映画専門家レビュー一覧
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山逢いのホテルで
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映画監督
清原惟
山間のホテルで繰り広げられる熟年の恋愛を描いた作品。この主人公のように、障がいをもつ子どもの母が、自己犠牲を強いられることがあることは取り上げられるべきだと思う。そんな彼女の自己実現のひとつとして恋愛を描くことは否定しないが、気になってしまったのは恋愛=性愛という単純化された描写に見えたこと。恋人の研究への興味という精神的繋がりはあるが、それでも過ごした時間に厚みを感じとることができなかったのが残念だった。見たことのない景色たちには圧倒された。
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編集者、映画批評家
高崎俊夫
ジャンヌ・バリバールは、アルレッティからアヌーク・エーメへと受け継がれたフランス映画固有の古典的な面差しをもったヒロインの系譜に位置づけられる女優である。障がいを持つ息子がいる母親がスイス湖畔のリゾートホテルで毎週一人の客と一度だけの情事にふけるという一見、安手のメロドラマじみた絵空事が、ある切実さを帯びて迫ってくるのはバリバールが演じているからにほかならぬ。ベッドで中年にさしかかった肢体を惜しげもなく晒すバリバールにはただただ驚嘆するばかりである。
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映画批評・編集
渡部幻
謎めいた中年女性が壮大なダムの上にたたずむホテルを訪れる。彼女は宿泊客の男性の中から1人選び、ベッドを共にすると、電車で下界に降りていく。彼女は障がいを抱える息子と暮らしている。息子はダイアナ妃のファンで、時代設定がうかがえる。母親の愛情は本物だが、ある男性を愛したことから、女であることと母であることに引き裂かれていく。ぼくも母子家庭なので、母の内なる葛藤を想像したことがあるが、これがデビューとなるラッバスは洗練された視覚言語を使って人生の転機を切り取ろうと試みた。
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六人の嘘つきな大学生
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ライター、編集
岡本敦史
全篇「帰んなよ、もう」と思いながら観ていた。そんな選考方法で新入社員を選ぶ会社なんざ願い下げだと、最近の優秀な若者こそ思うのではないか(一応、平成末期っぽい設定だが)。劇中のセリフどおり「いい会社に入ることしか考えてない学生」としか、作者が登場人物を見ていないことに辟易。優位に立つ目上の者(企業)に対してまるで反発しないまま自己解決を図る社会人のタマゴという、リアルなモダンホラーを描くならわかるが、誰もそこを突破しないので風通しはすこぶる悪い。
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映画評論家
北川れい子
就活中は月と同じで表面しか見せない、と6人の1人が言う。世間では、外側は本質である、とも言うけれども。ま、それはともかくこの作品、ただ漠然と観ている分には面白くなくもないが、次々と1人ずつ槍玉に挙げて相手の弱みや過失をいじくり蹴落として、という展開は、かなりイヤラシく不愉快で、次第に6人が哀れに見えてくる。むろん、どんでん返しのための仕掛けではあるのだが、就活生でオハジキごっこをするな!と脚本、監督に喝をいれたくなったりも。6人の俳優たちはみな頑張っているが。
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映画評論家
吉田伊知郎
「大学は出たけれど」「就職戦線異状なし」「何者」に連なる就活映画だが、本作では企業が昔ながらの身辺調査で堂々と素行をあげつらうので驚かされるが、一捻りしてある。しかし、グループディスカッションでどんな暴露があっても、最初に設定した時間ごとに投票を行うことを全員が律儀に守るところからして就活ゲームでしかない。6人採用予定の企業が急遽1人のみに変更した時点で経営が危なそうなのはともかく、浜辺だけが正義のまま傷つくこともないのはかえって損な役回り。
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アングリースクワッド 公務員と7人の詐欺師
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文筆家
和泉萌香
ネトフリ作品にはまったく疎い筆者でも耳にするドラマ『地面師たち』が流行ったタイミングでの詐欺集団映画は吉と出るか凶と出るか。詐欺集団と脱税王の二、三転する攻防戦を期待したが絶体絶命のピンチもなくクライマックスまで進んでゆくが、内野、岡田、小澤のキャストはハマり役。安心感ある娯楽作だが、もともとは人気スター主演の韓国ドラマがオリジナルとのことで、我々も年々高くなっていくあらゆる税金に苦しめられ中とはいえ、わざわざリメイクする必要があったのか疑問。
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フランス文学者
谷昌親
詐欺師が活躍する犯罪映画である以上、予想外の展開で観客を唸らせることが目指されている。事実、原作にあった設定とはいえ、公務員と詐欺師という意外な組合せは、公務員を内気な男にすることでより際立った。だが一方で、いかに予想外であっても、観客を納得させる着地点を作らねばならないのがこのジャンルだ。つまり、予定調和的になるのであり、そのあたりは上田慎一郎監督の真骨頂ともいえる。だが今回は、すべてがあまりにも予定調和的になってしまったのではないだろうか。
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映画評論家
吉田広明
詐欺集団が詐欺を仕掛ける相手が悪徳不動産屋なので、勧善懲悪、気分良く見られるのは確かだが、素人の税務署員が絡むことでリスクが高まる。というか、部下にも上司にも友人の刑事にも、果ては娘にまで何かしていると感づかれるようでは大丈夫かとこちらが心配になるレベルなのだが、その危うさが計画を左右するキーになるというわけでもなく、天才的な計画の体で話が進むのも疑問。その犯行も地面師詐欺で、ネトフリのドラマの後では描写が雑に見える。
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チネチッタで会いましょう
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文筆業
奈々村久生
2020年代に入って2本目となるモレッティの新作は彼自身が映画監督を演じる系譜の一本。ドゥミやフェリーニをはじめ往年の映画界へのオマージュは、時代の変化についていけない高齢者の言い訳のようでもあり、映画言語だけで物事を語ろうとするシネフィルの滑稽さが逆説的に批評性を獲得しているのが皮肉。ただ、プロデューサー役のマチュー・アマルリックと二人、かつて「親愛なる日記」で走らせたベスパから電動キックボードに乗り換え、夜のローマを滑走するカットはいつまでも見ていたい。
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アダルトビデオ監督
二村ヒトシ
ナルシシズムが強い政治的な男性の映画関係者が主人公の、古い映画をいろいろ引用してるらしき(そんなことを言われたって古い映画ぜんぜん観てないからわからん)映画についての映画が苦手だ。映画という表現そのものを否定するオチにでもしないと、結局は主人公の人生を肯定して終わることになる。なぜそんな特権をもてるのか。巨匠モレッティ70歳でお元気なのは結構だが、たけし(も76歳か)の暴力映画のナルシシズムのほうがいい。死者と敗者の(だよね?)行進も、感動できなかった。
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映画評論家
真魚八重子
撮影中の映画が資金難で暗礁に乗り上げた監督をモレッティ自身が演じる。イタリア共産党の話らしいが政治的意図は感じないし、プロデューサーの妻が担当している若手監督の現場に乱入し、撮影を止めてしまう狼藉に?然とする。みずから老害という宣言か、本当に昨今の作品が観るに堪えないと思っているのか。チーヴァー原作の「泳ぐ人」を撮りたいという発言も、すでにバート・ランカスターの名作があるのに、それを超えられるつもりなのか、どういう心理か測りかねる。
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ドリーム・シナリオ
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映画監督
清原惟
ニコラス・ケイジ扮する地味な大学教授がたくさんの人々の夢に出てくる、といったあらすじを読んで「マルコヴィッチの穴」的なSF感のある映画なのかと想像していたが、全く違うものだった。起きていることは超常現象でも、それに対する人間の反応はとても現実的で、非のないはずの主人公が、ネットやメディアでの立ち振る舞いによって罰せられていく様に現代の残酷さを見た。主人公の冴えなさの絶妙なさじ加減や、胡散臭いベンチャー企業の若者たちの言動など、ディテールが印象的だった。
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編集者、映画批評家
高崎俊夫
プレスに名優とあるが近年は迷優の呼称がふさわしいニコラス・ケイジがアリ・アスターと組んだホラー。「マルコヴィッチの穴」みたいな不条理コメディを予想したがさにあらず。ケイジ扮する大学教授が何百万人もの夢の中に現れ、一夜明けたら超有名人というアンディ・ウォーホルのマキシムとユング心理学を合体させたようなアイデアは面白い。しかしバカバカしい荒唐無稽な弾けた笑いを期待するも、シリアスな語りで通り一遍なキャンセルカルチャー批判に収斂したのが惜しまれる。
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映画批評・編集
渡部幻
ノルウェー人監督ボルグリの映画では「シック・オブ・マイセルフ」の現代的な自意識の観察に感心した。新作はアメリカが舞台で、キャンセルカルチャーに晒された実在の教授から発想したのだという。ニコラス・ケイジ扮する冴えない教授が、生徒をはじめ様々な人々の夢の中に出てくるようになり、有名人になるが、やがて理不尽な排斥の餌食になる。チャーリー・カウフマン風の夢のイメージはさほどのものではないが、イメージが意識下を侵食して現実感を狂わせるSNS時代の自意識を風刺しようとしている。
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対外秘
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文筆業
奈々村久生
地方の一政治家から国政を目指す男のなりふり構わぬ奮闘と復讐劇に、釜山国際映画祭のお膝元でもある海雲台エリアをめぐる利権ドラマが絡む。人々の思惑が入り乱れ、誰にとっても思うようにいかない選挙戦が終盤で見せる驚異的なねばり。韓国版「最後まで行く」で怪演を披露したチョ・ジヌンの終始胡散くさい立ち回りは、人は環境次第で善にも悪にも簡単に転ぶという現実をあまりにも人間らしく証明した残酷なサクセス・ストーリーでもある。剃髪で役に臨んだイ・ソンミンの異形っぷりも見もの。
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アダルトビデオ監督
二村ヒトシ
韓国でも、もちろん日本でも、いちおう民主主義だってことになってる国で政治を仕事にするというのは本当にこういうことなんだろう、人も本当に殺されるんだろう。映画を観るほうもそのくらいのことは思ってるし、応援したくなる魅力的な登場人物が(女性記者もふくめて)誰もいないので、「衝撃のラスト」に衝撃がない。もっとヤクザを悲しい造形にしておくとか、主人公が最初のうちは本物の正義の人であるとか、やりかたはあっただろうに。政治に呑気に絶望している場合ではないと思うのだが。
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映画評論家
真魚八重子
ポリティカルドラマ、または土地の再開発をめぐって動く大金を狙った出し抜き合いの物語。……でありつつ、核となるのは他の登場人物たちを削り落としていって、残った男二人の、知能と暴力的感覚を最大限に活かした決闘である。自らの陣営の重要な駒となる人物の、どれを泣く泣く潰して地盤を固め、相手の意表を突いて失脚させるかという頭脳戦だ。相手を蹴落とすはずの証拠も過信すると、思いがけないしっぺ返しが来る。地味だが最後まで予想がつかない良質なサスペンスだ。
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本心
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文筆家
和泉萌香
人工知能の発達や記憶というテーマをめぐって、二十世紀から今までさまざまな物語や映画がつくられてきた。本作では「自由死を選んだ母の本心」というミステリを出発点に「格差」に「愛」などテーマは広がるも、すべてつまんだようで半端な印象がぬぐえないし、取ってつけたようなダンスシーンにも鼻白む。しかし某大ヒットアニメ映画の際にも同じような指摘がされていたが、まったく必要とも思えない、ポルノの見過ぎと言いたくなるような台詞を10代の女の子に言わせるのは一体なんなのか。
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フランス文学者
谷昌親
すぐれた原作があり、実力のある俳優陣が揃い、優秀なスタッフが控えていれば、成功作となる素地はできている。AIや仮想現実がテーマとなると、話題性にも事欠かない。しかし、すべての要素が集まっているからこそ、それをどう組み立てていくかが問題で、監督の演出術がより大事になる。石井裕也監督は、壮大なテーマをはらんだ物語を、ある意味ではごく素朴に、それでいてきわめて繊細に扱った。むやみにCGを使わず、簡潔に撮り上げる演出のもとで、物語に生命が宿ったのである。
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