映画専門家レビュー一覧
-
ノーザン・リミット・ライン 南北海戦
-
映画監督
内藤誠
2002年の「第2延坪海戦」をめぐる韓国軍人のドラマだが、海戦が始まるまでのドラマはときにユーモラスでカメラワークも編集も快調。戦争映画だということを忘れていられるくらいだけれども、いったん海戦が始まると、日本のやくざ映画の死闘のようにカットバック撮影のアクションとなり、調子が落ちる。韓国海軍の協力を得た映画で彼らには敬意を表しているが、一方、同時期に開催されたサッカーW杯を見るために、ときの大統領が日本へ行っていたという皮肉もきかせている。
-
映画系文筆業
奈々村久生
韓国の戦争映画、それも現代ものを観るにあたって、今でも韓国に徴兵制がある事実は無視できない。イ・ヒョヌの演じた新人医務兵は兵役によって海軍に配属された青年で、無力な彼の目線は等身大の現実と未知の現実をつなぐ役目を果たしている。上官の目を盗んで甲板の上で食べる渡り蟹のラーメン、負傷兵が実際は飛び散った内臓を集めようとしたところを指先に変えて表現するなどディティールも頑張っている。制作はクラウドファンディング式、韓国初の3D戦争映画として公開された。
-
-
孤独のススメ
-
翻訳家
篠儀直子
広い意味での喜劇ではあるものの、宣伝ヴィジュアルの明るい色調と日本公開題名から想像されるだろうものよりずっとシリアス。「天使のような歌声」が「天使のような男」へと変奏され、男は(衣裳を通じて)主人公の妻と息子を合わせたかのような存在へと変化。彼らがいる室内の扉のガラスにはつねに十字架のような光が映っていて、やがて感動的なクロスカッティングとともに、映画全体が「愛」と「赦し」の主題へと収斂していく。後半から登場する、ある女性キャラクターが効いている。
-
ライター
平田裕介
片やなにかと自縄自縛に陥り、片やどこかに収容されてもおかしくないほど無垢で奔放。そんな相反した彼らのやりとりに笑い、徐々に明かされていく主人公の過去にハッとし、妖しい歌謡ショーと清々しいマッターホルンの景色で昇華する。その語り口が非常に滑らかでテーマやメッセージがスッと入ってはくるがそのまま抜けていく。まぁ、観ている間は楽しいから難はない。先進的で開放的なイメージのあるオランダだが、田舎だとけっしてそういうわけではないと教えられる作品でもある。
-
TVプロデューサー
山口剛
死んだ妻の思い出に生きる謹厳実直な独居老人のフレッド。知的な風貌だが幼児的な言葉しかしゃべれない浮浪者テオ。偶然始まる二人の生活のおかしさ。オランダの長閑な田園街にも男同士の共同生活を疑惑をもって見る目はある。ワイラーの「噂の二人」の男性版コメディーとも言える。フレッドはホモでもバイでもないけど。同性婚、宗教、差別問題などが背景にあるが、コミカルな展開が心地良い。決してぶれないフレッドの生き方、あくまで天真爛漫なテオ、両優の存在感がさわやかだ。
-
-
更年奇的な彼女
-
映画・漫画評論家
小野耕世
「セックスの無いのも若年性更年期障害のひとつの要因だ」という医者のセリフが出てくるが、この青春喜劇の場合〈更年期〉とはヒッチコック式にいえばマクガフィン(口実)にすぎない。最初のアモイ(マカオ)の街並みやアパートの窓から足を出して騒ぐヒロインがいきいきと見ていて楽しい。「北京には青空も海も無いわ」という北京や上海も舞台になる。人物たちのまわりをカメラがぐるりとまわる撮影が随所に見られ、水をふんだんに用いたセット撮影なども効果をあげてい印象的だ。
-
映画ライター
中西愛子
「猟奇的な彼女」の監督が、中国でラヴコメを撮る。破天荒なヒロインと、彼女にどんなに振り回されても支え続ける男。という設定は期待通りだが、四十路の女優に映画で26歳の役を普通にやらせていいのだろうか。ジョウ・シュンのヴィジュアルは相変わらず若いし、かわいいが、しっかり血肉となったキャリアの経験値に初々しさはない。だいたいもう“若年性”更年期じゃないでしょ、と笑えない気持ちになる。でも、本作を救っているのは、彼女のその確かな経験値でもあるのは皮肉か。
-
映画批評
萩野亮
見れば結婚できる映画だというから、一所懸命に見た。前髪ぱっつんのまるで別人みたいなジョウ・シュン(声は藤原紀香)を百分間ながめて過ごす作品。目にやさしいけれど、ドSのチョン・ジヒョンやサイボーグの綾瀬はるかのようなインパクトに欠けて、展開のベタっぷりがいっそう前景化している。IKEAか何かのカタログのような生活感のなさは、東アジアのどこを舞台にしてももう変わらないことがこの三部作でわかった。つっこみすぎてもいけないけど、カメラぐるぐるまわりすぎ。
-
-
ルーム
-
翻訳家
篠儀直子
幼い子どもの目には狭い部屋も無限大の世界に見えることを示すキャメラにまず感嘆。脱出シーンのスリルも素晴らしいのだが、ほんとうに驚かされるのはそのあとだ。特別な絆で結ばれた母と子の特異な経験。言葉少なにつづられるすべての場面、すべてのショットに胸が締めつけられるような思いがする。「ショート・ターム」でもトラウマを抱えた女性を好演したB・ラーソンが、自身の演技はもちろんのこと、子役の演技を引き出すことにも貢献。完璧に表現される5歳児のリアルに瞠目。
-
ライター
平田裕介
どんな環境、空間、世界に放り込まれようとも、母子の愛と絆は揺るがないし、親離れ、子離れの時期は訪れる。原作小説の勝利かも知れぬが、そんな親子の摂理をまったく遠く離れたイメージのある監禁と絡めて描く視点に感嘆。そして5歳児の息子にとって究極の“はじめてのおつかい”ともいえる脱出劇でとことんハラハラ、外界に出てからの試練のドラマでとめどなく涙ボロボロと、どちらでもアゲる振り幅上等な監督の手腕にただただ唸る。B・ラーソンも見事だが、やっぱり子役も凄い。
-
TVプロデューサー
山口剛
1監禁幽閉、2脱出、3救出後の世界の3幕からなる映画だ。通常脱出成功で大団円となるところだが、本作は救出後の第3幕に意味がある。幽閉された状況での母子の濃密な世界と救出後の情報と煩雑な人間関係に溢れた世界――我らが棲んでいるのは果して解放された世界なのか?不穏な問いかけが浮び上がる。鮮烈な問題提起だ。サスペンス映画を組込んだメタシネマの趣もある。決してスムーズな語り口とは言えないが、上出来のエンタテインメントとして楽しめる。母子の演技は圧巻だ!
-
-
桜の樹の下
-
評論家
上野昻志
ここには、さまざまなテーマにつながる糸口がある。即ち、高度成長期に建てられた団地の歴史と現在、また独居老人の孤独死等々。だが、本作の美点は、そのような問題に収斂しない、老人たち一人ひとりの決して一括りには出来ない暮らしぶり=生き方を浮かび上がらせた点にこそある。だから、死を身近に見据え今を生きる四人の姿がくっきりと見える。それは監督が、彼らをしてごく自然に語らせたことによるが、それには方法以前の、監督自身の立ち居振舞いにあったと思われる。
-
映画文筆系フリーライター、退役映写技師
千浦僚
ドキュメンタリーについて、自分の鑑賞の解像度を下げ、能動的に観る姿勢をやめてみると、エンタメ的に煽るもの、ただ撮っているだけのもの、気合い入れて撮っているもの、の三つの区分が浮上する(あくまで個人の反応です)が、本作は三つ目だろう。被写体の高齢者の生活感から団地の実景に至るまで、監督の凝視を感じる。題材の捉え方が良い。無縁の老人、孤独死など日本社会の予感としてあるものがこの作から明確に提出された感がある。だから、怖いものを観たなという気もした。
-
文筆業
八幡橙
団地の一室でインコや植物、観賞魚を愛でつつ日々を生きる独居老人たちの姿を、87年生まれの田中圭監督が程よい距離から見つめる。夫のDVに耐え、精神を病み、離れて暮らす息子だけを支えにごみ屋敷に暮らす女性と、彼女の面倒を見続ける柔和な“関口さん”の関係が象徴するように、「巣箱」と称される古びた団地で孤独と孤独がかすかに触れ合うさまが、ひしひしと切なく、人肌の温もりをもって伝わってくる。人の命は一見、桜の花びらのように軽やかだが、その幹は太く揺るぎない。
-
-
のぞきめ
-
評論家
上野昻志
通常、映画における恐怖は、何か見てはならないものを見てしまったことによる場合が多く、それはスクリーンを見ている観客にも直に伝わる。それに対し、こちらは逆で、何者かに見られる=覗かれるのが恐怖、という点が一応、新機軸か。むろん、それは原作の工夫で、読むという受け身の姿勢には合う。一方、映画では、覗かれるという受け身の演技をする俳優が、いかにリアルに恐怖を表現出来るかが勝負だが、主演の板野友美をはじめまだ拙い。ま、話は悪くないので★一つオマケ。
-
映画文筆系フリーライター、退役映写技師
千浦僚
少し前に恐怖映画「イット・フォローズ」を観て、これは米国人にとっての性交は日本人にとってのビデオダビングくらいの行為だという、性病版「リング」だと思い慄いたが、それはさておき、呪いを受けた者の恐怖と脅威が、他人には認知されない妄想のようでありつつ実在し、そのための孤立にこだわることで「イット~」は基礎体力が高かったが「のぞきめ」は主観的な泥と実在の泥の違いが曖昧だった。可能性ある題材だったが。ひとりで横溝正史的陰惨を導入した水澤紳吾は光った。
-
文筆業
八幡橙
カーテンの隙間、換気扇、水道の排水溝……あらゆる隙間から何者かにつねに覗かれているという恐怖。原作の持つ視点は面白いのに、なぜだろう。最後の最後まで恐ろしさを喚起される瞬間は訪れず。ホラー映画のヒロインは序盤から観る者の心惹きつけ、共に手に汗握り、怯え、震え、理不尽な恐怖に必死に立ち向かう気分へと導くことが必須なのでは。なのに本作の主人公は自らは何もせず、ほぼ何も感じず。化け物サイド以上に体温が低い気さえ。白石隼也と入来茉里の熱演に★プラス。
-
-
下衆の愛
-
映画評論家
上島春彦
映画愛映画というのはありがちだが、出るのが下衆野郎ばかりというのが新機軸。ばかりと言っても後から考えると、主人公の映画監督渋川と彼にあこがれて失望する女優志願者岡野、この二人が下衆なので、他はそうでもない。要は戯画化の度が過ぎ、かえってヘンになっていると思う。むしろ渋川の子分に甘んじる細田善彦の、親分に寄せるピュアな恋心が愛おしく星を足した。受ける渋川も「いっぺんだけな」とキスするのが大人である。こういうのがバディ・ムーヴィーの醍醐味。見どころだ。
-
映画評論家
北川れい子
いくら独立プロ系の映画業界に辛うじて身を置く撮れない監督と、その周辺の人々の楽屋裏だといっても、いまどき、カネはともかく、コネ、カラダで人が動くはずもなく(ひょっとして動いたりして)、いったいいつの時代の話よ、と突っ込みを入れたくなる。けれども、下品で猥雑、限りなく無責任な彼らの世界の真ん中に映画があることだけは痛いほど伝わってきて、下衆の愛でも愛は愛、逆に純情すぎてテレくさい。役者もみなピッタリ。逆説的な意味で、映画を志す人、必見!!
-
映画評論家
モルモット吉田
かつての園子温映画のプロデューサーによる「地獄でなぜ悪い」への返歌にも思えるが、地に足がついたインディーズ映画らしい混沌を描いている点は好感が持てるが、愚かさが足りない。主人公のクズっぷりを渋川清彦が好演しているとは言え、映画監督なんてもっと人非人で愛想をつかされつつ、時として才気ほとばしる言葉を発して才能の片鱗を覗かせるのが鬼才系監督ではないのか。演出している姿もただカラッポで偉そうにしてる奴にしか見えず、孤独や自分の才能を疑う姿が欲しい。
-