映画専門家レビュー一覧
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ブラッドショット
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映画監督、脚本家
城定秀夫
血液中の生物工学ロボットが人体の傷を瞬時に修復してしまうというトンデモ設定はいかにもアメコミ原作という感じだが、生半可な科学的説明や、ワサワサ動く血中ナノロボットを可視化させる欲張り描写等が作品世界のリアリティの輪郭をぼかしてしまっており、内輪揉めに終始する物語の方も盛り上がりを欠いた既視感だらけの展開とあっては、もはや見どころはCGとアクションだけで、そちらはハリウッドのお家芸なので確かに凄いとはいえ、全体を引っ張れるほどの新しさはなかった。
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ようこそ、革命シネマへ
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非建築家、美術家、映画評論、ドラァグクイーン、アーティスト
ヴィヴィアン佐藤
映画や映画館が当たり前に存在する国では想像もつかない事態。しかし我々が注目すべきは、国からの抑圧や政治的歴史だけではない。突然の停電に見舞われ、彼らは「サンセット大通り」のラストシーンの撮影現場を再現しだす。「ラストシーン」ではなく、まるごと「ラストシーンの撮影現場」をだ。まるで小学生のようにはしゃぐ老人たち。映画の光はそこに存在していないときこそ、生き生きと光り輝くのだ。圧政や検閲くらいで想像的悦楽は決して奪うことなどできないのだ。
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フリーライター
藤木TDC
非民主的政権が続くアフリカの紛争国で廃墟化した映画館を再興しようとする老いた映画人たちを記録する。ただし政治的主張は極力排除され、表層的にはワイズマンや想田和弘のダイレクトシネマを連想させる静かな描写に終始。エキゾチシズムを求める観客には優しい風景映画と尊ばれそうだが、スーダン映画史の掘り下げが弱く私は物足りなかった。老監督たちが停電続きの中で難なくスマホを操り、上映会はPC経由のプロジェクター映写なのが画面にそぐわぬ現代性を示し興味深い。
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映画評論家
真魚八重子
映画館を復活させようとする人物たちのコスモポリタンな経歴や、過去に監督した映画の引用が興味深い。そういった国際性によって、スーダンで表現の自由が抑圧され、国家から個人の固有性が?奪される理不尽さがより浮き彫りとなっている。ただ、テーマは不条理な恐怖の中で上映活動を行う戦いではあるものの、具体的に描かれるのはイベントを開催するにあたっての工程だ。そこで目につくのはどんな催事を行う際にも起こるまどろっこしい手続きの描写なため、些か退屈さも。
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精神0
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映画評論家
川口敦子
観察映画を裏打つ想田監督の徹底的に無邪気な好奇心を前にすると「映画のため」ならとの思いと「人として」のもやもやとに引き裂かれる。今回も例えば墓参の山道を往く老医師夫妻を追う終幕、手一杯の医師がマッチを忘れていて、仕方なく煙のないまま墓前に立てかけられた線香が切り取られる。カメラを止めて差し延べる手はないのかと一続きのショットに抵抗感を?み締めて、それでも撮ることの意味と成果を思ってまた心が引き裂かれる。結ばれた老夫婦の手に涙しつつも。
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編集者、ライター
佐野亨
こんな事態になり、試写室に足を運べずにいる。よって今回の4作品は、DVDと視聴リンクをもらい、一週間かけて自宅で観た。まず日曜日に観たのがこの作品。前作「精神」にも感じたことだが、山本昌知さんの言葉は患者さんたちに寄り添いながら、同時に聞く人を立ち止まらせるような距離感をもっている。今回は妻の芳子さんとの関係性を見つめることで、夫婦の距離、さらに彼らを取り巻く社会との距離を浮かび上がらせる。鑑賞中、時折モニタに近づき、人物の顔の皺を凝視した。
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詩人、映画監督
福間健二
想田作品、「精神」と「港町」に飛躍点があったと思う。本作は「精神」で出会った医師を追い、「港町」からの延長線という面もある。前半は引退を決めた山本先生と不安がる患者たちとのやりとり中心で、後半は認知症の妻との暮らしぶり。猫や中学生たちの挿入など、無雑作そうにやって決まるのはさすがとはいえ、オーケーの幅の広さが必ずしも作品世界を外に連絡させることにならない。そこに、もどかしさも。想田監督と山本先生。接点をあまり感じさせないのも「観察映画」の方法か。
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暗数殺人
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映画評論家
小野寺系
キム・ユンソク演じる、愚直に証拠を追う刑事の苦々しい表情と、チュ・ジフン演じる、刑事を意のままに動かしていく殺人犯の憎々しい表情の好対照が作品の対立構図を象徴。サスペンスフルな前半の脚本や演出は、大風呂敷を広げわくわくさせてくれるが、その期待に応えているとはいえない後半の展開が残念。せっかく興味深い実話を基にした物語なので、無理に娯楽的なつくりにするより、リアリティを重視した内容にするか、逆に娯楽表現に振り切った方がハッキリして良いのでは。
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映画評論家
きさらぎ尚
この場合の暗数とは、犯人の供述(自白)はあれど、警察では把握していない殺人事件。韓国で実際に起きた連続殺人事件を基にしたミステリーで、刑事と殺人犯の攻防が映画の見どころだ。上層部の反対を押し切り地道に捜査を続ける刑事の矜持が物語を引っ張り、対して7人殺しを誇らしげに供述する犯人役チュ・ジフンのサイコ演技は鳥肌もの。己を誇示するような薄ら笑い、その奥にある狂気……。並外れた利口者か、人格異常者か。表情、仕草など、役作りが際立つ。悪夢を見そう。
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映画監督、脚本家
城定秀夫
静かな情熱を燃やしながら粛々と事件を追ってゆくキム・ユンソク演じる刑事の地味なキャラクター造形が映画が進むにつれ魅力的、立体的になってゆくのに対し、序盤こそミステリアスな魅力を纏っていたチュ・ジフン演じる殺人犯は徐々にメッキを?がされサイコパスもどきの薄っぺらな人間に堕してゆく対比が面白く、実録クライムサスペンスをアクションに頼らない骨太な物語として纏めた脚本も素晴らしいのだが、決定的なショットを捉えきれていない演出には少々物足りなさを覚えた。
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ケアニン こころに咲く花
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映画評論家
川口敦子
これは映画として面白いとかなってないとか評することとは別の所で成立している映画ではないだろうか。教育啓蒙映画といったらいいのだろうか。要は“ケアニン”なる存在を広く知らしめることをまずめざした一作なのだと思う。である以上、説明的な筋の運びや演技に目くじら立てるのもお門違いというものだろう。で、この際、この場を借りてケアニンの皆さまへのお願いをひとつ、「○○さーん、■■ですよ~」と、老人の尊厳を無視するような語調、ぜひ再考してみていただきたい。
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編集者、ライター
佐野亨
悪しき効率性を批判する映画が効率性にはまり込み、ことばでなく細かな所作から感情を読み取るべしと教える映画がことばに頼りきっている矛盾。「認知症の母親はなにもわからない」と訴える女性に主人公は毅然と反論、実際彼の行為はことごとく承認され感謝されるが、容易く承認も感謝もされず、それでも「なにもわからない」ことと向き合わねばならない点にこそ認知症介護のむつかしさがあるのでは? 「愛情は消えない」という美辞で糊塗されているものは小さくないと感じる。
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詩人、映画監督
福間健二
施設に親を入れたことに複雑な思いがあるし、自分は入りたくない。私はそうだが、当然、この「不信」を打ち破ってくれる施設があってほしいし、それを応援する声も聞きたい。その期待は半ば充たされたと言おう。作品の芯は、島かおり演じる認知症の女性への対応と、その夫、娘、孫の気持ちの動き方に。そして、主人公と同僚たちの関係の好転まで、全体が「理想を言うのはいいが現実を考えろ」のもっともらしさを揺さぶる構成だ。残念なのは、音楽の使い方と島以外の演者の魅力不足。
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在りし日の歌
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映画評論家
小野寺系
文革後もまだ引き締めが続いていた日々から30年間。真面目な庶民の立場で描かれた、中国の変遷していく様は興味深く観ることができた。とはいえリアリティの追求からか、人情ドラマに頼るわりに登場人物の行動が共感しづらく、好感を持てる部分が少ないまま進んでいくため、感慨深さがいまいち薄いのが難点。カイコーやイーモウの、時代を描く群像劇の傑作と比べては酷だが、同じく第六世代のジャ・ジャンクー「山河ノスタルジア」の後発としてもゆるい出来に感じられる。
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映画評論家
きさらぎ尚
ドラマの背景を一人っ子政策という中国の政策に置きながら、主題を世界に普遍の広がりをもつ人間ドラマに仕上げたことを賞賛したい。時の政権、政策で国が姿・形を変えても人格を保ち生き続ける個人の、なんと気高く、美しいことか。二人の俳優は、主題を体現するとてもいい顔をしている。過去と現在を往来する大胆だが滑らかな構成・演出に、二人は確信を持って応えている。わけてもヨン・メイの穏やかだが意志の籠る演技は、不穏さが増す今の世に差す一筋の希望とも思える。
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映画監督、脚本家
城定秀夫
改革開放と一人っ子政策から生まれた苦難を強いられる中国の市井の家族の30年をつぶさに描いた、慎ましやかだが、人間のあらゆる感情が描かれた、この上なく豊潤な映画で、時の流れの残酷さと優しさを感じる終盤では涙が止まらなかったし、いささか俗に寄ってしまっている演出も見受けられるのだが、それはエモーションを作動させるためには避けられない要素であり、そういうものから逃げずに真正面から向き合っている姿勢こそが、この映画を純粋で力強いものにしているのだろう。
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悲しみより、もっと悲しい物語(2018)
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映画評論家
小野寺系
いわゆる「キラキラ映画」と呼ばれる系統の作品だが、その枠の中で、職人的にオシャレな映像でときめきを作ってきたギャビン・リン監督の丁寧な仕事には感心させられる。なかでも学校生活をみずみずしく撮るところは台湾映画の華。煙草のけむりを使った間接キスをする出会いの場面が圧倒的にいい。その一方で、“難病”や“報われない愛”など、使い古された要素で涙を誘おうとする物語は、「そういうもの」とはいいながら、あまりに安易すぎるように感じられ、興をそがれてしまう。
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映画評論家
きさらぎ尚
身寄りのない若い男女が一緒に暮らし(理解が追いつかない点もあるが)、互いに愛を感じるが片方が難病を患い……。いわゆる古今東西、泣ける恋愛映画の一つの王道を確立しているシチュエイション。そのうえで描かれる独善の愛。自分の死後、自分の代わりに相手を幸せにできる男性を準備する。片や、そんな相手の気持ちを汲み取り、不本意ながら準備された男性と結婚する。二人のこうした独善に共鳴できるかが、評価の分岐点。話を過剰に作った結果であろう、捉えどころが希薄な物語。
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映画監督、脚本家
城定秀夫
ウンウン、悲しい嘘をつき合う二人の姿は悲しみよりもっと悲しいね……って、ちょっと待ておい! 二人の手前勝手な悲恋物語に利用されて人生狂わされたアイツはもっともっと悲しいだろうて……なぞ思ったものの、キラキラ映画的には間違いではないのだろうし、こういう一定層を狙ったジャンル映画にとっては、ターゲット外の者がエラそうに論じる言葉よりも、試写室のそこかしこから漏れ聞こえた嗚咽の方が重要であり、こんなことしか書けない自分はもっとも悲しい人間なのだろう。
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囚われた国家
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映画評論家
小野寺系
SF大作映画らしい壮大な設定を用意しながら、登場人物の見える範囲でのドラマを低予算で描くという、ギャレス・エドワーズ監督の成功作「モンスターズ/地球外生命体」に近いコンセプトがあるというのは理解できるものの、思わせぶりなだけの演出はことごとく面白さに結実することはなく、撮りたいイメージに対する本作の映像が、あまりに乖離したものになっていると感じられるのがつらい。名優とはいえ、ジョン・グッドマンをスターの位置で使わざるを得ない事情も厳しい。
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