映画専門家レビュー一覧
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美しき仕事
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編集者/東北芸術工科大学教授
菅付雅信
仏クレール・ドゥニ監督の未公開作で、アフリカのジブチにおける外人部隊の訓練の日々を描く。主人公の指揮官をカラックス作品で知られるドニ・ラヴァンが演じ、新入りの兵士との複雑な愛憎が物語の軸になる。アフリカ、外人部隊、ラヴァンといい材料が揃っているのだが、映画は極めて単調に展開する。ラヴァンならではのシーンが随所にあるが、エンディングを含めて彼の役者力に頼りすぎで脚本の詰めが甘い。退屈なポエムのような脚本を作家主義と見なすフランス作家主義映画病の典型。
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映画『からかい上手の高木さん』
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ライター、編集
岡本敦史
基本的に「からかう」という行為はたやすく暴力になると思っているので、原作はあまり好きではない。そこに愛情やフェティシズムが存在するかのように描くファンタジーとしての巧妙さを、別媒体に置換するのは極めて難しく、そんな企画に監督もキャストも納得ずくで参加したのかどうか。漫画『高木さん』『(元)高木さん』の間に位置するオリジナルストーリーという発想は良いが、自由度にも想像力にも欠け、ヒロインの「からかい上手感」が伝わってこないのも、企画に乗りきれていない証左か。
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映画評論家
北川れい子
気になる相手の気を引くために、わざとからかったり、たわいないちょっかいを出したり。幼稚園児にもたまに見かける。そんな高木さんと、ターゲットにされたボクの10年越しのラブコメディ(?)で、舞台となる小豆島の穏やかな風景もボクの居場所にピッタリ。けれども似たような場面の似たようなやりとりが、中学時代を含めて何度も何度も繰り返され、すでに先が見えているだけに途中でダレてくる。主役の二人が、彼らが教える中学校の生徒たちとあまり違いを感じさせないのは、わざとなのかしらん。
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映画評論家
吉田伊知郎
原作もアニメも未読につき、10年後を描いた脚色の妙を実感できなかったのは残念だが、〈からかう〉は〈弄る〉ではないことを示す作劇は悪くない。終盤の長回しなどに今泉力哉らしさは感じるものの、人工甘味料のような味わいになってしまうのは、オリジナルと原作ものとの違いか、あるいは口を出す者の多寡かとも思うが、そうでなければ性を排したプラトニックな描写で引っ張ることはできまい。しかし、江口洋介みたいに教え子が同僚になっても生徒扱いを続ける学校は嫌だ。
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お終活 再春!人生ラプソディ
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ライター、編集
岡本敦史
まるで折り込みチラシや企業パンフのまとめ動画を眺めているようだった(せめて観ながらポイ活できる仕様ならよかったのに)。別にその情報自体が悪いとは言わないが、何もかも売らんかな精神で凝り固められているので、たとえば橋爪功演じる旦那がいくら口が悪くても「死ぬ間際にそんなムダ金ばっかり使えるかい!」とは絶対言わない。いまの日本人の「怒らなさ」に乗っかったような作りに、暗い未来を見た。豪華出演陣の健在ぶりを眺めていれば、ファンはいくらか安心できようが……。
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映画評論家
北川れい子
生きていれば人は誰でも歳をとる。「終活」に“お”をつけて軽みを持たせたこのシリーズ、今回も生前整理、葬儀の段取り、認知症の認定テストなど、シニア世代向きの実用的な情報を盛り込んでいるが、どの人物のどのエピソードにも笑いを忍ばせた脚本・演出はノリもよく、深刻にはならない。特に痛快なのは、前回同様、行動的で好奇心いっぱいの専業主婦役・高畑淳子と、彼女の掌でムダにぶつくさ言っている夫・橋爪功とのやりとり。実にお似合いだ。高畑淳子が歌うシャンソンも様になっている。
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映画評論家
吉田伊知郎
慌てて前作も観た不勉強な観客としては、続篇を期待する観客に水を差す気はないが、これだけのキャストを揃えて、こんなに緩くて良いのかと呆気に取られ続けた2時間を過ごす。後期伊丹映画が顔の知られたタレントを入れつつ、ハウツー映画の極北へ向かったことを思えば、そうした貪欲さは皆無と言って良い。こんなに芸達者なベテランを揃えれば、「九十歳。何がめでたい」を蹴散らす内容になったと思うだけに、大村崑のライザップぶりと、宮下順子の登場に喜んだのみでは寂しい。
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わたくしどもは。
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文筆家
和泉萌香
ヒロインの「わたくし」は現実感を抑制するためにあえて用いたとのことだが、彼女のいでたちからしても、他の言葉づかいからしてもその一人称には疑問が残り、<不自然さ>が逆効果に。佐渡島のロケーションはずっと眺めていたくなるほどに圧巻。だが、その島でカップルが心中した、ということ以外に背景が描かれず、形而上的な言葉の応酬ばかりで肝心の「生まれ変わったら一緒になろうね」も響かない。あの世でもこの世でもない場所における<ある種の現実>には精密さが必要だ。
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フランス文学者
谷昌親
なんだか能のようだと思いながら観ていたら、途中で実際に能役者が出てきて、なるほどと思わされた。要するに、歌舞伎や浄瑠璃によくある男女の道行を現代風の能として描いた映画だと言えるだろうか。作中人物たちがいるのは死後の世界であり、それでいて、佐渡島という現実の土地で物語が展開するため、幻想的でありながら、存在感の伝わる作品になっている。前半はフィックスの画面中心で、後半になるとオートバイが登場してカメラも動き、一種の高揚感が生じてくるのも魅力的だ。
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映画評論家
吉田広明
今は博物館になっている金鉱跡に、ふと出現する記憶を欠いた人々。色の名を自身の名とする彼らがその地で過ごす時間を淡々と描くのだが、SF的な設定なのかと思いきや、彼らがそこにいられるのは四十九日という設定で底が割れる。佐渡島での風景、建築は見事であり、出演者も贅沢なのだが、しかしそれは土台となる説話の「部分」に過ぎまい。部分の豪華さに気を取られ、全体のデザインが疎かになっている。「私たちは誰だったのでしょうね」と主人公は最後に言うが、それはこっちの台詞である。
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マッドマックス:フュリオサ
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文筆業
奈々村久生
チンピラグループ同士の抗争を規格外の装備とチームで繰り広げるドリーム。改造車もフル出動。馬力の大きいボス車に果敢に追従し、案の定砂壁を滑り落ちていく取り巻きのバイクが痛快。男性集団の異常性と狂気、マチズモの愚かさに対して、女性一人で立ち向かう個人の闘いを体現したアニャの眼力が圧巻。白熱の走行シーンからマンパワーあふれる基地の描写まで圧倒的なカロリーの高さで、御年79歳のジョージ・ミラーが実際に現場の指揮を執り続けているとしたら、想像を絶するタフネスだ。
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アダルトビデオ監督
二村ヒトシ
見たかったものは見れたけど、見たかったもの以上のものは見れなかった(こっちのハードルが上がりすぎてしまってるのだ)。世界観がもう完成してて、次に何がおこるか最後はどうなるか、わかってるといえばわかってて、異様に魅力的な新キャラは現れない2時間半は長かった。フェミニズムも更新されていなかった。アニャ・テイラー=ジョイの目つきだけが異様で、すばらしかった。異様なものがあちこちで鈍く輝いてないとマッドマックスじゃない。9年前に仰天させられたくらい驚きたかった。
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映画評論家
真魚八重子
端的に言うと、前作のフェミニズムに的を絞った構成と、シャーリーズ・セロンが完璧すぎて、それを超えられていない。前日譚はまだ幼女のフュリオサがただ籠に囚われ、男たちの決戦の枠外に置かれてしまう。アニャ・テイラー=ジョイは若手俳優では実力派だが、線が細くさすがにフュリオサの強靭さの再現には至っていない。ジョーの部隊の血沸き肉躍る太鼓隊なども、まだこの時期は派手さが足りない。しかしバイカー集団のディメンタス将軍を演じたクリス・ヘムズワースは儲け役。
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ライド・オン
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文筆業
奈々村久生
時代遅れのスタントマン精神にこだわる男が、愛馬チートウと自らの老いに直面しながら、ひたすら葛藤する。大規模な合戦シーン撮影の舞台裏が垣間見られるのは面白い。ところが彼の進退を左右する肝心の場面で、風を切って駆ける馬のたてがみは、チートウのそれと色も違えばそよりともなびかない。騎乗するジャッキーを正面からとらえたそのカットがこれでもかとリピートされる。ダミーを使った合成だと言わんばかりに。皮肉でないとしたら、なぜこんな杜撰な仕事をしたのか理解できない。
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アダルトビデオ監督
二村ヒトシ
僕はジャッキー・チェン映画をまったく履修せずに来てしまった人間なので、試写で観させてもらって申し訳ないという気持ち。きっとジャッキーとともに青春があってジャッキーとともに歳をとったマニアの皆さんにはたまらん作品なのでしょう。なので僕には楽しみポイントがわからなかったのですが、これは重大なネタバレですけどラストちょっと前の老いたるジャッキーがした判断は、今後のアクション映画の作りかたの変質と重ねられており、その部分にはさすがに感慨をもたざるをえない。
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映画評論家
真魚八重子
薄情なようだが、あまりジャッキーに思い入れを持たずに来てしまったので、怪我が原因で一線を退いた、スタントマンの主人公という哀れな姿は冷静に観てしまった。本作のジャッキー本人を髣髴とさせる、高齢化の憐憫をベースに立ち上げたような企画も受け止めきれない。人間は老いを避け難く、ユーモアも時代とともに変遷を辿っていくので、馬の器用な動きで笑いを取ろうとされても困る。以前にドキュメンタリー映画があったが、怪我を負ったスタントマンの実話のほうが興味を覚える。
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おいしい給食 Road to イカメシ
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ライター、編集
岡本敦史
市原隼人扮する教師の「お前は最後まで手を抜かなかった」というセリフに、あんたに言いたいよ、と思った瞬間、落涙。『孤独のグルメ』の松重豊とは異なる独自の食事芝居を編み出したのは偉業である。血管の切れそうな熱演は頭の回転の速さ、身体能力の高さにも裏打ちされ、見応えがすごい。そして当たり役を得るとはすなわち全スタッフの職人技を味方につけることだとも痛感。80年代という時代設定はややあざといが、きちんと現代的テーマも盛り込み、娯楽作の在り方として優秀である。
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映画評論家
北川れい子
そういえば昨今の急激な物価高で、給食会社の休業や給食費の値上がりがニュースになっているが、北海道の中学校が舞台の本作の時代は、バブルが崩壊するちょっと前。格別豪華な給食が出てくるわけではないが、給食を生き甲斐にしている主人公の教師が、暴走的妄想を発揮しながら食べはじめるとどれも美味しそうで、演じる市原隼人、給食のためなら見栄も外聞もなし。人は美味しく食べることを発明した唯一の生きものだ、という台詞もなるほどね。気楽に楽しめる消化のいい娯楽作。
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映画評論家
吉田伊知郎
恥ずかしながらTVシリーズも劇場版も未見につき、未知との遭遇だったが、市原隼人のアクションに瞠目する。1コマたりともノーマルな人間の動きを見せることを拒絶し、人力VFXともいうべき体技と表情を全篇にわたってやってのける。生徒を威圧しまくる直情的な教師像も時代設定を踏まえれば違和感はない。給食が町長選に利用される話だが、大谷グローブを私物化する非常識な市長もいる現代からすれば、本作で給食に介入する町長は、程よくスパイシーな味付けとして作用する。
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帰ってきた あぶない刑事
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ライター、編集
岡本敦史
自分たちが老いぼれたとはまるで思っていない主役コンビの活躍を描くというコンセプト自体は圧倒的に正しい。舘ひろしと柴田恭兵の(言い方はヘンだが)鋼鉄のように軽い芝居も、もはや至芸。問題は周囲のリアクションをどう描くかで、その相対化の欠如は今の娯楽映画とは思えない。旧キャスト陣が振り撒く不自然さを周囲の若手がほとんど指摘しない状態は、政界の忖度を見るかのようで不気味だ。とはいえ若々しさと分かりやすいオマージュで、前作の枯れた味わいとは一線を画した。
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