映画専門家レビュー一覧
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闇金ウシジマくん Part3
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映画文筆系フリーライター、退役映写技師
千浦僚
惜しい出来、とでも言うべきか。もっと面白くなるはずなのにちょっと芯をハズしているような。それはおそらく映画「怒り」に続いて、水澤紳吾は素晴らしかった、と再び書きたくなることとも関係ある。更に言えば本作は脇役であればあるほどそいつに場をさらう存在感があり、逆に中心的な人物には観る甲斐がないということになっている。端役のほうこそが描こうとする世界にシンクロし、それが出来ない製作側は無意識的な存在である俳優らに救われている。すぐに続く次作に期待……。
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映画評論家
松崎健夫
マネーゲームにおいて人は「自分だけは損しない」と信じて疑わないもの。このシリーズでは、金に人生を左右される多様な人々を描いているが、観ている側もどこか他人事で「自分だけはそうならない」と信じて疑わない。現実世界でも本作と同様に、検索サイトの隅で大金獲得を謳う怪しげな広告が人々の欲望を誘惑しているというのに。この第3作では高額アフィリエイトを題材にデフレやインフレの仕組みを学べるだけでなく、金を稼ぐことのあり方に対する是非を再確認させるのも一興。
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ある天文学者の恋文
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翻訳家
篠儀直子
こんな「世紀の恋」を現在成立させられる数少ない女優のひとりがオルガ・キュリレンコで、実際彼女を前にすると、「トゥ・ザ・ワンダー」よろしく、卑俗な色恋沙汰も宇宙的規模の崇高さを帯びるのだった。滅びてもなお光を送ってくる星のように死者から届くメッセージ、映画のスタントの仕事をしながら博士号取得を目指す女性大学院生と、わたしの大好物だらけの設定で期待値上がる。なのに何だか「出オチ」感が……。展開に工夫がなさ過ぎて、メリハリなくだらだら続く感じが否めず。
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映画監督
内藤誠
いずこもシニアの映画観客が多いせいで、巨匠トロナトーレもまた、億光年彼方の星を研究している老天文学者J・アイアンズが自分の死後、愛し合った女子学生(オルガ・キュリレンコが力演)にパソコンやビデオ撮影など、最新の通信技術を駆使してメッセージを送り続けるという、奇想天外な、映画ならではの物語を作った。エンニオ・モリコーネの音楽とエディンバラやイタリア湖水地方の気分を楽しみながら、シニアの観客は満足するだろうが、若いひとの感性にはどうか知りたいものだ。
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ライター
平田裕介
死ぬのは仕方ないが、存命しているかのようにメールだ手紙だDVDを届けてはヒロインの心をかき乱すJ・アイアンズの人格を疑う。そうする理由や死後発送システムの詳細がわかったようなわからないようなまま終わるが、当のヒロインはいたく感激していたので、これで良いのだろう。とりあえず背景はあるのだが彼女が天文学生にしてガチな撮影をこなすスタント・ウーマンだったり、スタント仲間が情報局(MI5かSIS?)の知人がいると口走ったりなど、そうした奇妙な部分は魅力。
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オーバー・フェンス
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評論家
上野昻志
職業訓練校という場の感じがリアルだ。経歴も年齢もバラバラな連中に大工や自動車修理の技術を習得させることを建て前とした場の、生徒と教員双方を覆う独特の倦怠感。そんな空気に順応しているオダギリジョーが、とりあえずの擬態であると感じさせて悪くない。そして、そんな彼の装われた外皮を破るのが蒼井優だが、いつもは静かに抑えた外面の内に一筋縄でいかぬ手強さを表現する彼女が、ここでは奇矯な振舞いを通して、脆く傷つきやすい魂を抱えている様を見せて秀逸!
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映画評論家
上島春彦
タイトルの意味が最後に判明する、その瞬間の感銘が大変なもの。これは察するに(世の中と)和解はするが復縁はしない、という映画。そういう絶妙な距離。もっともそれを絶妙と評価できるのは観客の特権だ。主人公が引っ越して来て三カ月も経つのに段ボールがそのまま、というあたり脚本演出も手なれ、妹の旦那さんの存在も隠し味的に効いている。つまり彼が世間だ。典型的な躁鬱気質の踊るキャバ嬢に扮する蒼井優のどろどろした純情にいつしか観客もほだされてしまうのであった。
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映画評論家
モルモット吉田
同じ原作者の前2作の気取りと名作志向がなくなり、監督が自分の世界にしているのに好感。様々な年齢の男たちが集う職業訓練校のチグハグな雰囲気がいい。ヘラヘラして若者たちに混じる初老の鈴木常吉が絶品。シリアス路線では女が霞みがちだった山下映画だが、今回は蒼井優が求愛ダンスの妖しい魅力で圧倒。「岸辺の旅」の1シーン出演ですら助演賞ものの演技を見せた彼女だからと思いそうだが、優香までが(失礼)素晴らしい。40代を迎えた山下は30代の女優を美しく輝かせる。
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校庭に東風(こち)吹いて
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評論家
上野昻志
これは、原作によるのだろうが、いい話だよね。沢口靖子が頑張っているし、確かに、こんな先生がいたら、と思う。生徒一人ひとりに心を配って寄り添う。そうなると、絵に描いた理想的な教師像みたい見られて、逆に敬遠されるかもしれないところを、清々しく演じているのは、彼女の資質だろう。ただ作り手も、そんな彼女に惹かれたためか、アップが多すぎる、というか、アップのショットが長すぎる。アップは困ったとき(それ以外は不要)、という吉村公三郎の金言を思い出して欲しい。
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映画評論家
上島春彦
先に文句を言っちゃうと校長、無能すぎ。主人公と手を携えて問題に当たってくれなきゃ。やっかい者の主人公をわざわざ自分の学校に呼ぶんだからそれなりの人物のはずでしょ。それはさておきこの映画、本当に風が吹くのが素晴らしい。友情が生まれるのも誤解もそれぞれ風が契機になっており、上手い演出。ただ難しい扱いなのは病気の少女のお母さん。学校が薄情だからヘソを曲げたらしいのだが。いっそ少女を治すために校長が主人公を学校に呼んだ、という設定にするべきだったのか。
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映画評論家
モルモット吉田
東宝芸能の女優たちが登場する教育映画として観る分には申し分ない。沢口のオーバーな演技も、他が低温な芝居なので上手く際立っている。場面緘黙児なる語は初めて耳にしたが、家では喋るが学校では話せない現象と説明されて、小学校の同級生にもいたことを思い出し、からかいの対象にしていたことに胸が疼く。貧困家庭の生徒が、頭痛で意識朦朧とした母を助けようと頭痛薬を万引きして捕まり、担任の沢口を迎えに来させるという大幅な時間ロスを招く描写以外は至極真っ当な作り。
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怒り(2016)
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映画評論家
北川れい子
ちょっと言葉はワルいが、陰惨な殺人事件を冒頭に置いて描かれる3組の話の、うち2組は“引っかけ”である。顔を整形して逃亡中の犯人探し。果して殺人犯は? けれどもバラバラに描かれる3組の話が、それぞれ危うくも巧みに描かれていて、“引っかけ”などとは全く意識させないのがみごとである。各人気俳優たちが自分の役に全身で挑んでいるのもスリリングで、中でも妻夫木と綾野のくだり。彼らのパーティー場面などハリウッド映画並。手抜き一切なしの李相日の演出力にタジタジ。
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映画文筆系フリーライター、退役映写技師
千浦僚
良くない映画だ。映画において役者が固有の姿を持って出演するということが原作の可能性を減じている。平然と一人三役をやり、それが別人キャラであることを観客に了解させれば面白いが。あと、殺人者である(と思った)からその人物を捨てるという登場人物らの振る舞いと、それを自ら疑わぬことは卑しい。また、殺人者の怒りも単に狂気に落としこまれた。それはダメ。「悪人」のほうがまだマシ。★ではなく怒怒怒。本作の出来に対する腹立たしさ。(水澤紳吾は最高だった)
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映画評論家
松崎健夫
「真犯人は誰なのか?」ということは、本作において重要度が低い。むしろ真犯人の判明によって或ることを炙り出そうとしている。劇中番組に登場する容疑者のモンタージュ写真。その顔は、綾野剛、松山ケンイチ、森山未來、どの顔にも似ている。このこと自体が観客をミスリードしてゆく訳だが、同時に「人は外見でしか判断しない」ということも示唆している。それはつまり、劇中の人々が抱える疑念だけでなく「この映画を観ているあなたもそうではないか?」と断罪しているのである。
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エル・クラン
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映像演出、映画評論
荻野洋一
ブエノスアイレスの高級住宅街で、ある一族が連続誘拐をファミリービジネスとする。面白いのは、この名家が、独裁政権時代に甘い汁を吸ったエリート官僚一家であり、民主派のアルフォンシン政権誕生によって失脚した点だ。彼らは裕福な暮らしを維持するために誘拐身代金を必要としたが、同時に彼らの「ビジネス」は、民主政権下の社会不安を煽るため、旧政権の大物から庇護を受けていたことが匂わされる。単なる犯罪スリラーとするには裏があり過ぎるのが興味深い。
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脚本家
北里宇一郎
こちらはアルゼンチン。政権が転覆して失職した高官が、誘拐ビジネスに手を染めるというおっかない話。ロックをギンギンに駆使した演出が刺激的。平穏な家庭描写の中に、血なまぐさいカットが紛れ込む、そのブラックな趣向が面白い。が、ちと演出が押せ押せすぎて、疲労感も。主人公が官僚時代にどういう役割を担っていたのか。そこを描いてれば、事件の背景がもっと分かるんじゃないかとも。ま、父に対する息子の存在が、独裁政権下の官僚に重なって見えたけど。キンクスの歌が嬉しい。
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映画ライター
中西愛子
1980年代初頭、アルゼンチンで実際にあったプッチオ家の事件を基にした衝撃の物語。独裁政治下で公職を務めていた父アルキメデスは、政府転覆後、失業。市民を誘拐・身代金要求・殺害することで財を維持し始める。しかも家族ぐるみで。モンスター父は映画でよく描かれるが、この父はワースト級。家族を見捨てる父と、保身ゆえ家族を犯行組織にしていく父とどっちがひどいだろう。本人はむしろ愛と思っているようだし。特に、プッチオ父と長男の絆の宿命は鮮烈で鑑賞後も尾を引く。
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トレジャー オトナタチの贈り物。
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映像演出、映画評論
荻野洋一
近年は充実ぶりが喧伝されるルーマニア映画界から、人を喰ったオフビートコメディが届いた。借金苦にあえぐ隣人に財宝発掘を誘われ、にわかにその気になる主人公夫婦の生真面目な強欲さ。金属探知機のレンタル代さえ妻の実家に頼るあたりですでに痛々しいが、発掘当夜に起こる仲間割れに至っては正視できない。ポルンボユ監督はさぞかし人間不信の作家なのでは? 共産政権前に曾祖父が埋めた財宝とやらが表象するのは、旧ルーマニア国家への安直な懐古主義に対する警鐘だろう。
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脚本家
北里宇一郎
宝探し映画といっても、大げさなものじゃなく、怪しげな探知機を使ってスコップで庭を掘り起こすというのが、そこはかとなくオカシい。あまりの疲労で口げんかがはじまって、ひとり離脱の顛末も、脱力の微苦笑。肝心のおタカラには、共産主義から長い独裁政権を経て現在に至った、ルーマニアの政治状況への皮肉が込められているのだろう。淡々の筋運びはネラいだろうし、トボケたおかしさを目論んでいるのも分かる。が、単調すぎ。もうひとヒネリふたヒネリの展開をという欲も出て。
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映画ライター
中西愛子
かつて共産党台頭前に祖先がある地に埋めた宝を、一緒に探してほしいと失業中の隣人に頼まれた男。家族と慎ましく暮らす彼は、半信半疑ながら協力することになる。日常感たっぷりで、オフビートな笑いも効いたドラマだな、と思っていると、宝探しのシーンになるや、やたら地道でリアルな作業を淡々ととらえ続ける、ドキュメンタリーのような趣に。どうやら、この部分は監督の実体験を生かしたよう。映画の捻ったオチも意外と好き。裏テーマは、ルーマニア的、富の分配かも?
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