映画専門家レビュー一覧
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疾風スプリンター
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翻訳家
篠儀直子
ドキュメンタリーかと見まがうオープニングのあと、ここがクライマックスなんじゃないかと思える迫力のシーンが早くも登場。しかしそれですら序の口で、次々登場するレースシーンの凄さはもう観てもらうしかない。猛烈なスピード感と、その運動にともなって空間が開けていく圧倒的な爽快さ。レースシーンの一貫したリアリティに比べ、のどかな三角関係は最初箸休めみたいに思えるが、思っていたほど単純明快な物語ではないとやがてわかってくる。主人公と母親の関係の描き方も鮮烈。
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映画監督
内藤誠
世界的に自転車ロードレースのファンは多いらしく、日本のテレビでもツール・ド・フランスの実況などを楽しめるようになった。その大会で連覇を果たしたランス・アームストロングがドーピングをしていたという「疑惑のチャンピオン」も最近公開されたばかり。そこへ台湾各地で連戦し、世界をめざすロードレーサーの物語の登場だが、苛烈なライバル競争とともに資金をめぐる裏話がシリアス。俳優が命がけで迫力はあるものの、けが人続出という宣伝用の記事を読むと、切なくなった。
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ライター
平田裕介
男女問わず出てくる者たちが、どこまでも熱くて爽やかで正々堂々としている。そこにただでさえスピーディーなロードレースの描写が乗っかるので、スイスイと観てしまう。さらに、舞台も台湾南部の高雄や武嶺峠、マッターホルン、韓国の競輪場と、風光明媚な場所から欲望ギラつく場所までグルグルと巡るうえに、主人公にマディソン競技までやらせたりと、飽きさせない。ただし、各キャラの設定や造形がお決まりな感じだし、展開も予定調和ゆえにグイグイとこないのも正直なところ。
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人魚姫(2016)
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翻訳家
篠儀直子
日本の某ロボットアニメの主題歌を含めた音楽の遊びにいちいち反応し、ハンサムでダンディな特別出演のツイ・ハークに見とれ、序盤はサービス精神旺盛すぎて話が頭に入ってこないくらい。ところがそのあと徐々にシリアス度が増してくる。その移行に無理がなく、人魚捕獲シーンも本格アクション映画として演出。お定まりの展開のロマンスにもしっかり感情移入させられ、冷静に考えたらとんでもないヴィジュアルのキャラクターばかりなのに気にならなくなるのもすごい、華やかな楽しさ。
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映画監督
内藤誠
ブルース・リー映画の音楽ではじまり、ツイ・ハークがカメオ出演したりして、香港映画の伝統を受け継いだアクション・コメディのムード満載。環境汚染で海に住めなくなった人魚たちが悪の根源たる大企業の社長の暗殺を謀るなどという話は、日本ではできないので、さすがチャウ・シンチー監督だと思う。ギャグもしつこく、タコ兄の扮装と演技が笑えた。人魚姫の新人リン・ユンより憎まれ役の投資家キティ・チャンの熟女ぶりが魅力的なので、ダン・チャオが忍耐の芝居を強いられる。
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ライター
平田裕介
チャウ・シンチーの前作「西遊記~はじまりのはじまり~」では寒いギャグの応酬に耐えられなかったが、今回は打って変わってベタなギャグがベルトコンベア。“シンチーらしさ”みたいなアクは薄れてはいるが、汚ッサンになって改めてわかりやすいものが好きになったコチラとしては有り難いし、実際に笑えるから良しとしたい。半人半魚たちの生態や生活様式がバッチリと反映された、大掛かりで独創的な彼らのアジトのセット、それがガッチリと活きてくる終盤の立ち回りもお見事!
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ブラック・ファイル 野心の代償
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翻訳家
篠儀直子
とびきりヤバいファム・ファタルが登場し、セックスとバイオレンスが物語を駆動する、フィルムノワールのエッセンスが詰まった映画。その一方、穴だらけでぎくしゃくした変な構成なのだが、ほんとうに面白いのは、この監督が明らかにハリウッドのメインストリームとは違う映画にしようとしているところ。意識的なフレーム使いや窓越しのショット、外連味たっぷりのキャメラの回転など、あの監督やこの監督を思い出す。殺し屋イ・ビョンホンが肺病病みだったりの妙な細部も気になる。
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映画監督
内藤誠
9・11以後、文学も映画も内面の怯えを表現するものが多いけれど、日系アメリカ人監督のデビュー長篇もまた娯楽作品ながら、登場人物のすべてが影を持って生きている。ホプキンス、パチーノ、ビョンホンが脇を固めると、主演のデュアメルの二枚目ぶりが損な役どころになってしまい、実はこうだったという謎解きも鼻につくのだが、クスリと銃と突然のテロがあり、弁護士と医者の夫婦でさえ、平穏無事には生活できないという現実がよく描かれていたので、次回作を期待、高点をつける。
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ライター
平田裕介
グッドルッキングガイであるのは間違いないが、なんとも個性がないというか響くものがないJ・デュアメルが主演。心配になったものの、A・ホプキンスとA・パチーノ扮する怪物キャラに翻弄されまくる役柄を演じるという点では、そのペラペラ感が功を奏してなかなかのハマりぶりを見せる。ストーリーも「ザ・ファーム/法律事務所」に「ゴーン・ガール」を掛け合わせてみましたな感じで真新しくもないが、前述の御大ふたりがやたらと引っ張るし、さらっていくので最後まで観てしまう。
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NERVE/ナーヴ 世界で一番危険なゲーム
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批評家。音楽レーベルHEADZ主宰
佐々木敦
最新ネットカルチャーとSNSをフルに活用した、最近ますます増えてきたタイプの作品。親友への当てつけでムチャ振りオンラインゲーム『ナーヴ』(要するに『VICE』みたいなもの)に参加したヒロインをエマ・ロバーツが嬉々として演じている。青春映画、恋愛映画としての基本姿勢は古典的なパターンだが、だからこそ道具立ての新しさとスタイリッシュな画面が映えるということなんでしょうか。正直興味が持てない世界だと思ったが、後半やや意外な展開に。いや、そうでもないか。
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映画系文筆業
奈々村久生
脚本が実によく出来ている。今の自分を変えたいがその勇気やきっかけに飢えていたティーンの女子の元に、手軽で慣れ親しんだツールによって絶好のチャンスがもたらされる。ゲームの中の挑戦が人生への挑戦に直結する。少々無茶なハードルでも自らの動機ではなくゲームのミッションだと思えばクリアできてしまう。実体のない誰かの命令に従うことで自分の責任を曖昧にしつつ安易に達成感を手にした気になれる怖さ。終盤、ゲームの舞台を現実に移して実状を明かす描き方もスマートだ。
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TVプロデューサー
山口剛
オンラインゲームに参加したヒロインの冒険譚であるが、青春ドラマ、近未来SF、サバイバル・ゲームなどのいいとこ取りで気楽に楽しめる作品になっている。スタテン島のロケも悪くない。映画はハッピーエンドに終わるが、果たして現実のNET社会の未来はそんなに楽天的なものだろうかという疑問が残る。住民監視システムの完備を初めディストピア的側面をこの映画から読み取れるだろうか? 近未来の設定がサバイバル・ゲームのための背景としてしか機能していないように思える。
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ダーティ・グランパ
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批評家。音楽レーベルHEADZ主宰
佐々木敦
自由過ぎるグランパと生真面目過ぎる孫との二人旅という設定は正直言って使い古されたパターンだが、台詞のセンスと演技の味で勝負。そしてそれはかなり上手くいっている。下品&違法ネタ満載のギャグは相当に可笑しく、デ・ニーロとザック・エフロンの息の合った掛け合いで愉しませてくれる。「エブリバディ・ウォンツ・サム!!」のゾーイ・ドゥイッチが出てるのだが(可愛い!)、ちょっと全体のおバカな雰囲気も似てるかも。しかしデ・ニーロ年取ったなあ。すごく元気だけど(笑)。
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映画系文筆業
奈々村久生
脚本家の足立紳さんの初監督作「14の夜」には、息子のAVをこっそり見ていたところを当の息子に目撃されて狼狽しまくる父親の姿が情けなくも滑稽に描かれている。ところが本作のデ・ニーロときたら、妻亡き後のリビングで堂々と自慰行為の最中に孫が入ってきても、慌てるどころか最後まで存分にことを済ませる。父親と祖父ではワンクッションあるとはいえ、同じようなエピソードでも人が変わればここまで違うものかと感動してしまった。タイトルがすべてを物語る潔さ。
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TVプロデューサー
山口剛
ここまで際どい脚本はないとデ・ニーロが言う如く際どく破天荒な老人映画だ。妻に先立たれた絶倫老人(名前はDick!)のセックス三昧の道中記だ。ティッシュ片手のオナニー・シーンから始まり孫より若い女性のお腹の上で「アイゼンハワー!」と叫んで果てるまでをフォーレター・ワードを叫びまくりながら名優は熱演する。張りぼてを股間につけた男や顔にペニスを描いた男たちが乱舞し、卑語猥語が盛大に飛びかう映画だが、H大好きな諸兄姉はきっと楽しめるだろう。
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人生フルーツ
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映画評論家
北川れい子
市井に生きる夫婦や人々に焦点を当てれば、どんな人にでもドラマや生き方へのこだわりが見えて当然。その人生が普遍的である必要もない。人は人。他人の生き方を覗いたからって、余程のことがない限り、自分の人生が変わるわけでもないし。老いた建築家夫婦の記録も、だから、よくここまで自分たちの人生、自分たちの日常を晒す気になったなと、そっちの方に感心したり。ま、確かにシンプルで風通しはいいが、取材する側が妙にこの夫婦の歴史や生き方に肩入れしてるのが嫌み。
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映画文筆系フリーライター、退役映写技師
千浦僚
様々な主題を孕むのでどう受け止めるべきか、見終えてぼうっとするが、とりあえず良いものを観たなとは思う、が、それはパッと見の印象である、経済的な意味ではなく豊かな(まあ年金もすごくもらってるのだが)老後生活とスローライフ礼賛みたいなものとも完全には一致せず、彼らの生活を、裏切られ続けた理想(の都市・生活空間設計)ゆえの、抗議としての、後半生まるごと懸けた優美な座り込みと解したとき、ようやく本作から受けた感銘を納得できる。価値ある、良い記録映画。
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映画評論家
松崎健夫
第88回アカデミー賞候補作には、1950年代を舞台にした作品が多かったという特徴があった。50年代は、〈サバービア〉と呼ばれる郊外の住宅地が造成され、誰もが同じような暮らしを営むことを好しとした時代だったが、遅れて日本では60年代になって団地が乱立。その流れに抗った建築家の姿が本作にはある。それから半世紀の時が経過し、彼の先見性は間違っていなかったと証明されたが、老後の問題は介在する。そのことに目を背けない本作は、更に深い洞察を提示している。
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MERU/メルー
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映像演出、映画評論
荻野洋一
人類は進化以来、もっぱら平らな土地を歩行し、斜面には段や手すりを設けて対処してきた。ところが本作における登山家たちは、人類の進化にノンを唱えているかのようだ。彼らは斜面どころか、ヒマラヤ山脈メルー中央峰にそびえる岩盤に釘を打ち込みながら登る。直角に上昇するというこの欲望は、人間という動物の構造を無視した狂気の衝動である。自然ドキュメンタリーであるが、人の精神にうるおいと解放をもたらす自然はここにはなく、自然に取り憑かれた狂気だけがある。
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脚本家
北里宇一郎
人跡未踏のヒマラヤの高峰に挑んだ登山家たちのドキュメント。何せその一人がキャメラを廻してるんだもん。すごい臨場感。ちと画角が限られて(そりゃそうだ、自分も登ってる)、狭苦しい感じはするが地上との距離は分かる。いやあ、高所恐怖症じゃなくてよかった! 彼らが登頂に至る経過とか心境も、コメントや記録映像で分かりやすく解説されて。いっそのこと登頂日記というか、一人称キャメラの映画に徹すればとも。にしてもクライマーとか登山愛好家が観れば垂涎の一篇だろうなあ。
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