映画専門家レビュー一覧
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シークレット・アイズ
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映画系文筆業
奈々村久生
あの「瞳の奥の秘密」を下敷きにしているとはまったく気づかなかった。そうであるならば少なくとも設定とストーリーラインとオチの面白さは保証されていたはずだが、それを守るあまりか、演出も編集も辻褄を合わせるためのご都合主義に見えてしまう。時制の違いはわかりづらく、テロ対策の導入も、アメリカに置き換えて語る手段以外の必要性を実感しづらい。元FBIの私立探偵はターゲット捕獲の計画も手順も脇が甘すぎてびっくり。キッドマンと惹かれあう理由も結局わからなかった。
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TVプロデューサー
山口剛
オリジナルと比較されるのはリメイク映画の負う宿命だが、アルゼンチン映画「瞳の奥の秘密」に惚れ込んだビリー・レイは、そのリスキーな試みに挑み、9・11以後のアメリカに舞台を移し替え、新しいアイデアを盛り込み、骨太なサスペンス映画に仕立て上げた。我が子を殺された女刑事の10数年にわたる執念をJ・ロバーツはほとんど見せ場の連続で熱演するし、ハーバード出の検事N・キッドマンの一瞬見せるビッチぶりも楽しい。オスカー女優二人を相手にC・イジョホーも健闘。
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マネーモンスター
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批評家。音楽レーベルHEADZ主宰
佐々木敦
監督ジョディ・フォスターは実にそつがない。派手さはないがこじんまりとまとまったシナリオを過不足なしにしっかり撮っている。物語の展開はすぐ読めてしまうので後は演技を眺めるしかないのだが、「シークレット・アイズ」と全然違うジュリア・ロバーツも、「ヘイル、シーザー!」とそんなに違わないジョージ・クルーニーも大変良い。しかしこんなタイトルでこんな題材なのに、一皮剥けば昔ながらのヒューマンな勧善懲悪&人生讃歌を一歩も出ていないのはどうなのだろうか?
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映画系文筆業
奈々村久生
クルーニー演じる人気司会者はお調子者。もし自分の影響力を自覚して利用していたらそれこそ脅威になり得る立場の人物だが、犯人の言い分が正しいとわかるやあっさり動揺してへこんでしまうハートの持ち主だ。一方の犯人も気持ちはわかるがほとんど逆恨みの勢いで乗り込んできており、対決としてはどっちもどっち。その他の登場人物も皆モンスターというよりはモンスターになりきれなかった小者たちといった感じだが、賢者ぶって教訓を語り出すよりはよっぽどいい。
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TVプロデューサー
山口剛
「グッドナイト&グッドラック」では自らの脚本監督で赤狩りに抵抗するエド・マローの活躍を描いたG・クルーニーだが、今回はそれとは対極の脳天気なTVのアンカーマンを楽しそうに演じている。J・フォスターの演出は手堅く、ジュリア・ロバーツとのやりとりなどTV局内の描写はリアルだが、肝心のサスペンスがさっぱり盛り上がらないのは、脚本に難があるのだろう。すべてが表面的で、ウォール街の描き方も常識的だ。最後のクライマックスももう少し力技を見せて欲しいところだ。
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ロイヤル・ナイト 英国王女の秘密の外出
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翻訳家
篠儀直子
宮殿から「外の世界」へと踏み出す瞬間なしにいきなり街中の場面へ飛んでしまっていたり、あるべきショットが撮られていないという感覚がつきまとう映画だが、マーガレットと娼館経営者とのくだりなど、クラシックなコメディの感じがあってとても好ましい。素晴らしく可愛いプリンセス二人が兵舎でリンディーホップを踊るシーンや、夜明けのドライブのシーンには、こんなことが現実の彼女たちにもほんとうに起こっていたらいいのにと思わずにいられない多幸感(とせつなさ)がある。
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映画監督
内藤誠
終戦時、エリザベス王女が妹マーガレットと王宮を出て、ロンドンの街をさまよう話だが、「トランボ」を見て感動したばかりなので、当然「ロ―マの休日」と比較する。ジャロルド監督も、あの名作を意識したはずで、ローマの観光名所に対してロンドンの娼館街を映像化し、戦勝に湧く大群衆の再現に力を入れて、スペクタクルだ。王女の相手は貧しい空軍兵士で貧民街も見せる。だが、そうした気配りがかえってファンタジーの味を損ない、妹役の献身的ドタバタぶりもシラけさせてしまう。
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ライター
平田裕介
実際に奔放だった妹マーガレットがエリザベスを冒険へ誘うニヤリな導入、皇室マニアのギャングに間抜けな護衛コンビといった魅力あるキャラ群、そして恋と笑いと成長の物語。初期クリス・コロンバスが英国王室をネタに撮ったようなノリに頬が緩みっぱなし。王室と一般大衆の齟齬みたいなものも盛り込むが、あまり活きてこず。舞台である45年というと、マーガレットは英空軍の大佐と大恋愛中だったはず。意図的なのか、妹同様にエリザベスも空軍兵士とイイ感じになる点も面白い。
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高台家(こうだいけ)の人々
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評論家
上野昻志
ちょっと甘いかと思いつつ、★三つにしたのは、現在、量産される恋愛映画の中では、また、それか、と言いたくなるようなお決まりパターンで盛り上げようというセコさや臭みがないからだ。むろん、綾瀬はるか演じる木絵が描く妄想たるや、いとも子どもっぽい。田舎出の素朴な娘にしても、いまどきの若い女なら、ここまでメルヘンチックじゃなかろう、と言いたくなるところを、押し通しているのが、いっそ清々しく感じられたのだが、それは、こっちがいい加減ヤキが回ったためか。
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映画評論家
上島春彦
キャストも良く楽しめるがそれ以上ではない。妄想女子の主人公が、妄想力で世界や婚約者を変えるどころか自分すら変えないからだ。得意の平泳ぎ(妄想ね)で英国にいる彼の前にザバッと浮上、出現するのかと期待したのだが。エリートの彼も良くない。確かに二人は幸せになるだろうが、彼は実は「自分が可愛い」のである。そういうことに気づいたから妄想女子は玉の輿ゴールインを拒否したはずなのに。逃亡する花嫁というテーマは良く、発展できる潜在力を持っていただけに残念だ。
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映画評論家
モルモット吉田
妄想癖のある綾瀬の頭の中が映像化されているものの、美術も含め温和的かつ常識的なのがつまらない。彼女の想像力が及ばない部分はもっと抽象的で良かったのでは? 短篇「たべるきしない」で綾瀬が見せた妄想力の方が遥かに女子の頭の中を思わせた。卓越したコメディエンヌの彼女だから持ったような映画だが、結婚への悩みが表層的なので結婚式での行動が唐突に映ってしまう。〈顔で笑って心で?〉的に活用されると思っていた高台家の人々のテレパス能力もありきたりな使用に留まる。
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FAKE(フェイク)
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評論家
上野昻志
久々の森達也らしい力のこもったドキュメンタリーだ。一時話題になった「事件」は伝聞程度には知っていたが、それ以上の関心はなかった。この映画の面白さも、そこにはない。あくまでも人間なのだ。佐村河内守という人物、森の問いかけに対して、沈黙するその顔。そこには、紛れもなく現代という虚飾に満ちた時代を生きる人間の顔がある。そして、その脇で手話通訳をするかおりさんという妻、そして猫。それを反照する新垣隆なる人物の今風な軽さ、これぞまさに現代の人間喜劇である。
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映画評論家
上島春彦
映画の後、通路で「やっぱり一番卑劣なのは新垣さんだわ」と怒っているおばちゃん達がいた。が、これは誰が卑劣で、何としても制裁を加えてやらなきゃ気がすまない、という映画ではない。むしろそういう無知に警鐘を鳴らす意図であろう。それにしてもマスコミはこの佐村河内問題でも、彼を引きずり出して謝らせるばかりで彼の言葉を色眼鏡なしで発信する役目を放棄してしまった。この一件あたりからだろうか、週刊文春が正義の味方気取りで暴走を始めたのは。色々考えさせられる。
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映画評論家
モルモット吉田
絶対悪を前にした思考停止に〈悪〉とされる側からカメラを向けることで風景を一変させるのはこれまでと同手法ながら、小保方、ベッキーに通じる時代の空気を反映。鋭く佐村河内の矛盾を突く米国人記者に比べ「全てを笑い飛ばす」だけの日本のマスコミに毒された観客に森は判断を迫る。遮光された部屋、ケーキ、ベランダの喫煙、消火器事件など映画らしさに満ちたディテールを積み重ね、ひっそりと暮らす夫婦の愛の物語へと昇華させる。こんな魅力的な玉虫色映画があったろうか。
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探偵ミタライの事件簿 星籠(せいろ)の海
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映画評論家
北川れい子
いくつもの変死体や不可解な状況での無惨な家族皆殺し事件など、横溝世界を思わせるおどろおどろしい事件が次々と発生、さらに地理や伝説、古文書まで関係してきて、何やら死体と謎の大盤振舞もかくや。けれどもその大盤振舞が、全て映画の中だけに止まっていて、観ているこちらは謎さえ共有できない、いや共有する気にもなれないのは脚本があまりにも独りよがりだからだ。謎のための謎、仕掛けのための仕掛けでは事件の流れ作業と同じ。ロケその他、大作ふうなのにもったいない。
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映画文筆系フリーライター、退役映写技師
千浦僚
博物館職員の地味~な男が、近年のハードなバットマンの如き秘密兵器で瀬戸内海を高速航行する姿に意味不明の感動をおぼえた。私は生半可なシャーロッキアンだが、読者や観客の追随を許さず、共に事態を追わず、謎解きがフェアかアンフェアかなどと端から言わせもしない、ホームズ型の超推理者(本作の主人公御手洗潔もその眷族)こそ、ミステリ性が物語の口実であることを暴露する真のヒーローではないかと思う。面白く観た。悪を外国人にばかり押し付ける構成、描写は×。
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映画評論家
松崎健夫
世の中には不思議な出来事がある、しかし同時に、世の中には説明できない不思議もない、と謎を解明する御手洗潔。映画冒頭では、雨の降るショットを俯瞰で撮影しているが、それによって「雨」=「視界不良」=「謎」+「俯瞰」=「全体像」=「御手洗潔による考察のメカニズム」を視覚化してみせているのも一興。玉木宏は2015年のドラマ版に続いて御手洗潔を演じているが、ジャンル映画的なシリーズ物が不在の邦画界にとって、新たな鉱脈となる可能性を秘めている。
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団地
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映画評論家
北川れい子
阪本監督は、あくまでも人間という種族の愚かしさ、哀しさ、たくましさを撮る“地上”側の監督だと思っていたら、ナント今回は、こちらのそんな思惑など知らんぷりで鮮やかな変化球、もう抜群の面白さ。とにかく団地という俗世間の集合体を舞台に、無責任な噂の裏の裏をかくようにして語られる技ありの展開は、世界は広いぞ、別宇宙もあるのだとキッパリ。そして藤山直美の無念な思いを秘めた穏やかな演技。夫役・岸部一徳とのやりとりはまさに名人芸。愛さずにはいられない傑作だ。
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映画文筆系フリーライター、退役映写技師
千浦僚
阪本順治作品のなかで最高に面白いかも。それが予想してなかった角度からであったことに驚く。SFだ。始まってすぐに『モスマンの黙示』や、菊地秀行原作の映画「雨の町」を連想。しかしそれがそのまま進行することが、映画がそのラインで進行し続けていても信じがたい。なにせベースが松竹新喜劇的、上方喜劇的な空気なのだから。なんたらがなんたらしてなんとかになってなんとかすんのやて。超科学を説明する藤山直美の台詞だ。関西発、逆サイバーパンクの「惑星ソラリス」だ。
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映画評論家
松崎健夫
本作が興味深いのは、大阪でロケをしなくとも、役者たちの放つネイティブに近い発音を集積させることで、栃木県足利市が大阪の片隅にある団地に見えるという点。そもそもハリウッドでは、バンクーバーをニューヨークに見立てることなどが日常茶飯事なのだから当然と言えば当然なのだが、ここには映画製作に対するあるヒントが隠されているようにも思える。そして、斎藤工演じる男の「五分刈りです」というギャグ(?)を何とか流行らせられないだろうかとも思案するのであった。
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