映画専門家レビュー一覧
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サンセット・サンライズ
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映画評論家
吉田伊知郎
震災とコロナを背景に描きつつ、声高な叫びも揶揄もなく、食を介して日常の細部を映し出す。「悪は存在しない」でも描かれた地方と都会の共存が描かれるが、双方の陰湿さをカラッと描く手腕が際立つ。菅田が独りごちながら魚を取って食す場面が多いが、松重豊のようにはいかず空回り気味。竹原ピストルも同様。逆に芸達者組がうまく補助し、受けの芝居が絶品の井上に加えて、攻めの芝居を自在に繰り出す池脇千鶴と三宅健が素晴らしい。予想外の存在感を見せるビートきよしにも驚き。
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室町無頼
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ライター、編集
岡本敦史
地獄のような庶民の窮状や、大スケールで描かれる一揆の場面など、現代に直結するメッセージ性をこれでもかと押し出す部分には作り手の本気を感じる。が、室町時代の文化や生活、メンタリティをどう描くかという好奇心や野心はさほど感じられず。また、おそらくジャンル映画的感性がもともと薄いので、クンフー映画やマカロニウエスタン風の味付けも上滑り気味。「侍タイムスリッパー」は時代劇再興には技術とセンスが不可欠であると証明したが、それを痛いほど裏付けてしまった。
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映画評論家
北川れい子
なんとCMや司会などテレビに出ずっぱりの大泉洋が三船敏郎をやっている。いや、そう見える。無骨さや台詞回しは三船より薄味だが、演じている人物やその行動は「七人の侍」「用心棒」「椿三十郞」の三船を連想させ、観ていていささかくすぐったい。そして時代劇初挑戦の入江監督。“一揆”というエキストラの数からして半端ない集団闘争の長丁場は破壊、炎上、大乱闘と映像もかなりパワフル。けれどもそこに至るまでの話があちこちに分散しているせいか、いまいち盛り上がりに欠けもったいない。
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映画評論家
吉田伊知郎
ジャンル映画に次々挑む入江悠の姿勢に毎回瞠目する。今回は、これまでほぼ手つかずの時代背景とあって自由度は高いだけに、京を終末感溢れる無国籍な街に作り変えて欲しかった。才蔵の修行シーンがショウ・ブラザーズのカンフー映画のようになるだけに。魅力的なキャラと設定が溢れるだけに交通整理に追われた感あり。謀略、情報戦など裏になっている設定が、台詞で説明されるだけに終わるところも少なくない。東映時代劇というより往年の角川映画が作る時代劇が甦ったよう。
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敵(2023)
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文筆家
和泉萌香
食欲も性欲もそれから排泄欲も、結局のところはすべて肉体からとおって出ていくだけといわんばかりのベタっとした闇に染められたモノクロ映像。美味しそうだか不味そうなんだかあいまいな食事(フードコーディネーターは飯島奈美さんとのことだが……)、そして人間のおかしみを体現する長塚京三。クライマックスはやや大味に思えるものの、これはブラックコメディなのだ!と笑う箇所から、気がついても醒めてはくれない連続する蟻地獄の感覚は素晴らしい悪夢だった。
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フランス文学者
谷昌親
ここまで日常を、しかも老人の日常を淡々と描いた映画は珍しい。特に料理や食事のシーンが印象的だ。主人公を演じる長塚京三は、いったい何度、自分で料理した食事をおいしそうに口に運んだことだろう。日常を十二分に見せておいたことで、どこまでが現実でどこからが夢や幻想なのか判然としなくなる後半の展開が生きてくる。筒井康隆ならではのカオス的な狂乱を吉田大八監督はみごとに具現化してみせた。それをハイコントラストのモノクロ映像に定着させた撮影や照明もすばらしい。
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映画評論家
吉田広明
引退した仏文学教授の端正な老後生活の描写が淡々と積み重ねられる。時に友人と会話し、教え子と夕食を共にし、バーで酒をたしなむ。何の変哲もない日常だが、そこに時折違和が紛れ込む。生活資金や健康の不安、性欲、迷惑メール。これらの何が「敵」に変貌するのか、その微かな不安の持続こそがこの作品の身上だろう。しかし敵がイメージ化されてしまい、かつ現実と妄想が入り混じって来てからに驚きはない。折り目正しい老紳士の話だからモノクロ、の選択もうさんくさい。
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アプレンティス:ドナルド・トランプの創り方
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文筆業
奈々村久生
ふさふさとした金髪をサイドに流した特徴的なヘアスタイルと、頭を大きく振ってその前髪を飛ばす仕草。それだけで誰もが知っているトランプ次期大統領の姿がありありと眼に浮かぶ。スタンの素顔は決してトランプに似ておらず、モノマネをしているわけでもわけでもないのに、ちょっとした振る舞いの端々に滲む“らしさ”の精度の高さに目を見張る。若きトランプが政財界を駆け上がっていくのに反比例したロイの失速はあまりに象徴的で、後半の展開をもっと丁寧なドラマで見られたらなおよかった。
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アダルトビデオ監督
二村ヒトシ
僕は悪いことをすることが悪だとはどうしても思えないのです。でも資本主義はどう考えても悪だし、勝ち負けがあるあらゆる場で勝ち続けようとすることも完全に悪だ。この映画を観て人間トランプに共感することはなくても、自分の中にもトランプがいると思えないリベラル男性はダメなリベラル男性です。観てる最中は面白くてさすがアッバシと感じてたのだが終わってみたら何かがもの足りない。現実のトランプがやってきたことに比べたら情報量が少なすぎたのだろう。4時間くらい観たかった。
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映画評論家
真魚八重子
なぜ制作したのか?という疑問しか湧かない。トランプに対し批判的な映画を撮りたいのは山々だが、裁判沙汰など避けて通れないだろう。そのため本作はトランプが若かりし日に、エイズによって亡くなった弁護士との当たり障りがない話になっている。ゲイだと知りつつ親交があったという理解を示すつもりだろうが、それほど深い関係性はない。正直、トランプを持ち上げた業界人という域を超えるものは見えない。むしろ映画自体はトランプの下卑た人格への嫌悪が滲み出てしまっている。
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トワイライト・ウォリアーズ 決戦!九龍城砦
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文筆業
奈々村久生
かつて香港の無法地帯として名を馳せた九龍城砦。イギリス統治下にありながら中国が領有権を保時する複雑なシステムのもとで、違法建築と独自のコミュニティがうごめくカオスは、いわば治安最悪のタワマン社会。劇中に登場するのはそれを再現した巨大セットだが、空間の狭さと縦長の高低差を逆手に取って縦横無尽に動き回るカメラワークは臨場感たっぷり。香港ノワールの人情噺と復讐譚をスタンダードに落とし込んだストーリーとともに裏社会をエンタメとして楽しむテーマパーク性に満ちている。
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アダルトビデオ監督
二村ヒトシ
CGもセットもお金はかかってるんだろうけど大味だし、基本設定も脇役たちのあつかいも雑だし、男と男の性的ではない因縁や友情にも、漫画だったら大好きなんだが映画で見せられる格闘アクションやイケメンの殺しあいにも僕は興味がもてなくて、しかしお好きな人なら楽しめるのかもしれないので、そういう人の感想が聞きたい。サモ・ハンの悪役はよかった。途中までコイツぜったい弱っちいだろと踏んでいたある登場人物が神秘的に強く、しかもそれで最後まで引っ張ってたのも漫画的で笑った。
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映画評論家
真魚八重子
香港映画に対してまだ揺れる気持ちがある。黄金期の香港映画全体の力強さ、ハチャメチャさ、顔触れの豪華さといったものが、若干戻りつつあるが、まだ郷愁に囚われてしまって観客として前に進めない。本作のアクションは谷垣健治が手掛け、スピーディーだしドラマティックな要素もあってかっこいい。ただし昔の香港映画の破綻寸前な追い詰め方に対し、矛盾のない小さなトラブルで動いている、今の脆弱なストーリーでは物足りない。アクションを切羽詰まったものにする裏付けが欲しい。
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アーサーズ・ウイスキー
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映画監督
清原惟
仲良しな70代女性3人が、若返ってしまうウイスキーを飲んで、若い女子の姿になって冒険をする。コメディとしては面白くできそうなアイデアだが、恋愛が軸で語られていくのにがっかりした。彼女たちのキャラクターが魅力的なだけに、ルッキズムを助長させるような語り方がもったいない。本来の自分自身を愛することや、同性愛などのテーマも後半入ってくるが、目配せと感じてしまう。このテーマでやるのなら、彼女たちが生きてきた人生をもっと力強く肯定するものになってほしかった。
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編集者、映画批評家
高崎俊夫
世代は違ってもデビュー当時から見続けているせいかダイアン・キートンは同時代人だと思っている。近年は加齢に合わせ役柄も完璧な老境に入ったが、こんなジェリー・ルイスの「底抜け大学教授」(63)をヒントにしたような無理スジのユルユルなコメディにもきわめて寛容な気持ちで向き合える。というのも「アニー・ホール」(77)以来のあの得も言われぬ彼女の微苦笑が健在だからだ。しかし邦・洋画を問わず、なぜある宣告をきっかけに皆がスカイダイビングに挑戦するのかは大いなる謎である。
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リモートワーカー型物書き
キシオカタカシ
開幕から高らかに鳴り響くデイヴィッド・ニューマンの音楽とクレジットのフォントから脳裏に浮かぶのは、(英国映画ながら)子どものころ観た80年代半ば~90年代前半のハリウッド製ファンタジーコメディ。SNSやスマホが登場するたびに現代劇であることを思い出すが、良くも悪くも微妙に懐かしい味わい。ベビーブーマーを親に持ち70年代映画文化に憧憬を抱いて研究してきた世代としては、本作のダイアン・キートンたちの姿は同じ時間を共有した家族のように映り、ストレートなベタさも沁みた。
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アンデッド/愛しき者の不在
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映画監督
清原惟
ゾンビ映画の定石を、ただただ静謐な映像で捉えているという印象。俳優のお芝居、細かい演出には引き込まれるところはあった。母親を亡くした娘の手先の、ほとんどはげてしまったマニュキアが、泣かずにいる彼女の悲しみを表していた。セットや美しいロケ地の数々に、映像に対する美学を感じるが、生前の人々の関係性や暮らしがあまり想像できないことで、風景がうまく物語と結びついていく感じがない。すでに失われてしまったものを、映画の中で描くことの難しさについて考えさせられた。
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編集者、映画批評家
高崎俊夫
かつて「霊魂の不滅」というスウェーデンのサイレント映画の名作があったが、これはいにしえの民間伝承のごとき死者への鎮魂というモチーフの復活とみるべきか。あるいはゾンビ映画の一変種ととらえるべきだろうか。北欧のオスロで死者が蘇る奇怪な現象が頻出する。戒厳令下のような沈鬱さが街を支配し、深いメランコリーに囚われた老人と娘は墓を暴き死臭を漂わせる孫と共棲を図るも隠遁生活は崩壊する。そこには死生観の相違だけでは括れない決定的な隔たりを感じてしまうのだ。
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リモートワーカー型物書き
キシオカタカシ
これまで現実社会のあらゆるメタファーを仮託されてきたゾンビ映画……本作の場合は悲劇相次ぐこのご時世に映画界でますます存在感を増した印象があるサブジャンル、“喪の作業(モーニング・ワーク)”もの。典型的作品であれば冒頭あるいは行間でさくっと処理されてしまうようなゾンビパンデミックの“ゾ”の字あたり、序破急における序の序だけを、ベルイマン的格調で長篇にまで拡大したのが新機軸か。まだまだ掘り下げる余地がある、ゾンビ映画の懐の深さを改めて感じさせてくれる。
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ストップモーション
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映画監督
清原惟
偉大なアニメーション作家である母から解き放たれ、自分自身の作品に取り組む主人公。しかし制作はなかなか思うように進まず、彼女は狂気に呑まれていく。ここで思うのが、なぜいつも女性の表現者ばかりが狂気に呑まれていくのだろうか、ということ。これまで映画が内包してきたジェンダーバイアスへの批評性のなさが気になってしまう。本作におけるストップモーション・アニメは、グロテスクさを表現するいちアイテムでしかなく、そこにあまり世界観が感じられなかった点も残念だった。
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