映画専門家レビュー一覧

  • 神様の思し召し

    • TVプロデューサー

      山口剛

      傲岸不遜に病院と家庭に君臨している外科手術の名医と正体不明だが名説教で人気を博している謎の牧師の奇妙な関係がコミカルに展開される。主演二人を初め脇役も上手いので楽しめる。余韻を断ち切るような終わり方は狙いなのだろうが、もう少しじっくりと牧師を描きこんで笑わせ泣かせて欲しい気もする。50年代のデュヴィヴィエの傑作「陽気なドン・カミロ」を思い出す人も多いだろう。幼なじみの喧嘩友達の牧師と共産党の町長を描いたあの喜劇も伊仏合作でイタリアが舞台だった。

  • はじまりはヒップホップ

    • 翻訳家

      篠儀直子

      リアル「鉄馬の女」が次々登場という趣だが、おばあちゃんだけでなくおじいちゃんも含め、泣き言を言う者などひとりもおらず、みんな勇敢で知的でかっこいい。島の人口構成とか、老人たちと子や孫との関係とかをバッサリ斬り落としたのが大正解で、各人物の(意外な!)過去が明らかになるパートと、ラスヴェガスの大会を目指す部分との配分や構成も非常に巧み。「まさに目の前で事件が起こっている」感が観ているあいだじゅうずっとハンパなく、心を揺さぶられる瞬間が何度も訪れる。

    • 映画監督

      内藤誠

      ニュージーランド・ワイヘキ島の風景が美しく、そこに住む老人たちが懸命にヒップホップ・ダンスを習い、ラスベガスに行くという話。都心の映画館にシニア観客が多いご時世では絶好の企画だ。しかし冒頭はまるでゾンビたちが踊っているようで、正直キモチがわるかった。それが元気のいい女性リーダーと若いヒップホップダンサーたちとの交流を重ねて、笑いと涙のエンターテインメントに仕上がっていくのはみごと。同世代から見て、イヤな老人たちも出てくるが、趣味の問題かもしれない。

    • ライター

      平田裕介

      まだ言葉もおぼつかぬ子どもを引っぱり出したり、どこぞの小学校の何年何組が総出で出場すると、萩本欽一の後押しもあって合格ラインの15点以上をクリア。「欽ちゃん&香取慎吾の全日本仮装大賞」で容易く入賞を狙うあざとい方法論やセオリーみたいなものを、このチーム(というかマネージャー兼振付師)から感じるが、御老体たちのキラキラした姿に和んでしまうのは避けられない。ラジオ体操程度にしか見えぬダンスだが、車椅子に乗った婆さんのフィーチャリングの仕方には唸った。

  • リトル・ボーイ 小さなボクと戦争

    • 翻訳家

      篠儀直子

      ノーマン・ロックウェルのイラストが動いているかのような画面にニコニコしていると、「古きよきアメリカ」の欺瞞を暴くかのように、憎悪をめぐる重い重い話が始まる。「リトルボーイ」が太平洋戦争を終わらせるって、どんな悪趣味な冗談かと眉をひそめそうになるが、物事の一面的描写をできるだけ回避しようとするこの映画は、このくだりにも見事な決着をつける。「辛子の粒ほどの信仰心」を形象化したような小柄な少年の夢と、現実とのバランスもかなりいい。注目すべき監督の登場。

    • 映画監督

      内藤誠

      第二次大戦中のカリフォルニア州の小さな漁村の物語をメキシコの地で撮影しているのに、オールド・アメリカ感に溢れている。監督自身はノーマン・ロックェルの絵にヒントを得たと言っている。大声を張り上げて念力を使う主人公のリトル・ボーイにしたって、「ブリキの太鼓」の引用に見える。ほかにもベン・イーグルのマジック・ショーなど、作者たちの映画的教養が楽しめる。日本人ハシモトを演じるケイリー=ヒロユキ・タガワがしぶくて泣かせる。トランプ大統領候補に見せたい。

    • ライター

      平田裕介

      敵対する相手への憎悪や破壊が人々の原動力、至福、希望になってしまう、戦争の恐ろしさやおぞましさが伝わってはくるのだが、絵面もキャラ造形もノリも牧歌的なもので統一されているので、なんかこうガツンとこない。ここで、フィリピンの戦地と広島の地獄それぞれをリアルかつ壮絶に描いてでもくれれば、少年のいるアメリカンを極めた風光明媚な架空の町との落差と相まってズドンとやられてしまうのだが。とりあえず、少年を演じたジェイコブ・サルヴァーティは可愛いくて◎。

  • 君の名は。

    • 映画評論家

      北川れい子

      別々の時空間で、ずっと誰かを何かを探している高校生の男子と女子。2人は出合うことなく相手と出合い、出合わないのに相手の存在に気がつく。何やらヤヤコシい言い回しになってしまったが、思春期特有の“なりたい願望”をベースにした本作は、宇宙の神秘まで取り込んでリアルに着地する。とはいえ途中、こちらの飲み込み方がワルかったのか、未消化なところも。が、繊細で美しい絵と、2人のキャラクターを観ていると、それだけで心地よくなり、新海アニメに流れる時間は格別だ。

    • 映画文筆系フリーライター、退役映写技師

      千浦僚

      良い。「アベンジャーズ」「マン・オブ・スティール」等を観るとアメリカ人がほんとに9・11に傷ついたんだと思う。破壊の残像を、懸命に正義への戦いと最終勝利へと意味づけようとしていた。本作や「シン・ゴジラ」は日本人の3・11体験にとってのそれだ。皆があれに対して、戦い、人を救いたかったのだ。やっとそれを「お話」にできた。かつてカイル・リースはサラ・コナーに言った。「あなたを守るために、時を越えてやってきたんだ」と。本作からその声が聞こえた。

    • 映画評論家

      松崎健夫

      中学の頃、親友が〈黄昏〉の由来について話していた。〈たそがれ〉は、元々〈たそ、かれ〉で、〈誰、彼〉なのだ、と。薄暮であるから相手の顔がよく見えない。そこで「あなたは誰?」と相手に訊ねるのだ。このことは「君の名は。」というタイトルと共鳴している。そして「あなたは誰?」が示す意味を変化させながら、全篇にわたる伏線ともなっている。さらに、現代に生きる我々の現実と地続きの世界を描くことで、現実にはあり得ない“希望”を描くことの意味をも考えさせるのである。

  • ゆずの葉ゆれて

    • 評論家

      上野昻志

      厚化粧で固めた「後妻業の女」を見たあとでは、こちらの薄化粧にホッとするが、それは同時に、物語の焦点がいまひとつ定まらない弱さにも通じる。走るのが好きな少年が、祖父の過去を知って奮起するという話と、松原智恵子演じるバアちゃんと津川雅彦のジイちゃんの夫婦愛の物語とが、根っ子のところできちんと結び合わされていないので、エピソードを並べただけにしか見えないのだ。松原智恵子の芸歴55年は確かに目出度いが、彼女の語りに頼るだけでは、なんとも弱すぎる。

    • 映画評論家

      上島春彦

      ご当地映画として過不足ないのだが、八方美人。次々と現れる登場人物に映画があっぷあっぷしている。諸事情もあろうが半分に削れるね。これは少年がただ走る映画にするべき。空撮もそっち方面にがんがん効かせてくれてたらずっと楽しかっただろうに。彼に走り方の手ほどきをする謎の少年、実は、という構成なのに消化不良。だが、良いのは少年が終始うじうじしていることで、そのためお姉さんや同級生少女のしっかりぶりが光る。男はうじうじ生きてこそ吉、という教訓であろうか。

    • 映画評論家

      モルモット吉田

      ロケ地の全面協力を取り付けて無数に製作されるご当地映画は玉石混交もいいところだが、本作は原作がしっかりしているせいもあるだろうが破綻のない丁寧な作り。走りが得意だが1位になれない少年が主人公ながら、首位至上主義や2位じゃダメなんですか的な話にならないのがいい。今回の4本中3本に出演の津川が引っ張り、松原が締めるベテランの存在感が往年の児童映画を思わせる小品を華やいだものにさせる。それを受ける演出が奇をてらわず、クサいものにしなかったのも好感。

  • 火 Hee

    • 映画評論家

      北川れい子

      その存在に、どこか自由な荒野を感じさせる、桃井かおり。女優業に侵食されていないように見えるのも私にはカッコいい。そんな彼女が監督・主演する本作は、桃井かおりが漂わせる自由な荒野を、もう若くない娼婦にそっくり重ね、しかも本人が自分を消さずに演じているだけに、くすぐったいほどリアリティがある。むろん、自由と荒野の必然的な代償である孤独や不安も。自分で自分を持てあましているような。ともあれ、万人向きではないが、ロスでこの作品を撮った彼女はやはりカッコいい。

    • 映画文筆系フリーライター、退役映写技師

      千浦僚

      昔、桃井かおりが「世の中、バカが多くて疲れません?」(苦情があって「バカ」は「利口」に差し替わった)と言う栄養剤のCMがあったが、彼女はいかにもこういうことを言いそうで、その率直さや毒は誰しもが持ち、発露したい部分であり、それの代弁者であることが彼女の人気と魅力の一部だろう。本作はついに辿り着いた「キチガイ(もしくは、マトモぶる奴)が多くて疲れません?」の域。面白い。クドさとキツさに心地よく呑まれた。我儘極まりない昔の彼女のことを思い出した。

    • 映画評論家

      松崎健夫

      小説に書かれた文字を、映画で表現するための文字として書き起こした脚本。その文字に費やされる〈時間〉が即ち、作品のリズムやテンポとなる。本作の〈時間〉感覚が原作の其れとよく似ているのは、会話の〈間〉のようなもの、或いはズームに必要な〈時間〉に起因している。精神科医が個人を探ることを示唆するため顔のクロースアップが多用されているが、時折カメラは〈寄り〉から〈引き〉のズームで全体像を見せてゆく。それはまるで、火が燃え広がってゆく様に似ているのである。

  • ソング・オブ・ザ・シー 海のうた

    • 批評家。音楽レーベルHEADZ主宰

      佐々木敦

      基本的な設定は宮崎駿的なのだけれど、仕上がりはまったく異なる。もちろんハリウッドの大作アニメとも全然違っていて、間違いなく「あえて」なのだろう計算されたプリミティヴィズムが確かに新鮮。人物の顔の造型がどこかニッポンの昔のマンガ風なのも親しみがわく。全体に落ち着いたトーンで、派手に盛り上げようとすることなく淡々と進んでゆく。アイルランド民話と伝説が元になっているのだが、家族の物語は妙なリアリティがあって、ファンタジーとのバランスがちょっと独特。

    • 映画系文筆業

      奈々村久生

      アニメというより光のアートを観ているような感覚。珠玉は兄が妹を捜すために妖精の光る髪をたどって暗いトンネルの中を行くシーン。彼をとりまく光の粒子はそのまま被写体を照らすライトとなり、観る者の視点を誘導する。暗闇に降る雨の描写も然り。リアリズムとは違う幻想的な照明の使い方は美しく、それ自体が見どころとなっている。絵柄は平面的な線画で構成されているのだが、そのタッチで描かれた男女が口づけるときに二人の唇が一本の線になるのは、線描ならではの醍醐味。

    • TVプロデューサー

      山口剛

      ベン少年と妹のシアーシャを残して母親は海へ消える。彼女はアザラシの化身の妖精だった。以来、衰弱して行く妹を救おうとベンの大冒険が始まる。アザラシ女房のセルキー伝説、相手を石に変える女神マカ、海神マクリルなどアイルランドの伝説が下敷きになっているが、そんな知識がなくても楽しめる。「鶴女房」や「天女の羽衣」など日本にも似た伝説はある。水彩画タッチの映像は美しいが、単にきれいで可愛いだけでなく、歴史に繋がる想像力をかきたててくれる。

  • イレブン・ミニッツ

    • 翻訳家

      篠儀直子

      人物の「心理」や「性格」とはまったく別のところに面白さがあって、複数の場で進行する11分間が、行きつ戻りつオーバーラップしつつ語られる81分。この着想自体は別に新奇なものではないが、監督の年齢からいって堂々たる巨匠の仕事として撮られていても当然なところを、映像と音響に若き俊英のみずみずしさがみなぎっているのが恐ろしい。細かなサスペンスの積み上げの果てに訪れる、クライマックスからラストまでの息を呑むような鮮やかさは、映画にのみ可能な魔法というほかない。

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