映画専門家レビュー一覧

  • 栄光のランナー 1936ベルリン

    • 映像演出、映画評論

      荻野洋一

      監督の初期作からずっとコンビを組んできた撮影監督ピーター・レヴィのカメラワークが素晴らしい(もちろん回しているのはオペレーターだが)。ベルリン五輪の本番、レニ・リーフェンシュタールが記録映画「オリンピア」を撮影するまさにそのオリンピアシュタディオンに主人公の黒人陸上選手が入っていき、敵地一〇万観衆に圧倒されつつ家族写真のロケットを眺めてからスタート位置につくまでの一連の動きを、グリグリとしたワンカットで押し切るところはゾクッとさせられた。

    • 脚本家

      北里宇一郎

      娯楽派と思っていたホプキンスがこういう映画を手がけるとは。黒人選手が内外の差別に遭いながら、オリンピックに挑む実話。米国がヒトラー主催の五輪をボイコットしようとした動きとか、ナチスとレニ・リーフェンシュタール監督との確執、ブランデージの暗躍など、内幕的な挿話が面白い。主人公の浮気の話はなくもがな。帰国した彼への米国民の対応は、今の状況とつながっている思いがして。「炎のランナー」に似た印象だが、こちらは通俗的というか、ちと型通りなのが物足りない。

    • 映画ライター

      中西愛子

      1936年のベルリンオリンピックで、陸上競技の4つの金メダルを獲得したアメリカの黒人選手ジェシー・オーエンス。地元大学でのコーチとの出会いから、ヒトラー政権下のオリンピックへの参加までを描く。オーエンスを演じる俳優がいい。彼のアスリートとしての才能はもちろん、知性と謙虚さを柔らかに醸していて好感が持てる。物語は特に後半の、オリンピックでの出来事において緊迫感が増していく。“差別”という問題の根深さ。いつの時代も目を背けてはいけないと痛感する。

  • ジャングル・ブック(2016)

    • 批評家。音楽レーベルHEADZ主宰

      佐々木敦

      視覚的には文句のかけらもつけようのない驚異的な達成度で、冒頭から圧倒されまくりながら息つく暇もなく観終えた。画面に漲る躍動感という意味では、ここまで来たか、という感嘆を禁じ得ない。だが、67年版から言われてきたことではあるが、テーマ的には問題があることは否めない。レイシズムを潜在させていると思われかねないということだけでなく、ここで描かれているのが、人間の少年の動物化ではなく、動物たちの人間化であることにも根本的な疑問を感じる。でも面白いのは確か。

    • 映画系文筆業

      奈々村久生

      「ライフ・オブ・パイ~」でも思ったけれど、演技経験のほとんどない子供が一人で、ブルーバックの前で演じて、それが演技として成立していることは従来の映画の作り方にとって一種の驚異だ。演技論とか演出論とか根本的に考え直さなければ。「アイアンマン3」を蹴って「シェフ~」を作った監督のファヴローは自ら子役の相手役をつとめながら指導したというが、技術としてはともかく役としては違和感のないレベルに達している。そして声だけでも妖艶なS・ジョハンソンはさすがの一言。

    • TVプロデューサー

      山口剛

      ディズニーが「ジャングル・ブック」を実写でリメイクしたと聞き、リアルなロケを期待したのは、私の早合点だった。主演の少年以外すべてCGなのだが、その見事な映像には魅了された。ファンタジックな雰囲気はCGならではのものかも知れない。演技はすべてブルーバックの前で相手なしで行なったというニール・セディ少年をはじめ、動物たちの造型や動きは絶妙。J・ファヴロー監督はインディー出身だが常にツボを外さない演出ぶりで、今度も見事な職人技を見せてくれた。

  • X-MEN: アポカリプス

    • 翻訳家

      篠儀直子

      なぜかこの夏「世界滅亡映画」が大ブームで、ここでも大スペクタクル映像が見られるが、それ以上に、登場人物全員がそれぞれの個性と能力を存分に発揮して戦うクライマックスが、群像劇とアクション映画の融合という感じがしてよいのだけれど、80年代を舞台にしていることとはあまり関係なしに、内輪ですったもんだしている感じもあって、結果、なんだかちんまりまとまってしまった印象になるのが残念。「スタートレック」ファンのみなさんは、アポカリプスが見るTV画面にも注目を。

    • 映画監督

      内藤誠

      古代エジプトのピラミッドの中から、人類初のミュータント、アポカリプスが4人のミュータント「黙示録の四騎士」を連れて、八〇年代の頽廃した地球を壊滅すべくやってくる。相変わらずオーバーな話で、デイヴィッド・ボウイが喜びそうなファッションがいい。しかしターゲットの地球人の悪徳ぶりがよく描けていないので、物語がはずまない。ミュータントの専門学校も外観はいいのだが、学校の内容の描写が手薄だ。カルトでペダンティックなファンが多いのだから、ディテールに要注意。

    • ライター

      平田裕介

      同じブライアン・シンガーによる前作「~フューチャー&パスト」はノー字幕で観ても楽しめたのだが、今回は多数のキャラクターを捌くのに手一杯になってしまっている感あり。また、前2作は史実とのリンクが濃厚で妙味でもあったし、今回も核戦争勃発の機運が高かった「ザ・デイ・アフター」「SF核戦争後の未来・スレッズ」な時代を舞台にしているがそれほど活かせていない。しかし、“鉤爪のアイツ”のシャブでも打たれて錯乱したかのような登場の仕方は呆気にとられるが素晴らしい。

  • 太陽のめざめ

    • 映像演出、映画評論

      荻野洋一

      救いようのない不良少年が幾度も暴発をくり返し、ムショ暮らしまで経験しながら、恋をし、赤ん坊ができて少しずつ変容していくさまを、いっさいの感傷を排除して描ききった。C・ドヌーヴ、B・マジメルら保護司スタッフを演じた面々が、第一級の存在感を見せつける。ラストの歳月の経過がもたらす感慨と無常観、冷厳な客観描写はまさにフランス的な「感情教育」であり、「深夜カフェのピエール」など、絶頂期のアンドレ・テシネ監督が絞り出した往年のロマネスクも彷彿とさせる。

    • 脚本家

      北里宇一郎

      今号のこのページはフランス映画大会。これが一番の力作。優しさというものを教わらずに育った少年がいて、暴力三昧で生きている。で、保護司や判事がなんとか彼を更生させようとする。その長年にわたる両者の苦闘の様が描かれるわけだが、観ている側にも耐久力が要求される、粘り強い演出。女優兼業の監督のせいか、主演の少年の演技が繊細で魅力的。ただ、一つ一つの描写が丁寧すぎて、しだいに展開が重くなっていくのは残念。ドヌーヴは貫祿の演技。R・パラドくんが全篇をさらう。

    • 映画ライター

      中西愛子

      昨年のカンヌ国際映画祭で、女性監督作品としては28年ぶりにオープニングを飾り話題になった本作。監督ベルコ、女優ドヌーヴの才気溢れるタッグ。フランスの女性映画人の凄みを見せつける1本だ。危なっかしい刃のような非行少年が、長い道のりを経て、意思を持ち人生の一歩を踏み出すまでの物語。母親や女判事やガールフレンドや教育係や施設の人々。いずれの愛が欠けても少年は前に進まない。母性と共に知性に裏打ちされた複合的な視点が、映画に稀有な力強さを与えていている。

  • ハルをさがして

    • 評論家

      上野昻志

      3・11を機に福島を離れた人たちは、生活上の様々な問題だけでなく、残っている人たちに対して、どこかで後ろめたい想いを抱えているのではないか? だが、これまで3・11以後の福島に関わる映画では、それを描いたものはなかった。その点で、本作が初めて主題にしたといっていいが、それを頼りない男子三人組を引き連れた少女の旅として、急がず、浮かび上がらせたのがいい。愛犬への想いと共に親友を裏切ったという想いを抱える彼女に較べ、男子どもが幼すぎる感はあるが。

    • 映画評論家

      上島春彦

      男の子の純情は下ごころとセットになっていて可愛い。そういう自覚はないのだろうが。しかしこの物語は設定がずさん。迷い犬を探しに故郷福島に旅立つ少女と、それについていく少年三人。やがてカメラマンになるであろう少年以外はキャラが立ってない。だったら二人旅でよかった。それならもっとはらはらしたと思うのだ。主人公はこの少年だが、劇的な葛藤は全て彼が恋する少女の方にあるため、どうにも落ち着かない。福島の田園風景と川村ゆきえ似の美少女のルックスでもった映画。

    • 映画評論家

      モルモット吉田

      福島を題材にする是非を監督がプレスで断っていたがゴジラで露骨に暗喩する時代に気後れする必要なし。ジュヴナイルとしては佐藤菜月が魅力的だし映像も良い。だが、福島に舞台を持っていくことに気を取られ、そこへ向かわせる犬やカメラといった彼らにとってのお宝の扱いが難で、犬に対する佐藤の思いも伝わらず。数日の汗にまみれた旅を、顔を黒く汚す程度で汗臭さも出さなければ、それを気にする風もないのは手抜きと言われても仕方ない。ヒロインの身勝手さばかりが目につく。

  • 秘密 THE TOP SECRET

    • 評論家

      上野昻志

      死者の脳内に蓄積された記憶を探るというコンセプトは面白い。むろん、記憶が宿るのは脳内だけか、というギモンはあるが。で、見ている間は、華麗に繰り広げられるヴィジュアルに目を奪われたのだが……。時間が経つうちに、それこそ、こちらの記憶が曖昧になり、端正な着こなしの生田斗真の横顔とか、汗の匂いが鼻につきそうな大森南朋の刑事とか、ベッドで手招きする織田梨沙などの姿は鮮やかに思い浮かぶものの、肝腎の物語は縺れた糸のようにこんぐらかってほぐせないまま。

    • 映画評論家

      上島春彦

      予算をかけた美術と特撮はさすが。配役も豪華。しかし物語が複雑すぎ、主人公が二人、ということの問題点が目立つ。生田の過去、岡田の現在、どちらかで良かったのではないか、だって全然違う話ではないか。エッチな新人織田梨沙のカラダのおかげで得した気分になれたものの。ただ、特に警察のかたを持つ気もないが、日本のおまわりさんはここまで無能ではないよ。確かに大森南朋みたいな困ったヤツはいるかもしれないが。死ななきゃ事件の真実が分からないようじゃ、そりゃ困るよ。

    • 映画評論家

      モルモット吉田

      「4匹の蝿」の網膜残像から犯人を追う設定を思い出させる脳内記憶の映像化という設定は面白いが高度な技術がある割に捜査員の脳を接続せねば再生できず、証拠採用もできないとは無用の長物。主観で左右される記憶は不正確と説明されるが恐怖心が現実を歪曲して捜査を迷走させたり、異世界の深淵を覗かせてくれるわけでもない150分に退屈。近未来をありきたりなSF的風景にしなかったのは正解だが狭い画角のみで描こうとするので世界が窮屈。岡田の演技はいつものように違和感。

  • ヴィレッジ・オン・ザ・ヴィレッジ

    • 映画評論家

      北川れい子

      煙りにまかれたような……。但し、この煙りの正体は、人物たちがひっきりなしに吹かしているタバコだから、すぐに空中に散ってしまうのだが、タバコとセットになった他愛ないお喋りやありふれた蘊蓄も同時にスーッと消えてしまい、この作品の影の薄さは何なんだ。そのくせ人物たちは全員、妙に上機嫌でしょっ中、酒を飲んでいる。風景と暇な人々とお喋りと酒、タバコ。場面はあってもドラマはなく、観ているこちらは、彼らの何一つ共有できずにただボンヤリ。仲間内のお仲間映画。

    • 映画文筆系フリーライター、退役映写技師

      千浦僚

      必見の素晴らしく変な映画で、素晴らしい映画。出演の鈴木卓爾と長宗我部陽子によって、ある種の遊びやルーズさを重要な要素にしている鈴木卓爾監督作や今岡信治監督作にも繋がる。また、脚本を書き、出演もしている山形育弘は鎮西尚一監督作品「ring my bell」にも出演しておりこちらへの親和も感じられる。本作は新たな星でありながら鎮西、鈴木、今岡作品、ほかにも常本琢招、七里圭の作品と結んでみると、日本映画の新たな星図を描く、最強の最高の後出しミッシングリンクだ。

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