映画専門家レビュー一覧
-
Viva!公務員
-
批評家。音楽レーベルHEADZ主宰
佐々木敦
イタリアの笑いのツボって、ニッポンとは随分違ってる。細かいくすぐりに満ちたこのコメディーを観ていると、そのことばかり考えてしまう。笑ってしまうこと、笑ってはいけないこと、笑っていけないから笑えること、等々の線引きが、わが国とは相当に異なっており、道徳観と言語の違いなんだろうな、と思う。要するにニッポン人の私には笑えないが、これはイタリアではすごく可笑しいんだろうなと思える場面が目白押しで、笑えはしないが考えさせられた。その意味で興味深い作品だと言える。
-
映画系文筆業
奈々村久生
公務員の職に固執する男というだけで映画全体を引っぱれるケッコのキャラクター造形と、演じるザローネの存在感が強烈。彼の人間性からくる規格外の行動、スラップスティックなドラマの展開、それを見せる映像テンポの連携プレーでとてもよくできたイタリアンコメディーとなっている。行く先々でケッコを取り巻く人々も負けず劣らずクセ者揃いだがギャグの処理もスマート。ケッコの赴任先の各国各地が舞台となっているため、フィールドワークムービーとしても楽しめる。
-
TVプロデューサー
山口剛
気楽な稼業と公務員を選んだ主人公。行革のあおりをくらって世界の果てまで左遷されるが、あくまでマイペースを貫く奮闘ぶりが愉快。植木等の無責任男・平均や西田敏行の釣り馬鹿ハマちゃんの兄弟分のような男だ。陽気なラテン気質の極楽とんぼの中にある五分の魂、硬骨ぶりをケッコ・ザローネが好演している。かなり強烈な社会批判やジェンダー論が笑いの中に込められている。彼を首にするため僻地まで追っかけ回す女上司がおかしい。これこそ税金の無駄遣いと思うけど……。
-
-
おじいちゃんはデブゴン
-
翻訳家
篠儀直子
面白くならないはずがない設定なのに、前半の人情話的部分が、各人物の魅力を上手く引き出せていないきらいがあり、もたついているばかりでなかなか本題が始まらないという印象を受けてしまう(ただしエピローグ部分は上手くいっていて味わいあり)。スローモーションや低速度撮影をこういうやり方で多用するアクションシーンは個人的には苦手だが、「ちょっと前の映画」の雰囲気を出そうとする狙いがあるのかもしれない。サモ・ハンのアクションはさすがの貫祿。ゲスト出演陣が豪華。
-
映画監督
内藤誠
舞台はマフィア組織がからむ中国とロシアの国境の町。侘しい風景の中をすっかりアクの抜けた白髪の老人サモ・ハンが、よたよたと歩いてくると、「五福星」のジャッキー・チェンやユン・ピョウらとの青春像を記憶している者には、絵になりすぎて泣けてくる。彼がいつも通る路上で、ヒマをつぶしている年金生活三人組のなかにツイ・ハークまでいて、香港映画の笑いの伝統を守る。サモ・ハンの役は認知症初期だが、20年ぶりの監督としては部分接写のアクション撮影を多用して快調。
-
ライター
平田裕介
客演が目立つ、最近のサモ・ハン。それゆえに久々の主演作なうえに監督作でもあって期待したわけだが、ドラマ寄りの仕上がりに。別にそれでも構わないが、彼が認知症である設定や少女との交流という要素の活かし方が中途半端でグッとこない。とはいえ、アクションではハッとさせてくれるのはサモ・ハンならでは。関節技重視で徹底的に相手の骨を折るor砕くファイティング・スタイルは彼には珍しく、そういう点においても燃えた。大物ぶりを証明するかのような超豪華なゲスト陣も壮観。
-
-
美しい星
-
映画評論家
北川れい子
アマチュアのプロというか、プロのアマチュアというか、リリー・フランキーは、三番手、四番手の役どころで登場してこそ、さりげなく目立って面白い。が今回は主役、しかもテレビのお天気おじさん役だけにアップの芝居も多い。そのたびに、作り表情で台詞を言うのが精一杯というのがミエミエ。いっそ、政治家秘書役で宇宙人の回し者の佐々木蔵之介と役をチェンジしていたら――。という大きな不満はあるが、作品自体は意欲的。三島が描く人間界への痛烈な皮肉も薄味ながらチラッ。
-
映画文筆系フリーライター、退役映写技師
千浦僚
感心したのはクライマックス的場面のひとつ、火星人リリー・フランキーがテレビ局の屋上で頑張るシーン。リリー氏が地球と人類の危機に対して、恐慌と祈りがミックスされた孤独な抵抗をおこなう姿は、「生きものの記録」ラストの三船敏郎に迫る。それは映画全体の意匠すら突き抜けて三島原作の根本にあったものを見せた。そして橋本愛は自分の横に並ぶ大学ミスコン候補者を惑星間ほどの距離に突き放す金星人美女ぶり。文明批評という主題に負けない見応えと美しさが横溢する作品。
-
映画評論家
松崎健夫
自称“宇宙人”たちの言葉を借りた社会批判。本作において、彼らの正体云々は重要ではない。現代的に物語がアレンジされているとはいえ、三島由紀夫の暮らした時代とさほど乖離していない今生の問題。その現実には絶望すら覚える。全篇にちりばめられた“嘘”と“真実”に対するメタファー。現実を直視しているという意味では「陰謀論を唱えるくらいの方がまだマシかも知れない」と思わせるに至る。周囲から狂っていると思われているが、狂っているのは周囲の方なのかも知れない。
-
-
光をくれた人
-
批評家。音楽レーベルHEADZ主宰
佐々木敦
マイケル・ファスベンダーとアリシア・ヴィキャンデルの「顔」だけでも見る価値がある。物語としては観客を泣かせることに特化したメロドラマだし、映像の美しさは時としてトゥーマッチな気もするが、二人の抑制の効いた、だが複雑なニュアンスに富んだ演技=表情によって、通俗の極みに達する一歩手前に踏み止まっている。特にヴィキャンデルはショットによっては彼女に見えないほどの魅力的な“歪み”を表現してみせる。ずーっと背後に聞こえている波の音と海鳥の鳴き声が印象的。
-
映画系文筆業
奈々村久生
アリシア・ヴィキャンデルの演じたイザベルは、女優だったら絶対に惹かれる役柄だろうし、やり甲斐を感じることができ、演技力も効果的に見せられる美味しい役どころだ。だからこそ演者の自己アピールが過ぎると台無しになってしまう可能性もあるが、ヴィキャンデルは上手くやった。ファスベンダーの功績も大きい。デレク・シアンフランス監督は男女のペアを作るのに長けている。灯台守という馴染みの薄い職業から、人里離れた生活の異様な状況がじわじわと姿を現してきて怖い。
-
TVプロデューサー
山口剛
流産したばかりで子どもが欲しい若い妻の一寸した愚かな過ちが夫婦の人生を多く変えていく。オーストラリアの孤島の灯台を舞台にした夫婦の日常は美しく仔細に描かれているが、子どもをネタに泣かせようという原作の作為的な意図が最初から透けて見える。生みの親と育ての親の昔ながらのメロドラマの感は否めない。監督の第二作「ブルーバレンタイン」の夫婦のリアリティがここには全くない。人間関係の悲劇ではないのでM・ファスベンダーも芝居のやり場がないようだ。
-
-
トモシビ 銚子電鉄6.4kmの軌跡
-
評論家
上野昻志
鉄ちゃんとは無縁な人間だが、見ているうちに銚子電鉄に乗ってみたくなった。それは本作が醸し出す独特に柔らかい空気によるのだろう。松風理咲扮する高校生は自分が企画した、銚子電鉄と高校生とのレースの最終ランナーが決まらず焦ったり、母親(富田靖子)と運転士(有野晋哉)の親しさに反撥したりもするが、それが亀裂を生ずるようにはならない。人と人との関わりが、苛立ちや反撥をも肯定するように促すのだが、それは前野朋哉と植田真梨恵との描き方にもいえるだろう。
-
映画評論家
上島春彦
実はご当地映画って大好き。こういう拾い物があるからね。十年前の堀北真希といった印象の美少女の不機嫌な日常と地元あげての駅伝大会のお祭り騒ぎ、このブレンド具合が最上の効果である。認知症老人の元駅長、というエピソードは物語として分かりづらくオチが利かなかった。これは失点だがのんびりしたムードは楽しい。歌手志望のお嬢さんの行動パターンには理解を越えるところがある、が目をつぶろう。今時の映画で〈黄昏のビギン〉が聴かれるなんてそれだけで加点ものである。
-
映画評論家
モルモット吉田
川本三郎氏の映画と旅を絡ませたエッセイで読んでみたくなる作品なのはいいが、銚子電鉄には乗りたくなったものの映画には乗れず。ヒロインが企画したレースが最初から決まっているが、先輩への下心から彼女が言い出したところから始めるなり、電鉄への愛情を提示しないとモチベーションが不透明に。堀北真希の後継と言われそうな松風は初々しいが、相手役が芝居を受けないと弾まないだけに雰囲気重視で配役されたと思しい有野の演技が壊滅的なので、富田の役を大きくしないと厳しい。
-
-
ポエトリーエンジェル
-
評論家
上野昻志
視野が、半径3メートルぐらいに限られた若者の恋愛映画が多い中で、これは出色の青春映画。まずは田辺の田園地帯という舞台に、詩のボクシングを主軸に立てたこと。そこに梅農家の頑固な父親に命じられる草刈りにウンザリしている青年が、偶然関わるようになる一方、教室で友達に話しかけられると睨むような眼差しで拒絶するボクシング・ジムに通う少女を配したこと。この岡山天音と竹田玲奈をはじめキャストの配分も成功しているが、時折挟まれる後姿のショットが印象に残る。
-
映画評論家
上島春彦
噂には聞いたことがあるが「詩のボクシング」を初めて見た。訓練方法も面白いし、強化試合は輪をかけてヘン。題材の設定だけで見る価値はある。女子高生側も市民連合側も朗読バトルに関しては真剣勝負でやっている。たどたどしい感じもあるが皆さん、自分の言葉をまき散らして場を盛り上げる。一応コンセプトはニート青年の人生再スタートを詩の完成とシンクロさせる、というもの。ただし彼の詩は物語の中核を担い過ぎかえって途中で飽きる。もっといっぱい色々な詩を聞きたかった。
-
映画評論家
モルモット吉田
詩のボクシングはいつか映画化されると思っていたが最大公約数の観客に向けた作りなのは記念映画という事情か。今の映画に相応しくやたらと不幸が盛り込まれるが、肝心の声とパフォーマンスで言葉を表現にする手段を手に入れる喜びは薄い。ロードサイドのラップ映画や、詩人監督、詩の映画化も珍しくない時代に、言葉と声の格闘技を映画で描くには淡白気味。ヒロインのボクシングの挫折と吃音も一方だけで良かったのでは? クライマックスで客席や舞台袖の反応を拾わないのも不満。
-
-
たたら侍
-
映画評論家
北川れい子
うーん、もどかしい。これで脚本にもう少し重量感があり、人物たちにクセや個性があったら、「七人の侍」とは言わないまでも、それに近い作品になったに違いない。出雲の風土の神秘的な映像や、豪雨の中での斬り合いなど、実に風格がある。冒頭近くで、この地特有の“鉄”造りの技術を丁寧に見せているのも、伝統を守ろうとする村人たちの思いが伝わってくる。ここで造られる鉄が逆に戦いの火種となるのだが。ともあれご当地映画の枠を大きく超えた力作であることは間違いない。
-
映画文筆系フリーライター、退役映写技師
千浦僚
飲み屋で騒ぐガラの悪い人たちのタイプそのままの、ザイル系が苦手だ。彼ら関係のものを避けたい。自分で選択できるのなら観たくない。しかし本欄対象作品となったため観た、劇場版「HiGH&LOW」は面白かった。そこでやたら地味なのに役が大きい青柳翔氏は気になった。その彼主演で時代劇。渋い。チャンバラ主眼でなく史観や文化を語ろうという作品。渋い。封建主義に従順すぎるのはろくでもないが池谷仙克美術はいい。本作と「無限の住人」の中間に新たな地平があるのではないか。
-