映画専門家レビュー一覧

  • 僕とカミンスキーの旅

    • 映画系文筆業

      奈々村久生

      内村光良のコント番組『LIFE!』に、下世話な質問を鉄のハートで嬉々と繰り出すゲスな記者が出てくるが、記者のあり方や姿勢としては一つの真理だとも思う。その意味で取材対象の画家になりふり構わず接近する自称ジャーナリストの若者は間違っていない。長髪に無精髭のブリュールのゲスっぷりもなかなか。ただ、彼に優れた伝記は書けないだろう。ずっと一緒にいる相手のことをまるで見ようとしていないからだ。ドニ・ラヴァンとジェラルディン・チャップリンはさすがの一言。

    • TVプロデューサー

      山口剛

      「スパイ大作戦」もどきのアクロバティックなアイディアの前作「グッバイ、レーニン!」を撮ったヴォルフガング・ベッカー監督の12年ぶりの劇映画だ。前作同様アイディアは面白く風刺は効いているが、肝心の主役二人、野心家で一発狙いの美術評論家と、マチス最後の弟子と称する狷介で正体不明の老画家の怪しい道行きが今ひとつはずまない。心から笑ったり、感動したりする瞬間がないのは脚本の問題だろう。二人の演技はいいのだが、キャラクターが十分に練り上げられていない。

  • 食べられる男

    • 評論家

      上野昻志

      工場で、仕事には熱心に取り組んでいるものの、同僚に話しかけられると、普通の応答ができずボーッとしている男を演じた本多力が出色。P星人からの「被食者認定証」が届くと、工場の後輩に誘われて居酒屋に行ったり、彼から紹介された若い女に付きまとわれたりしながら喰われるまでの1週間を過ごすのだが、そこからは、食べられる=死であることを自覚しないまま流されていく男の感じをよく出している。そんな彼を食べたP星人が、不味いというのには思わず笑ってしまったのだが。

    • 映画評論家

      上島春彦

      かつてのSFテレビドラマ『ミステリーゾーン』が25分で描くような物語をわざわざ三倍かけて映画にするのに、このアイデア不足はどうしたものか。しかも説明が長い。この設定なら学校の先生の授業なしで描いてくれなきゃ映画にならんよ。それとも三話オムニバスにするとか何かもっと手はあったのではないか。それとこの脚本家は、自分が一週間後に食べられるなら何をするか、という基本的な部分をそれほど大事にしていない感じがする。どうやらオチから考えたのではないだろうか。

    • 映画評論家

      モルモット吉田

      藤子・F・不二雄の『いけにえ』+『ミノタウロスの皿』と思わせる話だが、宇宙人による地球人被食制度が一般化した社会という基本的な世界観が最初に上手く提示されていないので入りにくい。主人公もその理不尽さに抵抗するでもなく、これでは難病で一週間後に死ぬ話でも代替可能。演劇的な状況設定や強引な展開に、舞台なら成立するだろうなと思うこと多し。主人公の〈食〉が大きな意味を持つはずだが、コンビニ弁当を完食するまで長回しでこれ見よがしに撮るだけでは伝わらず。

  • 草原の河

    • 映像演出、映画評論

      荻野洋一

      中国西部・青海省を舞台に、チベット人家族の肖像にカメラは留まり続ける。余計なものは一切描かず。乳離れしない甘えん坊の幼娘、祖父との感情的もつれを解消できない父。羊飼いの放牧生活を鷹揚に撮影しつつ、雪解け前の草原地帯の硬軟入り交じった風景を大?みする。この土地を知り尽くすソンタルジャ監督にしか撮れない世界である。中国政府はチベット問題に神経を尖らせるはずだが、これほどチベット的な作品が国際映画祭を賑わすというのは、ある種の懐柔なのだろうか。

    • 脚本家

      北里宇一郎

      六歳の女の子が、死と誕生を経験する。父に対する不信の感情ももつ。その心の動きを、彼女の自然な表情で見せきった演出の細やかさ。広大な草原。女の子がとぼとぼ歩く。その小さな姿を高台から父親が見下ろす。ここを一つに収めた遠近画面の見事さ。娘と父、その父も祖父に心を閉ざす。凍った河が二つの父子を隔て、やがて季節の推移とともに水も、彼らの心もゆるむ。この悠々たる筆遣い。一見モンゴル映画。だけどちらり中国の影がうかがえるところが、紛れもなくチベット映画だと。

    • 映画ライター

      中西愛子

      厳しい自然の中で牧畜を営む家族。長篇第2作となるチベット人監督ソンタルジャは、父と母と小さな娘の素朴な生活を描きつつ、父が祖父に抱くある複雑な思いを映画に謎めいた揺らぎとして漂わせ続け、そうすることで、穏やかな家族の風景をただ居心地のよいものだけにしていない。シンプルだが、男女の根源的なところを探り当てている作品。計算か直観かわからない魅力的なショットを重ねていく、映像で動かす独特な話術が凄い。役者の顔や表情が美しくとらえられているのも必見だ。

  • フリー・ファイヤー

    • 批評家。音楽レーベルHEADZ主宰

      佐々木敦

      初期タランティーノのラスト数分を90分間に引き延ばしたかのような、完全にタガの外れた銃撃戦映画。とにかくひたすら血塗れの撃ち合い殺し合いが延々と続き、セリフにもあるのだが誰が誰を撃ってるのか、誰が死んでて誰がまだ生きてるのかも判然としなくなってゆく。クールな人工美の「ハイ・ライズ」の次がコレだなんて、監督ベン・ウィートリーには今後要注目。めまぐるしいカット割りはかなり計算されており、単なるノリだけではない。あとはジョン・デンヴァー! 怪作にして快作!

    • 映画系文筆業

      奈々村久生

      なぜこの脚本でいけると思ったのか理解に苦しむ。仮にも闇取引に手を染めようという輩にしては全員頭が悪すぎるし(そもそもまともな頭があればこんな事態にはならないけれど)、その頭の悪さが何の人間性にも結びつかない不毛な人物描写。幼稚園男児の悪ノリを現実の長篇にしても面白くないのが致命的。重低音を効かせた銃声の仕上げは迫力あるがこれが実に心臓に悪い。爽快感はなくただただ体に負担。書いていて自分でもひどいと思うけどどうしても筆の暴走を止められない。

    • TVプロデューサー

      山口剛

      スターも出ていないし、鳴り物入りのキャンペーンもないが、映画は活劇だと信じるファンが快哉を叫ぶB級アクション映画の快作だ。全篇が銃撃戦、場所は郊外の廃屋に限定されている。紅一点のブリー・ラーソン以外はアウトローの悪党ばかり十数人、次々にワイズクラックを吐きながら死んでいく。血と泥と火薬にまみれ最後は誰が誰だか判りにくくなっていくが、それもまたこの映画の魅力。初期の村川透や長谷部安春、野田幸男のアクション映画などを思いながら90分を楽しんだ。

  • ワイルド・スピード ICE BREAK

    • 翻訳家

      篠儀直子

      天才ハッカーが出てきてサイバー空間でいろいろなことが起きるのだけど、観ているうちに結局、こっちの脳みそが全部筋肉になっていく感じがするのはそれはそれで快感である。かつての東映のシリーズ映画を観るようなつもりで、なじみのキャラクターの掛け合いにニコニコし、大見得を切る様子に喝采を送るのがよろしいかと。シャーリーズ・セロン姐さんとヘレン・ミレン姐さんは、凄いカリスマで惹きつける。あと、コワモテのおじさんが赤ちゃんを守って戦う姿というのはイイものです。

    • 映画監督

      内藤誠

      シリーズも8作目となると、評判のいい4作目あたりを乗り越えようとエスカレートし、タイトルからして、最後は氷の世界のカーアクションだと予想はつくのだが、その対比として、冒頭が熱気のあるカラフルなキューバとは巧い構成と演出だ。ヴィジュアル・エフェクトを使っているにしても、スタントマンのテクニックのすごさには相変わらず驚く。次々に登場する高性能車も車好きにはたまらない魅力だろう。怪物みたいな俳優たちがニューヨークの街で車を疾走させる場面は、もはや狂気。

    • ライター

      平田裕介

      今回はドミニクが仲間と対立。強引だが、キャラの配置や相関をグルグル変えては話のスケールを拡大し、シリーズを延命させる姿勢には心から敬服する。原潜に追われ、魚雷と並走と、破天荒を極めた車絡みの見せ場を連打しつつ、ステイサムが暴れる囚人や看守を飛び越え潜り抜ける“人間パルクール”など、フィジカルな見せ場も趣向を凝らしている点にも敬服。フランスパンの飛び出た買い物袋を手にしたおつかい帰りのドミニクという画が出てくるが、個人的にはそこが最大の見せ場。

  • 3月のライオン 後編

    • 評論家

      上野昻志

      将棋に生きるすべを求めるしかなかった孤独な少年の成長物語というだけでは話が膨らまないから家族の物語を入れ込み、となると、前後篇になりましたという訳だが、後篇は、その家族の話が全面化する。前篇ほど回想シーンの挿入が多くないぶん良かったが、それにしても説明過多ではある。神木隆之介演じる桐山を温かく迎え入れ、祖父も交え幸せ一杯に見えた川本家にも、妻子を捨てた父が現れるかと思えば、次女は学校でイジメに遭っているとか……。ことの平凡さに較べ描写がくどい。

    • 映画評論家

      上島春彦

      面白いが星は伸びない。長い話を上手いこと二つに分けたが、ダイジェストっぽい印象が出ちゃった。前篇の方が緊張感はあった。彼が挑むことになる王者の弱点が単なる雰囲気に終わっていて、かなり肩透かしであった。まあ彼の弱点を攻めるというコンセプトじゃないから、映画の弱点とまでは言わないが。良い悪いは別にして、せっかくの後篇が前篇の説明にしかなっていない部分もある。悪口を書いたが、前のを見た人は当然こっちも見るだろう。俳優はこっちの方が生き生きしている。

    • 映画評論家

      モルモット吉田

      前後篇映画では後篇が落ちると感じることが多いが、これは落ちが少ないのではないか。難病、死、いじめ、家庭崩壊と盛り沢山だが演出の抑制は後篇でも揺るがず。川本家の次女のいじめ騒動や父の帰還で尺を取るが、これが必要かどうかは意見が分かれるところだろう。神木の無色透明感と芯の強さは2本にわたって引きつけて劇を回す力からも実感。神木が家を出て行く時の豊川の反応を拾わなかったり、〈Aが○○してる時の同じ場所にいるBの反応〉が飛ばされている事がやや目につく。

  • PARKS パークス

    • 映画評論家

      北川れい子

      「ラ・ラ・ランド」ならぬ「パ・パ・パークス」。作品には恵まれていないがいつも気になる橋本愛が、構えず、気取らずのスッピン的演技で、井の頭公園を自転車や徒歩で往き来、緑に日の光、風、池etc.それだけで心地良い。……のは事実だが、彼女が過去探しを手伝う羽目になる少女の登場はいいとして、その過去の再現が安手のメロドラマもかくや。遺されていたテープの楽曲も、どこがいいのやら。時代を考慮しての演出と映像なのだろうが、何やらここだけ「ホ・ホ・ホラー」のよう。

    • 映画文筆系フリーライター、退役映写技師

      千浦僚

      米映画「はじまりのうた BEGIN AGAIN」を観たときとても楽しんだが、こういうの、つまり、女優が立派に歌って音楽を感じさせてくれること、街と音楽を一体のものとして描くこと、商業性とポップさへの強迫に断固とした意志としなやかな身のこなしで抗うことなどは日本映画ではできないだろうと考えたが、それは本作によって覆された。観ていて心地よい。出演者が表現する若々しさが輝いている。瀬田監督は少し自己模倣のサイクルにあるがこれならばまだ数本はそれでいい。

    • 映画評論家

      松崎健夫

      井の頭公園100年という希有なお題。そして舞台は公園内という縛りの中、観客の興味を引くはずもないような題材を魅力的なものにした構成の妙。更に“空間を超越する”という瀬田なつき監督の作家性をも担保。またともすれば、つまらない脇役になっていたかも知れない女子高生役に命を吹き込んだ永野芽郁の演技アプローチも秀逸。本作は公園映画であり、音楽映画でもあり、もちろん青春映画でもある。多様な人々が集う憩いの場を描くには、このくらい豊潤で丁度いいのかも知れない。

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