映画専門家レビュー一覧

  • 本心

    • 映画評論家

      吉田広明

      AIが死んだ母を生成するということの倫理的問題、また息子の心理的揺らぎがメインのはずだが、自死の問題(権力による福祉負担減少の狙いも)、アバターの行動代理(リアルの負担が弱者に負わされる格差構造)といった副筋が入り込んでくるため焦点がぼやけ、まとまりが弱化。AIによる人格生成自体が込み入った複層的な問題を提示することは分かるし、塊を投げつけるかのような演出が監督の持ち味であることを承知したうえで、より丁寧な作劇が欲しかった。

  • ルート29

    • 文筆家

      和泉萌香

      緑が毒々しいくらいに鮮やかで、多様なイメージとともに生と死、幻と現実、そしてふたりのやりとりにもあるように、他者と自分の夢が交わるような場所にひかれた道をゆったりと進んでゆく。面白いのが狙ってか狙わずしてか、主人公のふたりだけが見えているであろう景色のみが生き生きとみえ、どうにも相容れないであろう他者の描写は(たとえ肉親であっても)どんよりと冗長だ。社会が介入したあとに、ついには観客の目にもみえるかたちで夢が噴出するラストシーンが潔く、美しい。

    • フランス文学者

      谷昌親

      原作が詩集だからでもあるのだろうが、それこそ詩的であり、同時に、乾いたユーモアで彩られ、一風変わったロードムーヴィーになっている。しかも、ラストにはファンタジー的とも呼べるシーンが置かれている映画だ。そうした映画のあり方から逆算したのかもしれないが、独特の演出法が採られている。それは、森井勇佑監督の才気煥発ぶりを示す演出でもある。しかし、こうした演出をするのであれば、エピソードを少し刈込み、もっと省略表現を効果的に用いるべきだったのではないか。

    • 映画評論家

      吉田広明

      原作となる詩集を未読なので、そこからどのように想像力を働かせてここに至ったのかは評価しかねるのだが、しかしいくら詩集からの映画化とは言えこの緩さはどうなのか。ロードムービー自体が緩い枠組みではあり、しかしそれが生まれるには歴史的必然があった筈で、その意識が欠けた本作では単に人と次々出会うための形式に過ぎない。変な人たちをロングで、変な間で捉えれば面白くなるのか。新進なら水平的な加算でなく垂直的掘り下げの困難な道を選ぶべきでは。 

  • イマジナリー

    • 俳優

      小川あん

      ある意味で主役は、主人公ジェシカの継娘のアリス。名前からしても「アリス・イン・ワンダーランド」? これは、ホラー映画ではなくて、ファンタジーでしょう。そもそもイマジナリー・フレンドはホラーではなくて、心理学で一種の現象とされている。それが本作では擬人化して、過去のトラウマと結びついた。開けゴマ!的な瞬間や、深層世界を見るのは楽しいけれど。あの、あからさまに怪しいお婆ちゃんの消え方は無茶苦茶だし、もっと違った形でコミットしたほうがよかったのでは?

    • 翻訳者

      篠儀直子

      ホラー映画として進行していたのが、クライマックス以降完全にバトル映画と化して全然怖くなくなるのも、女性たちが連帯して戦うのも、以前ここで取り上げた「死霊館のシスター 呪いの秘密」と同じなので、最近のトレンドなのだろうか(特に後者についてはそうだろう)。恐怖がじわじわ迫ってくる描写も、主人公が夫の連れ子姉妹との関係に悩みつつ、自分の過去へと降りていくというアイディアも悪くないと思うが、フリだと思えた箇所がいくつか結局機能しないままだったのは、息切れしちゃったの?

    • 編集者/東北芸術工科大学教授

      菅付雅信

      「ゲット・アウト」「M3GAN/ミーガン」で知られるブラムハウス・プロダクションズと「ソウ」シリーズのライオンズゲイトがタッグを組んだホラー。少女が愛するテディベア人形が巻き起こす恐怖を描く。プロットを聞いただけで「ミーガン」×「TED」かよ?と想像すると、想像以下の展開に。テディベアを使った恐怖描写があまりに凡庸で、せめてミーガン人形のようなダイナミズムが欲しいもの。こんな安易な企画でも、子どもにはぬいぐるみへの要らぬ恐怖心を与えてしまうだろうから、製作陣は猛省してほしい。

  • 動物界

    • 俳優

      小川あん

      高い完成度のハイブリッドな作品。人間が動物化する感染ウイルスが国内で蔓延するような漠然とした世界観から、家族間の私的な問題へ移行し、さらに主人公が直面した個人の尊厳へと帰結する。これまで多くの映画で使用された題材が組み込まれているが、扱いはもっと繊細だ。その細部の描写がリアリティに富んでいて、現代社会とさほど遠くない。とくに、結末で親子が下した判断からは、そうせざるをえなかった社会の傲慢さと、適応する環境へ身を運ぶ必要性を汲み取った。

    • 翻訳者

      篠儀直子

      古くから神話に見られる変身譚の変奏のようでもあり、ボディ・ホラーの流れの一環のようでもあると同時に、昨今の世界に照らしてさまざまな読みが可能な物語。参照作として監督が挙げている作品とは別に、筆者が連想したのは1940年代RKOプログラム・ピクチュアの古典群で、そうするともう少し簡潔にまとめてほしかった気もするのだが、南仏の美しい風景、学校の授業の様子などの描写が、荒唐無稽と思われそうな世界を見事に日常に着地させる。エミール役のポール・キルシェの演技は天才の域では。

    • 編集者/東北芸術工科大学教授

      菅付雅信

      人間が動物に変異する奇病が蔓延する近未来のフランスが舞台。主人公の男性料理人と動物に変異しつつある妻、そして自分の体の異変を感じる息子の三人を軸にした近未来SF。変異した人間を隔離・攻撃する側と同じ人間として扱う側の軋轢というコロナ・パンデミックのメタファー的設定とギリシャ神話に通じる半獣神というモチーフを用いて、荒唐無稽な設定にヨーロッパ映画ならではの思索的リアリズムを導入することに成功。抑制の効いたVFXも見事な完成度で、深い共感を呼ぶ「明後日の神話」。

  • ベルナデット 最強のファーストレディ

    • 文筆業

      奈々村久生

      かつて男性のサポート役としてその功労が描かれてきた女性の活躍を表舞台のものにする時代の流れと、大統領の妻であったベルナデット・シラクの実話を上手く融合させたストーリーテリング。宿敵サルコジとの間での立ち回りやプライベートな家族問題まで過不足なく詰まっていると同時に、女性エンパワーメントのフォーマットに沿って口当たりよく記号化されているような側面も。その上でドヌーブの鷹揚なコメディセンスが光る。特にフランスらしいエスプリの効いたシニカルなセリフの返しは絶品。

    • アダルトビデオ監督

      二村ヒトシ

      政治を語るために人間を出すんじゃなく、人間を語るために政治がでてくる。こういうふうにやってくれると政治も映画の題材として面白いんだよなあ。現実のベルナデットの写真や映像によるオープニング直後、まったく似せる気がないドヌーヴがぬけぬけとでてきて笑った。観た人の多くがしびれるだろうラストの個人的な一言を言わせるためだけの、一国の一時期の政治史。こんな映画、日本でも作れないもんかね。同世代の関係者みんな死んでからでいいので安倍夫婦の奇人ぶりを描くとかさ。

    • 映画評論家

      真魚八重子

      フランスのメジャー映画はときどき演出がダサい。日本の娯楽路線の寒い笑いの映画に近いものがあって、本作も登場人物の善悪の分かりやすさが短絡的すぎると感じる。映画の中に一貫性が足らず、自立を図ろうとするベルナデットが、夫に秘密で大胆な政治的行動を取りながらも、夫の脅しでひるんでしまうなど、どっちつかずの演出が目に付く。誰の意向なのか、現実のベルナデットの洗練された服装に比べて、ドヌーヴが徹底してゴテゴテした趣味の悪い衣裳をまとうのも不思議だ。

  • 十一人の賊軍

    • ライター、編集

      岡本敦史

      監督の基本的に生真面目で大仰な作風が、大仕掛けのアクション時代劇に驚くほど合致していた。しかも「権力の腐敗、機能しない秩序」「そのなかで生きのびようともがく人々」という過去作に通じるテーマでもあるので、嘘がない。仲野太賀の圧倒的な素晴らしさに負うところも大きい。本誌読者に観てほしいかどうかという基準で考えると、星を減らす理由が見当たらなかった。マイベスト岡本喜八作品「斬る」にも少し似ているところ、去年たまたま新発田城を見物した記憶も味方した。

    • 映画評論家

      北川れい子

      賊軍として捨て駒にされた十一人にとって戦う理由はただ死なないため。官軍から砦を守るという使命よりも、血まみれ、泥まみれで生き残るための死闘を繰り返す。そんな彼らそれぞれに壮絶な見せ場を用意する脚本と演出が痛快で、155分の3割近くを占める戦闘場面も多種多様。けれども最も口中が苦くなったのは、新発田藩の家老による官軍向けの斬首パフォーマンス! 北野武監督「首」が冗談に思える蛮行で、がこれが結果として。嘘も方便ならぬ,蛮行も政治的方便とは、現実にもあるある。

    • 映画評論家

      吉田伊知郎

      笠原和夫の原案プロットをほぼ生かして脚色しており、よくぞ作り上げたと感嘆。ただし、追加された阿部サダヲのパートが尺を取りすぎ、155分は長い。白石作品ではおなじみの、演出に介入する美術監督・今村力の不在が惜しまれるが、砦に吊り橋と空間のお膳立ては申し分なし。だが、戦いの場面は夜・煙・雨と視界不良が続き、戦場の空間の広がりが見られず。各キャラの描き分けも俳優の資質に負う部分が大きく、埋没する者も。贅沢を言えば、往年の時代劇スターが重しに欲しかった。

  • ぴっぱらん!!

    • ライター、編集

      岡本敦史

      ファミリー感溢れるアウトロー群像劇という「日本統一」シリーズなどでおなじみの話法による、極道一家クロニクルの第1部。伝説のヤクザ三兄弟が再集結するまでを描いた物語なので、本当に盛り上がるのは第2部以降なのだろう。せっかく長尺で在日アウトロー家族の年代記を描くのだから、もっと生活のディテールを丹念に織り込んでもいいと思ったが、ジャンルの定番描写とキャストの見せ場を積み重ねるのに忙しく、その余地が埋没しているのが惜しい。喫煙シーンの弱さも気になった。

    • 映画評論家

      北川れい子

      俳優で劇団の主宰者でもある崔哲浩の監督デビュー作「北風アウトサイダー」(22)を観たとき、その前のめりな血の絆と負けん気に、井筒和幸監督の初期作品を連想したのだが、今回は血の絆だけではなく、さらに前のめりな暴力抗争が描かれ、画面から血が飛び散る勢い。ただ百鬼組の三兄弟はともかく、敵対するいくつもの組や構成員など、登場人物が多すぎるのと、時間軸がジグザグするのがややこしく、しかも話が尻切れトンボ! 各俳優陣の熱気に溢れた演技や凝ったカメラアングルには感心する。

    • 映画評論家

      吉田伊知郎

      撮影所の時代に作られたやくざ映画と、Vシネマの時代に作られるそれは似て非なるものだが、隙間に双方の魅力が凝縮されたインディペンデントのやくざ映画がある。予算が限られようが、作劇の均衡が崩れようが、やりたいことを詰め込んだ作りは巧拙を超えて見入ってしまう(逆光のキラーショットも嬉しくなる)。殊に監督自身のアイデンティティを投影した在日やくざ像が鮮烈だが、大人数を捌く交通整理のために埋もれた感がある。続篇は登場人物を絞って、じっくり見てみたい。

  • アイミタガイ

    • 文筆家

      和泉萌香

      「川を渡る電車」がひとつのキーワードであり、近鉄電車も全面協力とのことだが、その肝心の穏やかで美しいロケーションを活かしたダイナミズムが感じられず、同じ土地に流れる大きな時間も過去のシーンが時折挿入されるばかりでこぢんまりした箱庭のよう。殺伐としたニュースばかりの現代において「人に親切であること」は最も重んずるべき行動の一つと思うが、全員が似たような方向を向いた、見事にやさしくいい人たちしか登場しない世界で描かれても、その嘘くささが悪手になる。

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