映画専門家レビュー一覧

  • 囚われた国家

    • 映画評論家

      きさらぎ尚

      米政府が、統治者と呼ぶエイリアンの傀儡となっている設定が面白い。だがその統治者の姿がほとんど見えず、せっかくの設定が生きない。結局、政府とレジスタンスとの、つまりエイリアンとの闘いに敗れた人間同士の闘いに。そんな展開のなかにあって、暗号伝達は伝書鳩、ターンテーブルに乗ったレコードから流れるナット・キング・コールの〈スターダスト〉、地下鉄駅構内の公衆電話など、’20年の今日でも見かけないアナログなアイテムを登場させたのは、アメリカの良き時代の懐古か。

    • 映画監督、脚本家

      城定秀夫

      地球外生物に征服されたのちの地球を描くという基本設定はすこぶる面白く、これは宇宙人が出てこないソリッドなSFに違いない、と胸躍らせた矢先にウニみたいな造形のエイリアンが出てきて、こんな野蛮な連中が人間と和平的な外交を経て地球を統制してるってマジかよ……と世界観に懐疑を抱いてしまったのだが、それでも大作映画では見られないザラついた雰囲気と勢いがあったことは確かであり、脚本にもうひと押しの工夫があれば今までにない傑作SF映画になりえたかもしれない。

  • 白い暴動

    • 非建築家、美術家、映画評論、ドラァグクイーン、アーティスト

      ヴィヴィアン佐藤

      「ロックフェスで政治が語られない日本」が昨年話題に。日本ではロックが政治から最も遠い。なぜか。テレビの音楽番組にアイドルとロックが並んで出る状況。テレビは完全にスポンサーと代理店の所有物。日本で最もロックは沢田研二か。さて、この映画はすごい。トム・ロビンソンやデニス・ボーヴェルなど。ロックの教科書。知るべき歴史だろう。いまや日本のロックは音楽商品で、疲弊した地方の若者の声なき声はヒップホッパーたちに代弁されている事実を思い出した。

    • フリーライター

      藤木TDC

      英国から世界発信されたパンクとレゲエのバンドが組んで反レイシズムを煽動する意外性。そこにテーマを絞ったのが正解で、70年代の記録だがメッセージは現在にフィットする。紙媒体仕事の多い私にはミニコミ紙の影響力を示す中盤も刺激的だった。一方で証言者の数が少なく運動当事者に偏った印象があるし、人種差別の根源たる英国病末期の経済状況を概括する横軸も欲しかった。当時の英国の苦境は日本製家電や自動車の輸出攻勢の影響もあったのだから日本人にとり他人事ではない。

    • 映画評論家

      真魚八重子

      人間は生まれた瞬間から政治性と関わりを持たずにはいられない。本作はそのアイデンティティを認識しつつ、どのような信念の選択をしていくかという、現在も世界的に再燃している根本的な問題を音楽で切り取った映画だ。当然ルック的にもパンク・ムーブメントは魅力があるので興味深い。差別意識の凝り固まったつまらなさに対する、反差別主義に現れた、表現活動において垣根を越えミクスチャーを図った変容の面白さ。ただ登場する個々人の背景にもっと説明が欲しい。

  • ちむぐりさ 菜の花の沖縄日記

    • 映画評論家

      川口敦子

      台湾の白色テロルの時代と人を現代の娘の目を通して描く「好男好女」を撮った侯孝賢は、どんな国にも固有の政治体制や歴史があるがそれはあくまで背景で大切なのはそこで動かされた人を見る目と語り、ある状況下で人がとる行動に対する深い同情(「中国語の同情とは対等の立場であなたの気持が判りますという意味です」)を持って人を見つめる作家でありたいと続けた。沖縄の歴史/物語を背景に人をみつめる平良監督の映画を貫くのもまさに少女菜の花の「胆ぐりさ」/同情の目の力だ。

    • 編集者、ライター

      佐野亨

      つくりはまるっきりTVのドキュメントで、一つひとつのカットもことばももう少し粘ってくれたら、と前半は惜しい気持ちがつのった。だが、観ているうちに、坂本菜の花さんや彼女を取り巻くひとたちの表情の豊かさが映画の弱点を凌駕する。これがフィクションならば、菜の花さんの「卒業」と今後への展望をもってきれいに終わらせるだろうが、映画は彼女がまた沖縄に戻ってきたところで終わる。それが沖縄の紛れもない現実なのだ、と訴える平良監督の強い思いに感じ入った。

    • 詩人、映画監督

      福間健二

      沖縄、むずかしい。何をどう言うかの前に問題を鮮明にするストレートパンチが必要だ。本作にそれはないが、語るにあたいする素材に出会っている。十五歳で能登から来て沖縄で学んだ坂本菜の花。彼女が故郷の新聞に書きつづけた「沖縄日記」。その姿と言葉の、世界はまだなんとかなると思わせる力。そして、彼女が通った学校「珊瑚舎スコーレ」の楽しさと、存続への不安。報道部分も含め、平良監督は菜の花ちゃんに教えられたとでもいうように「聞く」。もっと身を乗りだしていい。

  • グリーン・ライ エコの嘘

    • 映画評論家

      小野寺系

      同じくノーム・チョムスキーが登場するカナダのドキュメンタリー「ザ・コーポレーション」(04)の内容に近く、企業の本質を見極める深度については後れをとっているものの、あくまで一消費者の立場に立って現地の惨状を伝える姿勢は美点。石油会社の鬼畜の所業を告発したのも素晴らしい。環境破壊問題についての意識が低く自国民の人権の保障すら危ういと感じられる日本においては、エコ商品に疑念を持つという前提からして、いまはレベルが高い話だと思えてしまうのがつらい。

    • 映画評論家

      きさらぎ尚

      ゴミの減量、脱プラなど、個人的にも暮らしの中でエコの意識が高まってきた昨今ではある。けれどこの映画は、そんなレベルからは見えないところで巨大企業が行なっている欺瞞を暴き、衝撃の事実を明示する。薄々、想像はしていたがやはりそうだった……。作中、チョムスキーは言う。「大量消費主義を取り除かなくてはならない」と。理解はするも、我が暮らしに向き合うと、難題多し。記録されたシュールとも見える光景に驚愕しつつ、東京電力福島第一原発の汚染水処理問題が頭をよぎる。

    • 映画監督、脚本家

      城定秀夫

      的確に問題提起をしている現代的かつ意識の高い映画だと思うし、言ってることに反論する気もないのだが、原っぱでレジャーシートいっぱいの自然食とワインを嗜みながら寝転がってインタビューを敢行するセレブリティな監督の姿や、劇映画ばりに安定したカット割りが施された雑味も淀みもなさすぎる会話シーン、予め用意された結論に向けて段取られているようにも見える構成等にドキュメンタリー映画として胡散臭いものを感じてしまった自分はきっと意識低い系の人間なのだと思う。

  • 幼い依頼人

    • 映画評論家

      小野寺系

      韓国娯楽映画の暴力描写は子供にも容赦がない……! 児童虐待の生々しい表現や子役たちの迫真の演技に圧倒させされる一作。全篇ありふれた演出や予定調和な展開に占められてはいるものの、そのなかでやはり暴力シーンが突出していて、体罰の前触れとして母親が髪を縛る象徴的な仕草をするシーンに背筋が凍りつく。一方、虐待問題をうったえながら、その原因を“母性の欠如”だとしている部分があり、それを男性たちに断罪させるといった偏りの見える構図には大いに疑問が残った。

    • 映画評論家

      きさらぎ尚

      むごい話である。2013年に起きた実際の事件に基づいているそうだが、児童虐待事件は日本でもしばしばニュースになる。映画はあくまで児童の視点で描かれ、虐待を受けている女児が助けを求めているのに、周囲の大人はなぜ助けないという一点に集約される。暴力を加える継母は論外にしても、彼女の心情にほんの少し目を向けていたら、ドラマに厚みがでたのでは…、とは思う。いま目を逸らしたらいけないテーマだが、痛ましさに心は晴れず、お薦めするのをためらう気持ちがちらり。

    • 映画監督、脚本家

      城定秀夫

      この映画で描かれている以上の虐待が今この瞬間も世界中で起きているのは分かっており、それを映画にする文化的、社会的意義を否定するつもりもないが、子供が酷い目にあう直接描写が何よりも苦手な自分にこの作品を直視することはできず「毒親の非道は充分伝わった……これ以上の虐待描写に何の意味がある……しつこいぞ、もう勘弁してくれ」という願い虚しく、とどめのド直球を投げつけられたあげく最後だけイイ感じに締められたところで吐き気止まらず評価不能……ごめんなさい。

  • サーホー

    • 映画評論家

      小野寺系

      「バーフバリ」(15)のあまりの面白さに心を射抜かれた者としては、主演プラバースの天下無双の活躍がまた見られただけで手を合わせたくなってしまう。だがそれだけでなく、タイトルクレジットの異様なかっこよさや、意表を突く構成、ハリウッドアクションのクライマックスのような場面ばかりが持続する流れは圧巻だし、それでもなお独創性がある。このレベルの娯楽作品が年に一、二本あれば、アクション映画最先端はインドということになりそう。そのくらいの大巨篇。

    • 映画評論家

      きさらぎ尚

      見せ場があふれんばかりに盛られた映画だが、前半の人物関係が解りにくい。犯罪組織と市警と窃盗グループが入り乱れているからで、インド映画に特有のMAXなサービス精神はよしとして、少し整理すれストーリーにキレが出たのに、残念。後半になってストーリーが走り出すと、「007」ばりのサスペンスと超人的なアクション、「マッドマックス」に引けを取らない武器に闘い、加えて派手なカー・チェイス、CGによる映像が連続的に繰り出されるが、やはり2時間49分は長かった。

    • 映画監督、脚本家

      城定秀夫

      ド派手なアクションを観せたいという潔さは好感度大だが、警察が変な機械鳥人間になって飛んでくる描写等、リアリティラインがまったく?めないまま大味の物語が進んでゆき、なんの脈絡もなくポストアポカリプスな世界に突入する破茶滅茶ぶりに加え、本筋に関係ないスノビズムにまみれたパリピ風PVを結構な長尺でちょいちょい挟んでくる演出にインド映画に対する許容メーターの針が振り切れてしまった自分はあまりノレなかったのだが、20代の監督がこれを撮ったのは凄いと思う。

  • 世界でいちばん貧しい大統領 愛と闘争の男、ホセ・ムヒカ

    • 非建築家、美術家、映画評論、ドラァグクイーン、アーティスト

      ヴィヴィアン佐藤

      クストリッツァが直感で「世界でただ一人腐敗していない政治家」と言わしめたムヒカ。そうなのだ。誰もが一瞥で直感させられてしまう能力。そして分かりやすい言葉、人に伝える力、献身ぶりや信念に従った生き方でさらに人を虜にしていく。これは別の星の出来事かと疑いたくなり、理由が分からないが泣けてくる。それは我々の国の「政治家」と呼ばれている人間たちとあまりにもかけ離れているせいなのか。命懸けで戦ってきた人物と対峙するためにクストリッツァも全力で真剣だ。

    • フリーライター

      藤木TDC

      サッカー国際試合ぐらいしか話題にならない南米ウルグアイ。本作は74分の小品ながら同国の苛烈な現代史と元大統領の特異な経歴が凝縮されている。日本ではチャーミングな清貧主義大統領との報道ばかりだったホセ・ムヒカ。ユーゴ内戦を経験したクストリッツァ監督は彼のゲリラ闘争時代に目をつむらず、執拗に聞き出し映像で再現、コスタ=ガヴラス「戒厳令」(73年)の後日に接続させる。銀行強盗の過去さえ恥じず回想するホセの迷いなき政治哲学。戦い続けた男の言葉は感動的だ。

    • 映画評論家

      真魚八重子

      クストリッツァには根底にマチズモを感じていたので、彼が「世界でただ1人腐敗していない政治家だと直感」したという煽り文句が強すぎて落ち着かない。とはいえ硬派な編集にその片鱗が見えつつ、ムヒカの意外な過去を掘り起こしていくインタビューはさすがの人間力。ナルシシズム以外の理由で、切り返しでクストリッツァの顔を何度も写す必要があるのか受けとめ方には悩む。正攻法な政治的ドキュメンタリーなので、これまでの監督の作風を求めるタイプの作品ではない。

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