映画専門家レビュー一覧

  • たたら侍

    • 映画評論家

      松崎健夫

      ここ数年、世界で同時多発的に〈巨壁〉の登場する映画が製作されている。それらの〈壁〉は例えば、何かからの襲撃を防ぐものであったり、何かと何かを隔離するためのものであったりする。本作にも〈壁〉が登場するのだが、〈壁〉の意味するところが変化してゆくところに、その議論のありかを導ける。奇しくも、我々が暮らす現実の世界においても〈壁〉を建設しようとする動きがある。そのことを予見したかのような日本の時代劇が海外で評価された点は、特筆に値するのではないか。

  • ろんぐ・ぐっどばい 探偵 古井栗之助

    • 映画評論家

      北川れい子

      72分のハードボイルド映画だが、観応えは悪くない。施設育ちの雇われ探偵のマジメな不マジメさ。男好きの元カノが女医のくせにエイズ持ちだったというエピソードなど、笑ってる場合じゃないけれど笑えるし。ギャンブル好きのおかま役(蜷川みほ)とのやりとりもくすぐったく、探偵の妹もいい感じ。海辺の町のガランとした雰囲気も、どこか投げやりな探偵の行動にピッタリ。あまり深入りしない箇条書きふうの脚本と、切り上げのいい演出も小気味いい。シリーズ化は、あ、ムリか。

    • 映画文筆系フリーライター、退役映写技師

      千浦僚

      自分は本作をつくっているひとたちのシンパで本作に魅力を感じたが、まだこれでは世間を鷲?みにする力に乏しいとも思った。もっといけるし、いってくれと願う。「ろんぐ・ぐっどばい2」、もしくはまた別の映画のために作り手に伝えたいことを書きたい。森岡龍の探偵と周囲の人物のキャラはよかった。特に好色さや物事の決着のつけ方。だがHIVのネタがあまり機能していない。賈樟柯「青の稲妻」の肝炎ネタのようにまだ肉体関係のない恋人がいたりすればよかったのではと思う。

    • 映画評論家

      松崎健夫

      映画の中でこれまで描かれてきた探偵たち。その多くは、アウトローで女に弱いけれど、優しい。探偵たちが劇中の住民たちから好かれるように、観客もまた探偵たちに魅了されてきた。本作で探偵を演じる森岡龍の役作りは、まさに観客を魅了する。そして、探偵を魅了する女医を演じた手塚真生もまた観客を魅了する。事件の行方がどうであれ、映画の中のキャラクターに魅了され、探偵の次なる依頼を観てみたいと思えることは、本作が〈探偵物〉として成功している所以ではないだろうか。

  • オリーブの樹は呼んでいる

    • 映像演出、映画評論

      荻野洋一

      少女期に「エル・スール」の主人公を演じた女性監督とケン・ローチ諸作の脚本家。夫婦共作の反グローバリズムの良心作で、応援したくなる。しかし、一本のオリーブの樹に象徴的意味を与え過ぎており、主人公のスペイン人少女?ドイツの欺瞞的な大企業というきれいな対立構図が、かえって作品をグローバルなストーリーテリングに押しこむ。主人公=作者側の真情は理解できるが、彼らが映画に対して行っていることは、企業がオリーブの樹に行っていることの一部をなしているのだ。

    • 脚本家

      北里宇一郎

      いやはや乙女の一徹、岩をも通すってヤツで。嘘をついても、善人たちを巻き込んでも、正しい目的のために突っ走れば、結果オーライとなるわけで。そこが面白くもあり、ちと(作り手にとって)都合のいい展開だなとも思う。ただ、儲けに走った父親世代、そのツケを廻された子ども世代、その反抗。そこはわが日本も同様な状況なので、実感が伝わる。娘が好きだった祖父、その象徴のオリーブの大樹。それが大企業の超高層ビルのロビーに飾られた無残。そこにイヤな今の空気が匂って――。

    • 映画ライター

      中西愛子

      「カルラの歌」(96)以降のケン・ローチ作品を手掛けている脚本家ポール・ラヴァティと、妻であるスペイン人監督イシアル・ボジャインが組んだヒューマン・ドラマ。かつて売りに出された祖父のオリーブの樹を取り戻そうとする孫娘の奮闘を描く。平和のシンボル、オリーブが、行き過ぎた商業主義への対になるモチーフとして描かれる。ヒロインの好演で、家族のルーツを思う二十歳の女の子の優しさと情熱がまっすぐに心を打つ。ヨーロッパを横断するロードムービーの味わいも楽しい。

  • 夜に生きる

    • 批評家。音楽レーベルHEADZ主宰

      佐々木敦

      ベン・アフレックの映画職人ぶりが遺憾なく発揮された佳作。一本筋の通ったギャングの一代記で、製作総指揮にも名を連ねるデニス・ルヘインの原作は渋めなのだが、監督アフレックはテンポの良さと演出のメリハリで見せ場の多い作品に仕上げている。主人公のライバル(?)となるエル・ファニングが印象的だが、彼女のルックスを逆手に取ったキャスティングの勝利だろう。だがこの映画を真に支えているのはファニングの父親を演じるクリス・クーパーをはじめとするオジサンの脇役陣だ。

    • 映画系文筆業

      奈々村久生

      監督・脚本家としてのアフレックの手腕が冴え渡る。ギャング稼業の非情な世界を彩るアクション、1920~30年代のアメリカのクラシカルな色みや町並みの撮り方には品があり、痺れるほどかっこいい。特筆すべきは役者のアップの多用。顔面の力で活劇を見せられるのは、やはり俳優出身の監督ならではの実力か。聖女とも魔女ともつかないエル・ファニングの特異な芝居も必見だ。劇中でアフレックが発する「高くついた」というセリフに仕掛けられた伏線の重みといったら!

    • TVプロデューサー

      山口剛

      往年のアメリカ映画で、ポール・ムニ、E・G・ロビンソン、ハンフリー・ボガートたちが演じてきたギャング像を、ベン・アフレックは敬意を込めて演じている。ノワール映画のヒーローに宛てたラブレターのようで嬉しくなる。監督脚本主演作の連打でポスト・イーストウッドの地位を確実に手に収めたアフレックの今がまさに旬といった作品だ。シエナ・ミラーのファムファタールぶりも新鮮。原作は人気作家デニス・ルヘインが書き続けているボストンを舞台にした連作のひとつ。

  • 皆はこう呼んだ、鋼鉄ジーグ

    • 翻訳家

      篠儀直子

      ネタバレになるから詳しくは言えないけど実は古くからあるパターンの物語。でも特筆すべきは主人公の人物像。超人的能力も、然るべき人に授けられるのでなければこうなってしまうのだという風刺的な話かと思って観ていたら、彼がこのような人物になるまでの経緯がやがて見えはじめ、そこから現代のイタリア都市の状況も透けて見えてくる。敵対する二人の男にはしっかりと実力派男優が配される。低予算ながら工夫を重ねて撮ったと思われる点も好ましく、しかも主人公の無骨さにマッチ。

    • 映画監督

      内藤誠

      日本アニメへの敬意はあるものの、イタリア人の手にかかると、相当に肉食系の味わいになる。主人公エンツォが超人パワーを手に入れる原因がテヴェレ川の水中に沈んでいたドラム缶の放射性廃棄物を飲んだせいだというのだから、話のほうもかなりデタラメだ。しかしスーパーヒーロー役のクラウディオ・サンタマリアをはじめ、恋人のイレニア・パストレッリ、悪役のルカ・マリネッリら若者たちに、まるでパゾリーニの「アッカトーネ」のような存在感があって、現代の青春映画ともいえる。

    • ライター

      平田裕介

      敵役は「ダークナイト」のジョーカーしているし、主人公とヒロインが醸す雰囲気はなんだか「オールド・ボーイ」だし、なにより『鋼鉄ジーグ』である。監督の好きなものを詰め込んでいるのがアリアリなわけだが、自己満足に終わっていない。さもしいチンピラの分際で“大いなる力”を得てしまった主人公の逡巡、善行よりも悪行を働くほうが人々からもてはやされる現在の風潮もしっかり描き、ヒーローのあり方をズシンと問い、浮き立たせる。どこまでも憂鬱だが、燃えてしまう快作。

  • あの日、兄貴が灯した光

    • 批評家。音楽レーベルHEADZ主宰

      佐々木敦

      こういうテレビドラマ的としか言い様の無い映画ってどうにも乗れない(テレビドラマを差別してるわけではありません)。ひたすらわかりやすさと観客誘導に傾注したカット割りとカメラワーク、安っぽいセットと照明だけで引いてしまう。ヒネクレた詐欺師の兄と試合中の事故で失明した純粋な弟の関係も、観客の期待と予想通りに推移する。とはいえ兄のチョ・ジョンソクの演技は実に達者だし、弟を演じるEXOのD.O.とのバディぶりも悪くない。ラストはつい貰い泣きしてしまいました。

    • 映画系文筆業

      奈々村久生

      昨年の韓国公開時に観たときは、落ちこぼれの兄と優秀なスポーツマンの弟によるドタバタコメディーといった風情の予告篇とビジュアルで宣伝イメージが管理されており、そのような映画だと思い込んでいたら驚いた。本篇でも弟の失明という深刻な事態がわりと軽妙に扱われており、後半の展開から目をくらませる描写トリックになっている。一本に複数のジャンルを詰め込んで意外性をねらった作りは昨今の韓国映画に多く見られるが、その分大きなまとまりには欠けがちなのが惜しい。

    • TVプロデューサー

      山口剛

      前科十犯の詐欺師の兄と失明した柔道家の弟が再会し共同生活を始めるという企画の面白さがほとんど生かされていない。設定がご都合主義で、二人のキャラクターの造型が曖昧なので肝心の兄弟の反発、葛藤、和解がドラマになっていない。なんとなく理解しあったとしか思えない。チョ・ジョンソク、D.O.ともに複雑でアンビバレントな内面の感情が表現出来ていないのは演技力以前に平板な演出のせいもある。せめて最後のパラリンピックの決勝戦などはもう少し上手く見せて欲しい。

  • メッセージ

    • 批評家。音楽レーベルHEADZ主宰

      佐々木敦

      テッド・チャンの原作『あなたの人生の物語』はSF史上に残る傑作短篇だが、脚本のエリック・ハイセラーと監督ドゥニ・ヴィルヌーヴは物語の核心と骨子を残しつつ大胆な映画的アレンジを施している。その結果、この作品は原作に劣らぬ傑作となった。SFとしての道具立てはかなり簡略化されており、展開は淡々としていて派手さは皆無だが、ラストに待ち受ける驚きと感動は格別。目線の高い作品だと思う。主演エイミー・アダムスがとても良い。ヨハン・ヨハンソンの音楽も素晴らしい。

    • 映画系文筆業

      奈々村久生

      脚本の構成と編集がまずすごい。それに連動したテーマとなる概念をビジュアル化した文字とその形態、無重力空間の撮り方、音の使い方。いろいろとつっこみどころはあるがそれも含めて新しい映像体験であることに変わりはない。また、ドラマの行方を左右する局面での中国のポジションが、今の国際社会における中国のそれと多分に関係しており、政治的にも映画を含む産業的にも如実に反映されている(作品に込められたメッセージというより現実問題として)ところに強い時代性を感じる。

    • TVプロデューサー

      山口剛

      言語学者のヒロインが国家の要請を受けて宇宙人とのコミュニケーションに協力するというアイディアが秀逸。突如現われた異様な宇宙船とペプタポッドと名づけられた宇宙人の姿は、猟奇的扇情的ではないが、印象的なイメージを残す。「プリズナーズ」「ボーダーライン」で見せたドゥニ・ヴィルヌーヴ監督の優れた映像センスである。頻繁にフラッシュバックされるヒロインの過去の私生活が最後に意味を持ってくる。「未知との遭遇」を発展させた新しいSF映画の誕生と言える。

  • いぬむこいり

    • 評論家

      上野昻志

      有森也実演じる、四十路とはいえ世間知らずの女教師が、そのナイーブさゆえに、神のお告げに誘われて、お宝探しの旅に出る。が、それは、煉獄巡りとでもいうべき苦と快があざなう縄のごとく絡まる旅であった。と、こちらも監督の力技に惹かれて、香具師めいた口上になるが、これが面白い。リアル政治のパワーゲームもあれば、犬に変身する王子との官能的な交合もあり、戦争もありと盛り沢山なのだが、わたしは、柄本明の最期に、由比忠之進さんのことを思い出し、しばし瞑目した。

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