映画専門家レビュー一覧

  • 王様のためのホログラム

    • 映画ライター

      中西愛子

      仕事も家庭も失った男が、IT企業に転職し、サウジアラビアまで最先端製品のセールスへ。遠い異国の地で、迷える中年が第二の人生を歩み出していく。これはちょっとした米国人のためのイスラム案内。中東(ロケ地はモロッコ)を奔走して回る主人公が、トム・ハンクスというのがやはりポイント。ザ・ハンクス的魅力+セクシーさで、政治的メッセージも随所にちらつく大人の映画を牽引する。「インフェルノ」で彼の元恋人役を演じていた女優が顔を出しているが、伏線だったのかな?

  • マリアンヌ

    • 翻訳家

      篠儀直子

      オープンセットを含めた美術、衣裳の見事さにまず目を奪われる。戦時下を舞台にしたドラマには珍しく、色彩設計もゴージャス。そして、ゼメキスならこのくらい朝飯前だろうとは思うけど、フレーム内の人物や物の配置、キャメラのアングルや動きなど、各シーンの意図や象徴的意味を的確に伝える演出はやはり圧巻。あの砂嵐のなかの場面を見ると、こういうことのためならいくらでもVFXを使ってくださいというキモチになる。コティヤールの美しさはもちろん、ブラピも近年最高の美貌。

    • 映画監督

      内藤誠

      名作「カサブランカ」に敬意を表しながら、新しい技術を駆使して、黄金期のハリウッド映画の復活を試みた作品。さきの映画のハンフリー・ボガートの店も陰影に富んでいたが、ゼメキス監督は主人公たちが出会うクラブを色彩ゆたかなフアッションでかため、登場人物もいい。物語は戦時下のスパイスリラー、いやむしろブラッド・ピットとマリオン・コティヤールのメロドラマというべきか。魅力的な男女を中心にすえれば、面白い映画は出来るという企画で、昔からのハリウッド好きには受ける。

    • ライター

      平田裕介

      少し前の作品で例えるなら「嵐の中で輝いて」「さらば、ベルリン」みたいな古色蒼然を押し出した第二次大戦下ロマンス。そう言い切ってしまえばそれまでだが、ドンパチもエスピオナージュもバランス良く配分された飽きない作りになっており、疑念に駆られたブラピが家のあちこちに置かれた鏡でコテやんの行動を探る視線を追うカメラ、壮絶で美しくもあるロンドン空襲や空中戦も魅せる。ラストで熱演を繰り出すふたりだが、感極まったブラピが鼻ちょうちんを出しそうで実にスリリング。

  • くも漫。

    • 映画評論家

      北川れい子

      手にバットを持った“くもマン”の登場がアイデア。おデコにタラコ色の脳をくっつけた嫌味なゆるキャラ。入院中の主人公にしか見えず、ベッドの周りをウロウロする。生臭い自虐的な話が、この“くもマン”のおかげでビシッとし、反面教師的に主人公の再起を促して……。困った主人公を始め、どの人物にも悪意がないのもムズムズした笑いを生み、マジメさからおかしみを引き出す演出に好感が持てる。主人公役、脳みそ夫の受けの演技も節度があり、ナサケないけど憎めない。笑った。

    • 映画文筆系フリーライター、退役映写技師

      千浦僚

      高校の頃ソープに行っていた自分にとっては風俗店でイッた瞬間に倒れたことを家族に知られたくないドタバタとは品が良すぎ、話も小さく感じたが、可笑しさと魅力も感じた。男性登場人物全員が主人公の隠蔽援護にまわるのに共感。柳英里紗が可愛いが、当たり嬢だとしてもまた風俗嬢役をしていて心配。一応死線をくぐった主人公は「エクソシスト3」(RIP、W・P・ブラッティ!)の如き病院空間の不穏さを感じとり、「ヘルブレイン」の脳男(B・モーズリー)と化した。

    • 映画評論家

      松崎健夫

      実体験を基にしたエッセータッチの漫画を映像化する場合、原作を尊重すればするほど、どうしてもモノローグに頼らざるを得ない。いわば説明的になりがちなのだが、本作ではこれらエピソードの積み重ねが、映画終盤に活かされている。原作漫画のコマを使って、走馬灯のように物語がプレイバックされるのだが、1秒にも満たない其々のコマを観客が認識できるようになっているのも一興。それは各々のエピソードを忠実に描いているからで、観客の“記憶”を信用した演出の表れでもある。

  • ニュートン・ナイト 自由の旗をかかげた男

    • 翻訳家

      篠儀直子

      題材に対する監督の思い入れ、登場するモチーフの共通性など、スコセッシの「沈黙」と比較したくなるかもな映画だが、もちろん全体の感触は全然違う。歴史マニア(わたしのことです)にとっては興味深いところも多いけれど、大胆なフラッシュフォワードも次第に単調になり、結局「偉人伝映画」の退屈なパターンに収まってしまう。冒頭の戦場シークエンスの残酷描写が突出しているわりに、以後の語りに影響を及ぼしているわけでもなく、映画全体の描写の強さにつながらないのも苦しい。

    • 映画監督

      内藤誠

      南北戦争時代のアメリカ史を脚本監督のゲイリー・ロスが研究して、作った迫力がある。リンカーンと違い、歴史から埋もれたニュートン・ナイトをマシュー・マコナヘイが体当たりで演じ、彼を支える黒人モーゼスのマハーシャラ・アリも風格がある。権力者たちも容易には踏み込めない緑濃い密林と沼地をブノワ・ドゥロームが絶妙に撮影。KKK団と黒人をつるし首にする処刑。そして銃器の存在が今なおアメリカと切り離せないことが分かる。トランプ登場の時期、いいタイミングの公開。

    • ライター

      平田裕介

      分断、対立、搾取、格差に立ち向かったニュートン・ナイト。そうした問題が浮き彫りになり、とりあえず嫌な予感しかしないトランプという大統領が誕生してしまった現在だからこそ、観られてしかるべき作品だとは思う。ただし、人物紹介だけに留まっていてドラマは希薄なので、メッセージの熱量が高いわりには伝導率が低い。彼が戦う姿と、白人女性との結婚を違法とされて法廷に立つ黒人の血を引く曾孫の姿をシンクロさせたかったようだが、そちらもうまく機能しているとはいえず。

  • ミス・ペレグリンと奇妙なこどもたち

    • 批評家。音楽レーベルHEADZ主宰

      佐々木敦

      ティム・バートンって天才なんだな、とみんな知ってることをあらためて思い知らされること請け合いの傑作。この人の登場と成功がなかったら広義のファンタジー映画のあり方は今とは全然違っていただろう。グロテスクとキュート、ファニーとビューティフルが結局同じであ(り得)ることを、この監督は繰り返し教えてくれる。ご都合主義も予定調和もまったく瑕疵にならない。なぜならそれが「アメリカ映画」の武器だから。相変わらずサミュエル・L・ジャクソンの万能俳優ぶりがすごい。

    • 映画系文筆業

      奈々村久生

      エヴァ・グリーンのブラックなコスチューム・プレイとドSなキャラクターがハマりすぎていて、迷える子供たちと脱線しがちなドラマをガッチリ引き締める。それに甘える形で、無生物に命を吹き込む子供の能力を描くシーンではフランケンシュタイン博士よろしく異なる生き物の異なる体のパーツをつなぎ合わせて嬉々と動かしてみせたり、邪悪チームの命綱である眼球の描写に並々ならぬフェティシズムが注ぎ込まれているなど、ティム・バートンの変態性が炸裂しており、思わず顔が緩む。

    • TVプロデューサー

      山口剛

      島の古城で超能力を持った子供たちを庇護しているミス・ペレグリン。バートンならではの忘れがたいキャラクターだ。子供たちの様々な超能力がなんとも楽しい。海辺のサーカス小屋で展開される奇妙な子供たちと、S・L・ジャクソンや骸骨人間たちの入り乱れてのアクション・シーンの面白さは一寸比類がない。レイ・ハリーハウゼンや多くのファンタジー映画へのオマージュなのだろうが、そんな知識が無く初めて見る人も楽しめること請けあいだ。主人公の少年の成長物語でもある。

  • キセキ あの日のソビト

    • 評論家

      上野昻志

      ちょっと甘いかな、と思いながらも、★一つ奮発したのは、歌と、松坂桃李と菅田将暉の兄弟が、絶妙なハーモニーを奏でていたからだ。音楽をやるなど絶対に許さぬという厳格な父親に、正面から向きあう兄(松坂)の思い詰めたような顔や佇まいに対し、趣味として音楽を楽しみながら、親の期待に応えようとする弟(菅田)という対比が、二人の俳優によって見事に表現されていた。ただ物語として、それを生かしているのは、今どき珍しい厳父という存在が重しになっているからだろう。

    • 映画評論家

      上島春彦

      兄弟を演ずる俳優が好い。松坂と菅田に外れなし。でも実話だという前提に寄りかかっている。言い換えればこのグループのファンにしか気持ちが届いていないな。ファンに見せるのが目的だろうから無粋なことを言っても仕方ないのだろうが。企画の救いはお母さん。兄弟が真っ当な生き方を貫けたのは彼女のおかげであり、そこを強調できたことで父親のダメさまで救われた感じになる。兄貴に才能を見出された弟、という物語で楽曲が作られる過程が面白い。恋バナは要らなかったのでは?

    • 映画評論家

      モルモット吉田

      観る前は軽薄な音楽青春ものだろうと思っていたが、古めかしいタイトルの出し方におやと思わせ、手堅い作りの青春映画になっていることには好感。右往左往するだけの類型的な母親の描写はうんざりだが、息子の音楽活動に断固反対する古典的頑固親父は小林薫なので見ていられる。脇で弾ける役を演らせると面白くなってきた松坂が荒っぽく指導しながら自宅クローゼットで宅録する描写がいい。直接的な言葉ばかりのこっ恥ずかしい歌詞への嫌味を松坂の口から言わせたのも溜飲が下がる。

  • ANTIPORNO(アンチポルノ)

    • 映画評論家

      北川れい子

      極彩色のビジュアルや、神経を尖らせた挑発的な演出は、ペドロ・アルモドバル作品を連想させるが、スタジオ撮影に仕掛けをした二重、三重の破壊的ドラマは園子温監督の面目躍如、この作品が生まれたというだけでも日活ロマンポルノの再起動、大いに意義がある。そういえば園監督は再起動の記者会見で、“女性の権利と主張は何か”を考えて作ったと語っていたが、そういったテーマ(!?)よりも女優力と映像のパワーの方が先行しているのが私には嬉しい。特に筒井真理子が素晴しい。

    • 映画文筆系フリーライター、退役映写技師

      千浦僚

      勢いばかりで最後は放り投げている。キリスト教的なものや家族関係からくる抑圧とそこからの解放が女性の淪落とメンヘラ的大暴れに仮託される。相変わらずの園子温節だが、冨手麻妙が叫ぶ、ポルノ=反体制のイメージやそこに安住する男たちへの批判には、それらを良きものとするときに高をくくっていた部分をグッサリ刺された(とはいえ釜ヶ崎の路傍で、ウチ、なんや逆らいたいねん、と呟いた芹明香の輝きはいささかも色褪せないが)。あと筒井真理子さんが脱いだ衝撃&感動。

    • 映画評論家

      松崎健夫

      繰り返しになるが、このリブートプロジェクトは〈ロマンポルノ大喜利〉として「今回の5作品内で相対的に評価すべき」というのが個人的見解。そういう意味で本作には『悲愴に乱れる』といった趣もある。予算や濡れ場といった〈大喜利〉に対して、監督の姿勢ははっきりしている。性的暗喩を導く悪夢的な映像美には、逆転・堂々巡り・入れ子の構造といった園子温の過去作品との共通点があり、赤・青・黄の三色を基調とした室内の色彩が裸体と対比され、光が“影”をも生み出している。

  • エゴン・シーレ 死と乙女

    • 映像演出、映画評論

      荻野洋一

      史実に忠実な内容だとのこと。しかし芸術家の生きざまに取り組む場合、忠実さだけではじゅうぶんではない。溝口「残菊物語」の花柳章太郎の、ルノワール「黄金の馬車」のマニャーニの正面ショットが有する華やぎの中の残酷を、あるいはベッケル「モンパルナスの灯」の坂道を来るG・フィリップに照りつけるニースの陽光を、映画は欲する。本作はE・シーレへの共感という点で人後に落ちないが、残酷な運命に目を向けてはいても、目を向けることそのものの残酷さが不足している。

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