映画専門家レビュー一覧

  • ある閉ざされた雪の山荘で

    • 映画評論家

      吉田広明

      ある別荘に芝居の候補生が集められ、そこで事件が起こるのでその謎を解けという設定で生活、実際に一人一人と消えてゆくが、これはベタなのかネタなのか。そのドンデンが続いている間は面白く見ていられるとはいえ、終わってみれば、こんな大掛かりな仕掛けを支える動機が貧弱、そこに身障者への失礼があるように感じられて不快、そもそもなぜ重岡の役の人がそこに参加しているのかが分からないなど疑問は次々湧く。終わった後にすべて忘却上等、暇つぶしとしての推理ものの典型。

  • カラオケ行こ!

    • 文筆家

      和泉萌香

      面白かったので原作も買った。ヤクザが真面目な中学生男子に歌の教えを乞うという斬新な設定が第一、名前や組員たちの選曲、などなど小さなエピソードもそんなわけあるか、というユーモアの積み重ね(組長も、この人かい!という実写化ならではの楽しさ嬉しさ)。映画に付け加えられた学校生活の様子、思春期の葛藤なども大人視点のノスタルジーに浸かりすぎないのがいい。カラッとしつつも一定したチャーミングなトーンを支える、ポーカーフェイスの齋藤潤さんはじめ若手俳優たちに拍手!

    • フランス文学者

      谷昌親

      青春映画にヤクザ映画を足してコメディの要素を引き出したとでも言える、おもしろい味わいの作品になっている。しかし、それが可能になったのは、カラオケ大会で組長を前に歌を披露しなければならないヤクザが、中学生の合唱コンクールを聞きに来た、という設定があってのことだ。要するにシチュエーションコメディとしてのおもしろさを前面に出した作品なのである。だが、山下敦弘監督であれば、そうした特異な状況に頼らずとも、彼ならではのとぼけた味わいを出せたのではあるまいか。

    • 映画評論家

      吉田広明

      ヤクザが合唱部の中学生に歌を教えてもらうためカラオケに日参する。こんな無茶苦茶な話が通用するのはコミックの中だけであろう。実写で見るとこれはいかにもキツい。その設定の無理は無理としても、そこを出発点に映画的な何かが生まれるわけでもない。ヤクザといっても怖い顔でガナるだけの表面的な造形、中学生たちもただの人形、また二人の関係が人間的に進展し、新たな様相が現れもしない。映画が所詮暇つぶしに過ぎないにしても、もっと上等な作りの作品に費やしたいものだ。

  • 燈火(ネオン)は消えず

    • 翻訳者、映画批評

      篠儀直子

      香港を離れようとする娘と、香港にとどまって夫の工房を守ろうとする母。工房もネオンも香港の換喩だ。そして一人ひとりの個人史が、香港の歩みと重ね合わされる。—という図式がいったん見えてしまうと、もうそれ以外の見方ができなくなってしまいそうになるのだが、実は事態は最初に思われたほど単純ではない。各人物が互いに負い目や秘密を抱えていたことが明らかになるにつれ、映画はみるみる血がかよいはじめる。光の映画にふさわしく、丹念に工夫された各場面の光の色が美しい。

    • 編集者/東北芸術工科大学教授

      菅付雅信

      香港のネオン職人の夫を亡くした妻が、彼の弟子と共に夫がやり残した最後のネオンを完成させようとする。香港を象徴するネオンの9割が法改正でなくなった現在の香港にて「古き良き日」を回想し甦らせようという設定は、最近の昭和ブームに沸く日本も近いものがある。かつてのアクションやコメディで一世風靡した香港映画ではなく、落日を慈しむ香港映画。この映画のネオンに託されたものは、現在の香港人にとって、ノスタルジーだけでなく静かな抗議活動であることを感じさせる。

    • 俳優、映画監督、プロデューサー

      杉野希妃

      消えゆくものへの哀悼というありがちなテーマゆえに凡作になりそうなところを、レトロ感と近未来感を併せ持つネオンの異様な輝きが作品に視覚的なオリジナリティを与えている。監督デビュー作とは思えない安定した手堅い演出に驚きつつも、感傷的すぎる箇所にはやや白けてしまった。娘の反抗的な態度や弟子の葛藤の要因が見えづらく、物語をドライブさせるための都合上の設定に思える。それでも香港の現状と重なる物語には心打たれるし、終盤のシルヴィア・チャンの顔に痺れる。

  • 笑いのカイブツ

    • ライター、編集

      岡本敦史

      “伝説のハガキ職人”の実話と聞けば、狭い話を想像するかもしれない。だが、実は『古見さんは、コミュ症です。』級に普遍的かつ感動的なドラマだった。破滅的に社交性がなく、話し声のボリューム調整もできない(分かる~!)主人公を岡山天音が身を削るように力演。脇に回った菅田将暉、仲野太賀の好演も沁みる。師匠・井筒和幸の遺伝子を感じる滝本監督の演出も静かに熱い。楽な生き方を選べない人、そんな不器用な純真さがこの世にあっていいと願う人、どちらの涙も汲む名作。

    • 映画評論家

      北川れい子

      タイトルの“カイブツ”とは当然、怪物のこと。是枝作品の「怪物」があり、サイコサスペンスの「怪物の木こり」があり、そして本作と、いまや“怪物”も押すな押すな! それにしても笑いに取り憑かれた男・ツチヤタカユキの変人、奇人ぶりは半端ない。寡聞にして今回初めて彼のことを、そしてハガキ職人なる言葉を知ったのだが、笑いを一切排して描かれるツチヤの笑いへの執念はかなり神がかり的で、笑い教の孤立した教祖もかくや。泣かせるより笑わせる方が難しいというが、なるほど。

    • 映画評論家

      吉田伊知郎

      岡山天音に尽きる。目つき、挙動に至るまで、カイブツを演じる者は、その際自分がカイブツにならぬよう気をつけるがいいと言いたくなるほどの圧倒的演技。その分、〈人間関係不得意〉な姿が延々と続き、笑いを生む原動力や独自の視点で見つめる日常も、実直に描かれすぎて重苦しいほど。オードリーのラジオで断片的に聴く限りでは人間関係不得意ゆえの笑いが日常に転がっていた様子だけに、笑いが少ない分、2時間がシンドイと思ってしまう。安易な汗も涙も拒絶した作劇には好感。

  • アンブッシュ

    • 翻訳者、映画批評

      篠儀直子

      主人公を特定しない複眼的な語りだからわかりやすくはないが、撮影と編集がハイレベルで見ごたえ大。仏人監督を筆頭とするスタッフは多国籍、キャストは全員UAEの俳優。個人的には「中東で最も豊かで文化が欧米に近い国」ぐらいのイメージしかなかったUAEが、人の顔を持つ国として一気に身近に感じられ、〈映画〉は本質的にコスモポリタンなものだとあらためて感じ入ったのだが、それとは無関係に現実の紛争はなお続いているやりきれなさを、ラストシーンは伝えているようでもある。

    • 編集者/東北芸術工科大学教授

      菅付雅信

      2018年のイエメン内戦時の実話を基にしたミリタリー・アクション。治安維持のため派遣されたUAE(アラブ首長国連邦)軍がパトロール中に渓谷でゲリラに待ち伏せされる。先発隊が急襲され、彼らを救おうと向かった後発隊も待ち伏せされ、泥沼の戦いに。「96時間」で知られる仏監督ピエール・モレルの技術が活きる大迫力の戦闘シーンが白眉。しかし製作がUAEの会社で、死亡した兵士の「威厳ある移送」シーンがUAEのプロパガンダになっていることに興醒め。

    • 俳優、映画監督、プロデューサー

      杉野希妃

      UAE映画を見るのはおそらく初めてだが、よくあるハリウッドの戦争映画の様相を最初から最後まで貫いていた。アメリカ人が他民族に入れ替わっただけで何の特徴も見出せず。主演が誰であるのか曖昧な上に人物の掘り下げも浅いので、誰にも感情移入できない。ひっきりなしに続く戦闘シーンも似たような状況の繰り返し。戦死した兵士が英雄として讃えられる演出、感動を促す音楽など、戦争賛美にしか思えず、嫌悪感と虚しさが増すばかり。この類のプロパガンダ映画には辟易してしまう。

  • ラ・メゾン 小説家と娼婦

    • 翻訳者、映画批評

      篠儀直子

      主人公が最初に勤める娼館が暗く非人間的な空間として描かれるのに対し、「ラ・メゾン」はまるで女たちの楽園のようだ。プロである娼婦たちは自己決定権を持ち、本名も知らぬまま互いに助け合う。けれどもそれは、そこがあくまで虚構を演じる世界であるからだ。なぜ彼女たちがそこへ来たのかわたしたちは知ることがなく、いったん暴力が乱入すれば、楽園の幻想などあっけなく崩壊してしまう。性の非対称性をめぐる古くからの論争は、この挑戦的な作品でもやはり解決されることはない。

    • 編集者/東北芸術工科大学教授

      菅付雅信

      フランスからベルリンに移り住んだ女流小説家がネタ探しとして高級娼館で働いた実話を基にした原作の映画化。極めて魅力的な題材に思えるが、主人公は自分が何を求めているのかはっきりしないため、映画も文芸性とポルノ性の間で揺れ動く。数多くの濡れ場を演じるアナ・ジラルドは惜しげもなくすべてをスクリーンにさらけ出すが、娼婦の同僚からも見透かされるように常に冷静で「我が心ここにあらず」な視点を維持し続ける。半端な客観性が本作をフラットな体験談実写版に留めていることが惜しい。

    • 俳優、映画監督、プロデューサー

      杉野希妃

      内容的にも性描写の多さからしても衝撃作である事は間違いないだろう。難題に挑戦した心意気は称えつつも、エマがなぜ娼婦として2年間も働いたのか、どんな過去がその衝動に導いているのか、空虚さや欲望がどこから来るのか、エマの内部が窺い知れず終始戸惑う。そのほかのキャラクターも上っ面しか描かれないので魅力を感じられない。売春で自分自身を試し、「女性の解放」や「自己受容」を目指すのはあまりにも安易だし時代遅れではないか。複雑な問題を曖昧に誤魔化している。

  • サンクスギビング

    • 翻訳者、映画批評

      篠儀直子

      公式サイト等の紹介文を読んで「『料理長(シェフ)殿、ご用心』じゃん!」と思う人が出そうだが(わたしじゃ)あそこまで律儀にメニューをなぞりはしないものの、実際、ホラーというより猟奇風味強めの連続殺人ミステリの感。事件の背景が作りこまれていて、冒頭のパニック描写をしっかりやってるのが効果的で◎。この題材ならもっとユーモアがあったほうがとか、プロットの細部が意外に雑とか、ラストの思わせぶりはもうやめようよとか言いたいことはあるけれど、全体的に楽しい。

    • 編集者/東北芸術工科大学教授

      菅付雅信

      タランティーノ一派のイーライ・ロスが「グラインドハウス」で手がけた存在しないホラー映画の予告篇「感謝祭(Thanksgiving)」を自らの手で長篇映画化。感謝祭発祥の地とされる米マサチューセッツの街を舞台に人々が次々と残酷な手口で殺される。ホラーの名作「スクリーム」「13日の金曜日」などへのオマージュ満載の構成ながらもオタク的でないヌケの良さ。ホラー映画の美学を更新せんという意思がある。これぞ教養としてのホラー映画最新版。

    • 俳優、映画監督、プロデューサー

      杉野希妃

      2007年に制作された映画「グラインドハウス」内のフェイク映画の予告篇から作られたという本作。典型的なスラッシャー映画。インスタの特性を巧みに使った手法には新しさを感じるものの、グロテスクな描写にこだわりすぎて、ストーリーテリングはそっちのけ感あり。肝心の犯人の動機が薄く、その狂気はクライマックスで突如失速し迫力に欠ける。その上、脚本が弱いせいかキャストは誰一人印象に残らず、イーライ・ロス監督が調理したい感謝祭ディナーのただの材料と化している。

  • 脱・東京芸人

      • 文筆家

        和泉萌香

        「どれだけお金をもらっても面白くない」アルバイト生活をやめ、芸人としてお仕事を、と山形の地へ。コロナウイルスから屋根裏への珍客といった大小様々なハプニングにくわえ、救いの神があらわれるといったドラマもあるも、終始淡々とした主人公、ソラシド本坊さんのキャラクターの魅力と、実体験に裏打ちされた言葉が抑制的でいて、映画をクールに引っ張り上げている。人間の肩書きとは何か? それは生きていくこととイコールか。浮かびあがる問答をも“エモい”では終わらせない。

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