映画専門家レビュー一覧

  • コール・オブ・ヒーローズ/武勇伝

    • 翻訳家

      篠儀直子

      女教師も床屋も酒場も登場するうえ滅び行く者たちへの挽歌でもあるのだから、何とこれまた西部劇。もっとテンポよく進めればいいのにと、同じ監督の「レクイエム」でも思ったので、これは相性の問題かもしれないが、クライマックスの大アクションで、そんな不満はいちおう消える。自警団団長夫人も勇敢に戦うのがうれしい。ここまで憎たらしい悪役を見るのはいつ以来かと思わされるルイス・クーの天晴れなヒールぶり。善玉顔で美声のウー・ジンを敵方に配したのが効果的で泣かされる。

    • 映画監督

      内藤誠

      「おじいちゃんはデブゴン」を見て、「ドラゴン・ガール」のカマルディン監督(ブルネイ)とサモ・ハンの復活を語り合ったばかりだが、こんどはベニー・チャン監督と組み、アクション監督に徹しているので、映画の動きは出だしから派手。クライマックスのエディ・ポンとウー・ジンとの決闘など、舞台の巨大な壺の山が崩れてこないかとはらはらした。ラウ・チンワンの長鎖の演技は見どころだが、ルイス・クーの陰影たっぷりの悪役ぶりもヒネリが効き、見せ場たっぷり。香港的伝統の活劇。

    • ライター

      平田裕介

      功夫片版「リオ・ブラボー」としかいいようのないプロットなうえに、流れる音楽はことごとくマカロニにおけるエンニオ・モリコーネ調。だからといってアクションもドンパチ多めというわけではなく、誰も彼もがビュンビュンと跳び回り、三節棍、トンファー、鎖仕込みの鞭などの武器が入り乱れるバリバリのカンフー・バトルがベルトコンベアとなっている。無双ぶりを見せつけるラウ・チンワンもさることながら、底なしのゲス悪党を喜々として演じるルイス・クーには圧倒の一言のみ!

  • セールスマン(2016)

    • 映像演出、映画評論

      荻野洋一

      問題という問題が重層的にからみ合うさまがスリル満点である。首都テヘランの住宅問題を手始めに、家宅侵入、暴行事件、被害者の名誉問題へと、映画は禍々しく唸りを上げ、主人公夫婦に襲いかかる。それでも俳優夫婦はA・ミラーの戯曲『セールスマンの死』公演の期間中で、芝居を続けなければならない。しかしイランは米国演劇を十全に上演するには覚束ぬ環境である。だから容疑者の身元を特定したラストの一幕こそ、かえって公演以上に演劇的なとげとげしい光を放っているのだ。

    • 脚本家

      北里宇一郎

      浴室で妻が襲われる。夫は警察に届けろと言う。が、妻は頑強に拒む。そこが不自然だと思う。しかしそれがイランなのだと察する。女性が生きにくい社会。だからこそ夫は執拗に犯人探しをする。妻の名誉のために。犯人を探し当てる。だが彼にも家族がいて、生きてきた事情があって。それが夫婦(役者)の演じているA・ミラーの『セールスマンの死』とダブる。見ているとこれからどうなるかという展開に引っ張られる。少し計算も匂うが、イランと人間を描いて、この監督、変わらず魅力的。

    • 映画ライター

      中西愛子

      ファルハディが「別離」以来、5年ぶりに母国イランで撮った話題作。自宅で妻が何者かに襲われてから、ことをひた隠ししつつ、犯人を捜そうとする夫婦の行動と心理を日常のディテイルを通してサスペンスフルに描く。発端は妻の警戒心のなさと隠ぺい気質?復讐を暴走させるのは夫のプライド? そうジワジワ観客に感じさせる監督の冷徹さ。男女問わず、恥が言動の基盤になるのは日本と似ている。きっとどこにでもある話。彼の作品は、男女の古典的な関係性をいつも考えさせる。

  • 怪物はささやく

    • 批評家。音楽レーベルHEADZ主宰

      佐々木敦

      原作は日本でもかなり話題になった痛々しくも瑞々しいヤングアダルト小説だが、秀作「永遠のこどもたち」のJ・A・バヨナ監督は、ともすれば鬱々とだけしてしまいかねない作品世界を見事にゴージャスに映像化している。言葉の力のみによって読者のイメージを盛んに掻き立てるのも原作の魅力だが、すべてを見せざるを得ない映画には別のやり方がある。主人公コナー少年を演じるルイス・マクドゥーガルが素晴らしい。可憐な母親フェリシティ・ジョーンズも好演。実は演技を見る映画だ。

    • 映画系文筆業

      奈々村久生

      幼くして厳しい試練にさらされた少年コナーの前に現れる怪物はその圧倒的な巨体とパワーで現実を凌駕する。過酷な現実に対抗するためにはそれをぶち壊すほどの荒々しい力を持った個体が必要だったとも言える。樹木をモチーフにした怪物のビジュアルと描写はダイナミズムにあふれているが、コナーの内的問題に収束されてせっかくの魅力が相殺されているようにも見える。コナーを演じたルイス・マクドゥーガルがEXOのジョンデにそっくりすぎて目が釘付けだった。

    • TVプロデューサー

      山口剛

      ファンタジーとはいえ余りのダークさに驚いた。不治の病の母親と二人暮らしの少年のもとに夜毎訪れる異形の怪物。怪物は少年の敵ではなく、彼の人生の師、彼の分身とも思える。面白く作られているが、作品のテーマは「死」をいかに受け入れるかという観念的、哲学的なもので、主人公の成長を描いた教養小説的側面もある。子供たちに思考停止を強いるようなエンタメが世に溢れている昨今、このような映画は貴重といえる。怪物の語る三つの物語がもう少し面白いといいんだが……。

  • パトリオット・デイ

    • 批評家。音楽レーベルHEADZ主宰

      佐々木敦

      ドキュメンタリー・タッチを随所に効果的に挿入するピーター・バーグ監督の演出スタイルには好感が持てる。実際の事件を描いているので展開も結末も予め知っているわけだが、それでも終始面白く見れたのだから、かなりよく出来ていると言ってよいだろう。派手さに偏らない見せ場の連続も渋い。難を言えばドラマとしての大きなうねりのようなものが最後に残ったらもっと良かったのだが。しかしボストン警察の刑事を演じる主演マーク・ウォールバーグの過去を知って思わず失笑した。

    • 映画系文筆業

      奈々村久生

      ボストン警察の英雄譚というゴリ押しのお題目がすべて。アクションがメインなのに妙にウェットなテイストをかぶせてくるのでマーク・ウォールバーグの筋肉バカ的な単純さのよさが生かされていない。フィンチャー作品でお馴染みのトレント・レズナー&アッティカス・ロスによる音楽はその存在感の強さにもかかわらずほぼ全篇にわたって鳴り続けているため強力なドラッグの効き目も麻痺したような感覚に陥る。フィンチャーのときはあんなにかっこいいのだけれど。

    • TVプロデューサー

      山口剛

      再現されたテロ現場の惨状は息を呑む。M・ウォールバーグはボストン生まれの一刑事として事件の処理に当たるが、ヒロイックな活躍をするわけではなく、あくまで公僕の一人だ。テロリスト側も巨悪ではなくボストンに住む普通の移民として描かれている。それでいて、緊張感あふれたドキュメンタリー・タッチのサスペンスになっているのは監督ピーター・バーグの手腕だ。真の主役はボストンの街だ。87分署の刑事に託してアイソラという架空の街を描いたエド・マクベインのように。

  • 海辺のリア

    • 評論家

      上野昻志

      見る前に想像していた通りの映画だったのに驚いた。いや、お話ではありませんよ。だいたい、この映画、基本的な設定があるだけで、物語らしい物語があるわけではないから、それは問題ではない。想像していた通りなのは、仲代達矢の一人芝居だ。老いたる俳優が、自身の老いに老いたるリア王を重ねて繰り出すセリフの数々。ホント、気持ちよさそう。ちょっとくどいけどね。それに較べると阿部寛が携帯を耳に当てながらの一人芝居=長広舌は、まだまだ修業が足りないというしかない。

    • 映画評論家

      上島春彦

      『リア王』と言われても「乱」しか思いつかない演劇オンチの私だが、この仲代と原田の父子という配役はその線をついているわけだ。もっともあちらは義理の親子。明らかに俳優仲代に宛てて書かれたと分かる脚本は、老人の生のあり様を「暴発的」狂者というより「けだるい」認知症者として描いており、その感覚がラストに向けてじわじわ裏返されていく作り。極端な少人数で広い空間を占めるコンセプトも効果的だがオチが弱い。黒木華さん他、数名もどこか手持ち無沙汰な感じ。惜しい。

    • 映画評論家

      モルモット吉田

      映画の形も演技の質も変わった今、日本映画が仲代達矢を活かせなくなって久しい。小林監督の仲代三部作は低予算の現代映画でも映画に品位を持たせながら、じっくりと仲代の演技を堪能させてくれる。今回は『リア王』というか原田の存在もあって「乱」の現代版(状況劇場繋がりで小林薫にも根津甚八を連想)を思わせる。元映画スターという設定など今の仲代が重ねられるが、ここでも見事に〈老い〉を演じている。それは確かに見事だが何もしない無防備な仲代を見たいという思いも。

  • 花戦さ

    • 評論家

      上野昻志

      飾られる花が美しいので、★ひとつおまけしたが、お話に従えば、野村萬斎と佐藤浩市と市川猿之助の演技合戦を見るのが本筋か。池坊専好を明るいキャラに設定したためか、萬斎が表情に変化をつけすぎるのが、ちょっと気になったが、声も表情も抑え気味の利休=浩市と向き合うと、バランスが取れるし、同じことは、利休と、天下人となった秀吉=猿之助の怒りを含んだ顔や声との間にもいえる。その意味で、事件も含め三者の要は陰の利休にあったことになるが、三國=利休とどっち?

    • 映画評論家

      上島春彦

      茶室における、明るい方を背にした千利休の暗い表情を捉えた横顔撮影の見事さにシビれる。この作品はある日織田信長の下にいやいや集結する羽目になった人々の、それから数年後の変転を描く群像劇。そこに「お花」の池坊家がどう関わったか。ちょっと頭が悪いので自分はリーダーの器じゃない、と思い込んでいる主人公専好の設定が面白い。そこを専武がサポートするわけで、こちらも儲け役である。暴君豊臣秀吉に対する利休と専好それぞれの闘い。美少女絵師森川葵も効いてますよ。

    • 映画評論家

      モルモット吉田

      大仰な演技と表情で劇を活性化させようとする萬斎を活かしきれていない。萬屋〈柳生〉錦之助と同じく一人だけ浮いているが、この芝居を受けられるのが猿之助と蔵之介らに限定されるのが問題。せっかくクライマックスが前田邸大広間という舞台仕立てになっているのに萬斎の大芝居が不足。主人公の記憶障害が中途半端な扱いで、これによって起きる笑いも泣きも徹しきれず。世情とは無縁に生きた天真爛漫な男が責任ある立場に立たされる苦痛と権力者からの抑圧だけで充分な話なのだが。

  • 武曲 MUKOKU

    • 評論家

      上野昻志

      綾野剛と村上虹郎との対決が軸なのだが、一方に綾野と父親の小林薫の父子関係が、かなり重く絡む。つまり、父殺しの罪障感をどう克服するかというところに、若い好敵手が現れるという話だが、その辺がいまいちくっきりと描かれておらず、こちらがいろいろ解釈しなければならない。むろん、読みは観客に委ねるという作品は珍しくないが、それが、ここでは読みを促すほど刺激的になっていない。村上虹郎の軽やかさは、魅力的だったが、前田敦子は、どこに行ってしまったのか?

    • 映画評論家

      上島春彦

      この監督の作品は映像効果があざといとして嫌う人もいる。しかし今回のはその側面、抑え気味。トラウマを抱えた若者二人の剣道による対決がメインである。溺死寸前の体験を持つチャラい若者、これもいいんだが、何と言っても親父を植物人間にしてしまったもう一人の若者綾野剛。彼が凄い。ラストの腹筋の評価も含め、星を足す。悪いのは真剣勝負を強要する親父なのだが、こういう無茶な身内を持つと子供が苦労するという見本。また二人を引き合わせる役目の老人柄本明が珍しく良い。

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