インフル病みのペトロフ家の映画専門家レビュー一覧

インフル病みのペトロフ家

ロシア演劇界の鬼才キリル・セレブレンニコフが、強烈なブラックユーモアで国内にセンセーションを巻き起こしたベストセラー小説を映画化。2004年のエカテリンブルグ。インフルエンザが流行する中、高熱を出したペトロフは、妄想と現実の狭間を往来する。出演は「LETO -レト-」のセミョーン・セルジン、「グッバイ、レーニン!」のチュルパン・ハマートワ。セレブレンニコフは、国の演劇予算横領疑惑を掛けられて軟禁状態の中で脚本を執筆、カンヌ国際映画祭でフランス映画高等技術委員会賞を受賞したいわくつきの作品。
  • 米文学・文化研究

    冨塚亮平

    なんの前触れもなく政治家たちをブチ殺す実にごきげんな冒頭部から最高という他ないラストまで、異様なテンションが終始持続する怪作。伝染病の比喩と呼応するように同一ショット内で現実と幻想が目まぐるしく入れ替わる長廻し撮影の数々は、アレクセイ・ゲルマンと寺山修司が悪魔合体したような狂気の世界へと観客を引きずりこむ。不意に噴出する圧倒的な暴力とユーモア、あたかも疫病と戦争、フェイクニュースが蔓延するこの瞬間のロシアを予見したかのような内容は、今こそ必見。

  • 日本未公開映画上映・配給団体Gucchi's Free School主宰

    降矢聡

    ロシア的なるものを表現するために作り込まれた細部に宿るリアリティと、リアルとは正反対の魔術的で大胆不敵な場面の数々が、技巧を凝らした驚異的な撮影によって見事に融合された野心作。冒頭の病的で野蛮なウイルスまみれのトロリーバスだけでも一見に値する。一方で本作に描かれる暴力であったり、セックスであったり、寒さであったりが、精緻に作られた上手な振り付けのようにも見えてしまうところが、この映画に心の底からは侵されることのなかった理由のような気がする。

  • 文筆業

    八幡橙

    熱にうかされて見る夢。それは、悪夢でもあり甘く郷愁を誘う幻でもある。映画史に残るだろう18分にも及ぶ長回しが象徴する淀みないカメラの動線に導かれるまま、川に浮かびゆらゆらと彷徨し続けるかのごとき不可思議な映像体験。現実と夢、現代と過去、高熱と冷却の見えない境界を一切の継ぎ目なくたゆたう感覚は、不快さを掻き立てられるようでいて妙に心地よい。ソ連からロシアへ。その来し方行く末を、一つの長い悪夢として俯瞰できるという意味でも、今こそ観るべき映画だろう。

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