映画専門家レビュー一覧

  • 泣き虫ピエロの結婚式

    • 映画評論家

      松崎健夫

      信号が青から赤に変わるファーストカット。それは横断歩道を渡る側にとって赤から青になるという場面になっている。またバス停には“赤十字病院”と記されているように、映画冒頭でその後の展開に対する予兆が示されている。それゆえ、危険を促す〈赤〉を、服・靴・帽子・お手玉・風船・ピエロの鼻、そして〈血〉等によって、劇中へ点在させていることも窺える。物語はその予兆に沿っているだけなのだが、本作にとって重要なのは「見方によって見え方が異なる」という点にあるのだ。

  • 歌声にのった少年

    • 映像演出、映画評論

      荻野洋一

      「オマールの壁」のパレスチナ人監督の新作だが、あまりにも欧米の普通の映画そっくりな――いや日本映画そっくりと言ってもいい――劇構造に困惑を覚える。ガザ地区の閉塞状況を迫真の緊張感で描いた「オマールの壁」にしても、思えば古典的な三角関係の物語だったから、当然の帰結なのかもしれない。歌唱コンテストの成功譚に、パレスチナのナショナリズムを気兼ねなく上乗せした劇構造は、批判的検証の対象となるべきだ。どんなに苛酷な状況下でも、映画の掟は平等に厳しい。

    • 脚本家

      北里宇一郎

      スター誕生映画は数あれど、その舞台がパレスチナというのが珍しい。この地区を題材にいくつかの作品を手がけた監督だが、今回はエンターテインメントに挑戦。が、どうもこの手の作品に不可欠なショウ精神が身についていない印象。音楽映画の弾むような躍動感が感じられなくて。ただ、オーディションに参加するため、何とか国外へ脱出しようとする、そのヒリヒリした経緯が胸に残る。主演男優のマスクがよく好演。ゆえにクライマックスで実物の歌手の記録映像にすり替わるのには違和感が。

    • 映画ライター

      中西愛子

      「オマールの壁」などのイスラエル人監督ハニ・アブ・アサドが撮った、きらびやかで数奇なエンタテインメント作品。邦題に“少年”とつくが、子ども映画ではない。スター歌手になりたいと夢見た少年が成功するまでを描いているのだが(実話がベース)、黄金の歌声という“才能”を持ってしまった人間が、それゆえにやがてとてつもない運命に翻弄され、その運命に耐え、覚悟を持って成就させていく物語のように感じる。1つの圧倒的な才能を見守る、周囲の人たちの慧眼も美しいと思った。

  • 将軍様、あなたのために映画を撮ります

      • 映像演出、映画評論

        荻野洋一

        韓国の巨匠・申相玉監督と、妻でスター女優の崔銀姫の北朝鮮による拉致事件の真相をえぐり出す出色のドキュメンタリーである。故・金正日総書記が熱心なシネフィルであることは昔から有名で、私たちも学生時代には「日本のピンク映画さえ全部コレクションしているらしい」などと噂したものだ。ところで当時、池袋にあった韓国文化院で申相玉の作品を上映してくれなかった謎が、今ようやく氷解した。あのころ韓国では拉致ではなく亡命(巨匠の裏切り)と解釈されていたわけだ。

      • 脚本家

        北里宇一郎

        韓国の監督・申相玉と女優・崔銀姫は北朝鮮に拉致されたのか、金正日との関わりはどうだったのか。それは興味深いことだけど、表面をさらりと撫でてるだけの印象。「プルガサリ 伝説の大怪獣」を観ると、申監督が秘かに主張を込めているのは確かで。同じ映画人なら、作品の裏を読んで、かの国における彼の想いを探ってほしかった。そこから金正日に対する愛憎関係(?)も見えてくるのでは。“北朝鮮は怖い国”てなことを主張するドキュメントなんて掃いて捨てるほどあるじゃないか。

      • 映画ライター

        中西愛子

        韓国と北朝鮮。映画界に起きた拉致事件を巡る、貴重なドキュメンタリー。韓国の国民的女優・崔銀姫が78年に拉致され、彼女の行方を追っていた元夫の映画監督・申相玉もまもなく姿を消す。ふたりは映画マニアだった金正日の下、潤沢な資金で映画製作をするようになっていた。真相はどうだったのか。いまだに謎は多いという。金正日について言及する申相玉の極秘肉声テープ(日本語……)の衝撃。映画プロデューサーと監督の最果ての野望とは何なのか。葬られた歴史から何かが見える。

    • 神聖なる一族24人の娘たち

      • 映像演出、映画評論

        荻野洋一

        ロシアのヴォルガ川流域に住む少数民族マリ人にカメラを向けた。この民族はキリスト教とは異なる独自の多神教信仰を何百年も守ってきた。モスクワからたった643㎞離れるだけで、もうこんな異界が広がってしまうのかとワクワクさせられる。24人の女性たちの挿話を見るうちに、民俗学調査に参加したような生々しい異文化体験を味わえる。時に美しく哀切で、時にユーモラスでおぞましく、時にエロティック。多様性に満ちたロシア映画の新たな胎動を予感させる一本となった。

      • 脚本家

        北里宇一郎

        雪の夜に、囲炉裏ならぬ暖炉の前で昔話を聞いているような、そんな素朴な田舎料理みたいな映画。ただし、一つ一つの挿話があまりにも断片的すぎて、ちと分かりにくいという弱みも。しだいに猥談じみた野卑な舌ざわりが、あまりにも素材のまんまで。いや映画というのはもう少し味付けというか工夫が必要ではと思うものの、妙にそのそっくりそのままが口中に残って。この撮影、そして衣裳の美術感覚! それが終幕、24人の娘たちのポートレートでぱっと花開くという、捨てがたい一作。

      • 映画ライター

        中西愛子

        ロシア西部のマリ・エル共和国を舞台に、“オ”から始まる名前の24人の娘たちの小話がつまった摩訶不思議な映像詩。独自の文化・宗教を持つマリの伝承に基づいた、センシュアルで時に奇妙なひとつひとつの物語。衣裳や日常の色彩はシンプルで綺麗だし、かわいらしくも大らかなエロスが自然の中に溶け込んでいて、命の蕾を開花させていく娘たちを素手でとらえたような(地元の素人と女優が混在して出演)映画として見応えがある。女の子の魂が神話の中に息づいている愛すべき一本。

    • ハドソン川の奇跡

      • 批評家。音楽レーベルHEADZ主宰

        佐々木敦

        事実を映画にしただけで、これほどまでに格調高く現代的な「映画」が現出するとは。イーストウッドは「演出」の映画作家だ。演出という言葉の意味は、単に俳優の演技を引き出すことではない。カメラワークや編集も含めて、登場人物の豊かで複雑な内面を、観客の視線の前に押し広げてみせることである。ほんの僅かな間の取り方や、微妙なフレーミングによって、映画にしか可能でないドラマが鮮やかに浮かび上がる。名優トム・ハンクスはこの映画に出られて、さぞ誇らしかっただろう。

      • 映画系文筆業

        奈々村久生

        イーストウッドの映画はいつだって自分だけの正義を貫く者たちの物語だ。トム・ハンクス演じる機長のハドソン川着水という判断は、機内での一部始終を観ていると、それが彼の経験と能力に基づいていたとしても、根拠はほとんど直感と言っていいものに思える。おそらくそのように撮っている。そして彼の窮地と観客を救ったのは判断力よりもテクニックよりも「信じる」力の強さなのだ。白髪のハンクスと口ひげをたくわえたエッカートが着水後の川岸にたたずむ生々しさがたまらない。

      • TVプロデューサー

        山口剛

        トム・ハンクスの演じる家庭を愛し、信念を貫く寡黙な男は、まさにゲイリー・クーパーやジェイムス・スチュワートたちが演じてきたアメリカ映画の伝統的ヒーロー像の再現だ。ハドソン川への着水シーンの撮影は見事だし、シミュレーション映像を使った調査委員会シーンも緊迫感があって、トム・ハンクスがいつしか「ファイヤーフォックス」や「スペース・カウボーイ」のヒーローに重なって見えてくる。流石はクリント・イーストウッド、間然するところない1時間36分であった。

    • 白い帽子の女

      • 翻訳家

        篠儀直子

        アンジーの演出には好感を持っていたのでこの数の星をつけるのはつらい。でも責任は演出よりも脚本にあり(とはいえ脚本もアンジーだけど)。異様に繰り返される核心の「先送り」は、サスペンスのつもりかもしれないが悪い効果しかもたらさず。ただし、ヒッチコック的倒錯の主題が突然浮上するのは意外で面白く、途端にカット割りと音楽も、いまにも殺人が起こりそうな雰囲気を漂わせはじめるのがさらに面白い。この映画は徹底的にヒッチコックをやるべきだったんじゃないだろうか。

      • 映画監督

        内藤誠

        70年代、南仏の避暑地へアメリカ人小説家夫妻がやってくる。風景はいいし、周りの人たちもやさしいのに、夫のブラッド・ピットは独りで酒ばかり飲み、監督も兼ねる元ダンサーのアンジェリーナ・ジョリー・ピットはいつも暗い顔をしていて、見ている方もうんざり。夫婦はホテルの部屋の穴から隣室の「のぞき」をするのだが、その場面もエロチックではなくて、単調。やがてヒロインの「女の哀しみ」が唐突に表明されて、男はそのことを小説に書く。だが女の心はそれでおさまるのか。

      • ライター

        平田裕介

        ブラピ&アンジーが新婚旅行で訪れたマルタ島で、夫婦一緒に映画を撮る。ロマンチックに聞こえるが、こうした他人の思い出作りに付き合わされていい思いをした例がない。で、今回もそうだった。もうダメっぽい夫婦が隣室の若いカップルを覗くだけで2時間。ここで再び燃えてアレコレするとか、ふたりをブラピの前妻ジェニファー・アニストンがさらに覗くみたいな展開があればいいのだが。ブラピに離婚申し立てをしたアンジーだが、その布石や前兆みたいな作品だと考えれば筋が合う。

    • 真田十勇士(2016)

      • 評論家

        上野昻志

        やはり、中村勘九郎の動きが画面を活気づけている。舞台で鍛えているから当然だろうが、やや甲高いその声もよく通って小気味よい。ただ、十人もいると、松坂桃李の霧隠とか、他とはキャラが違う村井良太の海野六郎以外は、個別の芝居場がないと誰が誰だか見分けが付かなくなる。話は、大坂夏の陣のあとの展開など、よく工夫していて面白いのだが、淀殿の幸村に対する秘めたる恋は、それらしい情感が皆無で、脇筋としても生きてない(役者の演技の問題か演出のせいか?)。

      • 映画評論家

        上島春彦

        好評舞台の映画版。情報を事前に得ていたわけでもないが、見ると圧倒的に面白いのはラストの舞台的趣向を活かした部分である。もちろん火や水を大道具として大胆に使うのは映画だからこそ。ただし皮肉と言えば皮肉だが映画的空間を作り出そうとした野外のアクションがかえって中途半端か。仕掛け満載のお城、真田丸での十勇士決戦と幸村の突撃シーンがクライマックスで、見終わるとここももっと舞台感覚を出した方が良かったのでは、と思えてしまうのだ。舞台の露払いじゃないのに。

      • 映画評論家

        モルモット吉田

        良い悪い以前に、いつもの堤映画なので劇場で観ては充分に愉しめないというだけ。冒頭から延々とアニメを流して、もうすぐ実写になりますと表示したところで全く面白くもなんともない。大味な合戦シーンは赤と黒の甲冑が目立つところからして「天と地と」的。大島優子は脇に回ると悪目立ちするだけなので、女忍者役は台詞も含め失笑。エンドロールで延々とその後の話を見せて面白がっているところもテレビのながら視聴ならいいが劇場で強制的に画面に向き合わされると不快感のみ。

    • 闇金ウシジマくん Part3

      • 映画評論家

        北川れい子

        金に踊って踊らされ……。「ウシジマくん」シリーズの面白さは、現実を映し鏡にした金を巡る人間模様で、キレイごとは一切なし、何より闇金“カウカウファイナンス”の社長ウシジマのブレない姿勢が小気味いい。演じる山田孝之の個々の事情などまったく関知しないビジネスライクな冷酷ぶり。闇金に駆け込んでくる人たちが、欲に舞い上がって足元を見ない人ばかりで、そのツケで大怪我をするのも、反面教師的で納得できる。最後の最後に仕掛けるウシジマの大岡裁き(!?)は今回もスカッ。

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