護するジョディ・フォスターがかっこ良くて、シビれた。さすがです。

      • 文筆家/女優

        睡蓮みどり

        不当な拷問により自白させられた事実、黒塗りにされた書類の山。9・11により一層、恐怖と憎しみが蔓延していくなか、疑いだけで長い間拘束されていた男の手記が原作となっている。日本での黒塗り文書のことも頭をよぎりつつ、原作の手記を映画化したいと望んだカンバーバッチの心意気に思わず拍手。人権弁護士ナンシー・ホランダーを演じたジョディ・フォスターのクールで知性溢れるまなざしと色気にも惚れ惚れする。暴力はいかなる未来も作らない。非常に見応えがあった。

      • 映画批評家、東京都立大助教

        須藤健太郎

        ジョディ・フォスターかっこよすぎと思いつつ、映画としては厄介な代物。最後の本人登場がなければ、まったく別の映画として見れたが、ラストに本人映像を流す実話ものはすでに一つのフォーマット。それを踏襲するだけでは芸がない。「15時17分、パリ行き」(18)で、もう本人たちに演じてもらおうっていうのをイーストウッドがやっているのでなおさらだ。テーマ的にいっても、イーストウッドとの対決は不可避だったと思う。制作陣からすれば、知るかって話なんだろうけど。

    • Shari

      • 映画・音楽ジャーナリスト

        宇野維正

        他の分野において(おそらくは)秀でたアーティストが、映画という表現フォーマットにさほどの思い入れのないまま、本業における自己評価の高さのまま無造作に乗り込んでしまった作品にありがちな、独りよがりさに途中から辟易としてしまった。ドキュメンタリーとしては監督自身によるナレーションが饒舌かつ主観的すぎて評価のしようがないので、映像による随筆のようなものと受け止めるしかない。知床に行ってみたいとは思ったので、観光映画としては一定の価値はあるのか。

      • 映画評論家

        北川れい子

        ドキュメンタリーというよりも、映像によるお洒落で気ままなポエトリー? 北海道、知床斜里。雪原を真っ赤な毛糸の着ぐるみ姿でゆっくり歩くのは、監督でもあるダンサーの吉開菜央だそうで、確かに画として効果的。この地のパン屋さんや漁師さんの日常などにもさりげなくカメラを向け、映像エッセイ風な趣も。むろん厳寒の斜里の無言の風景もふんだんに写し出されるが、どの映像もどのスケッチも、監督の個人的なアルバムでも見ているようで、いまいち?みどころがない。

      • 映画文筆系フリーライター

        千浦僚

        「ザッツ・ダンシング!」(85年)でジーン・ケリーは古代壁画や彫刻を示し、人類が古くから踊り、その姿を記録してきたと述べるが、そこにはダンサーが自己のアイデンティティから人類史を捉える凄みがあった。本作「Shari」にもその感じに似たものがある。身体表現のひとががっつり風土と組み合い、その土地と踊ることで生まれた稀有な映画。対象の固有性に依存せず拮抗する個性となった作品。パン屋さん、木彫りコレクション、子どもの大相撲、言い間違いの取り込みに感動する。

    • 彼女はひとり

      • 脚本家、映画監督

        井上淳一

        また居場所のない孤独な女の子の話かと観ていたら、教師の父親と不倫して自殺した女子高生の幽霊が出てきて、襟を正す。不倫を主人公に告げた男子生徒も女教師と禁断愛中。そう来るか。性描写のないロマンポルノ。好き優しいの多用がウザいと思っていたら、最後の嫌いで大逆転。役者も皆いい。凡百の孤独ぶりっこ映画とは一線を画す。ベテランスタッフに恵まれることも才能のひとつ。願わくはバカな大人に潰されず、半径1メートルの外の世界にも目を向け、才能を伸ばしていってください。

      • 日本経済新聞編集委員

        古賀重樹

        「落ちつくんだ」と諭す男たちに復讐していく女子高校生の物語。一見普通の少女は、ある幻影に追われてはいるけれど、狂っているのか、冷静なのか、最後までわからない。少女を中心に、脅迫の対象である幼馴染の同級生、そして父との関係を軸とした、いくつもの三角関係が構築され、その関係性のきしみがドラマの推進力となっている。すべてを画面で語り切ろうとする中川奈月監督の意志はすがすがしく、おそらく低予算であろう学生映画の画面に、異様な緊迫感をもたらしている。

      • 映画評論家

        服部香穂里

        いわゆる復讐劇は、する側、される側双方に救いのない展開が常だが、両者を隔てる境界ごとぶっ壊すことで、ある種の救済へと導く、異様な熱気みなぎる怪作。「本気のしるし」でも異彩を放った福永朱梨が、死の淵から期せず生還し、愛されたい願望を益々こじらせるモンスター予備軍にも見えかねぬ女子高生を、自身だけは彼女をすべて受け止めんとする覚悟で力演。期待の新鋭らと協同で、ぼっち娘の孤独という名の闇や狂気に肉迫し、しまいには共感さえ獲得してしまう離れ業をやってのけた。

    • G.I.ジョー 漆黒のスネークアイズ

      • 映画評論家

        上島春彦

        現代の刀剣アクションという意味では懐かしの「忍者部隊月光」に通ずる部分があり、万全。しかし主人公が仁義をないがしろにし、個人的な復讐に固執するあまり、常識的な日本人には理解しかねる場面が多い。義理と人情を秤にかけりゃ、というモラルはアメリカ人には通じないらしい。映画空間の中核に位置する烏の襖図は吉田広明の名著『映画監督三隅研次』の表紙絵でもおなじみ。美術監督が大映ファンなのだろう。こういう細部は見所と言える。主人公の新型コスチュームとかもね。

      • 映画執筆家

        児玉美月

        アクション監督の谷垣健治が参加していることもあり、映画「るろうに剣心」シリーズを随所で彷彿とさせる。よってアクション自体は切れ味も鋭く申し分ないものの、若干カメラの大げさな身振りに頼りすぎている向きが否めないのが難点だろうか。とはいえ登場人物の論理的な感情や行動原理が全く見えない筋書きさえ気にしなければ、日本でありながら日本ではないかのような荒唐無稽さや、血の契りを交わすスネークアイズとストームシャドーのブロマンス要素などジャンル的に楽しめる。

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