映画専門家レビュー一覧

  • みかんの丘

    • 映像演出、映画評論

      荻野洋一

      紛争下ジョージアのみかん農園、半径200メートルにロケーションを限定。斜面に囲まれた谷間の空間がすばらしい。みかん箱職人の家で傷を癒すジョージア兵とチェチェン兵が呉越同舟の緊張感を漂わせつつ、夜の庭で伝統的な肉の串焼き料理を共にする、おずおずとした安息の詩情。ハリウッド50年代のB級西部劇のようだ。ところで閣議決定でロシア語表記のグルジアはジョージアとなったが、英語表記にする必然性もない。折角だから原語表記のサカルトヴェロにすればよかったのだ。

    • 脚本家

      北里宇一郎

      ジョージア(旧グルジア)がいま民族独立を巡って内乱の真っ最中だとは。中立派のエストニア人の農家に、敵対する二人の兵士が同居する。という設定は「JSA」など、呉越同舟もののパターン。一人の兵士がチェチェン人だということに、複雑な背景が垣間見えて。この両者が共同して戦う相手がロシア軍だというところに、かの国のホンネがうかがえる。キッチリまとまった映画で見ごたえもあるが、むしろそのパターンを外した方が、より深くメッセージが伝わったのではないかとも思う。

    • 映画ライター

      中西愛子

      1991年にソ連が崩壊し、独立したジョージア。西部のアブハジアとの間に起こった紛争を舞台に、私的な人間模様を通して戦争の不条理を浮かび上がらせる。負傷した敵兵2人を自宅で介抱する、みかんの木箱作りの老人。自分の家の中では戦わせないと2人に言い放つ、老人の知、丁寧な生活の営みに小さな救いを感じる。同時期公開の「とうもろこしの島」も、中州という戦場の中間地帯から人間の在り方を問う。老人と少女の「裸の島」のような作品。どちらも良質なジョージア映画だ。

  • コロニア

    • 批評家。音楽レーベルHEADZ主宰

      佐々木敦

      奇しくもパトリシオ・グスマン監督「チリの闘い」と同時期に日本公開されることになった、1973年9月11日の軍事クーデター後のチリを舞台とするサスペンス。監督はドイツ人。元ナチスのパウル・シェーファーがチリに設立した実在の宗教組織コロニア・ディグニダ(=尊厳のコロニー)の施設に幽閉された恋人を救出するべく潜入したエマ・ワトソンのけなげな勇気が麗しいが、その他は何もかもグロテスク。作品の焦点は、コロニア・ディグニダとシェーファーの異常性の再現にある。

    • 映画系文筆業

      奈々村久生

      エマ・ワトソンはほぼほぼポストナタリーポートマンの地位を確立したと思う。子役からのキャリアや学業と女優業の両立といった外的要素だけでなく、少々過度な正義感と女性特有の潔癖さをうかがわせるルックスや生き方のスタンスも通じるものが。そんなエマが本作に惹かれるのは必至で、全寮制の女子校を思わせる施設での居住空間や信仰との結びつきなどその手のフェティシズムをくすぐる効果も満載。名目は恋人の救済だが自らの正義がそれを上回る女性版ジャスティス映画だ。

    • TVプロデューサー

      山口剛

      70年代のチリの軍事独裁の恐怖政治が背景になっている。殺害された市民は3万、投獄された者は数十万とも言われる。「ミッシング」「サンチャゴに雨が降る」などはこの不正義に対する怒りが正面から描かれていたが、本作はオカルト教の修道院を装う拷問施設からの脱出劇が主となり、撮影は施設内部に限られるので、現実感がなくなっている。実話とはいえ現実の政治が引きおこす恐怖をオカルトホラーにすり替える如き制作意図は首肯しがたい。D・ブリュールの熱演が痛々しい。

  • BFG:ビッグ・フレンドリー・ジャイアント

    • 翻訳家

      篠儀直子

      今さらこの監督にこんな点をつけるのはわたしもつらい。開巻からずっとR・ダールの言葉に引きずられて足取りが重い感じがある。空間が開かれ、イメージが飛躍するスピルバーグ的爽快さがなかなか訪れない。そのうえ、丁寧に演出しているように見えてプロットが穴だらけでちぐはぐなので、観終わったとき非常に困惑する。しかし「クリスタル・スカルの王国」でも感じたことだが、カミンスキーの撮影にはジャンルをはみ出す変な過剰さがあるから、これを愛でるという楽しみもあるかと。

    • 映画監督

      内藤誠

      BFG役のマーク・ライランスと少女役のルビー・バーンヒルの主役コンビがいい。夢にしてはセリフが理屈っぽく観念的なのはロアルド・ダールの映画化だから、当然。ティム・バートンの「チャーリーとチョコレート工場」同様、スピルバーグも映像と音響に凝っている。「巨人」と普通人間の対比、光と色彩の微妙さ、悪ふざけやブラックユーモアのセンスも楽しめる。巨人たちの動きがいささかパターン化したところで、一転、バッキンガム宮殿の現実世界に移行。ここからは快調そのもの。

    • ライター

      平田裕介

      アンブリンでの製作、スピルバーグ組ともいうべき鉄板のメンツ。期待に胸を膨らませたが、みるみると萎んだ。互いに孤独という共通項はあるが少女とBFGはたいしたフックもなくツーカーの仲になるし、BFGが執心する子供への夢の吹き込みがどう作用してどう重要なのかピンとこず。ロンドンの闇に紛れながら移動するBFGの姿や、彼が人間界から拝借したアレコレで作った生活道具のユニークな意匠には魅せられるが、本当にそこだけ。“ド・ウシタ巨匠SS”という感じ。

  • 絶壁の上のトランペット

    • 映画評論家

      北川れい子

      ありゃりゃ。この春公開の日中合作「スイートハート・チョコレート」の同工異曲じゃないの。あちらは北海道の夕張、こちらは沖縄の石垣島、どちらも心臓移植を巡る因縁話。緑と青空がいっぱいの開放的な島の風景は気持ちはいいが、脚本も演出も実に薄ボンヤリして締まりがなく、しかもあと出しジャンケンふう。東京からやってきた桜庭ななみのヒロイン演技も何やらグズグズしていて、心臓が云々より頭が鈍そう。監督が石垣島のファンらしいのは分かるが、困った日韓合作デス。

    • 映画文筆系フリーライター、退役映写技師

      千浦僚

      美しい石垣島の風景。行ってみたくなりました。桜庭ななみは得体の知れぬ可愛さ。割りと情報量が少なくのんびりした感じの映画なので観てる最中に頭がぐるんぐるん回り、これは『牡丹燈籠』のような幽霊話なのかと序盤にわかってからは、もっと呪いや邪悪さ、死者の生者に対する妬みなどがドバッと出るのかな、いやいやそういう映画じゃないか、でも本当はこれはもっと怖く、イヤな話なのでは、などと思っていた。あと、沖縄で幽霊ものというのは何かハマるなあ、などとも。

    • 映画評論家

      松崎健夫

      本作には〈黄色〉が点在している。例えば、願い事を書いた黄色い手紙、桜庭ななみの帽子に飾られたワンポイントの向日葵。大塚寧々演じる優しい母親は時々黄色の衣裳を纏っている。〈黄色〉は幸福の象徴のように全篇を彩り、軒先の干された黄色いTシャツには、御丁寧に「HAPPY」とまで書かれている。その“存在”を見つけた者だけが、幸福に近づけると描いた所以である。だからこそ、台詞の向こう側に流れる風や波の音という“存在”が、語られる言葉より重要だとも思えるのだ。

  • レッドタートル ある島の物語

    • 批評家。音楽レーベルHEADZ主宰

      佐々木敦

      この上なくシンプルな物語で、それゆえ多様な読解が可能なように造られている。鶴の恩返しならぬ亀の恩返しとでもいうべき話だが、主人公は恩返しされるようなことは何もしていない。むしろその反対なのに、何故だか亀はどこまでも彼に優しい。この点をどう解釈するかで、この作品の根本的な理解の仕方は違ってくる。あとはやはり津波。企画開始は東日本大震災以前に遡るそうだけど、あのシーンが含意してしまうことに制作側が意識的でなかった筈はない。そこも含めて、何もかもが確信犯。

    • 映画系文筆業

      奈々村久生

      宮崎駿監督の長篇引退宣言を経て、スタジオジブリが2年ぶりに放つのは、オランダ出身監督によるおとぎ話。シンプルなラインながら温かみを感じさせるタッチと色づかいの絵柄に、一切のセリフを排除して描かれる物語には、国を問わない侘び寂びのような味わいも。無人島が舞台ということで多彩な水の表現に目を奪われるが、島に生えている植物が竹というのも目を引く。竹は生命力の強い植物で完全に根を絶やさない限り繁殖を続ける。圧倒的な水の力の後に残ったその姿が頼もしい。

    • TVプロデューサー

      山口剛

      絶海を泳ぐ男。孤島にたどり着く。やがて女が現われ息子が出来る。幾歳月。嵐が襲う。別れが来る。科白は全くない。すべてモノクロに近い水墨画のようなタッチで描かれるので、亀の「赤」が映える。大仰な感情表現もないが、素朴で静かな感動がある。様々なアレゴリーが読みとれる。人類の誕生、アダムとイヴ、家族の誕生と別れ。短篇しか撮ったことのない監督の才能に注目、十年の歳月をかけ珠玉の作品を作りだしたスタジオ・ジブリのプロデューサー・ワークに敬服する。

  • 超高速!参勤交代 リターンズ

    • 評論家

      上野昻志

      佐々木蔵之介の藩主を先頭にした一統が、掛け声も勇ましく走っているのだが、そのわりにスピード感がないのは、前作と同じ。それは、走破すべき距離が運動を伴って見えてこないからだろう。そのぶん、陣内孝則扮する悪老中や刺客集団などが賑やかに登場する。悪老中に対する、民を大切にする弱小藩という構図は、一応現代風の味付けに見えるが、話の展開は、集団抗争時代劇以前の時代劇に似る。勧善懲悪の明朗時代劇に。ならば、いっそ、それに徹すれば活路が開けるかも。

    • 映画評論家

      上島春彦

      行って参勤、帰って交代、じゃ、まだ終わってねえじゃん、ということらしい。来た時よりも帰り道は遠い、という言葉通りで難関が次々。今回の目玉はパワーアップした悪役で、それはいいんだが愛きょうがないんだねえ。コメディ風味を強めてくれたら星が増えただろうが逆目で残念。また将軍の役割がどうなんだろう、と今回もまた首をかしげてしまうのだ。小藩の面々のキャラは立っており、むしろ現代を舞台にしたスピンオフとか期待したい。企業乗っ取りを阻止するとかどうだろう。

    • 映画評論家

      モルモット吉田

      行きは早かったが帰りはもっと早いという続篇は超倍速化。一発ネタに近い企画だったので苦労が窺えるが、道中だけでは持たないと判断して前半で帰着させたのは得策。後半で参勤交代から離れた展開が可能になり、奇想時代劇としての魅力が薄まる分、どれだけ新しい手立てを用意できるかにかかっているが、新味に欠ける今風時代劇になってしまったのは残念。前作同様、原発事故を踏まえた台詞が出てくるところに作者の意地を感じるが、今のお上はこんなに理解があるのかどうか。

  • にがくてあまい

    • 評論家

      上野昻志

      終わってみれば、ラブコメとしてはオンナとオトコの組み合わせに捻りがあって悪くないと思うのだが、画面と音声に相当苛々させられた。とくに前半。バックからの照明の白っぽく締まりのない画調と、聞き取りにくいセリフ。とくに後者は本作だけでなく、最近の映画の通弊といってもいいが、録音機材の進化が、発声に難があるセリフも拾ってしまうからではないかと思うのだが……。安心して見られるようになったのは、ヒロインの両親として中野英雄と石野真子が出てきたあたりからだ。

    • 映画評論家

      上島春彦

      本来シンプルな設定だったのに余計なくすぐりを入れたせいで意味不明な映画になった。女嫌い男と野菜嫌い女が同居する。そしてそれぞれの苦手を克服する。それで十分なのに何か雑味が多いね。諸エピソードの中心核がばらばらな感じがするのだ。女の実家が優れた野菜農家で、というのが重要なのだがそれと彼女の野菜嫌いの動機の結びつきがヘン。さらに男の同性愛趣味にも説得力がない。ただし女は男の方を好きになっちゃうのに、男は全く無関心、というシチュエーションは悪くない。

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