映画専門家レビュー一覧
-
風の奏の君へ
-
文筆家
和泉萌香
異性の浴場に向かって声かけし騒ぐノリなど、高校生にも失礼では? 100歩ゆずって男同士「素直になれよ」系の大喧嘩も、「お姉さんがいうこと聞いてあげる」的台詞も、コミカルな学園ものなら微笑ましいが、こちらは“余命もの”だし、大の大人たちばかりでくすぐったいどころではない。原作は部活を引退したばかりの「空っぽ」な受験生が主人公とのことで、年上の女性への憧ればかりでなく、その喪失感や焦燥にもう少し重点を傾ければ、青春映画の味わいがあったかもしれないが……。
-
フランス文学者
谷昌親
冒頭の橋の上の出会いとそこで吹く風が魅力的に感じられないのがまずは致命的だが、その後の展開においても画面には力が感じられず、物語も陳腐なエピソードの羅列にとどまっている。主人公と高校時代の友人たちとの関係をもっと描けば、少しは違ったかもしれないが、それ以前にキャスティングに違和感があり、演出にも冴えがない。同じように女性ピアニストが主人公だった昨年のテレビドラマは、大谷監督らしいセンスを感じさせる出来になっていただけに、残念としか言いようがない。
-
映画評論家
吉田広明
地元を振興したいという善意があればどんな映画であっても良いわけではなかろう。映画としてユルユルであれば、むしろその善意は見る者の反感さえ招く。地場産業に関わる兄弟、元カレであるその兄の方を訪ねて訪れたピアニストが死病を得ていたというメロドラマ。物語の通俗性は措き、その通俗性をただの一瞬すらも超え出ることのない演技、ピアニストが書く楽譜に一枚一枚彼女の「想い」が記される説明臭さ、彼女の演奏にフラッシュバックされる過去演出の凡庸にほとほと閉口する。
-
-
チャレンジャーズ
-
俳優
小川あん
前作「ボーンズ アンド オール」に続き、主演俳優がプロデューサーも兼任する製作スタイル。なにかと注目・期待されているルカ・グァダニーノ、主演はゼンデイヤ。いろんな意味で絶対的に面白くないわけではないんだけど、問題は捻くれた視点で作品を見てしまうこと。汗が滴るスローモーション。両脇に男を抱え、もみくちゃになるタシ。会場が吹っ飛ぶほど激しすぎる台風。決闘を睨むタシ。そう、少しスクリーンから距離をとりたくなるほど圧が強い。ゼンデイヤが歩くと、嵐すらも避けそうだ。
-
翻訳者、映画批評
篠儀直子
同じ女を二人の男が同時に愛する映画といえば、男たちこそが愛し合っているように見えることが多いのだが、その最もあからさまな例かも。対戦する二人はやがて完璧な相互理解へと至る。では女の立場はと言いたくなるけれど、この映画のゼンデイヤはこれぞ本領発揮で最高で、コートの中のゲームも外のゲームも彼女が支配しているのだった。テニスボールの主観ショットまで登場する、技巧満載のクライマックスの愉快さ。映画が進むにつれどんどんなじむ、レズナー&ロスのテクノ風電子音楽もよき。
-
編集者/東北芸術工科大学教授
菅付雅信
ルカ・グァダニーノ監督作で今や時代のファッション・アイコンであるゼンデイヤ主演。3人の男女のテニス選手の十数年にわたる複雑な三角関係を描く。物語はノンリニアな時間の流れをモザイク状に組み合わせ、最後の男二人のテニス対決という山場を迎える。ハイスピードカメラを含むカメラワークが秀逸で凝った編集も加わり映像力としては傑出した出来。グァダニーノ映画としては面白すぎる仕上がりだが、グァダニーノ映画にエンタメ以上のものを求める者には物足りない。
-
-
ドライブアウェイ・ドールズ
-
俳優
小川あん
B級映画のオマージュをベテランの映画監督が全力で作ったらどうなるか? それはもう、楽しいが炸裂。謎の男が狙われる最初のシークエンスで、カメラアングルとポジション、カット割り、編集の諸々で、イーサン最高だね! 突然現れるサイケな世界観もイケイケGOGO! そんな無茶苦茶なロード・ムービーはきちんと二人が結ばれる道のりであった。愛を育んだキスシーンは色っぽくドキドキした。ラブシーンは小ネタで笑わせられる。クィアのパートナーを偏向しない描き方が気持ちいい。
-
翻訳者、映画批評
篠儀直子
追いかけてくるギャングたちの描き方や、彼らと主人公ふたりが出くわしてからの展開にもうひと工夫ほしいけど、どこまでもくだらないたわいなさが最高なロードムービー。でも芯にあるのはロマンティック・コメディのエバーグリーンなフォーマット。「メリーに首ったけ」をみんなでニコニコしながら観ていた記憶が思い出される。マーガレット・クアリーとジェラルディン・ヴィスワナサンがふたりともすごく魅力的で、今後の活躍にますます期待大。クアリーがお母さんそっくりなのにもしみじみ。
-
編集者/東北芸術工科大学教授
菅付雅信
コーエン兄弟のイーサンの初単独監督作。レズビアンの女性二人がアメリカ縦断ドライブする中で犯罪に巻き込まれるコメディ。ちょい役のマット・デイモン以外はスターキャストはなく、徹底的にB級路線でコーエン兄弟映画から芸術性を引いてくだらなさを倍増した仕上がり。「それを意図してるんだよ!」という監督の声が聞こえそうだが、どこかしらインテリのB級ごっこ感がプンプン漂ってくるので、本気のB級映画のほうがずっと楽しめる。兄弟監督は単独では成功しないというジンクスがここにも。
-
-
罪深き少年たち
-
映画監督
清原惟
街の小さな商店で起きた強盗事件を発端に、警察の不正に立ち向かおうとした警察官と、裁かれることのなかった真犯人たちの話。権力に刃向かい干されてしまった警察官と共に、冤罪を着せられた可哀想な少年たちが立ち上がるというストーリーは、定番の流れや演出でありながら応援したくなる。映画としては少しご都合主義に感じられる部分もあったが、この映画を観た日にちょうど袴田事件の再審のニュースが流れたというタイミングもあって、主題としても考えさせられるものがあった。
-
編集者、映画批評家
高崎俊夫
ソル・ギョングの風貌は質朴で愚直なまでのヒューマニズムゆえに孤立し苦悩する人物像がすぐさま想起される。実話ベースの冤罪事件の真相を探る本作でも〈狂犬〉という異名をもつ敏腕刑事という触れ込みとは裏腹に、滲むように表出される優しさを隠蔽することはむずかしい。15年という歳月を行きつ戻りつしながら、刑期を終えた少年たちの現在と事件当時を交錯させる語り口もあまりに古色蒼然というべきだろう。とはいえ往年の〈警視庁物語〉シリーズを彷彿させる妙な安定感は捨てがたい。
-
映画批評・編集
渡部幻
冒頭に「実話に基づいたフィクション」と字幕が出る。時代背景は1999年から2016年。冤罪に青春を台無しにされた少年たちの物語で、熱血刑事が杜撰な捜査の真相に迫る。しかしこれは臆面もなくお涙頂戴的な脚色を施した作品であった。絵に描いたような正義漢、卑劣漢、臆病者が彩る感情のドラマは古めかしく、過去と現在を行き来する構成も効果的とは言えない。要点から要点に飛躍できる便利さがあったにしても、余程の趣向を凝らさなければ、肝心要の人の心に太く繊細な筋を通すことはできないのだ。
-
-
情熱の王国
-
俳優
小川あん
劇の舞台裏を描く映画の世界線は面白い。舞台装置を覗くことができるのが見どころの一つだ。本作品の出発点、事故車がステージ中央に置かれている。運転席に倒れている有望なダンサーの女性は、半身不随になる。破壊からはじまるミュージカル。そして、演出家と情熱的な若者たちによって、エモーションを蓄積していく。人物描写には多少テンプレート感があるけれど、そこに表現は求めない。自国を代表する個々の責務が情熱をもった身体を激しく揺らし、全体で一つのアクセルを踏む。
-
翻訳者、映画批評
篠儀直子
ストラーロのデジタル画面にどうもなじめないのだがそれはさておき、どこまでが舞台内の(虚構の)出来事なのかを曖昧にし、虚実の境を問う趣向のバックステージ物映画。動きを積み上げていくミュージカル的カタルシスを、まるで志向していない群舞の撮り方はさながらドキュメンタリー。サウラにはバルセロナ五輪公式記録映画「マラソン」という作品があって、坂本龍一も登場する開会式のパートが特にいいのだが、そこに見られるドキュメンタリー感覚と音楽センスが、この作品にも通じるように思う。
-
編集者/東北芸術工科大学教授
菅付雅信
スペインのカルロス・サウラ監督作でメキシコを舞台にミュージカルを作る過程を描いたミュージカルを映画に。現在のメキシコの治安の悪さと歴史の複雑さを背景にした劇中劇ならぬミュージカル中ミュージカルという入れ子構造をさらに映画にし、映画のカメラも中に映り込むという三重入れ子構成。撮影の名手ヴィットリオ・ストラーロによる頭脳的なカメラも相まって、芝居と舞台裏の線引きが曖昧で迷宮に迷うような映画体験。試みは実験的で面白いが、軸となる男女の物語は極めて紋切り型で落胆。
-
-
告白 コンフェッション
-
文筆家
和泉萌香
後味が最悪な(素晴らしい)原作でのキャラクターは日本人男性二人だったが、今回最初に「告白」をするのは韓国人男性に。あのオチがあるにしても、人外生物のような執拗なアクションに「シャイニング」的シーンなどなど、漫画ならば良いが実写だとキツいし、バタバタ動き回るせいで、せっかくの山小屋=密室という舞台も生かされていない。生田斗真とヤン・イクチュンならば、がなったり(「うるせえよ」と本人に言わせてしまっているし!)しなくとも凄みたっぷりだったはず!
-
フランス文学者
谷昌親
中盤からはホラーの色合いが強くなるが、サスペンスやミステリーの要素も盛り込んであり、山小屋の空間の使い方にも工夫が見てとれ、映画的な感興をそそる仕掛けは充分にある。ただ、おそらく密室劇にすることにこだわったからだろうが、既視感のある状況設定と人間関係があまりにも寸劇的に描かれる結果になってしまった。雪山での登山、山小屋で過ごす夜の時間の経過、そうしたなかで徐々に変化する人間関係、それらが描かれていれば、作品としての味わいが増したかもしれない。
-
映画評論家
吉田広明
山小屋での密室劇、二人しか登場人物がいないのでこれだけの上映時間になったのではあろうが、しかし掘り下げはすべきだったのでは。取り分け奈緒の人物像は通り一遍のものでしかなく、決定的な難である。この造形の浅さが、どんでん返しによる事件の真相開示を白々しいものにしている。人物造形の難は二人の一方を韓国人にした点にも現れており、韓国人だから日本人に対しコンプレックスを持っているという設定には不快なものを感じるし、そもそも現在もはや成立しないだろう。
-
-
美しき仕事
-
俳優
小川あん
見る人を選ぶ。クレール・ドゥニかドニ・ラヴァンのファンか、もしくはフランス映画史を愛する人など。そうでなければ、まずこの大胆さと繊細さを楽しむことができないと思う。軍隊を中心に置く作品を「集団映画」と勝手に呼んでいるが、(例えば「フルメタル・ジャケット」とか) 総体的な意味での整列から個の乱れを描く。本作は肉体的な反応に目が向けられ、理解よりも先に生々しい感覚を獲得できる。あらすじから決して想像できないように魅せ、一筋縄ではいかないのがクレール・ドゥニ。
-
翻訳者、映画批評
篠儀直子
いまごろわたしごときが褒めてもかえって作品に失礼なんじゃないかと思えて申し訳ないのだけれど、やっぱり褒めないわけにはいかない。故郷を離れた男たちの特殊な場に監督が向ける視線や、嫉妬の研究といった面も重要だが、それ以上に、一つひとつのショットの美しさと生々しさ、およびそのつながりが生み出す生々しさ、画面から独立して機能するナレーションなど、すべてが思考と感覚を触発する。あと、すでにネットミームになってるらしいけどやっぱりドニ・ラヴァンの突然のダンスは必見。
-