映画専門家レビュー一覧

  • 鏡は嘘をつかない

    • 批評家。音楽レーベルHEADZ主宰

      佐々木敦

      美しい珊瑚礁を持つインドネシアの世界遺産ワカトビに生きるバジョ族、海と水に全面的に結びついたその暮らしを映し出す観光映画と呼んでもいい側面と、少女と母親と帰ってこない父親と遠方からやってきた青年の物語が、独特と言えば独特な、ありがちといえばありがちな感じで縒り合わされている。監督はドキュメンタリー出身だそうだが、画面手前に人物を配した広角ショットの多用は美学的だし、芝居はかなり演劇的に思える。鏡が映像的な小道具の域に留まってしまっているのも疑問。

    • 映画系文筆業

      奈々村久生

      インドネシアの美しい海に魅了される。その中へ深く潜っていくカメラ。美しければ美しいほど、そこで失われた命が浮かび上がるのは、「桜の樹の下には」のような心理だろうか。そんな文学的なロマンを、ふいに挿入される東日本大震災の津波の報道映像が、現実に引き戻す。海は一家から男性=社会を奪い、取り残された女性たちの生活を語ることが神秘的な世界の描写につながるのは必然だ。現実と祈りの狭間にいる少女、鏡という小道具など、世界観と映像が完全に一致している。

    • TVプロデューサー

      山口剛

      美しい珊瑚礁にめぐまれたインドネシアのワカトビ海域で、昔ながらの漁業を営み自然と共生している漂海民族バジョ族の十歳の少女。ドキュメンタリー出身の若い女性監督は、漁に出たまま帰らない父親の生存を信じて母親と暮らす思春期の少女の微妙な心の揺れを、自分の故郷の美しい自然を背景にヴィヴィッドに描き出す。見ている間、相米慎二の作品が終始念頭に浮んだ。相米映画の少年少女のいきいきとしたイメージがギタ・ノヴァリスタとその仲間たちに重なってくる。

  • サウスポー

    • 映像演出、映画評論

      荻野洋一

      愛妻の不慮の死をきっかけに自暴自棄となり、財産も家庭も喪失した元ボクシング王者が、努力の末に返り咲くまでの物語をテンポよくまとめた……と言いたいところだが、そもそもの遺恨の始まりとして、公衆の面前で妻が疑惑の凶弾に倒れるという設定は粗暴すぎる。年末年始に好篇「クリード」があったばかりで、本作は劣勢か。だが、孤児院入りした愛娘の後見役を演じたナオミ・ハリスという黒人女優の、責任感と人情味を合わせた写り方は見逃してはいけないだろう。

    • 脚本家

      北里宇一郎

      威風堂々のボクシング・チャンピオンが没落して、また這い上がってくる――という展開に新味はないが、一応形が整っているし、テンポが速いので飽きはしない。だけど味がない。敵役があまりに絵に描いたようなワルで、それにつられて興奮する主人公も単細胞に見えて。F・ウイテカーのトレーナーなど、ここで演出が立ち止まってじっくり個性を見せるところなのに、テンポに足をとられて腰が落ち着かない。人物はいても描写がないのだ。そのあわただしさが最近の米映画の味気なさでは。

    • 映画ライター

      中西愛子

      最近のジェイク・ギレンホールの変幻自在ぶりは際立っている。ここではライトヘビー級のチャンピオン・ボクサーを演じ、見事な肉体改造をして役に挑んだ。ファイトシーンはほぼノースタントって、すごいな。彼が演じた男は、血の気が多く人生に躓く。このキャラクター設定も面白く、守護天使さながらの妻を亡くした転落後、自らを変えようと苦しむドラマ部分でも演技派の力量を見せている。妻役レイチェル・マクアダムスの頭のよさを受け継いだようなメガネっ子の娘がかわいい。

  • デッドプール

    • 翻訳家

      篠儀直子

      ステレオタイプな人物配置をからかうようなオープニングクレジットが可笑しい。どんなお下劣ネタが連投されるのかと思っていたがそこまでではなかった(わたしの予想が極端すぎ?)。台詞に小ネタが満載なので、どこをどう字幕に生かすか、翻訳はさぞや苦渋の選択の連続だったろうと思われる。主人公の友人や、同居人となる老女など、脇のキャラクターに魅力があるのがよい。アクションシーンに、できるかぎり生身の人間のアクションを活かそうとする姿勢が見えるのも好感が持てる。

    • 映画監督

      内藤誠

      新人監督を中心にスタッフ、キャストが楽しそうに撮影している気分が伝わってくる。マーベル・コミックが原作で、笑いをとるためなら、楽屋落ちだろうと下品なジョークだろうと、何でもやるというスタイルながら、ガンに侵された主人公(ライアン・レイノルズ)がミュータントとして延命をはかる手術の場面などは、時間をかけて丁寧に撮影。娼婦あがりの恋人を演じるモリーナ・バッカリンと格闘技を活かし、悪役として登場するジーナ・カラーノたち女優陣がタフでチャーミングだ。

    • ライター

      平田裕介

      とめどなく下品で、正義を貫くよりも私怨を貫くほうが大事。おまけに、敵はどんな雑魚も“完殺”をモットー。それでいて、異形としての哀しみも抱えている。そんなデッドプールのキャラがやっぱり魅力なわけだが、喜々として彼を演じるライアン・レイノルズが輪をかけて素晴らしい。劇中でもネタにされている「グリーン・ランタン」のあれこれが彼のなかで葬られたのをこちらも感じる。新生版「トランスポーター」では冴えなかったエド・スクラインだが、本作では相当な存在感を照射。

  • ヒメアノ~ル

    • 評論家

      上野昻志

      たとえば、清掃の現場で岡田が安藤に声をかけるときの二人の立ち位置だとか、公園でベンチに座ったユカが岡田を指さすときの二人の位置といった、人と人との間の距離の取り方がうまい。つまり、吉田監督は、人の関係を画面空間の位置関係で表すのに優れているのだ。それが意識的にコミカルにしたという前半部で際立つのは、対象に対する距離感が明確だったからかもしれない。後半、森田が中心になるにつれ、それが消えるのは、彼の衝動を?みきれなかったからではないか。

    • 映画評論家

      上島春彦

      この監督の分裂的気質が最も的確な方法論で出た作品。最初に注目された「机のなかみ」でも、中盤でぺこっと話を折り返すみたいな感じをやって可笑しかったが、本作でも真ん中でタイトルをやっと出し、これが最上の効果。ここから突然イヤ~な展開となる。凶悪な森田剛のキャラに同情の余地はないんだが、それでも彼を心から憎む観客はいないだろう。正しくはないが、彼はやるべきことをやっていると私は思う。佐津川愛美さんがあまりにエロカワいくて、つい星を足してしまいました。

    • 映画評論家

      モルモット吉田

      舞台での噂は聞きつつも、映画では真価を計りかねていた森田の本領を認識。くすんだ男が淡々と殺り始める瞬間に見せる跳躍に瞠目。中盤でタイトルを出す趣向も、これ見よがしになっていない。凄惨な話ながら絶望感が突き抜けきらないのは監督の資質か。森田が警官を殺した後、発覚までに時間がかかりすぎたり、終盤も後手に回りすぎるなど、身内を殺られるとポリが本気を出してくることを思えば、作劇の都合が優先気味にも思える。棒読みで無表情のまま貫き通すムロツヨシが出色。

  • リリカルスクールの未知との遭遇

    • 評論家

      上野昻志

      いまや、どこにでもアイドルは存在する。アイドル生産者と、他人と違う、自分だけのアイドルを求める消費者との共犯関係によって、次々とアイドルが出現するわけだが、本篇の主役であるリリカルスクールも、HIP?HOP界のアイドルであるらしい。これも、そんな彼女たちのプロモーション・ビデオとしては、十分成立するのではないか。だが、映画館のスクリーンにかけるのは、ちとツライ。話もそうだが、画面があまりにも平板で薄すぎ、結果、リリスクまで薄く見えてしまうのだ。

    • 映画評論家

      上島春彦

      まさか敬愛する「スチャダラパー」のANIさんの顔をスクリーンでこんなに長々と見る日が来ようとは。それと自転車に乗らない新宿タイガーも。ホントに本人だよね。それはさておき主演ラッパー女子の面々だが、クライマックスの屋上ライヴ(パーティーって言うらしい)は抜群の出来で嬉しい。でもそこまでが長いか。確かに「お待たせ」感はあるのだが。やたらと世界や宇宙やETが救われちゃうのはどうなんだ、とは思うもこれは救われなきゃ話にならないから「これでいいのだ」。

    • 映画評論家

      モルモット吉田

      もう何本か撮っていたと思い込んでいたが映画は初のデモ田中。井口昇との関係から影響濃厚な作品かと思っていると、作品の規模と趣旨をわきまえつつ、枠をぶち破る勢いも含めて既にデモ的個性が発揮されている。低予算アイドル映画だからといって寓話、SFもどきで済ませる者もいるが、律儀に宇宙人のバムさん人形を可動させ、語らせ、SF青春映画に仕立てた職人技は一見の価値あり。リリスクメンバーが演技的には引っ張れない分、スチャダラANIの存在感に助けられている。

  • オオカミ少女と黒王子

    • 映画評論家

      北川れい子

      ゴメン、そそくさとこの映画から離れたい。廣木監督は、職人サンらしい演出で女子中高生向きのラブコメに仕上げているが、話がどうにもこうにも幼稚でアホらしく、もう勝手にしろっ。そもそもこの春、ウンザリしながら観た「黒崎くんの言いなりになんてならない」と同工異曲なのにもアキレる。そしておバカなウソをついたばかりに犬扱いされる二階堂ふみのチャラチャラ演技。観ているだけで尻がムズムズ。そうか、彼女は同世代の若手女優たちに混じるフツーのコになっちゃうんだ。

    • 映画文筆系フリーライター、退役映写技師

      千浦僚

      少女漫画のヒットしているものというのは確実に一定水準以上の面白さがある(ということをこの欄で数十回書いたような気が)。その原作にあることをそのままやるだけで面白い。しかしそんなことも出来ない映画があったり、逆に武井咲が意外とちゃんとセックスありで描かれることに感心させられる作があったりいろいろだが本作は……普通。この後に公開を控える、本作と同じ廣木監督と撮影花村也寸志による「夏美のホタル」をなかなか良いと思ったのでその前座だと考えることにする。

    • 映画評論家

      松崎健夫

      少女漫画原作の恋愛映画は、往々にして「設定が突飛」或いは「リアルでない」などと揶揄されがち。本作はその揶揄に対するアンチテーゼとして、映画冒頭で主人公のふたりを渋谷の街の中へと降臨させ、ゲリラ的な撮影を敢行することで、虚構をリアルに見せようと試みている。二階堂ふみをはじめとする役者の演技アプローチはもちろん、終盤の舞台を神戸に移し、物語の前後をリアルな街並に佇むふたりの姿でブックエンドのように挟んだことにより漫画っぽさを払拭させているのである。

  • 手をつないでかえろうよ シャングリラの向こうで

    • 映画評論家

      北川れい子

      生きる上での重要なメッセージがいくつも詰まっていることは分かるし、俳優陣も誠実に各キャラクターを演じている。軽い知的弱者の主人公を演じる川平慈英など、ちょっと演技が誠実すぎて、再現ドラマの知的弱者のよう。けれども映画はメッセージや思いがどんなに熱く、強くても感動作に仕上るワケではない。逆にその思いが押し付けがましさに転じることもあり、この映画にはそれがチラッ。キャラのほとんどが無防備なのは原作、脚本の故・今井雅之の人間観だと思うが、嘘っぽい。

    • 映画文筆系フリーライター、退役映写技師

      千浦僚

      原作者今井雅之氏の情熱、闘病と死去が美談として完成されている現在、本作がイマイチだと言うことは憚られるが今ひとつだ。画面が貧しい。登場人物の名やロケ地から言えばもっと神話のようにやるべき映画。「WINGS OF GOD」に働いていた神話化を超えるものが必要だったが果たせなかった印象。Ⅴシネと劇場版がある「右向け左!?自衛隊へ行こう」は今井氏による見事な映画企画の発明だった。川平慈英の熱演によって本作にもそれに似た個性的なキャラ創出はあったが。

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