映画専門家レビュー一覧
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BETTER MAN/ベター・マン
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著述家、プロデューサー
湯山玲子
スター映画はちまたに数多くあるが、本作が描いたのは、「人はパンのみで生きるにあらず」という本質的なエンタテインメントの実像。「スターは普通じゃない」というメタファーを、猿顔の主人公にて共通理解させた上での挫折と成功の物語が陳腐に陥らないのは、修辞的な台詞のセンスにもある。大衆音楽のベースがメディアと芸能界にしかない日本と違って、パブやミュージックホールの伝統があるイギリス。芸人や音楽家たちの骨太なバックボーンの描写は、この監督ならでは。
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マリア・モンテッソーリ 愛と創造のメソッド
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映画評論家/番組等の構成・演出
荻野洋一
モンテッソーリ教育法の創始者の伝記は、現代映画にふさわしい好企画だ。家庭に収まることを断固拒絶して研究活動に邁進した主人公女性の自己解放にフォーカスしたシナリオはよい。架空の高級娼婦を作り出し、彼女と知的障がいをもつ娘との関係の推移を、主人公と合わせ鏡にしたのが秀逸だ。ただしこれがデビュー作となる監督は思想家ツヴェタン・トドロフの娘とのことだが、力不足を露呈している。意義深い題材を揃えても、カメラに収める際のアイデアが不足。もっとシネマを飛翔させよ!
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アダルトビデオ監督
二村ヒトシ
子どもたちはもちろん全員ガチで、ドキュメンタリーだとまでは言わないが少なくとも「頭が良くて芝居が上手な子役」の達者な演技を見せられているよりは楽しい。この子どもたちが出演してるからこそ大人の臭い芝居が伝える切実なフェミニズムが心に響く。余談ですけど、現代日本でも続いてる「健常」児へのモンテッソーリ教育は、かえって児童から協調性を奪うという批判もあるようだ。だが普通の学校で教えてる協調性とやらのせいで世界はこんなになっちゃったんじゃないのって気もするんだが。
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著述家、プロデューサー
湯山玲子
子持ちキャリア女性の先駆者を描くときの定石は、仕事か、子育てかの悩みだが、本作においてはその軸が強調されていることに違和感アリ。何せ主人公は、教育を哲学、精神医学も含め徹底的に科学した合理精神の女性なので、そのあたりを描くには丁寧さと説得力が必要。夫の嫉妬心と裏切り、障害を持つ私生児に悩むパリの高級娼婦との立場を越えたシスターフッドと、『虎に翼』的な紋切り型展開も女性映画インフレ状態の今においては、今一歩人間模様の強度が欲しかった。
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BAUS 映画から船出した映画館
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評論家
上野昻志
青森で活動写真の魅力に嵌まった兄弟が上京して、ひょんなことから、東京の郊外、吉祥寺の映画館「井の頭会館」で働き始めた1927年から、ムサシノ映画劇場を経てバウスシアターになるという、かの名物劇場の90年に及ぶ歴史を、兄弟を巡る家族の物語に重ねて語っていく。もともとは、青山真治が書いたシナリオを、甫木元空が改稿・監督したものだというが、冒頭に示される老人の回想というかたちにしたことで、どこか夢物語ふうな色合いを帯びることになった。
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リモートワーカー型物書き
キシオカタカシ
「逃走」にて居直ったかのように現代の風景がそのまま映し出されるたび現実に引き戻されてしまったのだが、限られた予算で“歴史”を描こうとすれば物理的アナクロニズムが避けられない。本作も制約の中で工夫を凝らしているものの限界は明らか。しかし逆に一種の異化効果と言うべきか、過去と現代がオーバーラップした存在として立ち上がる作用が生まれていた。過去からの想いを受け取り、その普遍性を今のものとして瑞々しい感性で語り直す――そんなタイプのアナクロニズムは大歓迎。
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翻訳者、映画批評
篠儀直子
活動家ではなくカツドウ屋しか出てこないけれど、映画を観ることも生活することも、すべては政治的な営みだという姿勢が全篇を貫く。そのまま朝ドラの題材にスライドできそうな物語にエッジが立つのはそのためであり、しかも出てくる人々は、たいして背景が描きこまれているわけでもないのに、みな熱い血がかよっている。そして驚くべきは、この映画がまぎれもなく甫木本監督の演出力を証明するものでありながら、なお青山真治の存在を強烈に感じさせることだ。この監督の早世があらためて惜しまれる。
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評論家
上野昻志
青森で活動写真の魅力に嵌まった兄弟が上京して、ひょんなことから、東京の郊外、吉祥寺の映画館「井の頭会館」で働き始めた1927年から、ムサシノ映画劇場を経てバウスシアターになるという、かの名物劇場の90年に及ぶ歴史を、兄弟を巡る家族の物語に重ねて語っていく。もともとは、青山真治が書いたシナリオを、甫木元空が改稿・監督したものだというが、冒頭に示される老人の回想というかたちにしたことで、どこか夢物語ふうな色合いを帯びることになった。
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リモートワーカー型物書き
キシオカタカシ
「逃走」にて居直ったかのように現代の風景がそのまま映し出されるたび現実に引き戻されてしまったのだが、限られた予算で“歴史”を描こうとすれば物理的アナクロニズムが避けられない。本作も制約の中で工夫を凝らしているものの限界は明らか。しかし逆に一種の異化効果と言うべきか、過去と現代がオーバーラップした存在として立ち上がる作用が生まれていた。過去からの想いを受け取り、その普遍性を今のものとして瑞々しい感性で語り直す――そんなタイプのアナクロニズムは大歓迎。
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翻訳者、映画批評
篠儀直子
活動家ではなくカツドウ屋しか出てこないけれど、映画を観ることも生活することも、すべては政治的な営みだという姿勢が全篇を貫く。そのまま朝ドラの題材にスライドできそうな物語にエッジが立つのはそのためであり、しかも出てくる人々は、たいして背景が描きこまれているわけでもないのに、みな熱い血がかよっている。そして驚くべきは、この映画がまぎれもなく甫木本監督の演出力を証明するものでありながら、なお青山真治の存在を強烈に感じさせることだ。この監督の早世があらためて惜しまれる。
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少年と犬(2025)
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映画評論家
上島春彦
馳星周がこういう原作を書いているとは驚いたが、私が無知なだけでした。瀬々敬久の毒々しさと抒情性を兼ね備えた演出、そして連作をうまいこと一本化した林民夫の脚色もいい。宣伝だとネタバレ厳禁なので『名犬ラッシー』調の企画と思われそうだが、見れば分かるように、迷い犬の多聞をどこまでも追ってくる高橋文哉が鍵となる。しょっぱな、多聞はガーディアン・エンジェル(守護天使)と規定されるのだが、高橋も西野七瀬の守護天使なんだね。西野が××嬢ってのも驚きの好配役。
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ライター、編集
川口ミリ
原作の淡々とした筆致とは異なり、映画はコミカルに幕を開ける。高橋文哉演じる主人公が陽気な語り部となるのだが、訳ありとはいえ闇バイトに手を染めた彼に、ここまで倫理的な葛藤や切迫感がなくていいのか。諸社会問題はもはや物語を進行するための駒でしかなく、後半は感動ポルノ的なドラマへと強引に転調する紋切り型の流れ。各キャラは薄っぺらで、ショットもなんだか味気ない。ただ多聞に扮する、シェパード犬のさくらはナイス配役。憂いをたたえた瞳にほとんど唯一、役の深みを感じた。
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映画評論家
北川れい子
この映画における犬の多聞は主役というより世相や時代を描くための狂言回し的。いや、それが悪いわけではないが、多聞が出会ういずれも孤独な人々のエピソードが重すぎて息苦しいことも。特に西野七瀬のパート。多聞は森の中での彼女の異様な行動を静かに見ている。これって、ここ掘れワンワン? が彼女はとんでもない秘密を抱えていて、しかも多聞、危うく彼女に殺されそうに。南を目指す多聞が横切る四季それぞれの叙情的映像は効果的だが、へヴィな美談である。
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悪い夏
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映画評論家
上島春彦
原作の毒を映画に期待した人には物足りない脚色かもしれないが、私はこれが功を奏したと思う。河合優実を刑務所に送らないですむように処理したわけだ。また原作で唯一の被害者である母子も映画では死んでいない。ここも重要。やみくもに倫理観を振りかざす伊藤万理華の口元が徐々にひん曲がっていく印象で実に可笑しい。嵐の晩に関係者が一堂に会するクライマックスがスラップスティック喜劇感覚で最高だ。それにしても北村匠海がこんなにいい役者だとはこれまで知らなかった。
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ライター、編集
川口ミリ
生活保護制度を巡って渦巻く人々の欲望。そんなただでさえドロドロとした物語が、クローズアップを多用してグロテスクに描かれており息が詰まる。アプローチが安直すぎるのでは。演技にも同じことが言える。城定監督はきっと俳優を乗せるのがうまいのだろう。それは諸刃の剣で、今回はクレイジーに振り切った芝居ばかり見せられ残念に思った。その中でシングルマザー役の河合優実、木南晴夏は光って見える。彼女たちの、役の尊厳を損なわないレイヤーのある人物解釈が本作の救いだ。
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映画評論家
北川れい子
さして珍しくもない貧困ビジネス。描き方次第ではいくらでも社会派映画になる。がこいつら全員ロクでなしと、冷酷な遊びを盛り込んで容赦なく追い詰めていく向井康介の脚本と城定秀夫監督にシビレた。どいつもこいつもザマアミロ! スケールは異なるが、ちょっと韓国の露悪的犯罪サスペンスに似てるかも。同情と善意と弱気の三つ巴で貧困ビジネスに加担せざるを得なくなる職員役の北村匠海も、無気力にふてくされた河合優実も、笑えるほど実感があり、いや笑った。
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その花は夜に咲く
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映画評論家
鬼塚大輔
いや、これは主人公カップルの片方をトランスジェンダーにしなくても成り立つ古臭い話ではないのか?と思って観ていると、途中からもう一人(二人?)が加わって、性別/性差を超えた小さくとも理想的な共同体の成立と崩壊の物語として奥行きが出てくる。いくつかの点で「エミリア・ペレス」を想起させるのも、二つの作品を合わせて考えると興味深い。ヴェトナムの街並みをしっとりした触感で捉えた撮影も魅力的で、作品世界の中に引き込まれていく。
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ライター、翻訳家
野中モモ
ナイトクラブで歌うあでやかな姿も、化粧を落とした自宅での姿も、主人公を演じるチャン・クアンが本当に美しく撮られているのが見どころ。ちょっとIS:SUEの釼持菜乃に似ているし、往年のナスターシャ・キンスキーや満島ひかりを思わせる瞬間もあってまさに「なりたい顔」。社会の周縁に生きる若者たち(というかほぼ子ども)が肩寄せ合って疑似家族を築く中盤はある種の少女漫画に通じる味わいがあって引き込まれたが、悲劇に向かう展開はあまり好きになれなかった。
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SF・文芸評論家
藤田直哉
魅力的で壮麗な衣裳や美術で現代ヴェトナムが活写されており、ハッとさせられるような都市描写が幾度もある。貧困な若者が格闘家になったり、トランスジェンダーの女性たちが身体を売っており、富裕層との描き方の差、彼らの精神的な苦しさの描写には胸が詰まる。が、どうも肝心のドラマが弱い。対立と葛藤がはっきりと顕在化しないような個と関係性の社会だからこそ中盤の関係性になったのかもしれず、そこは良かったのだが、それをもう少し掘り下げてほしかった。
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教皇選挙
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映画評論家
川口敦子
90年代グッド・マシーン社でA・リーやT・ヘインズにつき修業した監督ベルガー。その佳作「ぼくらの家路」(14)は、R・ハリス原作の新作とはまた別の世界を描きながら、目の前の困難に耐える少年を無駄口叩かずみつめる眼差しが、ヴァチカンの閉塞的時空で欲望と陰謀渦巻く教皇選挙の現実に耐えるひとり(R・ファインズ適役!)を活写する様と重なり面白い。70年代A・J・パクラの政治的スリラーを意識したという今回も不安を抱え耐える存在への共感がふるふると映画を活かしている。
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