英雄の証明(2021)の映画専門家レビュー一覧

英雄の証明(2021)

「別離」(12年)、「セールスマン」(17年)で米アカデミー賞外国語映画賞を2度制したイランの巨匠アスガー・ファルハディの最新作。2021年・第74回カンヌ国際映画祭グランプル受賞。服役中の休暇に拾った金貨を着服しなかった男が、SNSやメディアの絶大な力で英雄と持ち上げられていく一方、詐欺ではないかと疑惑の目が向けられるヒューマン・サスペンス。主人公の振れ幅の大きな運命を通して、真実というものの曖昧さや、社会に潜む欲望とエゴを現代的な切り口であぶり出す。借金に苦しむシングル・ファーザーのラヒムを、テニス選手としても活躍するアミル・ジャディディ、ラヒムをペテン師呼ばわりするバーラムを「50人の宣誓」(2019年東京国際映画祭出品)の監督モーセン・タナバンデが演じた。普遍的な倫理観をテーマに、主人公を信じる者、愛する者、慕う者、憎む者、利用する者どもの様々な視線が重なりあう。
  • 映画監督/脚本家

    いまおかしんじ

    主人公に悪気はない。ちょっとだらしがないだけ。なのに、ねじ曲がった人には、悪意と捉えられてしまう。言われるがままに動く主人公が可哀想で見ていられなかった。よせばいいのに、嘘ついてそれがまた次の困難を生む。シナリオが見事だ。展開が読めない。今まで応援してくれた人たちも、ちょっとしたことで反転して責める側になる。怖かった。最後の最後、意地を通して子どもを守った主人公が愛おしい。生真面目な映画。ファンタジーが入る余地もない。襟を正す。

  • 文筆家/女優

    唾蓮みどり

    誰もが自分の正義を振りかざし、親身なふりをしてみたり、讃えてみたり、罵倒してみたりする。つまりそれって、他人事だからだ。それぞれがそれぞれの立場であーだこーだと言ってくるのがサラウンドで聞こえてくる。不思議な徒労感に包まれながら、空洞化していく主人公がうっすらと笑っている意味を考える。彼が善人か詐欺師かなんて、本当はどうだっていいのに。少しだけ彼の上に立ってこぞってジャッジをしたがる人たち――周りを描くことがこの監督は飛び抜けてうまい。

  • 映画批評家、東京都立大助教

    須藤健太郎

    誰もが自己演出に耽る、テレビとSNS時代の、イソップ寓話の『金の斧』。その教訓はもはや正直者の顕揚でははない。これは「イメージの作成」をめぐる寓話である。同じ状況に二度立たされた主人公は何を学ぶのか。フレームの外側に出ることだ。最後、ドア枠越しに縁取られた美しい再会のイメージ。二人はその再会を演出したのが誰かに気付いていない。演出家は静かにそれを見るだけで満足すればいいのだ。演出家は登場人物である前に、まず観客であるべきだとでもいうように。

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