映画専門家レビュー一覧

  • ローマ法王になる日まで

    • 脚本家

      北里宇一郎

      キマジメな伝記映画だったらどうしようと、ちと警戒しながら見てた。軍事政権時代のアルゼンチン。そこで管区長を務める主人公が宗教と政治の間で悩みながら、抵抗の姿勢を貫く。一方で政府と結託する神父がいたり、せっかく救出した人たちが密殺されたりと裏面もキッチリ描かれ。神に仕えることの無力感に陥るあたりも説得力がある。いっそ、この時代だけで通してもよかったのでは? その後、マリア像を見て悟る挿話などが続くが、そうなるとモヤモヤした気分に。半布教映画とも。

    • 映画ライター

      中西愛子

      最近は、世間でも映画の中でも、威信を落としているカトリック。そんな時代に現れた、アルゼンチン出身の現ローマ法王フランシスコは、カリスマ的な人気があり、救世主と謳われている。彼の知られざる激動の半生の物語。篤い信仰心と共に、特に軍事政権時代をカトリック教会という大組織で生きたタフさも浮かぶ。信者ではないイタリア人監督のダニエーレ・ルケッティは、冷静な目で、かつ敬意を持って法王誕生までの道のりを辿る。なぜいま彼が求められるのか。その一端がわかる。

  • 20センチュリー・ウーマン

    • 批評家。音楽レーベルHEADZ主宰

      佐々木敦

      アネット・ベニングが良過ぎて彼女ばかり見てしまう。ほんとうに豊かな年の取り方をしていると思う。「人生はビギナーズ」の父親に続いて母親と自分の話で、筋立てとしては如何にもこの監督らしいセラピー映画だが、正直に言うとCM的と呼ぶしかないスタイリッシュな画面作りが好きではない。知的でハイセンスなトリヴィアに彩られた台詞も含め、小洒落たアメリカ文学みたいな作品だ。もう少し地味な絵で仕上げてくれれば支持出来たのに。エル・ファニングは久々に等身大の役です。

    • 映画系文筆業

      奈々村久生

      自分や家族といった自伝的な題材で映画監督としてのキャリアをスタートさせたミルズ。ナイーブでミニマムに見えたその世界観だったが、彼を取り巻く人々や彼自身の身に起こった出来事はADHDや同性愛などいわゆる世間のステレオタイプから外れており、必然的にマイノリティへの考察となる。それは作品を重ねるごとに強度と普遍性を増し、描く対象を女性にフォーカスした本作では、彼女たちに向けた眼差しがジェンダーフリー的な女性観となって力強いメッセージを形作っている。

    • TVプロデューサー

      山口剛

      こんなに科白の面白い映画は滅多にない。キャラクターがしっかり出来ているからだ。笑い通しだった。70年代後半、母親は大恐慌時代の生き残りと思春期の息子に言われているが、当時としては先進的なシングルマザー。彼女を含め三世代を代表する三人の魅力的な年上の女性が息子にほどこす男性教育が映画の主題だ。「アマルコルド」を思わせる。この時代にもかかわらず男性がみなフェミニストでマッチョイズムの男が出てこないのも珍しい。監督は男性だが女性映画の傑作。

  • ラプチャー 破裂

    • 翻訳家

      篠儀直子

      拉致のシーンだけでも「なぜ後ろからいきなりスタンガンを使わないのか」等々、いっぺんに五カ所ぐらいツッコみたくなって、とんだぼんくら映画かと思いきや、監禁先の設備や、科学者風の一味の服装や外見の、奇妙なレトロ感を見るに至り、50年代から60年代にかけてのB級SF映画の感じを狙った作品ではと思い当たる。当時のその種の映画には冷戦期のパラノイアが表現されていたとも言われるが、そこまで念頭に置いてその現代性を主張した作品、かどうかは訊いてみないとわからない。

    • 映画監督

      内藤誠

      写真家ダイアン・アーバスの映画を撮ったシャインバーグ監督の作品だけに低予算のSFホラーながらディテールがいい。一人息子を育てるシングルマザーのノオミ・ラパスの変身してゆく姿の描き方がみごと。彼女が囚われて、恐怖の実験が繰り返される建物が予算の無さむき出しの安いセットなのも妙にリアル。その中で実験に従事する者たちもなぜか女性が怖い。とりわけレスリー・マンヴィルの上品な老女の優しい顔が一番の恐怖。映画好きが集まって、知恵を出し合った作品だとはおもう。

    • ライター

      平田裕介

      S・シャインバーグ監督の前々作「セクレタリー」が、SMとラブロマンスを巧みに融合させた作品だったので期待大。今回もボンデージ要素濃厚であるものの、蜘蛛責めをはじめとする猟奇プレイの描写はさほどなく、主人公と彼女を捕えた連中の正体をめぐるミステリーに重きを置いた仕上がりに。しかし、これがなんとも緊迫感不足というか投げやり感満点でのめり込めず。だが、それが「結局、コイツらはなんなんだ?」という良い意味でのモヤモヤ感を残すことになるので悪くはないのだが。

  • LOGAN/ローガン

    • 翻訳家

      篠儀直子

      メキシコとの国境近くにいた人たちが、迫害を逃れてカナダを目指すという筋書きには、どうあっても現在の米国の情勢を重ねずにはいられないわけだが、それはさておき、P・スチュワートの「老い」の表現が感動的な、おじいちゃんと不良親父、少女が織りなす美しい家族ドラマである。と同時に、肉弾戦の場面では、キャメラの位置が非常によく考えられていてまれに見る迫力。ちょっとした細部の見せ方にも気の利いた工夫があり、ピアースの初登場シーンなど、台詞の書き方もかっこいい。

    • 映画監督

      内藤誠

      ミュータントとはいえ、戦闘で負った傷の治癒能力の衰えたローガンをヒュー・ジャックマンが懸命に演じる姿は痛々しい。疲弊した彼が名優パトリック・スチュワートの老々介護までするので、シニア観客には切ない娯楽大作だ。官憲に追われた少数派のミュータントがめざす国境の光景など、やはりハリウッドは反トランプかという感じ。超能力少女ローラ役のダフネ・キーンも他の子役たちもいい味を出しているのに、残酷物語のせいでR指定となり、未成年たちに見せられないのが残念。

    • ライター

      平田裕介

      あの爪で引き裂かれ、串刺しにされる雑魚どもの酷い死に様を容赦なく映す。これにより“ヒーローなのか、畏れられる怪物なのか”というローガンが抱き続ける葛藤を浮き彫りにし、スーパーヒーローが活躍すれば死屍累々たる有様になる“現実”も我々にガツンと突きつける。さらにローガンのダークサイドを抽出したかのような強敵との対決、自身の娘ともいうべき少女との対峙を経て、そうした苦悩の数々に彼が落とし前をつける展開もお見事。鑑賞後、ローガンに最敬礼したくなった。

  • ちょっと今から仕事やめてくる

    • 評論家

      上野昻志

      工藤阿須加と福士蒼汰の組み合わせが生きている。とくに地味なネクタイの新入社員として、暴君さながらの部長(吉田鋼太郎)にパワハラされる工藤は、ピッタリはまっていた。おそらく彼を見て、オレみたい、と思う人もいるだろう。そんな工藤を、小学校の同級生と偽って助けるアロハ・スタイルの福士は、このような人がいれば、という作り手の思いを体現した存在なのだろう。ただ、小池栄子から、彼の秘密を明かされる場面に入るカットバックが説明過多な感じもしたが、念押しには必要か。

    • 映画評論家

      上島春彦

      この物語で二時間弱は長い。主人公の若者の辛さは描けているが大体思った通りに進行し、意外性がないのだ。だから終盤の事情説明がバヌアツの観光映画みたいになっちゃった。やりたかったのは、いい大人が鞄を振り回しながらスーツ姿で横断歩道を駆けてくる画面だろう。分かるものの、それが意味するのは「彼の個人的解決」でしかない。見終わってもどんよりした気分は変わらなかった。よその国の子供に奉仕するより、日本社会を変えてもらいたい。せめて同僚を救うのがスジでは?

    • 映画評論家

      モルモット吉田

      大手スーパーへの批判を巧妙に隠した「スーパーの女」の様に、中小企業を舞台にすることで大手でも製作可能だったと肯定的に観るか、大手ブラック企業事情を思えば白けるしかないかは兎も角、「ソロモンの偽証」の女子生徒へのいじめシーンの様な加虐的描写になると成島演出は突出し、パワハラ場面は均衡を崩すほどの狂気である。それが家族や南国の楽園に救いを求め始めると途端に軽薄に。主演2人の演技では持たず、吉田のハイテンションな怪演と、黒木、小池らで救済された感。

  • 家族はつらいよ2

    • 映画評論家

      北川れい子

      安心して笑って、安心してハラハラし、安心してアキレて、安心してホッとして……。山田コメディの安心、安全、安定感は、どんなにキツい世相を盛り込んでも深刻になる寸前に笑いの差し水が入り、いまさら言うのもなんだが、名人としか言いようがない。このシリーズは退職して悠々自適の生活を送る橋爪功の頑固ぶりをメインにして騒動が起こるだけに、かなり保守的だが、子どもたち夫婦が集まってのワイワイ、ガヤガヤのアンサンブル演技など、全員の息が合ってみごと。次回は孫の話を。

    • 映画文筆系フリーライター、退役映写技師

      千浦僚

      登場人物の一家が不快。その彼らを見て、実につまらないところで笑う、喜劇だから笑わねば、みたいな試写室観客がいやだった。彼らを憎んだ。相当に恵まれてる生活をしてるのに不満ばかり言い合っている家族の醜悪さ。逆「ワイスピ」一家め。だがおじいちゃん橋爪功の高校の同級生小林稔侍が貧困独居老人として現れてから俄然面白くなる。稔侍、あいつら全員殺っちゃってよ!……しかし稔侍は殺らず、独り死んだ。無念。生活保護は当然の権利、という訴えかけは素晴らしいです。

    • 映画評論家

      松崎健夫

      劇中〈前近代的〉という言葉が登場する。世界の映画監督たちが血縁関係に依らない家族関係を描く中、山田洋次監督は“三世代同居”のような〈前近代的〉家族像を描きつつ、〈前近代的〉な古びた“笑い”を誘発させている。しかし〈前近代的〉な家族そのものを描こうとしているわけではなく、前近代的価値観と現代的価値観との衝突や、無縁社会や下流老人の現実を提示してゆく。本作は、かつて近代社会を支えた人々の老いを描くことで、現代日本の病理を“笑い”で炙り出している。

  • ハロルドとリリアン ハリウッド・ラブストーリー

    • 映像演出、映画評論

      荻野洋一

      ジュールとジム、ジンジャーとフレッド、ピョンテとヨンジャ――異性同士にせよ同性にせよ二つの名前を連結させるだけで、映画とは楽天的に活気づいてしまうものだ(今年のアカデミー授賞式でのボニー&クライドはズッコケだったが……)。絵コンテ作家の夫ハロルドと映画リサーチ室の妻リリアンの二人組が映画界最高のスーパーカップルだったことを解明した裏面史である。「鳥」のガソリンスタンド場面の絵コンテに胸が高鳴らぬ映画ファンはいまい。無名の職能者たちへの讃歌でもある。

    • 脚本家

      北里宇一郎

      日本では監督が絵コンテを描くんだけど、アメリカではそれ専門の人がいて。しかも演出面でけっこう重きをなしているというのが興味深く。ヒッチコックのアレとアレもそうだったんだっていう驚きもあり。リサーチャーの仕事とともに、もう少しこの二人の映画制作現場での作業とか功績を見たかった。ハリウッドの変遷、それによる仕事の変化とか感慨なんていうのもね。題名通り夫婦愛が主眼になってるけど、そこ表じゃなく裏に廻して。なんか勿体ない。リリアンさんのキャラは魅力だけど。

    • 映画ライター

      中西愛子

      絵コンテ作家と映画リサーチャー。ハリウッド黄金期を支えてきたおしどり夫婦の人生をひもとく。ハリウッドの映画制作について、初めて知ることがたくさんあった。あの名作のあの名シーン。監督の功績と思われていたことが、実は絵コンテ作家の仕事なくして生まれなかったという事実に驚く。こうした裏方の才能が業界を頑丈に支えていたのかと思うと、映画の奥深さを改めて感じて胸が熱くなる。また、妻、母にして働く才女リリアンの生き様も、ハリウッドの行間まで映し出し興味深い。

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