映画専門家レビュー一覧

  • 総理の夫

    • 脚本家、映画監督

      井上淳一

      想像以上の酷さ。「政治色よりかは、夫婦のあたたかいハートウォーミング」と監督。それ、この題名の映画作る意味ある? しかもこのクソ政権下で。案の定、政治にもジェンダーにも批評性のカケラもない。政治色を出さないことは政治を考えないことではないはず。勝負の選挙演説、生徒会か。妊娠して辞任って、世界に恥ずかしくないか。ノンポリという名のポリティクスこそが現状維持に加担するという最たる見本。これを面白がる人がいるのか。エンタメ舐めすぎ。★はつけたくない。

    • 日本経済新聞編集委員

      古賀重樹

      中谷美紀の初代女性総理はさまになっているし、田中圭の夫も面白い。でもせっかくのタイムリーな題材が生きないのは、細部にリアリティーがないから。仕事も、政治も、生活も、育児も、出産も絵空事。稚拙な政治ドラマに延々とつき合わせて、仕事をバリバリする女性とその夫の関係という肝に焦点が絞れない。行き着くところは出産と仕事の両立の可否。ポリティカルコレクトネスに反すること自体は結構だが、あえて物申すに足る説得力がなければ絵空事はますます空疎になる。

  • MINAMATA-ミナマタ-

    • 映画評論家

      上島春彦

      記録写真史上に名高いあの水俣の母子の写真がどのように撮影されたかをめぐるドキュメント風フィクション。ここまできちんと演出された写真だったのも知らなかった。大画面で見られるのは貴重。フッテージに土本典昭作品も少し用いられている。歴史的団交の場でテーブルに座り込む交渉派リーダーの姿も有名なスミスの写真にあるが、あまりあれこれ「私も知ってる」などとはしゃがずに真っさらな目で見た方がいい。水俣訴訟というのは公害告発元年なんだというのが最後によく分かる。

    • 映画執筆家

      児玉美月

      写真家の一人称を担うカメラは、独善的な眼差しが異国の地の人々へと開きゆく動勢を明示的に伴う。彼がファインダーを覗いて発する「美しい」なる言葉の危うさ。この主題にあって、意匠を凝らした洒脱な画作りと敢えて娯楽性をとる脚色による作劇が賛否分かれるのは無論想像に難くないが、フィクションの力を信じようと思わせる強度がある。ただこの物語の在り方であればタイトルは「MINAMATA」ではなくユージン(アイリーン)に焦点化させなければ整合性が取れないのでは。

    • 映画監督

      宮崎大祐

      役者たちが素晴らしい。美波や加瀬亮は英語の訛りの齟齬こそあれ、キャリアベスト級の熱演を見せている。それでもここには水俣の海が写っていない。こうした題材をセルビアの「どこか」で撮ってしまうという意識の底には水俣が世界に数多ある公害問題のひとつにすぎないという意識が横たわっている。環境保護団体の大使もつとめるという本作の監督が持つべきだったのは環境問題への配慮以前に、眼前にたたずむ、安易な共感を許さない他者と向き合うための倫理だったのではないか。

  • カラミティ

    • 米文学・文化研究

      冨塚亮平

      すでに何度も映画化されている実在の人物を従来以上に史実に忠実かつ現代的に再創造しようとする方向性は買いたいが、同じオレゴン・トレイルを舞台とした「ミークス・カットオフ」などと比べると、やや単純で優等生的すぎる印象。人物のアクションに関連するアニメ表現にはそこまで惹かれるものはなかった一方で、ナビ派やフォービズムの色調を踏まえたという、高畑勲の後期監督作あたりを想起させる、写実とは異なる鮮やかな色彩で塗り分けられた風景の美しさには目を奪われた。

    • 日本未公開映画上映・配給団体Gucchi's Free School主宰

      降矢聡

      西部開拓時代のガンマン、カラミティ・ジェーンの幼少期を描く本作は、予想に反して彼女が一発も発砲しないのがまず良い。また「女性らしさ」を求められる時代にあって、ジェーンは髪を切り、スカートを脱ぎズボンを履く。しかしその行為は男装ではない。つまり男社会へと参入し、そのなかで優秀であることとは根本的に違うのだ。あくまで荒野を動き回るうえで最適な格好をしているだけであるという本作の身なりの変遷は、性を一つのテーマとしている映画の演出として大変好ましい。

    • 文筆業

      八幡橙

      氷に囲まれた北極を舞台にした前作「ロング・ウェイ・ノース」同様、レミ・シャイエ監督が独特のマットな色彩の内に描く、性別の壁を越えた一人の少女の過酷なる冒険譚。善とも悪とも単純には判別つかない曲者が次々現れ、主人公の旅をややこしくするのも前作同様。だが、カラミティ・ジェーンの子供時代を描く本作は、活劇の魅力が格段にアップ。清々しいカタルシスの中迎えるエンディング、そこで流れる主題歌に震えた。荒野を駆ける馬、夕日、満天の星――大自然の描写も美しい。

  • 整形水

    • 米文学・文化研究

      冨塚亮平

      見慣れないタイプの絵柄に序盤は違和感を抱くも、徐々に気にならなくなった。ボディポジティブが盛んに叫ばれるようになったとはいえ消滅するはずもないルッキズムを反映した、整形や醜形恐怖症をめぐる物語を限界まで露悪的に描くにあたっては、実写よりもはるかにアニメという形式が相応しかったのは間違いないだろう。突拍子もない展開の連続には退屈しなかったが、ツッコミ所の多さを力業でねじ伏せる作風のせいか、どちらかというとコメディ的に見えてしまう部分も。

    • 日本未公開映画上映・配給団体Gucchi's Free School主宰

      降矢聡

      美しさに囚われて破滅へと突き進んでしまう人々の話は特段目新しさはない。また、美しい肉を文字通り我が身のものとしてコレクションするクライマックスはかなり奇妙なものだが、あくまでその奇妙さは表面的な表現の問題で、美しさに執着してしまう人間の狂気に対する恐怖や畏怖を感じることなく、むしろ笑ってしまった。美への欲望とはなにか、別人の人生を歩むとは何かという問いを、限りなく表層的に描く、この映画それ自体のあり方こそが現代的だとも言えなくはないが……。

    • 文筆業

      八幡橙

      主人公もごく平凡、至って簡素な脱力系タッチの原作(ウェブ漫画)を基に、通販番組が象徴する芸能界の片隅に舞台を移して独自性とインパクトのある作画で劇場版アニメへと六年越しで創り上げた制作陣の熱意にまず拍手を。極端なまでのルッキズム、整形も枕営業も強要されうる芸能界の闇、ネットの書き込みの痛烈さや過剰とも言える家族愛など、原作以上に韓国社会のリアルを切り取っていて、特に序盤は興味を掻き立てられた。人物像など根幹をなす部分にもう一段深みがあれば……。

  • クーリエ:最高機密の運び屋

    • 映画監督/脚本家

      いまおかしんじ

      主人公の体がめっちゃ痩せてるけど、あれはどうやったんだろう。こちらの気づかないところでいろんな工夫がされている映画と思う。主人公がどこにでもいるセールスマンっていう設定がいい。家族を愛してる普通のおっさんが政治に翻弄される。相手のロシア人もまた家族の前では普通のおっさんだ。おっさん二人の奇妙な形の友情が、少しずつ育まれていく様が微笑ましい。それに比べて周りの政治家たちが、みんな一様に薄っぺらなのは何だろう。話がでかすぎて、嘘っぽかった。

    • 文筆家/女優

      睡蓮みどり

      英国人のセールスマン、グレヴィル・ウィンを演じたベネディクト・カンバーバッチのすごくない凄みを見せつけられる。60年代米ソの緊張感が高まる中、スパイ経験のないウィンは突然、軍事機密の運び屋として世界を背負わされる。洗練されたプロではないから得られた人間関係のなかで、特にメラーブ・ニニッゼ演じるペンコフスキーとの友情に胸が熱くなる。妻との関係性にも信頼関係が試され、スパイと家庭の物語がリンクする瞬間が面白い。特にラスト15分の臨場感に圧倒された。

    • 映画批評家、東京都立大助教

      須藤健太郎

      「なんでそんなにモスクワに行くの? 誰か他に女の人が?」スパイ活動をしていると、妻に浮気を疑われる。「違うんだ、でも僕がスパイなのは秘密なんだ」心の中で叫ぶウィン。夫婦の間に亀裂が走り、世界を救う大作戦はやはり家族を犠牲にしてしまう。表向けはそう見せつつ、これは結局ほんとに浮気でしたっていう、そういう話。牢獄でのやっと会えたね。妻とも握らぬ手を握る二人。ついに解放されて帰国したウィンは、ソ連側の諜報員ペンコフスキーの笑顔を思い出すわけで。

  • 君は永遠にそいつらより若い

    • 映画・音楽ジャーナリスト

      宇野維正

      作中の「最近の若者像」が古くさく感じられるのは、原作が書かれた時期の反映だろうか? だとしたら、もっと大胆な脚色を施す必要があったように思う。また、幼少期に受けた理不尽な暴力、ネグレクト、DVなど、本作が扱っている問題は日本の社会でもさらにアクチュアリティを増しているものばかりだが、それらの多くはエピソードとして台詞で回収されるのみで、主軸はあくまでも現在を生きる主人公の成長物語であるという構造に、今作られる映画としての必然性を感じられなかった。

    • 映画評論家

      北川れい子

      いまさら言うのも何だが、近年、凄く気になるのは、いじめや家庭内暴力、自殺、レイプなどを描いた作品が目立って多いこと。むろん扱い方は作品ごとに異なるし、現実社会の反映だと言われれば納得したりするのだが。一見、他愛ない大学生たちの群像劇ふうにスタートする本作も、主人公の周辺でそういった悲劇がいくつも起こる。けれども主人公の素直な感受性が映画を引っ張り、そのリアクションも説得力がある。作品のタイトルにもなっている台詞が、ズシンと胸にくる。

    • 映画文筆系フリーライター

      千浦僚

      フォーエバー・ヤングという語で鮮やかに「ラスト・ワルツ」のディランを思い出す。本来そのフレーズのどこにもないはずの死のイメージがやってくる。学生の頃、自分も含めて若い者ほど死にやすい感じは強く漂っていた。そういうのをよく表した原作、本作。魂の殺された部分と死者の側から永遠の若さを宣言する。純金のごとき哀切による負け惜しみに撃たれた。終盤、主人公のベランダぶら下がりと就職後の業務は活劇に接続する。遍在する謎と秘密に抗して。秋ミステリ番外篇。

  • マスカレード・ナイト

    • 映画・音楽ジャーナリスト

      宇野維正

      主人公に作品外のイメージが流れ込んでいることを是とするかどうかが、スター映画の評価の分かれ目になるわけだが、木村拓哉ファンの自分でも本作にはまったくノレなかった。初参入キャストには木村が近年ドラマで共演してきた役者が目立ち、前作に続いての数々のテレビタレントのカメオ的起用にもシラけるばかり。リスク回避最優先なサラリーマン的思考が隅々にまで侵食していて、昭和的な滅私奉公を体現し続けるだけの本シリーズのヒロインのように、作品全体が鈍重で退屈だ。

    • 映画評論家

      北川れい子

      大晦日のホテルの仮面舞踏会――。まるで正月映画の繰り上げ公開かと勘繰りたくなるような、華やかで浮き足だっている別世界にいきなり引きずり込まれ、その誘導力、まずは上々だ。で前作同様、ゲスト役の俳優陣の賑やかし的エピソードと、立場の違う主役コンビの些細な衝突、及びホテルに張り込んだ警察の動きが三つ巴的に描かれていくが、ド派手な仮面舞踏会を経て判明する事件の真相よりも、作品自体の別世界ぶりの方が印象的で、結構楽しめる。主役コンビのサービス演技も。

    • 映画文筆系フリーライター

      千浦僚

      秋のミステリ祭り。もはや近年は木村拓哉氏のあの物腰を相米慎二が若い頃から誰に対しても敬語を使わなかったとか左翼やアナーキストには意識的に敬語や慇懃さを拒否する人がいることと同列に捉えたい気もするが、あの強気と無縁に生きる私は木村氏の物腰が苦手。あれが最も合わないのがサービス業。ヤンキーがキレる瞬間を予感させつつ給仕する牛丼屋の不穏もマスカレード。警察は性悪説、ホテル側は性善説で世界認識対決。それらが本作の根本。真犯人役俳優の力量に唸る。

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