映画専門家レビュー一覧

  • ウィーナー 懲りない男の選挙ウォーズ

    • 脚本家

      北里宇一郎

      作り手は、過去のスキャンダルを乗り越えて、ニューヨーク市長選に挑む男の姿を描こうとしたんだろうなあ。ところがまた思わぬトラブルが起こって。いやもう途方に暮れる映画スタッフの顔が眼に浮かぶようで。マスコミ陣は格好の餌食とばかり男とその妻を追いかける。その大騒動ぶりに作り手の報道批判が窺えて。なんかこれ、森達也の映画みたい。けど森が、執拗に撮影対象者の内面に迫ろうとするのに較べ、こちらは客観の視点に徹し続ける。その距離の置き方が食い足りなくもあり。

    • 映画ライター

      中西愛子

      2011年、自身のツイッターで、とある性癖証拠を拡散してしまい、失職した元下院議員アンソニー・ウィーナー。2年後、再起を懸けてNY市長選に立候補する日々にカメラが密着する。が、彼はまたやらかす。実績と人気を誇っていた政治家の転落劇は、もはやアメリカ中のエンタテインメント。その一部始終に?然。しかも本作は最中にある当事者の裏も表も赤裸々に見せるから凄い。不甲斐ない夫のそばで憮然と佇む妻。「FAKE」もそうだったが、妻の腹の中が謎めいていて何ともコワい。

  • 愚行録

    • 評論家

      上野昻志

      妻夫木聡演じる週刊誌記者による、未解決の一家殺害事件の聞き取りに登場する関係者それぞれの像が、よく描かれている。つまり焦点は、殺された夫婦に当てられているのだが、それを語る関係者の思惑が同時に明らかになるのだ。だから、観客は、見るほどに謎を深めていくのだが、この作劇はなかなかなものだ。それはともかく、精神分析を受けている場での満島ひかりの、ほとんど無垢にも見える表情での語りは素晴らしい。対して妻夫木は、訳ありとはいえ最初から表情が暗すぎる。

    • 映画評論家

      上島春彦

      原作はインタビュアーが前面に出てこない分、謎の要素が多くもやもや。そこがいいのだが。映画はジャーナリストが未解決の殺人事件を追う物語をはっきりさせている。冒頭のつかみは日活の青春映画に似た趣向があるものの、こっちの方が底意地が悪い。出てくる人誰もが誰かを陥れたり、おとしめたりという連続でいかにも「ひっかけ所」満載ミステリーを最初からやってると分かる。結構無茶な展開が待っていて、それが愚行の意味。とはいえ妹に対して愚かじゃない兄貴なんていないか。

    • 映画評論家

      モルモット吉田

      「怒り」でもモデルになった世田谷一家殺害事件だが、映画としてはこちらが上。事件後、周辺が空き地となって荒れた不穏な雰囲気もよく出ている。育児放棄で拘置された妹を抱える記者が事件を追う過程で明かされるスクールカーストを虚仮威しの演出ではなく、それぞれが日常を営む上で自然に身に着けた鎧として描いているので臭くならない。脚本の完成度は高いが全篇にわたる生硬な演出は功罪相半ば。終盤は演出も転調が必要だったのでは。小出恵介のナチュラルな人でなし感が絶品。

  • スプリング、ハズ、カム

    • 評論家

      上野昻志

      長い。全体もそうなのだが、一つ一つのシーンやショットが長すぎるのだ。最初の、少女と老婆のやりとりにしても、階段のシーンにしても、引っ越しの場面での運送業者とのやりとりにしても長い。さらには、初めて上京してきた父娘が新宿で亡母の妹と三人で食事をするシーンも長いし、父親が勘定を払うところでの店員との応答も、素朴で実直な彼の性格を表すつもりなのだろうが、しつこい。これは作り手が、東京で一人暮らしを始める娘と別れる父親の気持ちに入れ込み過ぎたためか。

    • 映画評論家

      上島春彦

      誰かが誰かをおんぶして歩くシチュエーションが決まれば、それだけで映画は傑作になる。と言っても今「無能の人」しか思い浮かばないが。これもそこに上手いことたどり着いて星を伸ばした。広島弁というのも映画的。まあそれは色々あるな。時間が数日間を行き来する複数エピソード構成で、娘の東京暮らしの準備のための父との小旅行を描く。ご当地映画という言葉はすっかりおなじみになったが、ある意味これは究極。主要舞台はおおよそ商店街一つ分だ。この父娘コンビいいですよ。

    • 映画評論家

      モルモット吉田

      間延びさせて尺を稼ごうとしているのかと思うほど、各シーンが無駄に長い。冒頭の引っ越し業者と大家の老婆との会話からしてそうだが、亡母の妹と新宿で落ち合った父娘が店で食事する場面も、15分にわたってどうでもいい会話が続く。退屈な会話をそのまま見せるのと、退屈な会話を描くのは違う。「四月物語」に小津を加味した〈二月物語〉とでもいった雰囲気を狙ったようだが、父娘の東京への戸惑いも一人暮らしへの憧憬や不安も無く、祖師ヶ谷大蔵の地域PR映画としか思えず。

  • 雨の日は会えない、晴れた日は君を想う

    • 批評家。音楽レーベルHEADZ主宰

      佐々木敦

      同乗していた自家用車での妻の事故死をどうしても哀しめない仕事人間の男がありうべき感情の不在に向き合うべく身の回りのあらゆるモノを破壊する。ジェイク・ギレンホール演じる主人公(好演!)が書く手紙がナレーションされるのだが、彼の心理は明解には説明されない。なぜなら彼自身、わかっていないからだ。ここにこの映画の核心がある。脚本の映画であり、演技の映画である。何かを修理するためには、一旦解体しなくてはならない。ナオミ・ワッツと出逢ってからの展開は秀逸。

    • 映画系文筆業

      奈々村久生

      自分の感情を見失った寡夫が現実とのズレに戸惑いもがく様がユーモラス。もう若者ではない大人の自分探しはジャン=マルク・ヴァレの得意分野だが、今回は遠くへ旅に出るのではなく慣れ親しんだ周りの世界がある日突然異境となる。正常と異常のボーダーラインにあるギリギリの危うさをジェイク・ギレンホールが好演。この映画での極端な破壊行為はその逸脱がきちんと機能している。あそこまでドロップアウトしながら社会復帰できるのが羨ましい。音楽の使い方がいい。

    • TVプロデューサー

      山口剛

      空虚な生活の象徴のガラスとコンクリートの瀟洒な住宅、贅を尽くした家具調度をハンマーで打ち壊すことにより自己回復を図るというテーマはかなり文学的かつ哲学的と言えるが、破壊が痛快でカタルシスを与えてくれるのは確かだ。忘れがたいキャラクターは十二歳の美少年クリスだ。この魅力的な問題児は自分はホモではないかと悩みを主人公に打ち明け、彼の破壊活動に心から楽しそうに協力する。二人の心の交流がこの映画の見どころだ。ギレンホールに一歩も引けを取らない子役だ。

  • ナイスガイズ!

    • 批評家。音楽レーベルHEADZ主宰

      佐々木敦

      まったく“ナイス”でない男二人によるズッコケ活劇の秀作。舞台は1977年のロス。ひょんなことからポルノ業界の暗部に首を突っ込んだ何でも屋と私立探偵の凸凹バディもの。ラッセル・クロウの強さタフさとライアン・ゴズリングの弱さダメさのコントラストが笑える。サスペンスフルなストーリーは後半かなり盛り上がるが、事件それ自体の進捗よりも場面ごとの演出を楽しむ映画だと思う。やたらとパパの捜査に絡みたがるゴズリングの娘を演じるアンガーリー・ライスが可愛過ぎ。

    • 映画系文筆業

      奈々村久生

      窓の奥に見えている車があれよあれよと近づいてきて部屋のガラスを派手にぶち破る。室内の平和が一瞬にして壊れる。冒頭からかまされるこうした豪快なクラッシャー描写はその後もたびたび繰り返されるが、それが単なる乱暴さや粗雑さにしか見えず、上手く生かされていない。拍車をかけるのがラッセル・クロウの暴走。彼自身のイメージとも容易に重なるが、コメディ風味で処理できるレベルを遥かに超えている。事態の惨状と能天気なテンションが?み合わず乗り切れない。

    • TVプロデューサー

      山口剛

      絶好調のライアン・ゴズリングと役のため肥ってお腹の出たラッセル・クロウのバディ振りが絶妙。この種のオフビート・タッチのミステリー・コメディーはよほどの技術とセンスがないとなかなか出来ないものだがこれは成功している。不発のギャグが少なく、上手く決まっているのが見事だ。同じようなタッチの私立探偵もの「インヒアレント・ヴァイス」は、原作が前衛派のトマス・ピンチョンで監督がP・T・アンダーソンなので作品的評価も高かったが、娯楽作に徹したこの映画も遜色はない。

  • 息の跡

    • 映画評論家

      北川れい子

      小森監督の何よりの手柄は、すでに国際人の種苗店の店主、佐藤氏に出会ったことだろう。据えっ放しのカメラの前で佐藤氏は、あれこれの仕事をこなしながら、震災のことや津波の被災体験を語る。岩手・陸前高田市のガランとした道路沿いの店。インタビュアーも兼ねている監督は、質問することがないのか、できないのか、とにかく佐藤氏のリアクションに全て丸投げ、そんな監督に佐藤氏は根気よく付き合う。個人を追うことで全体を俯瞰するのは記録映画の一つの手法だが、甘えてる気も。

    • 映画文筆系フリーライター、退役映写技師

      千浦僚

      観始めはイライラした。古臭いだろうがビデオ以前のドキュメンタリーを観てきた記憶や感覚がまだ根強くあって、それとは体質の違うとにかく素材だけは沢山撮られている近年のドキュ作品の機材的有利さの裏に貼りつく無策さを強く感じたせいで。しかし観るうちに、決め打ちでないゆえに捉え得た細部の発見的感覚と、被写体である佐藤貞一氏の魅力がそれを超えた。苦難を受けた男が水の湧く場を拓くがそれはまた消える。「ケーブル・ホーグのバラード」とほぼ同じ感銘を受けた。

    • 映画評論家

      松崎健夫

      日頃から独り言が多いのか、それともカメラが回っているから喋るのか? 佐藤さんはよく喋る。本作が特異なのは、ビデオカメラで家族の思い出を記録した映像のように、被写体がカメラを意識し、レンズ(監督)に向かって語りかけている点。その語りが説明となることでナレーションの類いを必要としなくなる。我々はカメラを通して被写体が喋りかけてくる姿を観察しているようだが、実は撮る側を観察している佐藤さんを見ている。この不思議な関係性が全篇を支配しているのである。

  • セル

    • 翻訳家

      篠儀直子

      レシーバーから鋭い音が聞こえた途端ヘリコプターのパイロットが死ぬという、昔の007映画のワンシーンが軽いトラウマになっている身としては、この物語の発端がリアルに怖い。アクションの編集は疑問だが、こけおどし的演出にあまり頼ってないのは好感持てる。画面的には、昼間に活動するゾンビの大群から逃げつつ、スピルバーグの「宇宙戦争」を(低予算で)やっている感じ。ラストのまとめ方を観るといよいよそう思われる。クライマックスの悪夢的イメージはなかなかの魅力。

    • 映画監督

      内藤誠

      「キャリー」や「シャイニング」などスティーヴン・キングの原作には腕のいい監督の映画が多いので、比較して点が辛くなる。携帯電話の電源が切れることから人類の破滅が始まるという出だしの演出は、もたついていて何とかならないものか。以後、携帯電話を持っている者が狂えるゾンビの群れと化すのも説明的だし、彼らを車で轢いていくシーンなど、単なる悪趣味で、主人公のキューザックも芝居のしようがない。扉の向こうに怖いものがいるという場面も古いパターンの繰り返しだ。

    • ライター

      平田裕介

      原作となっている小説は、日本版だと上下巻に分かれて800頁ほど。厚すぎるわけじゃないが薄すぎるわけでもない同小説を98分の映画に仕立てるためにはいろいろと端折らざるをえなかったようで、なんだか展開が唐突すぎる。説明のつかぬスーパーナチュラルな現象を描いた物語ゆえにそれでもいいのだが、最後まで取り残された感じ。怪電波受信による民衆発狂とそれによるボストン地獄変、ひしめく彼らを一斉焼殺など、原作の名シーンを漏れなく映像化した気概は買いたいところ。

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