映画専門家レビュー一覧

  • Malu 夢路

    • 非建築家、美術家、映画評論、ドラァグクイーン、アーティスト

      ヴィヴィアン佐藤

      姉妹とその母親、三人の女性の生き方を通じて、狂気や無邪気性を孕む女性性の不確定さの映像化に成功。もはや線形的な時間や空間は存在せず、理想の幸福や正義さえ定義し得ない領域。あるのはぼんやりとした、しかし個体を超越した生命に対して忠実な本能としか言いようのない絶対的な重力。カインとアベルの姉妹版のようなこの現代の物語は、神話的であると同時にアジアや世界中至るところに存在しているのだろう。まるで器官なき女性の身体性で、昏く、生命に絶対服従する。

    • フリーライター

      藤木TDC

      深い考えなく選択すると間違いなく客席で退屈と後悔を味わうだろう。日本企業(朝日新聞)が出資しているためなのか、出来の悪い邦画にありがちな間延びした演出と動機の弱さに冒され、登場人物の行動も整合性がまるでない。横浜・野毛の有名なジャズ喫茶「ちぐさ」でロケされ永瀬正敏が店主役だが、全国的にその手の店の主は異性よりもレコードやオーディオを愛する人種で、作中の永瀬のような行動はしない。些細な例だが、そのように洞察と説得力の乏しさが隅々に透け出ている。

    • 映画評論家

      真魚八重子

      面白くなりそうな設定なのに、予告に使われるお気に入りのイメージを時折混ぜてつないでみたような内容。そこに必然がないので意味が?めず話が頭に入ってこない。意味のない動作が多く、つなげたショットに脈絡がないので、細かい時間の経過を理解するすべがなく戸惑う。結局どんな話で何を伝えたかったのか。「ちょっとスキャンダラスに思えることを取り入れてみたけれど、ほんとの興味はないので話が広がらない」といった?末に思えた。水原希子の美しさは見応えがあるが。

  • 詩人の恋(2017)

    • 映画評論家

      小野寺系

      夢見がちな中年の詩人の役を、ヤン・イクチュンが演じているのが意外だが、はまっているのがすごい。長篇は初だという監督による脚本が巧みで、この男の青年に対する恋愛感情をめぐる物語は、現実の問題に直面しながらも、ユーモアを含みながら先へとどんどん転がっていくのが楽しい。なかでも、女性の登場人物たちの辛辣なものいいが新鮮で、作品に多角的な視点を与えているといえる。田山花袋の『蒲団』を思わせる文学性もあるが、ラストには何らかの視野の広がりが欲しかった。

    • 映画評論家

      きさらぎ尚

      ストーリーを進めるためのエピソードはふんだんに並べられている。例えば詩作の不調、不妊治療と乏精子症、夫婦関係、ドーナツ屋の美青年へのときめき、その青年の家庭環境。並べたはいいけれど、これらを回収しないまま次に進むので、待てどもドラマが深まらない。詩人役のヤン・イクチュンは前作「あゝ、荒野」とは違って、いまひとつ役柄から真情が見えない。詩人と青年以外のキャラははっきり描けているのが、なんとも不思議。結局、時は元に戻らないという話だったのでしょうか。

    • 映画監督、脚本家

      城定秀夫

      題材のわりに序盤が妙に軽快なのは狙いで、物語が進むにつれ徐々に深刻さを帯びてくる演出には地味ながらも求心力があり、ダメ中年詩人のヤン・イクチュンの佇まいもリアルに、恋と呼べるのかどうか当人たちにも分からない微妙な感情の交わりを綴ってゆく語り口は優れているのだが、道ならぬ恋の葛藤の相手が「生まれてくる子供」というのはあまりに強敵で、この設定下で一度はそれを捨てようとした主人公を最後まで好きにはなれなかったがゆえに、苦い結末にはむしろ安堵を覚えた。

  • シラノ・ド・ベルジュラックに会いたい!

    • 映画評論家

      小野寺系

      ベルエポックのパリで有名舞台作品が誕生する内幕と、そこに生まれる切ない恋愛がコメディ調にわちゃわちゃと描かれていき、飽きさせない。基が舞台作品であることと、俳優でもあるアレクシス・ミシャリクが舞台版から引き続いて本作を監督したということもあり、とくに俳優への愛情と、演技への尊敬を強く感じさせる内容となっている。ただ、映画ならではの新しい趣向の希薄さや、舞台版を引きずったと思える不自然な演出も散見され、やはり舞台版の方が本領なのだと思わせる。

    • 映画評論家

      きさらぎ尚

      原作戯曲と同様に五幕で構成していることも含め、演劇的なテイストを保ちながら、映画的な動きを計算した演出が冴々。ストーリーの主軸に、友人の恋、抜き差しならない懐事情を抱えた有名俳優に我がまま女優といったコミカルなエピソードを絡める手法は鮮やか。虚実取り混ぜて、監督のA・ミシャリクは、このロマコメを創作するエドモンその人の側にいて一部始終を見ていたかのような滑らかさで物語を進める。楽屋ものの面白さとドタバタ喜劇の愉快さに加えて、好奇心も喜ぶ。

    • 映画監督、脚本家

      城定秀夫

      かなり戯画化されているとは思うが、舞台劇『シラノ・ド・ベルジュラック』誕生秘話を描いた本作、無理難題を押し付ける出資者や我儘女優に翻弄される劇作家残酷物語であると同時に、創作のためなら女心も利用する残酷劇作家物語でもあるのだが、次々と立ちはだかる艱難辛苦を乗り越え初演を迎えるクライマックスの多幸感は落涙もので、並行描写のリアルシラノ物語も美しく、立て板に水の早口台詞と怒濤の展開で一切の淀みを許さず二時間一気に駆け抜ける極めて質の高い喜劇映画だ。

  • THE CAVE サッカー少年救出までの18日間

    • 映画・音楽ジャーナリスト

      宇野維正

      近過去の事件の映像化、エンドロールではお約束のご本人登場という、クリント・イーストウッド級の飛び抜けた演出能力がないと標準以上の作品にはなり得ないのに、近年ずっと流行っているフォーマットの作品がまた一つ。バンコク出身イギリス人監督トム・ウォーラーによるハリウッド的なカメラワークや編集のおかげでテレビ番組の再現ドラマの域は脱しているものの、結末を知る観客にとって、登場人物が出入りし続けるこの単調な構成では、物語のカタルシスは生まれようがない。

    • ライター

      石村加奈

      目的は18年6月23日、タイの洞窟に閉じ込められた13人の少年たちの救助。その結果についても周知の救出劇の映画化で、バンコク出身のウォーラー監督は何を見せようとしたのか? タイ警察や米軍、世界中から駆けつけたケイブ・ダイバー、炊き出しなどを手伝う地元住民らが一丸となった現場の混沌がドキュメント・タッチで描かれる。タイの首相にビザの相談を持ちかけるシーンなど、現場で派生したであろう、妙な生々しさも“生きてこそ”の力強さとして、好感の持てる妙味がある。

    • 映像ディレクター/映画監督

      佐々木誠

      タイトルそのまま、2年前世界中で話題になったタイでの洞窟遭難事故の映画化。ディテールを作り込み当時の現場をドキュメントと見紛うレベルで再現、P・グリーングラス作品を彷彿させる全篇手持ちカメラと細かいカット繋ぎで描くが、状況説明がほぼ会話なのと、主要な役が素人(前半活躍するポンプ業者、後半の救出に向かうアイルランド人ダイバーなどは、本人が当時の自分を演じている)というリアルの追求が良くも悪くも緊迫感を削いでしまい、救出劇のカタルシスに欠ける。

  • プラスチックの海

    • 映画・音楽ジャーナリスト

      宇野維正

      プラスチック製品の不法投棄が例外なく引き起こす海洋汚染と、一部のプラスチック製品が含有する化学物質が人体に与える影響。そうした繋がってはいるものの、基本的には個別に語るべきイシューを、編集によって「完全に同じ問題」として見せてしまうこのようなプロパガンダ作品の倫理性について、メッセージの是非とは別に、映画ジャーナリズムは敏感であるべきだ。また、恒例の指摘となるが、本作は2年以上前からNetflixで配信されている作品に別タイトルを冠した作品である。

    • ライター

      石村加奈

      クジラに夢中だった少年時代を経て、本作を製作したというクレイグ・リーソン監督。ロマンチックなアプローチになるかと懸念するも、母となり、環境問題に目覚めたタニヤ・ストリーターをはじめ、様々な見地に立つ専門家の意見を盛り込みつつ、アメリカ、ドイツ、フィジー等々、世界の海プラごみ事情を網羅。地球規模の問題にふさわしい仕上がりで、未来の実害に対するイメージ喚起に成功した。飛べない海鳥の腹を見て、まずは消費量を減らすことから取り組まねばと謙虚な気持ちに。

    • 映像ディレクター/映画監督

      佐々木誠

      海にプラスチック性のゴミが大量に流れ、それがどう人体に影響するのか、なぜ自分に返ってくる愚行を人間はやめられないのか、ということのメカニズムが様々な現場を取材して描かれる。時々「本作が始まってから米国で○万キロのプラスチックが捨てられた」といったテロップが入り、問題を体感させられるのも良い。ただ「プラスチック容器は化学物質だから紙の皿に」と提言する場面、紙は紙で森林破壊の問題にも繋がるな、とも。ある観点からの事実をそれぞれがどう受け止めるか。

  • ミッシング・リンク 英国紳士と秘密の相棒

    • 映画・音楽ジャーナリスト

      宇野維正

      日本に支社のない配給元(フォーカス)の影響もあって、日本ではこれまでその高評価に見合わない不遇をかこってきたアニメーション・スタジオ、ライカの作品。本国ではユナイテッド・アーティスツの配給となったこの新作も、傑作「KUBO/クボ 二本の弦の秘密」同様、子供の観客を見くびらない硬質なテーマ選びとキャラクター、そして何よりも脚本の巧みさに唸らされる。中盤の酒場での乱闘シーンを筆頭に、絶妙なバランスのアクションの押し引きによるリズミカルな表現も見事。

    • ライター

      石村加奈

      冒頭の、きれいな空のパープルと溶け合った湖の描写から、エメラルドグリーンの美しい森等、主人公たちが冒険する、色彩豊かな世界はまさに眼福だ。それぞれの足音や、地図にしるしをつけるペンの音、繊細な音響も、作品の世界観を立体的にしている。小気味よく正論を吐くアデリーナに、ゾーイ・サルダナを起用するセンスも素敵だ。秋色(!)の毛並みのMr.リンクが、氷の谷底で絶望するシーンが印象的だった。〈Do-Dilly-Do〉に乗せて、趣向を凝らしたエンドロールまで楽しい!

    • 映像ディレクター/映画監督

      佐々木誠

      昔ながらのストップモーションの技法と最新のテクノロジーを融合することで、ライカは新しい世界を構築してきたが、本作は特にキャラクターの温かみが感じられ(主人公がヒュー・ジャックマンにしか見えなかった)、美しく再現された“自然の風景”、ユーモアを交えたアクションも素晴らしく、その没入感が楽しい(視覚効果のデータ容量は100万ギガバイトらしい)。主人公の冒険の動機や?末、Mr.リンクの存在、その運命をシニカルに描き、「現代」が抱える問題にも繋がる。

  • 十二単衣を着た悪魔

    • 映画評論家

      北川れい子

      この初夏に放送されたNHKの夜ドラ『いいね! 光源氏くん』は源氏が現代にタイムスリップしてくるというコメディで、それなりに笑えた。本作はその逆の設定で、平安時代に迷い込んだヘタレ青年が、ひょんなことから活躍(!?)の場を見つける話で、それもかなりインチキ。が青年を利用して皇位争いに勝負を懸ける皇妃の悪賢さはなかなか小気味よく、いっそストレートに皇妃だけの話に絞ってほしかった。原作者も黒木監督も、この女性の存在こそが作品の本命に違いないのだから。

    • 編集者、ライター

      佐野亨

      滑舌のわるさをひと笑いのネタにする冒頭から嫌な予感がただようが、日雇い派遣差別や学歴差別を思わせるダイアローグが次々に飛び出し、では本筋においてそうした価値観が相対化されるのかと思いきや、個人のコンプレックスの解消というレベルに問題が矮小化されてしまう。結局、現代日本映画の悪癖である安易なタイムトラベルものを利用して源氏物語トリビアを開陳してみただけで、それが現代に対してどういう意味をもつのかが考え抜かれていない。伊藤健太郎は好演しているが。

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