映画専門家レビュー一覧
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スウィート17モンスター
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批評家。音楽レーベルHEADZ主宰
佐々木敦
これはもうヒロインのネイディーンを演じるヘイリー・スタインフェルドの好演に尽きる。キュートというよりファニーな顔立ち。頬と唇のアンバランスさと、いつも何か文句を言いたげな瞳。あと蓮っ葉なのにIQ高そうな喋り方も面白い。こじらせ女子の通過儀礼を描いたストーリーそのものは、まあありがちといえばありがちだけど、演技も含めて「こんなもんでしょ」的な誤魔化しをしてないところに好感が持てる。何かとネイディーンを気に懸ける教師役のウディ・ハレルソンも良い。
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映画系文筆業
奈々村久生
自意識に振り回される少女をモンスターと表した邦題は言い得て妙。きわどいけれど乙女心に刺さりまくる主演のヘイリーが見事すぎる。劇中で自主映画少年が披露し、彼に惹かれるヘイリーが絶賛するアニメ映画は、シンプソンズや「モンスターズ・インク」のD・シルヴァーマンが手がけているが、その絶妙に凡庸なクオリティのリアルさまで完璧。音楽プロデューサーはハンス・ジマーという布陣で、これが監督デビュー作になる脚本家出身のK・F・クレイグは演出の手腕も確かだ。
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TVプロデューサー
山口剛
過剰な自意識と精神と肉体のアンバランスからくる恥辱の日々、それが誰しも思い当たる思春期の特徴だろう。そんな少女の日常をひとひねりして面白い映画に作りあげている。ヘイリー・スタインフェルドは、瞬間瞬間で、明るく魅力的だったり歪んで醜くかったり、不安定な心情を見事に表現している。ホールデン・コールフィールドの少女版、現代版と言っていいだろう。母親、兄、教師の造型もユニーク、アッパーミドル階級の風俗も面白い。思春期ものかと敬遠なさらぬよう。
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パリが愛した写真家 ロベール・ドアノー 永遠の3秒
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批評家。音楽レーベルHEADZ主宰
佐々木敦
監督はドアノーの実の孫娘で、これが初作品。当然ではあるが、血縁という最大の強みをフルに活用している。その結果、貴重な映像や写真、証言などを見る/聞くことが出来るわけだが、造りとしてはオーソドックスな人物ドキュメンタリー。日本での展覧会の成功が製作のきっかけになったということで、パリ留学中にドアノー宅の近くに住んでいたという堀江敏幸氏も姿を見せる(その語りは彼のエッセイそのものだ)。フランス=オシャレという紋切型を越える部分と肯定する部分が半々。
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映画系文筆業
奈々村久生
ドアノーの写真は写っている瞬間の外側にあるドラマを感じさせる。その前後に広がる彼ら、彼女ら、街の人生と時間。一般の人はもちろん、ある程度背景を知ることのできる著名人が被写体の場合でも変わらない。ときには演出によってその瞬間を作り出すこともあるが、それをヤラセと言えるだろうか。自然には存在しなかったはずの一枚の光景が逆に真実を作る。ドアノーの軌跡は、動かしようのない真実を写すとされている写真というメディアの、虚構における可能性をより豊かに提示する。
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TVプロデューサー
山口剛
「パリ市庁舎前のキス」で世界に知られるカメラマン、ロベール・ドアノーのドキュメンタリーである。監督はドアノーの孫娘だが、祖父の作品を羅列して偉業を称えるのではなく、控えめだが心を込めて、一人の人間と彼の生きた時代と彼が愛した街を再現することに成功している。気持ちのいい映画だ。昔のフランス映画に親しんだものなら、ジャン・ルノワール、マルセル・カルネ、ジュリアン・デュヴィヴィエなどが描いたパリの街とパリっ子の心意気のようなものを感じるだろう。
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イップ・マン 継承
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翻訳家
篠儀直子
イップ・マンとマイク・タイソンが、時空を超えて夢の対決!(しかもタイソンが見事なスポーツマンシップを見せる!)強敵二人との対決に向けて全体が構成されている映画。最大のライバルを演じるマックス・チャンは、かつてドニー・イェンのスタントだったというのだから、イップ・マンの影のような役にまさにふさわしい。他のアクションシーンには、キャメラ位置とカット割りが疑問な箇所もいくつかあるが、エレベータから階段を舞台にした場面の撮り方は文句なしに素晴らしい。
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映画監督
内藤誠
イップ・マン(ドニー・イェン)とブルース・リー(チャン・クォックワン)が出会うところから始まり、師であるイップの静かな佇まいが印象的だ。やがて悪役として登場する巨漢マイク・タイソンとの闘いは、どうなるのかという恐怖も芽生える。演出は期待を裏切ることのないもので、建造中の船での集団体当たり戦や狭いエレベーターでのタイ武闘家との闘い、最後にマックス・チャン相手の棒術を含めた格闘技まで芸が細かいけれど、あらためてブルース・リーは偉大だと思ったことも確か。
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ライター
平田裕介
葉問は初老に、演じるドニー自身も50代に。役と本人の円熟味が重なってきて、全身から醸される“師傳”ムードはさらにいい塩梅に。対タイソン戦やエレベーター内と階段を舞台にした対ムエタイ野郎戦と、アクションも多種多彩。それでも、棒、刀、そして拳と徐々に間合いを縮めていくM・チャンを相手にした王道的ファイトが燃えるし、それをクライマックスに配置するW・イップはやっぱりわかっている。C・クォックワン演じるブルース・リーは、眼鏡を外した宮川大輔にしか見えず。
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バーニング・オーシャン
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翻訳家
篠儀直子
「タワーリング・インフェルノ」みたいな話だが、オールスター映画ではないので群像劇にはならない。事故が起きるまでのクロスカッティング・シークエンスが異様に長いから異様に怖さがつのり、いざ事故が起きると、待たされただけのことはある猛烈なスペクタクルがこれでもかとつるべ打ち。正直、どこで誰が何をやっているのかわからないショットも多いのだが、巨大セットを実際に建設した迫力は相当のもので、闇を引き裂いて次々ほとばしる炎のエネルギーを鑑賞しているかのよう。
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映画監督
内藤誠
2010年、メキシコ湾に流出した環境汚染の映像はいろいろ見たけれども、ピーター・バーグ監督の狙いは、その事故発生の原因と具体的経過を劇化することにある。個々のエピソードに重点を置いているので、ドキュメンタリーの映画時間とは一致していないと思うが、美術スタッフが造形したディープウォータ・ホライゾンが緻密なので、観客は火災の現場を見ている気分になる。カネのために、作業する人間を追い詰め、人災事故をつくる資本家側の代表者マルコヴィッチが悪夢のように怖い。
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ライター
平田裕介
あくまで実録ドラマに徹しており、それゆえに嫌な奴が酷い死に様を見せるみたいな因果応報な盛り付けはしていない。かといって、事故を起こした企業を強く批判するわけでもなし。死屍累々なパニック映画好きからするとちょっとアレなのだが、その不満を吹っ飛ばすのが事故描写の数々。泥水、原油、火炎、爆風が一緒くたになった果てに石油掘削施設が崩落するさまは実際の事故映像よりもエグめにした点は買いたい。実録ものが続くP・バーグだが、この路線で今後も行くつもりなのか。
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美女と野獣(2017)
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翻訳家
篠儀直子
21世紀の今になって、これだけ堂々たる歌ものミュージカル映画が出てくるとは驚きだ。出演者の歌唱も申しぶんなく、往年のオペレッタ映画の基本を踏まえて楽曲と画面が連動。ガストンの踊りのナンバーも魅力あり。アニメ版同様ワーナーのバズビー・バークリー振付けやMGMミュージカル等の引用も出てくるのだが、アステアやケリーやガーランドの不在を嘆きたくなるどころか、現在だからこそ可能な映画の魔法がある。「ウォールフラワー」の監督であるS・チョボスキーが脚本に参加。
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映画監督
内藤誠
コクトー作品で初めてこの物語に接したときは、いろいろ考えこんだ気がするけれど、ビル・コンドンの演出はディズニー映画らしく、実に分かりやすい。高台の城と狼の巣食う森と庶民たちの住む村の地理関係も明快で、野獣のメイクも目にやさしさがあって怖くない。俳優たちと共演する置時計や燭台、ティーポットなどの擬人化もみごと。本を読むことで村人たちから疎外されていたベル(エマ・ワトソン)が野獣ながら教養を持つ王子に愛を感じ、ダンスするところは色彩もよく名場面だ。
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ライター
平田裕介
アニメ版は84分、今回の実写版は130分。その差分で各キャラの背景をしっかりと描き、ドラマの重みと深さは増し、テーマやメッセージも明確に。偏狭な概念に抗って自由を求めるベラ役を、それを実践しているE・ワトソンに任せる配役も見事で、人々の無理解を嘆く台詞などは彼女自身の胸中と重なっているように思えてくる。城の舞踏室をはじめとするセット、呪いを解かれて人間に戻った家来の顔触れなど、すべてが目眩必至の豪華絢爛ぶり。44歳の汚ッサンでもときめいた至極作!
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ろくでなし(2017)
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評論家
上野昻志
切れがいい。とくに前半。田舎道を歩き、渋谷の街を歩く大西信満、喧噪に満ちた店で働く遠藤祐美、車でさらった男を裸にして金を奪う手下を無表情に眺める渋川清彦。それらを写しだすショットの切れがいい。この三者がどう絡むのか、という期待感をそそると同時に、語りのリズムがハードなのだ。それは、草を摘む老婆のところにやって来る上原実矩の登場の仕方にも、次第に本性を現す大和田獏についてもいえる。奥田庸介は、日本で数少ないハードボイルドが撮れる監督と見た。
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映画評論家
上島春彦
純情、だけど狂暴な男が偶然出会った女に一目惚れ、用心棒になる。いわば渋谷の無法松ですな。彼女につきまとうヤツを粉砕したりして展開によってはいい話にもなっただろうが、誰のせいだか「イヤ~な」エンディングを迎える。これは必ずしも悪口じゃなく、周りの連中が極道者だからしょうがない。特に大和田獏。これがあのミスターお茶の間と同じ人か、という小心者でケチな悪党、しかもコスプレ好きを演じて充実。でも渋川、大西、大和田でちゃんとしたヤクザ映画も見てみたい。
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映画評論家
モルモット吉田
自作自演の佳作「クズとブスとゲス」で復活&新世界へ進んだ奥田だが、逆に次が難しいのではと思っていた分、大西、渋川のここ数年のベストアクトを引き出し、手堅い劇映画を作り上げたことを喜ぶ。殊に大和田獏の堂々たるヒールぶりは、善人顔の俳優に逆の役を振るという初期北野映画に見られた効果を久々に体感。エレベーターから外へ、裏通りから表通りへと常に空間を連続させることを怠らず、虚構の空気を渋谷の外気に晒すことで映画の温度を上げてみせた渋谷映画としても突出。
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ReLIFE リライフ(2017)
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映画評論家
北川れい子
記憶喪失に難病、タイムスリップ、とんでもカップルに学園王子がどうしたこうした等々、少女漫画系青春映画の臆面も無い設定には、いまや溜め息をつく気力もないのだが、レレ、この「ReLIFE リライフ」はつい身を乗り出して観てしまった。会社という組織の不条理さに馴染めず、ニートになった主人公が、1年だけ17歳に戻って高校生活を送るという話。むろん、ご都合主義的ファンタジーなのだが、社会人経験アリの主人公と現役17歳のギャップを含め、脚本が前向きで、キャラもみな愉快。
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映画文筆系フリーライター、退役映写技師
千浦僚
弾まない。限定期間人生リピートというSF的設定ゆえ映画のなかでの展開が枠組みの決まったところに帰着し、ディティールの面白さと折々に出てくる小テーマのエモさのみで勝負するしかなかったからか。あと、キラキラ映画全般について、女の子がターゲットの観客層だとしても主人公はやはり男よりも女、または女と男の描き方が等分、あるいは「タイタニック」の結末くらいに男が女に尽くす映画がウケるように思われる。とはいえ本作には人類愛と呼べるほどの誠実さがある。良い。
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