映画専門家レビュー一覧
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テッド・バンディ(2019)
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非建築家、美術家、映画評論、ドラァグクイーン、アーティスト
ヴィヴィアン佐藤
1970年代アメリカで最も有名な殺人鬼になった理由とは、頭脳明晰で容姿端麗なバンディの裁判の様子が異例的にテレビ中継され、全米に知れ渡ったためだ。いわゆる劇場型。日本の金嬉老事件や浅間山荘事件も前後同時期。テレビの一般普及とそのマスイメージの形成は、視聴者にも当の犯罪者自身にも影響を及ぼす。特にカメラの前だと自分は完全に無実だということを演じてしまう虚像性。バンディとは優れた映像役者然の素質と才能を持ち、殺人の快楽から映像の快楽に溺没した。
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フリーライター
藤木TDC
レクター博士や「ダークナイト」ジョーカーの原形であるシリアルキラーの犯行再現を期待する人には向かない内容。映画は無罪説をベースに進行、残酷シーンはほぼない。とはいえバンディ善人論を強調するでもなく、彼に愛された二人の女性の感情に比重をかけたり、ドラマのベクトルが錯綜気味。バンディの軌跡は極端にダイジェストされ、同監督のネットフリックスドキュメント全4回を見ておかないと難解な場面も。配信を待って全部まとめて一気見が正解。本作だけでは不完全。
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映画評論家
真魚八重子
T・バンディのどの時間を切り取り、どの側面に光を当てるかの取捨が顕著で、ある意味特異な作品だ。残酷な画は一瞬に絞り込まれ、映画は他人の心理操作を得意としたバンディが、思い通りに出来なかった「愛する女性」と「裁判」が大部分を占める。本作はバリンジャー監督がネットフリックスで撮った、バンディのドキュメンタリーを補足するメロドラマである。バンディのスマートさはわかるが、彼の野蛮な残虐さと愛嬌との落差こそが個性なので、異常な面の描写が少々物足りない。
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THE UPSIDE/最強のふたり
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ライター
石村加奈
各々の人生に豊富と渇望を抱えた共通点を持つ「社会から無視された」二人の友情物語。オリジナルのフランス映画に、アメリカンドリーム(それは下町のアイスクリームのように、毒々しくも絶品らしい)が添えられる。大富豪フィリップ役のB・クランストンに加え、その秘書役、N・キッドマンの洗練が際立つ。ノーブルな二人に気圧されると、ムショ帰りのデルを演じたK・ハートのコミカルな芝居の魅力(これもまた、自由という名のアメリカンドリームだ)が半減するのでご用心を!
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映像ディレクター/映画監督
佐々木誠
大富豪だが四肢が麻痺している白人と前科を持ち貧困に苦しむ黒人、という社会的マイノリティ同士が出会い、お互いを救う。そんな実話を基にした一見“美しい”物語。私は障害を持った人のドキュメントを長年撮っているのだが、この二人の関係性はリアルだと思った。“障害者”と言っても、先天と後天ではまるで違う。大富豪が「自分は障害者になった」ことをあらためて突きつけられた時の絶望を描き、その後の希望を押し付けがましくなく提示しているところに制作者の誠実さを感じた。
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エッシャー 視覚の魔術師
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非建築家、美術家、映画評論、ドラァグクイーン、アーティスト
ヴィヴィアン佐藤
エッシャーは自身のことを数学者と呼んだ。家族の証言を補助線にエッシャーの日記によって展開していく物語で特に気を引いたのはサントラだ。サイケロックから、バッハ、モーツァルト、ホルスト、サティなどのクラシック、そして現代音楽。エッシャーの作品にはあらゆる種類の音楽が驚くほどマッチングする。正統の美術史とは一切関係のない、独自の手法で「世界との関わり」を追求し、超個人的でもあり全人類的な意識は、音楽のジャンルをも超越することを説明可能にする。
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フリーライター
藤木TDC
若い頃画集をよく見てエッシャーは知り尽くしたと思ったが、本作のようにVFXで絵を動かしたり彩色すると新鮮なアニメになってイメージが豊かに変貌、迷宮映像に引き込まれる。グラハム・ナッシュの登場やウッドストックのフッテージ使用などロックとの関係提示も面白いし、エッシャーの意地悪な返答もいい。終盤の映画や舞台、ネット動画にあるエッシャー画の立体化例も楽しく、料金を払って見る価値はある。もしや飲酒等しつつ観賞するとけっこうキマるんじゃない?
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映画評論家
真魚八重子
エッシャーの作品を丁寧に追い、人物像も時系列に従ってコメントを紹介し、家族の取材も加えた実直な作りでありつつ、淡々としたドキュメンタリーに仕上がっている。時代性が並列して引用されるのは参考になるし、エッシャーがファシズムやヒッピーカルチャーをどう見ていたかの証言は面白い。ただ、エッシャーのファンであるミュージシャンたちのインタビューよりも、美術研究家による構造の解析などの説明を取り入れた方が、エッシャーの不思議により迫れたのでは。
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カツベン!
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映画評論家
川口敦子
「お勉強映画」でなく「あの時代の活気ある映画界を描きたかった」と語る監督周防。その「楽しさ」優先の姿勢に裏打ちされた映画は“はしゃぎ”の一歩手前で踏みとどまり若かった映画をめぐる人々の健やかな意気をまずは伝えてみせる。無声映画の身体性への敬意が弁士の口跡を、そうして物語そのものをも息づかせる。濡れた子犬みたいな成田の上目遣いの活用法も見逃せない。粗を探すより素直に楽しさに乗りたい気にさせる。それも技だ。境界の箪笥の引き出し両面使い、面白い!
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編集者、ライター
佐野亨
さる著名な評論家は、活弁を「無声映画の完成度を貶める」ものとして批判したが、そのような無声映画原理主義と日本における活弁の発達史を対立軸にしてドラマを仕立ててしまう慧眼に虚を突かれた。が、この映画はそうしたトリヴィアの開陳に終わらず、無声映画のスラップスティックをそのまま現代に復興させようとする二重の批評性によって、映画自身による映画への自己言及性の息苦しさから物語をあざやかに解放してみせる。周防正行の面目躍如たる「実験的娯楽映画」だ。
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詩人、映画監督
福間健二
百年前の話を、ドタバタを入れて語りぬいている。「菊とギロチン」や「金子文子と朴烈」のような時代状況への向かい方はない。意外なのは、サイレント映画と活弁に対して、史的事実への興味もフェティッシュの対象とするような執着もさほどなさそうに撮られていること。思い入れでもノスタルジーでもないとしたら、用意周到の周防監督にこの題材を選ばせたのは何か。ラストのめちゃくちゃつなぎのフィルムで何を納得させたかったのかとともに、よくわからなかった。でも楽しんで見た。
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屍人荘の殺人
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映画評論家
川口敦子
今の大学ってこんな感じ!? と、その幼さと知性の欠片も見当たらない導入部に膨らんだ暗澹たる予感の割には神木や浜辺の役作り、独特のセリフ回しや間の外し方に時々、巻き込まれもしたのだが、原作があるとはいえホラーと謎ときミステリー、ゾンビと密室殺人を合体させておけば面白くないはずないでしょ――というような安易さが透けて見える企画の中でそうやって懸命に演じているキャストも、彼らを支えるスタッフも、はたまたそんな日本映画の現状も虚しく気の毒と改めて痛感した。
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編集者、ライター
佐野亨
「奇抜」をねらったミエミエの作劇がつらい。なにより人体損壊シーンを安っぽいレントゲンCGで処理して済ませてしまうセンスのなさには愕然とした。浜辺美波は好演しているものの、演出がキャラの二面性を活かしきれていない。殺人の動機となる事件の描き方といい、荒唐無稽な話だからこそ、そうした細部はピリリと真剣に締めるべきだったのでは(柄本時生を起用しておきながら、この扱いは酷すぎる)。90年代TVドラマの薄い再現をいまさらやったところで一体誰が喜ぶのだろう。
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詩人、映画監督
福間健二
これ、ミステリーの本格+荒唐無稽というものだろうか。ちょっとだけブニュエルの「皆殺しの天使」風になるが、そんな狙いがあるとも思えない。むりやり作った話。木村監督は、映画らしさにこだわらず、小技で進行をもたせる。メリハリもよくないけど、かえってふしぎな余力感が残されている。実年齢より若い役でときに苦しさも見える神木隆之介。それでも、なるほど、迷宮太郎かと安心させる。いい役者なのだ。浜辺美波の硬さもキャラに合って、人物配置の整理はついている。
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再会の夏
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映画評論家
小野寺系
戦争の道具として時代に翻弄される犬の運命を描きながら、同じような境遇に落ち込んだ人間たちの哀れな姿を重ね合わせていくことで、彼らを飼い慣らす者の無神経な暴力を静かに告発する一作。その構図が現代的で深刻であるがゆえに、農村のなかの“人間的”、あるいは“犬的”といえる、つつましいラストシーンが、じんわりと胸に響いてくる。飼い主に殉じる「忠犬ハチ公」のような美談を期待していると裏切られるかもしれないが、そこにとどまらないところが本作の手柄だ。
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映画評論家
きさらぎ尚
ポスターの明媚なビジュアルと邦題から、感傷的なドラマを想像したが、国家が国民に強いた不条理をあばく物語。劇中、主人公たちフランス兵と敵国の兵士が〈インターナショナル〉を歌いながら歩み寄る場面は、戦争における国家と国民の間の乖離を象徴する。なのに戦場での武功により勲章授与。それを犬の首にかけた主人公の行為に主題が集約。留置所の主人公を取り調べる職業軍人の、戦中戦後を通した主義の揺らぎ。二人の真情と、終始止まない犬の吠え声が物語を深くする。
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映画監督、脚本家
城定秀夫
フランス版忠犬物語なんて触れ込みとはいえ単なる動物感動映画などではなく、かなりストレートな反戦メッセージと普遍的な人間愛が流麗な物語運びの中で描かれており、VFXに頼らないガチンコ戦闘シーンをはじめとしたシンプルかつ力強い画作りや高い技術に裏打ちされた音響設計に加え、役者陣のみならず犬からも腰が据わった見事な芝居を引き出してしまう熟練の極みに達した職人技が堪能できる映画で、ドラマチックであることから逃げずに品格を保つ姿勢もベテラン監督ならでは。
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パリの恋人たち
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映画評論家
小野寺系
ヌーヴェルヴァーグからの連続性を保つ、ごきげんなほどクラシカルな筆致で、恋愛模様や感情の揺れる機微を、あえて小さなスケールにとどまって描くスタイルには共感するし、そこに様々な可能性を感じるのは確かだ。しかし、いま社会から切り離されたように見える抽象的な人間描写で恋の駆け引きを表現することにどれだけの意義があったのかには疑問。ケーキの上にのった生クリームだけをすくいとってなめたような味がする。とはいえ、これが好きな観客もいるだろう。
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映画評論家
きさらぎ尚
美男美女を揃えた配役に興味をそそられて見たのだが、かすかにヌーヴェルヴァーグの雰囲気が漂い、得した気分に。マリアンヌとエヴの二人の女性に映るアベルのキャラの違いが面白い。彼が主体性に欠ける男として、特にエヴに振り回されるのは、原題にあるように、根が誠実だからか。いずれにせよ、そのいささか物足りない性格が、いまどきの恋愛模様を反映しているかに思える。腹八分目のたとえのとおり、そこそこ感が心地よい。邦題は、内容が伝わるように、一考の余地あり、かも。
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映画監督、脚本家
城定秀夫
父ちゃんの映画「救いの接吻」で三輪車をこぐ姿が可愛かったルイ坊やがこんなに大きくなって監督・主演でこんなにもステキな映画を撮ったことにまず感動したし、各々の心情をモノローグで語らせる、下手すれば興ざめ甚だしい手法をも洒脱に使いこなし、現実と寓話のバランスも見事に、この物語を75分の短尺で語り切ってしまうセンスの良さには舌を巻くばかりで、なにより父フィリップ・ガレルの「お話があんまり面白くない」という弱点から逃れ、しっかり面白いのが素晴らしい。
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