映画専門家レビュー一覧
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バット・オンリー・ラヴ
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映画・漫画評論家
小野耕世
「お母さんは本当の親じゃないわ」と娘が言いだしたことで、老夫婦に不安と亀裂が生まれる。夫は演じる俳優の現実そのままに声が出ないという設定なので、彼の表情とその動きに対応する周囲の風景描写が重要になってくる。観客は朝の光やトンネルの闇や川の流れや咲く草花の色彩を目にしみこませまがら夫婦の気持ちにはいっていくことになる。演出も演技もさすがだが、スワッピングの場面が古く感じるのは、私がミシェル・ウェルベックの小説『プラットフォーム』を読んだせいか。
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映画ライター
中西愛子
夫の大病も乗り越えた熟年夫婦。が、ある日、夫は偶然、すでに結婚した娘が自分の血を引いていないことを知る。妻への疑念を抱いた男の壮絶な心の葛藤が始まる。もう決して若くない夫婦のエロスと愛を正面から探る日本映画は珍しいのではないか。性描写はかなり濃厚で、特に後半は倒錯した世界に観客を引きずり込むが、一方で全体をどこか冷静な目で見つめているようなところがあって、それがまた別のエロスを映画にくゆらせている。人間存在にまで触れたディープな内容だと思う。
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映画批評
萩野亮
声をなくした主人公と、よく喋る人たちの群像。せりふは説明的で、展開は唐突である。器用な映画ではない。けれど、中華鍋の炒飯に東京がかさなる淫らなモンタージュにひとたび映画が息づきはじめると、ぼくは自然とかれの声に耳を澄ましている。つましいひとつの家族も、教科書が語るこの国の歴史も、「偽り」こそが支えてきたとするなら、嘘をあばくことにどんな意味があるのだろう。声なき声のふるえ、光なき陽の光に、虚構に身をささげたひとりの男の生きざまを見る思いがした。
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ミラクル・ニール!
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映画監督、映画評論
筒井武文
コメディーは難しい。作り手が面白がっている手つきが見えれば、見えるほど、スクリーンから観客は遠ざかっていく。もっとも、これは僕だけかもしれないので、一般化はしません。でも、サイモン・ペッグの面白さを際立たせるには、彼を相対化させる人物を措かないといけないと思うのだが、もてそうにない同僚、憧れの美女、しゃべれる愛犬、そして地球を破壊しようとする宇宙人まで、演技レベルでの笑いしか頭になさそうなので、超人ペッグの不条理性はコメディーと反比例するばかり。
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映画監督
内藤誠
久しぶりにモンティ・パイソンの知的ユーモアを満喫。サイモン・ペッグとロビン・ウィリアムズが声を担当した犬のコンビもいいが、地球の運命をどうしようかと談合する宇宙人たちの造形とセリフがしゃれていて、登場するのが楽しみだった。主人公の願い事は何でもかなうというシンプルな物語で、最近の映画の如きどぎつさはないが、犬のウンコが踊るように歩いたり、死者たちが甦ってゾンビの群となったりする場面など、笑いどころが丁寧に撮影されているので、終始あきさせない。
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映画系文筆業
奈々村久生
サイモン・ペッグが圧倒的に上手い。決して面白い男ではなく、平凡な英国人男性を絵に描いたような独身教師に徹することで、自らガツガツと笑いを取りにいかずとも笑いを誘う存在になり得ている。モンティ・パイソンチームとロビン・ウィリアムズの特別出演という美味しいネタもあるが、それを知らなくてもまったく問題なし。特に人間の言葉を話し出した飼い犬とのやり取りは地味ながらハイライト。くだらないことをくだらないままに面白がれることがありがたくすらある。
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蜜のあわれ
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評論家
上野昻志
室生犀星の官能ファンタジーともいうべき小説が、石井岳龍の手で、見事に艶やかな映画に仕上がった。清順師の大正浪漫に対して、こちらは昭和浪漫というべきか。但し、清順師の「踏みはずした春」(58)の絵看板は出てくるものの、この世界の感触は昭和初年代のものだ。とまれ、一番の手柄は、赤い金魚の化身である二階堂ふみの存在であろう。大杉漣の作家とのやりとりが中心だが、真木よう子扮する白い幽霊との、いかにも女同士らしい語らいも味わいがある。あと笠松則通の画作り!
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映画文筆系フリーライター、退役映写技師
千浦僚
よくこれが成立したな、と感心した。金魚とジジイのいちゃつき? いわゆる映像化不可能案件であり、文学として書かれていることに映像という具体をつけることをためらうような原作であると思う。しかし、やった。文学という表現をリスペクトしつつ、ゆえにおそらく大きな抵抗感を感じながらそれを突っ切り、脚本化という反文学的仕事を遂げた港岳彦に賛辞を。そして、やはり石井岳龍は映像のドライヴ感、動きと勢いをこういう題材でもちゃんと出す。観ることの快感が溢れる作品。
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文筆業
八幡橙
金魚の少女・赤子に扮する二階堂ふみが笑い、怒り、甘え、はしゃぎ、舞い、時に凛とし、泣き喚く。彼女が見せる、水槽に湛えられた水のごとく揺らめき続ける、未完成のエロス――。これぞ、蠱惑の二階堂ふみショーなり。日本版「ロリータ」とも呼びたい「蜜のあわれ」をものした室生犀星を俗な老人作家として描く視点は面白く、思いの外振り切ったコミカルな一篇に仕上がっている。鈴木清順監督版を待ち望んでいた者としては、随所にオマージュが散見されるだけに、複雑な思いも少々。
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あやしい彼女
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映画・漫画評論家
小野耕世
私は東京スカイツリーにあがったことはないが、この映画はそのおひざもとの街の人びとの暮しのなかにふしぎなことが起こるという喜劇。人気韓国映画を巧みに下町人情劇に生かしている。古い街の写真館というのは、どこか神秘的な雰囲気があったものだが、そこは過去の世界の映画風景にも通じるタイムトンネルのような役割を果たしているようだ。多部美華子、倍賞美津子、小林聡美など女優陣が楽しそうに女の気持ちを演じており、結果的にすてきな反スカイツリー映画となった。
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映画ライター
中西愛子
ひょんなことから、73歳から20歳の姿に若返ったヒロイン。多部未華子の確かな演技力、切れあるキュートな一挙一動、表情の七変化にいちいち目を細めてしまう。心が洗われる澄んだ歌声も披露し、彼女の魅力を堪能できる映画。多部の元の姿を倍賞美津子、その娘を小林聡美が演じている。韓国のオリジナル版では息子だが、この変更が大成功。小林(=娘)と多部(=母)のシーンが素晴らしい。母娘の絆を描くと同時に、日本を代表するコメディエンヌの邂逅と継承の瞬間でもあるのだ。
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映画批評
萩野亮
多部未華子はもともとどこか「おばあちゃん感」があるので、今回ははまり役。それだからあまり「おばあちゃん演技」を強調しすぎないでよかったとも思うけど、ここは水田ワールド、この味付けの濃さにがんばって耐えよう。世代でもないのに多部ちゃんのひばりがしみてくるなら、この映画はだいたい成功だといってよいのだろう。ところで(本作はリメイクとはいえ)近ごろ同じような設定ばかりが目立つのだけど、若返りを別の俳優で見せることがそんなにおもしろいことだろうか。
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見えない目撃者(2015)
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映画監督、映画評論
筒井武文
いくら姉だといえ、婦警だといえ、公演会場から演奏中の弟を連れだす冒頭の強引な展開には違和感がある。3年後、盲目の彼女が事件に巻き込まれ、死んだ弟の代りのような目撃者と、犯人を探索していく中盤は、なかなか面白い。しかし、勿体をつけた犯人像と対決する終盤は、あまりにアクションを引き延ばし過ぎ、脚本のご都合主義を露呈するばかりだ。青髭を思わす犯人が、刑事にしても、少年も、ヒロインも止めを刺さずにいるのは、「暗くなるまで待って」というわけでもあるまい。
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映画監督
内藤誠
警官志望の姉が学校に行かないで自分の好きな音楽にうつつを抜かしている弟をいさめるシーンまでは、センスのないヒロインだなと思って我慢できるのだけれど、演奏中の弟に手錠までかけ、車で連行するとなると、話の発端からあきれてしまう。そのあとに続く自動車事故からサスペンスが始まり、とてつもない話が展開。観客はどうなることかと引き込まれていく仕掛けだが、物語のあざとさはぬぐえないので深刻なヤン・ミーよりもユーモラスな刑事ワン・ジンチュンが出てくると嬉しい。
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映画系文筆業
奈々村久生
「見えない」表現がアクションにおいてもビジュアルにおいても雑に思える。視覚を失う前と後でヒロインの人格が変わりすぎてもはや同一人物である必要性もよくわからない。キーパーソン的な役を演じたルハンはスケーター青年のイメージにぴったりだが、そのアイコン以上の存在にはなっておらず、キャラとしても俳優としても途上と言わざるを得ない。中国での彼のソロ活動は今のところどれも「EXOのルハン」だった頃を超えられていないように感じるのが皮肉でもあり哀しくもあり。
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スイートハート・チョコレート
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映画評論家
上島春彦
良い話ではあるが、ハーレクイン・ロマンス路線であり、そういうのを許容できる観客にのみ通じる設定であろう。とりわけ主人公の元カレに魅力がなく、山岳救助の専門家なのに自身の判断ミスで二次遭難を引き起こしたりしちゃ同情のしようがないでしょ。そうした物語の手抜かりが多い。冒頭の山本圭に主人公の体調を気づかうセリフを言わせるだけでクライマックスの、あまりと言えばあんまりな唐突感は防げたはずだが。現在と過去を交互に語る説話はすっきりとしていて混乱はないな。
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映画評論家
北川れい子
夕張の美しい雪景色。上海のお洒落な街並みと夜景。2つの風景を結ぶのはひたむきで一途な恋と、手造りのほろ苦いチョコレート。とまァ、日中合作のこのラブストーリー、どちら側にも思いっきり気を使い、恋も風景もいいとこ取りの上澄み合戦、当然、誰1人、偏見も悪意もない。そしてのべつ幕無しに流れてくる久石譲の、ヒロイン以上に感傷的な音楽。しかも彼女と福地祐介の命を巡る因縁が台詞だけで説明されるに至っては、もうアゼン!! 星二つの内一つは日中双方の気配り合戦に。
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映画評論家
モルモット吉田
〈お蔵出し映画祭2014グランプリ〉が醸し出す不穏感が凄いが、篠原哲雄で撮影が上野彰吾ならば安っぽい話でも技術で見せきっているので安心して観ることはできる。まるで今までの久石譲の全曲集のような音楽も無駄に豪華に聴こえてくることだし。しかし、無理矢理不慮の死を設定して催涙攻撃を行わねばならないだけに、雪山に慣れているはずのレスキュー隊員が遭難した恋人を発見すると何故か単独で強行下山して自業自得みたいな目に遭うのをまともに付き合って観るのは辛い。
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無伴奏
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映画評論家
上島春彦
色んな意味でショッキングな性愛描写たっぷり。璃子ちゃんまで全裸になるのだからうれしい。これはゴダール風味のエロなのか。ただし乳首露出はない。もう片方の女の子は見せてるけど。要するに着たり脱いだりする映画、しかも七十年当時のスタイリングのセンスが皆はまっている。私の兄の世代の話だが、こういう造反有理の人達にはあこがれたものだった。それと茶室で逢い引きなんて川島雄三みたいでいいね。原作がそうなのかな。だがミステリーっぽい細部がぼやけて納得せず。
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映画評論家
北川れい子
時代はひと回りほど違うし、設定も異なるが、成海璃子が演じる仙台の名門女子高生に、「海を感じる時」の市川由衣と同じ自我を感じ、いささか居心地がワルくなった。私はみんなと違うのよ、という危なっかしいプライド。相手役が池松壮亮なのも同工異曲の印象を強くする。1970年代前後という時代の高揚感が、女子高生をちょっとニヒルな池松に向かわせるのだが、学園紛争や路上詩人、クラシック喫茶もただの光景、性愛に溺れた女子がいるだけ。斎藤工もヘンな役ばかりでご苦労様。
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