映画専門家レビュー一覧

  • 人と仕事

    • 映画文筆系フリーライター

      千浦僚

      有村架純氏は、働く、生活する芝居が良く、自身もその階級に属する労働者階級のマドンナ、と思っていたので、このドキュメンタリーと本来撮られるはずの劇映画にも適役、と思ったのも束の間、観てると途中から、本作の構造と、被写体となった市井の人々の存在感によって、有村氏と志尊淳氏はペラッペラにされる。コロナ禍直撃の歌舞伎町ホスト社長、ママさん風俗嬢らの話の後にはもう二人の話が入ってこない。空疎で。だが、そこからどうする?ともなる。意義ある優れた企画だ。

  • 草の響き

    • 脚本家、映画監督

      井上淳一

      斎藤さんの持ち味のヒリヒリ感が意外な程希薄なので理由を考える。結婚して子供ができた監督と脚本家夫婦が、子供が生まれるのに自殺未遂する自己中夫とラストにようやく家を出る妻を描く。原作にない夫婦話。これはパラレルな自分たちなのか。だから切実さが見えないのか。その分見易いから、今後の監督人生にはプラスなのかな。斎藤夫婦が何をやりたかったのか考えているうちに映画が終わってしまった。別れの肯定? ならば少年切って、夫婦をもっと描くべきでは。この奥が見たい。

    • 日本経済新聞編集委員

      古賀重樹

      心を病んで故郷に戻った夫、慣れない土地で夫を理解しようと努める妻。闇へと降りてゆく夫、支えるのに疲れてしまった妻。斎藤久志は、佐藤泰志の原作には出てこない主人公の妻を登場させ、こわれゆく夫婦の情景を繊細に描き出した。周囲の世界になじめない孤独な2人がいとおしいのは、はみ出し者の人生への穏やかな肯定感が画面に満ちているからだ。斎藤は佐藤の世界を自身の世界と重ねあわせて、鮮やかに具現した。東出に存在感がある。売れっ子の奈緒もこの作品が一番よい。

  • プリズナーズ・オブ・ゴーストランド

    • 映画評論家

      上島春彦

      本気で褒める人は少ないにしても貶して終わりじゃもったいない。★を足す。園の妄想カタログに放射能が加わったのは例の原発事故以後だが、ここでも、進むのを阻止された大時計という細部やニック・カサヴェテスの異様な顔貌にそれが突出する。前者はどこか劇団維新派って雰囲気だがとりあえず無関係か。監督の抒情詩人的気質の炸裂をハリウッド的規模で堪能できるのは眼福である。ニコラス・ケイジのタマは英語でもボールだと知ったのはちょっとお得な豆知識。主演女優が色っぽい。

    • 映画執筆家

      児玉美月

      ニコラス・ケイジを迎えた本作も、相変わらず園子温的な悪趣味で毒々しい世界観に満ち満ちている。過去作でいえば最も想起されたのが「TOKYO TRIBE」あたりであり、底層に流れる主題系としては「ヒミズ」や「希望の国」とも結びつくだろう。しかし、その時代までのほとばしるような園子温作品と比べると、どうしてもエネルギーの減退が垣間見えてしまい、空虚感が否めない。園子温のハリウッドデビュー作としては、やや低迷な幕開けになったのでは。

    • 映画監督

      宮崎大祐

      ニコラス・ケイジのムダ使い。園子温がこの10年間、俳優のクリティカルな瞬間をすくいあげるという天才を捨てて、何ら特筆すべきことのない安っぽい映像センスと幼稚極まりなく下卑た悪ノリの汚泥によってスクリーンを汚し、来る日も来る日も己を省みることなく劣化し続けていたということはたまにしか氏の作品を見ない筆者もうすうす気づいてはいたが、事ここに至る。まったくもって言語道断の105分間であり、作品レベルでも倫理レベルでもこれより醜悪な代物はなかなかない。

  • キャッシュトラック

    • 米文学・文化研究

      冨塚亮平

      ステイサムのアクションが炸裂するお約束の結末に向けて観客の期待をいかにはぐらかすかという点で、仕事を中心とする地味な日常が軽妙な会話と共に描かれる序盤は面白い。しかし、業務の範疇を逸脱する彼の暴力に周囲が疑惑の目を向け始めたと思った矢先に、拍子抜けする早さで彼の潜入行動の背景が懇切丁寧に説明されてしまうせいで、中盤以降は緊迫感が薄れてしまった。同じ事件を何度も語り直す中で次第に真相に近づいていく構成も、目先を変える効果よりはクドさの印象が強い。

    • 日本未公開映画上映・配給団体Gucchi's Free School主宰

      降矢聡

      ジェイソン・ステイサムが理由もなく撃ち損じるはずがないわけで、間違いなく裏があると察知させるのは監督の力量というよりもステイサムという俳優のワザだ。だからこそ、裏の事情を描くパートが説明くさくなりすぎているのが残念。また同じく俳優の恩恵、イキがっているが動揺すると途端に情けなくなる俳優代表ジョシュ・ハートネットが、まさにピタリという役どころで、その近年稀に見る情けないやられ方は、銃撃戦の最中に見る者を笑顔にさせてくれてとても良い。

    • 文筆業

      八幡橙

      原題を直訳すれば、「男の怒り」。ジェイソン・ステイサム演じる主人公は一人、静かに怒っている。何に?どうして? 真相は、バラバラに提示される時間軸を手繰るごとに明らかになってゆく。ガイ・リッチーとの名コンビ、16年ぶりに復活! と聞き、まずは往年の軽妙なノリの集団犯罪映画を期待してしまったが、フランスの復讐劇をリメイクした今回は、遊びもほぼなく、至極シリアス。“H”が寡黙なのは当然として、他の面々の個性がもっと弾けてくれたら、胸のすく後味になったかも!?

  • スターダスト(2020)

    • 米文学・文化研究

      冨塚亮平

      ボウイの家族による認可が得られず本人の楽曲が一切使用されていないにもかかわらず、なぜかその点を除いては細部にこだわった考証を前提とした伝記映画として作られており、あまりにもどっちつかず。NYでヴェルヴェッツのライヴを観た後でルー・リードと勘違いして後任ボーカルと話していたことに気づいたボウイ役のジョニー・フリンが反語として問う「ロックスターとそれを真似る人に違いはある?」という問いが虚しく響く一作。彼の演奏場面そのものは決して悪くないのだが。

    • 日本未公開映画上映・配給団体Gucchi's Free School主宰

      降矢聡

      兄の精神的な病気、容姿に対する偏見、そして自分が何者であるのかわからず傷つくナイーブな心情、どれもがカルチャーアイコンになる前のボウイが抱えた悩みであったのだろうが、どれもがいささか内面的かつ抽象的に語られすぎているため、見れば見るほど何処にでもいる悩める青年に見えてしまう。そんなボウイより、アメリカを共に旅したパブリシストであり、良き隣人のロン・オバーマンの方がよほど魅力的。映画はボウイの内側よりも彼こそ見つめるべきではなかったか。

    • 文筆業

      八幡橙

      家族の承認が取れず、本人の楽曲は不使用という権利を巡る一件だけで敬遠するのは勿体ない。70年代初頭のデヴィッド・ボウイの姿をただなぞるのではなく、演じるジョニー・フリン独自の持ち味とあの頃の空気をも盛り込み、成功を夢見る者の夜明け前、まだ明け暮れの時期の懊悩と畏れを映画は繊細に掬い取る。見せかけの面妖さを脱ぎ捨て、新たな地平に飛び出してゆく過程はもちろん、アメリカで出会うパブリシスト、ロンとの道行きなど、映画の、音楽の、普遍の力に引き込まれた。

  • ONODA 一万夜を越えて

    • 映画監督/脚本家

      いまおかしんじ

      ずっと追って見ていたのに、後半主人公のキャストが変わって、寂しい気がした。なぜどっちかのキャストで押さなかったのだろうか? 年齢の問題があるので、それはそれで無理があるか。人が死ぬ描写が、残酷で苦しかった。ずっと一緒にサバイバルしてきた友達が殺されるシーンのあっけらかんと無残なこと。サバイバルの過酷さがよく分かる。見終わって、なんとなく小野田さんがよく思えなかったのは、結構この人悪いことしてんじゃん。人殺してるし。と思ったからだった。

    • 文筆家/女優

      睡蓮みどり

      「死ぬ権利はない」とされ、島民を殺しながらもなんとか生き延びるために戦い続けた壮絶さに驚かされる。戦争が起こす洗脳状態の恐ろしさが垣間見えおののくも、本作のテーマは多分そこではない。反戦的な意味よりも終戦を知らずに過ごした小野田寛郎さんの人生の奇抜さに興味を持ったことがモチベーションだとすれば納得もいくが、彼が帰国後右翼になった事実などにはまるで触れない。映画は終わっても現実は続くからこそ、実在の人物を描くことの難しさについて考えさせられる。

    • 映画批評家、東京都立大助教

      須藤健太郎

      ここに描かれるのは「日本」でも「戦争」でも「歴史」でもない。もし自律した自我のあり方を近代と呼ぶなら、近代的自我が孕むジレンマがこの寓話の主題である。「自分自身の司令官になれ」。上官の命令は、その命令に従うかぎり絶対に完遂できない。ドン・キホーテのごとき小野田の自己意識はその点はなから破綻する運命にあった。そんな破綻した自我を救うことはできるか。一つの劇を終わらせるには儀式が、つまりそのための演劇が必要である。それがこの映画の出した答えだった。

  • メインストリーム

    • 映画監督/脚本家

      いまおかしんじ

      主人公の男がムカついてしょうがなかった。こんな男に惹かれていくヒロインにも納得いかなかった。男の行動がよくわからない。何を考えて、どういう風に生きてきたか見えない。キザでお調子者で下品。こいつのどこが面白くてカリスマになっていくかが分からない。人気者のYouTuberってこんな感じなんだろうか? 多分生理的にこの男が受け入れられないだけかもしれないが、見ているのが辛かった。ラストの展開、あれが最初にあればと思った。男の本心が見えたかもしれない。

    • 文筆家/女優

      睡蓮みどり

      劇中でYouTuberが作る動画の面白さが全く理解できず、中盤は完全においてけぼりに。監督と同い年なのだが、自分が古い人間に思えてちょっと悲しい。あのノリについていけたらもっと一体感を味わえたかもしれない。それっぽいけど実際は中身のないネット世界にありがちな人物像をアンドリュー・ガーフィールドが見事に演じていてはまり役。「アンダー・ザ・シルバーレイク」もそうだったけど、少しクセのある役が本当に上手。リアルと非リアルの境目の曖昧さがリアルに描かれていた。

    • 映画批評家、東京都立大助教

      須藤健太郎

      ミスキャストか。俳優と役柄が合っていない。始終ちぐはぐである。そう、アンドリュー・ガーフィールドのことだ。その演技はまるで「ジョーカー」のホアキン・フェニックスのようだと宣伝されていたが、そういう比較をするなら「スーサイド・スクワッド」でジョーカーをあてがわれた不運なジャレッド・レトのたぶん間違い。スコセッシもデ・ニーロも別に好きじゃないけど、「キング・オブ・コメディ」が懐かしい。はちゃめちゃだったサンドラ・バーンハートをふと思い出す。

  • RAMEN FEVER

      • 脚本家、映画監督

        井上淳一

        →その点、こちらは明快だ。『情熱大陸』と見紛う作り。いや情熱の方が数百倍上手い。何がやりたいか分からない。家族話いらないし。普通は一点突破全面展開で、ラーメンを描くことで食の在り方やひいては世界を描こうとするのでは。その点、「カナルタ」とは天と地だ。同列に語っては申し訳ない。でも映画なのかという問いは変わらない。映画とは何か。それは自分に向けた問いでもある。しかし観終わってラーメン食べたくならないラーメン映画って、ある意味スゴい。映画は難しい。

      • 日本経済新聞編集委員

        古賀重樹

        ニューヨークのラーメン店のカリスマシェフ中村栄利と、その兄でチェーン店を展開する中村比呂人。2人の活躍を軸に世界的なラーメンブームの内実に迫るドキュメンタリー。海外のラーメン好きや有名レストランのシェフらが証言する前半は、クールジャパン信奉者が泣いて喜びそうなラーメン讃歌のオンパレード。後半は一転して、天才肌の弟と経営者気質の兄の対立、決別、和解という家族の物語。始終しゃべっているインタビュー中心の構成で、どんなラーメンなのかはよく見えない。

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