「浮き雲(1934)」のストーリー
野面に立ち込めた朝霧が太陽の光線でサッと射通されると、その時から農夫の一日の生活が始る。ゲルクは馬に引かせた農車で畑への道を急いだ。彼は真面目で愚鈍と思われるほど実直だ。しかし彼には不運がつきまとっといるとこの村の魔女の様な老婆が予言した。彼の従弟ルッツは最近軍隊から帰って来て羊追いをしながらブラブラしていたが、ルッツは都会ずれがしてずるくそのずるさや不誠意が却って意気にあるいは愛嬌に見える男だった。それで一日中こつこつと働いているゲルクよりも父親や村人から愛され親しまれていた。ある日ルッツはゲルクの愛している行商人の娘ネリーを見た。ルッツは愚直な従兄が一心に愛しているのが面白さに女をからかった。するとネリーは長靴をはいて髪を光らしているルッツに好意を示した。ゲルクは青ざめて傍の石ころを握り締めた。やがて夕方になりネリーはゲルクに別れを告げて父の許に帰ろうとしたが途中ルッツに呼び止められた。ルッツは彼女を納屋に連れ込んでふざけ始めた。女の甲高い笑い声が時々納屋から洩れた。仲間の農夫にその事を聞いたゲルクは石ころを握りしめて納屋に近づいた。彼は途中何度もためらったが納屋の前に来て女の淫らな笑い声を聞いた時ゲルクの眼は血走っていた。ゲルクの声に納屋から出て来たルッツは従兄の気勢に忽ちナイフを身構えたが、それより早くゲルクの打ち下ろした石塊はルッツの頭を破っていた。その時納屋にはルッツの取り落とした煙草の火がぱっとついた。火は見る見る風に煽られて焔が納屋をなめかかった。ぼんやり立尽くしているゲルクの傍を駆け抜けてネリーは人々に惨劇を告げた。池のほとりにうづくまっていたゲルクはやがて警官に引き立てられて行った。可愛い甥は殺されまた一人きりの息子が曳かれていくのをゲルクの父親はじっと見送っていた。明日からこの広い野を彼はたった一人で耕すのだ。曲った背を土に屈めて、これが農夫の永遠の掟である如く--