映画専門家レビュー一覧

  • コレクティブ 国家の嘘

    • 映画評論家

      上島春彦

      見応え満点、ルーマニアの医療体制告発映画。出来がいいのでかえって書くことがない。星取的には最適。さすがに日本の病院はここまで酷くはないだろう。今さらだがルーマニアというのはかつて独裁大統領の腐敗政治で有名だった国。すべては歪んだ冷戦体制の余波である。面白いのは、こういう時にはちゃんと亡霊のように共産主義陣営から御用ジャーナリストが現れ、不正を正そうとするリベラルを潰すことか。一日も早くこの世界から誤った思想政治社会がなくなることを祈る。

    • 映画執筆家

      児玉美月

      第一部から第二部へより内部へと迫っていく構成で描かれるルーマニアにおける政治と医療の汚職問題は、コロナ禍以降ますます国民の社会的不安を高め続ける現政権に疲弊する日本にとっても決して対岸の火事ではない。映し出されるのは完全無欠の正義者ではなく、権力の前に心を挫かれもする生身の人間たちだ。火災事故で手指を失った女性生存者は自身をアートに昇華させているが、何度も画面に現れる彼女の存在はこの映画をより高次元に押し上げているようにも見え、とりわけ忘れ難い。

    • 映画監督

      宮崎大祐

      いやはや凄まじい。タイトル前の衝撃映像に度肝を抜かれ、それにつづく決まりに決まった演出やカメラ・ポジションを見ていると、いよいよ虚実の境目があいまいになってくる。だが、そこにこそ生半可な想像力や問題意識では太刀打ち出来ないルーマニアの現実が潜んでいる。中盤で主人公が切り替わるのは本作の賭け金であっただろう。そしてそれが映画的駆動力を高めていることもたしかなのだが、一方で構成を散漫にしていて、映画の難しさを憂う。願わくば倍の尺で観たい。続篇希望。

  • 光を追いかけて

    • 映画・音楽ジャーナリスト

      宇野維正

      離婚した父に連れられて田舎に引っ越してきた主人公。東京から赴任してきた女性担任教師。突然のUFO話。え? これってもしかして『北の国から』の変奏? 柳葉敏郎も出てるし。と、中盤から俄然前のめりになるも、作り手の生真面目さは、ミステリーサークルでさえも物語の内側で律儀に回収してみせる。ドローン撮影を必要以上に多用しているのは興醒めだったが、初監督作であることをふまえると、やりたいことをほぼ100%やりきれている稀有なケースなのではないか。

    • 映画評論家

      北川れい子

      なぜか以前に何度か観たことがあるような気がした。孤独な転校生男子も、屋根に上る不登校の女子も、背景や設定は違っても、思春期映画の常連キャラに近いからだろう。むろん、本作が映画第一作という成田監督は、秋田を舞台に、いま撮るべき作品として、周囲に馴染まない少年少女を選び、そんな彼らに謎の光線とミステリーサークルを用意して、背中を押すのだか、私的には廃校となる中学校のエピソードをもう少し描いてほしかった。嫌な大人が一人も出てこないのは気持ちいい。

    • 映画文筆系フリーライター

      千浦僚

      未確認飛行物体と撮影するカメラと神の三位一体。本作においてすべての登場人物が憂いを抱え、悩み、しばしば互いに諍い憎みあうが、UFOを目撃すると少し解放される。何も解決していないが。本作のドローン撮影の画のいくつかはUFOから人々を見る目線。監督は本作の撮影自体をひとときの仮の神として人々の心を集め、慰撫、解放を生み出そうとした。その賭けの重みは認めたい。中川翼と長澤樹が見交わす場面は強く、屋根の上の民謡、絞めた鶏の血抜きには文化が映っていた。

  • 護られなかった者たちへ

    • 脚本家、映画監督

      井上淳一

      原作を群像劇に脚色したのは正解だったろうか。結果、誰にも感情移入できず、最近の瀬々作品と同じく平均点のチョイ上いく出来に。震災が映画感を出すための道具にしか見えない。震災のエンタメ消費。生活保護問題、本当の敵は国家でしょ。それでもやらないよりやった方がいいのか。声を上げろと犯人はアジるが、映画を観た人は衆院選で誰に入れるのだろう。震災で大切な人を護れなかった人はこの映画をどう観るのだろう。「雷魚」の頃の瀬々さんは今の瀬々さんをどう見るのだろう。

    • 日本経済新聞編集委員

      古賀重樹

      瀬々敬久作品の中でおそらく最も社会派的なミステリー。生活保護の支給にあたる福祉事務所職員の連続殺人事件から、東日本大震災後の貧困問題に迫る。途中であらかた察しがつく犯人探しよりも、被害者である福祉事務所職員の非常時でのもう一つの顔が明らかになっていく過程にスリルがある。普段は善良な市民が、極限状況の中で組織の歯車として人間性を擦り減らす。そこに今の日本社会の実相が映る。瀬々の力技に敬意を表したいが、ちょっと材料を盛り込みすぎで、せわしない。

  • クリスマス・ウォーズ

    • 映画評論家

      上島春彦

      この映画は一切の情報なく見るのがいい。30分程度でコンセプトが完全に理解されると、そのあたりで原題「ファットマン」と発音される仕掛け。原題はサンタさんのこと。それにしてもファミリー・ムーヴィー極悪版という前提が凄い。つまりお子様向きじゃない聖夜企画。善人がガンガン射殺され、悪には最後まで反省心もなし。軍事産業で成り立っている国家ならではの一部設定に疑問を呈する方もあろう。他人のクリスマスプレゼントを蒐集する殺し屋、という説話的細部に痺れる。

    • 映画執筆家

      児玉美月

      成功しているのは、何をしても死ななそうな剛健なメル・ギブソンとかつてのジャック・ニコルソンを彷彿とさせるサイコなウォルトン・ゴギンズのキャスティングくらいで、凡庸なショットが延々と続いた後に呆気なく終わってしまう。物語を駆動させるために性根の悪い子供を中心に据えておきながら、暴力による恐怖支配が循環していくだけかのような結末はブラックジョークの体もなしておらずただ後味が悪い。妻役に黒人女性をあてているのは、ギブソンのレイシズムを踏まえてなのか。

    • 映画監督

      宮崎大祐

      てっきり「ホーム・アローン」のようなものを想像していたら、ペイバック・ノワールの快作であった。万人にとっての善と思われる行為が万人ではなくあくまで多数の幸福を生む行為にすぎず、そこに含まれなかったものたちのルサンチマンは時にテロリズムとして噴出するという現代の宿痾。アメリカ軍に手を貸すことでどうにか糊口をしのいでいるしょぼくれたサンタクロースがそれを全身で受け止める。それにしてもメル・ギブソンが出演している最近のインディーズ映画は傑作揃いだ。

  • サウンド・オブ・メタル 聞こえるということ

    • 映画評論家

      上島春彦

      地味だがこれは相当のもん。突然聴覚障碍者になってしまったドラマーの悪あがきを描く。詳細は書けないものの、このオープン・エンディング感覚が鋭い。この時、彼は果たして何かを取り戻したのか、あるいは逆になくしたのか。そこから批評が始まるといった手触り。主人公が手指にラヴ&ヘイトのタトゥを入れているのは「狩人の夜」由来かどうかは分からない。偶然かな。障碍者も楽しめるように字幕にも工夫が。タイトルはキンキンした金属音の意味でありメタルロックではない。

    • 映画執筆家

      児玉美月

      聴覚の喪失を音楽映画の枠組みにおいてカタルシスの一要素として動員するような作品なのかと疑っていたら、別の次元へと連れていかれた。本作にも出演するマチュー・アマルリックが主演した「潜水服は蝶の夢を見る」と同じく、当事者の世界の“感じられ方”を追体験させる手法はともすれば作り手の独善になりかねないが、その辺りの匙加減が絶妙なのだ。音を持たずして開始されるエンドロールの在り様が主人公の人生と見事に呼応しており、観客にその先までをも想像させる。

    • 映画監督

      宮崎大祐

      とかく人間は視覚に頼って生きている。それはわれわれが視覚以外の五感を意識する時間が一日のうちにどれくらいあるかを考えてみればわかるだろう。ゆえに本来は映像と音像が一対一の重みを持つはずの映画芸術も映像表現と呼ばれることこそあれ、音像表現と呼ばれることはない。だが本作の音像は決して映像に屈することがない。それどころか映像と拮抗・凌駕し、映画とわれわれの身体が持つまったく新しい可能性に気づかせてくれる。耳と皮膚で見る映画。劇場の中心で必聴。

  • TOVE トーベ

    • 米文学・文化研究

      冨塚亮平

      終盤登場するファンにはおなじみのトゥーリッキではなく、彼女と出会う前のヴィヴィカとの関係を中心的に描くことで、既存のドキュメンタリー作品との差別化に成功している。個人的には戦争とムーミンの関わりやトーベの不安や孤独をもう少し掘り下げて欲しかった気もするが、徹底したリサーチを踏まえつつも、イメージが壊れない程度に時流に寄せて自由で奔放な女性トーベが恋愛を謳歌する姿を際立たせようとする優れたバランス感覚が、作品のポップさに繋がっていることも確か。

    • 日本未公開映画上映・配給団体Gucchi's Free School主宰

      降矢聡

      旧来の価値観やセクシャリティも含めた様々な境界が新たに書き換えられていく現代にあって、ハイ(カルチャー)とロー(カルチャー)の対立を描く作品が目立ち始めているようで、ひとまず本作もその一つだろう。同性愛を隠すことがなかったトーベ・ヤンソンはしかし、このハイとローの境界には囚われ続けているのが面白い。ローがハイに対するカウンターではなく、ローはローとしてありながらハイとローの垣根を越える自由を描こうとする本作には現代的な課題が詰まっている。

    • 文筆業

      八幡橙

      偉大なる父の掲げる芸術の壁を前に怯み、挫け、苛立ち、男性との、そして女性との道ならぬ恋に溺れ、酒を浴び、紫煙の中で夜通し踊り狂う若き日のトーベ・ヤンソン。『ムーミン』を描き始めた頃から、ヴィヴィカとの禁断の愛に破れるまでの日々は、成功も収めつつ終始どこか物悲しく、「冬」の木枯らしの画が印象的に後を引く。頽廃の匂いと童話の世界、そのギャップは興味深いが、欲を言えば最後に登場する、長年のパートナーとなるトゥーリッキと島で語らう「夏」の日も見たかった。

  • 人生の運転手(ドライバー) 明るい未来に進む路

    • 映画監督/脚本家

      いまおかしんじ

      振られてダメになってから、どうなるかが見所と思うが、なかなか話が展開しない。同じ振られもの同士の復讐作戦。コミカルなやり取り。どうも乗れない。浮気相手の女子もお金の亡者という悪者設定からはみ出ていない。同じ男を取り合った女子二人の話になるかと思いきや、そうはならない。主人公の女子は、徹底的にいい人で、油断して見ているとホロッとくるシーンがいつくもあった。でもせっかく夢だったバスの運転手になったのに、その設定が生きていないのが残念だった。

    • 文筆家/女優

      睡蓮みどり

      彼氏を奪われ仕事を失くした女と、元彼と結婚した狡猾な女と、うだつの上がらない男を取り巻く愛憎劇をハートフルで包み込んだような作品。ニンニクたっぷりの餃子が食べたいのに中からあんこが出てきた感じ。結婚観など古臭く、女性が自立して生きることを本気で目指すならば、新しい世代の女性同士を対立させる話をなぜこの時代に描こうとするのか謎。便器を歯ブラシで磨く復讐方法など古典的で微笑ましくはあるのだが。とはいえ主人公がチャーミングで後味は決して悪くない。

    • 映画批評家、東京都立大助教

      須藤健太郎

      傑作とはいうまい。しかし愛おしい作品だ。どの場面もイントロのようで、いまにも歌が始まりそうな予感に満ちていながら、けっして歌が歌われることはない。そういう危ういバランス感覚に貫かれている。「再婚喜劇」のフォーマットをいかに受け継ぎ、いかに更新するかという本作の課題は早い段階で明らかにされるので、私としては復縁ではないかたちで和解が訪れることをずっと願っていた。最後、結局は再婚喜劇かと思わせたところで、巧みにかわしてみせるラストの流れがいい。

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