映画専門家レビュー一覧
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エセルとアーネスト ふたりの物語
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映画評論家
小野寺系
デジタルを駆使してクレヨンの暖かい風合いを出しながら、およそ映画の題材にはなり得ないような、平凡な夫婦の物語を丹念に描いている。当時の風景が精緻なリサーチで実体を持つ、まさに英国版「この世界の片隅に」。新居の造りのひとつひとつに感激している場面や、息子を疎開させ灯火管制のなか爆撃に震えているふたりの姿を見ているだけで心が張り裂けそうな思いに。感傷的な題材ながら、同時に極めてドライな作風から、原作者が「風が吹くとき」の作者だったことに思いあたる。
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映画評論家
きさらぎ尚
絵本『さむがりやのサンタ』『スノーマン』、もしくは映画「風が吹くとき」といったほのぼのとしたタイトルから受けるイメージとは違い、原作者の作風には、優しいストーリーの中にシリアスな事実を盛り込む特徴がある。今回も然り。息子の両親へのノスタルジックな物語と並行して、第二次世界大戦やアポロの月面着陸などの歴史的な出来事から、車や電話機といった庶民の暮らしにまつわることまでリアリティーがあり、クロニクルの意味合いも。両親の声の名優二人は息がぴったり。
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映画監督、脚本家
城定秀夫
素朴なタッチの絵で淡々と紡がれてゆく普通の夫婦の普通の人生をただ眺める事がこんなにも心地がいいとは、発見ともいえる体験だった。普通といっても何も起きないわけじゃない。小さな幸福、小さな不幸、大きな幸福、大きな不幸、色々起きる。人生だから。テレビを買った小さな幸福、髪を切りすぎた小さな不幸。子どもが出来た大きな幸福、戦争という大きな不幸。誰しもが最後に迎える死は悲しいけれど、不幸じゃない。人生は、素晴らしい。★はすべてこの幸福な夫婦に捧げたい。
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バオバオ フツウの家族
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非建築家、美術家、映画評論、ドラァグクイーン、アーティスト
ヴィヴィアン佐藤
レズビアンとゲイのふたつのカップルのユーモア溢れる妊活物語で、一見編集が複雑で時系列が解りにくい。しかし、物語は終わりからの視線で、生まれてくる赤子が周囲の大人から事ある毎に聞かされた断片を繋ぎとめ再構成しているように思えてならない。4人が主人公ではなく、語り部としての赤子の存在。特別なLGBTの人々の物語としてだけで捉えるのではなく、両親や祖父母の語られなかった埋もれた歴史が必ずあるのだ。小さくても重要な歴史を救済し語り直す物語である。
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フリーライター
藤木TDC
同性愛の男女二組が人工妊娠で子供を分かちあおうと企てる。ところが人体は機械ではなく、生理と感情に由来するほつれから両ペアの人生と愛情に波乱が。英国と台湾の美しい景色、登場人物みな美形で裕福で恋愛に誠実とバブル期のトレンディドラマみたいな品揃え。空港での抱擁シーンなどウヒャーいつの時代だよ、と苦笑を誘う月9調。時間を錯綜させ伏線を仕掛けた巧妙な構成で謎解き的に魅了する一方、事態の収束点は安直。世の中、物分かりのいい人間ばかりじゃないんだし。
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映画評論家
真魚八重子
男女それぞれの同性愛者カップルたちが子どもを持つことへの着眼点はいい。だが出産にまつわる女性の心身への負荷という重要点は絵空事のようだ。時間軸や相関関係の見せ方も、確かに効果的な部分もあるけれども無理にいじりすぎの傾向がある。話を創作するのに「相手の話に耳を貸さないから誤解する」というのは古めかしい悪手であるし、登場人物の後始末に死を用意するのも安直な逃げ方だ。自己投影として宇宙飛行士を用いる描写は、果たして本当に何かを体現しているのか?
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惡の華
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映画評論家
川口敦子
またしても“漫画が原作映画”の顔芝居かと、最初は嫌悪感に呑み込まれそうになったのだが、玉城ティナの嵐のような暴走ぶりに巻き込まれ、その底に厳然と息づく清らかな若さの結晶のようなものを垣間見せられるにつれて、ここでないどこかを夢見る少年と少女の当り前の青春の苦しさをまっとうに語る映画の核心が迫ってきて圧倒された。夕日の海での再会。波打ち際の3人と甘い調べ。70年代仏青春映画をふっと思わせていい。それだけに最後の歌は余計かも。
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編集者、ライター
佐野亨
凡百の監督であれば陰鬱で露悪的な表現に落とし込んでしまいかねない題材だが、思春期映画の正しき継承者である天才・井口昇は、原作漫画とがっぷり四つに組みあい、透徹した少年少女の通過儀礼の物語に仕立て上げた。教室をメチャクチャにするシーンやテント内のシーン、ラストの海のシーンに顕著な80年代アイドル映画、ATG系青春映画の手ざわりも、咀嚼され血肉となった表現だからこそ深い感動を呼ぶ。2010年代の掉尾を飾るにふさわしい青春映画クラシックの誕生だ。
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詩人、映画監督
福間健二
ボードレール。人間と世界の全体を見る目を失った詩の元祖か。その毒をよしとするデカダンスに逃げ場を求める者は多い。日本の田舎の中学生がそうなってもふしぎはない。そこからの物語。主人公の二つの時期を演じた伊藤健太郎には、大変だったねと言いたい。いいのは女の子たち。この世の極北に達するような問題児の玉城ティナに加え、他の二人も内側の泥を自覚してかつ魅力的。井口監督、乗っている。変態性以上に生を救いだした点で、過去の思春期物の秀作に一矢報いるものが。
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宮本から君へ
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映画評論家
川口敦子
「宮本の行動に関して後半はただ唖然としてた」(プレス)と原作の凄みを語る真利子監督。その手になる映画版も、終盤で暴力が?然を超え涙と笑いと呆然へと至る。観客をそこまで辛抱させる演出力は「イエロー・キッド」「ディストラクション・ベイビーズ」のパンチドランク状態、苦痛の果ての爽快感の差し出し方で証明ずみだが、今回の絶叫芝居の畳みかけは、重低音を効かせた音楽と拮抗する不条理なまでの寡黙さあってこそ目を撃つ映画の身体性の美を殺す方に働いてしまった気がする。
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編集者、ライター
佐野亨
真利子哲也の単独脚本だったTVシリーズと異なり、共同脚本に港岳彦が参加している点に注目。原作のもっともハードな展開を映画化するにあたり、このタッグは大いに奏功し、新井英樹作品の特色である日常空間が突如として禍々しい場所に変わる瞬間がゾッとする緊迫感と嫌悪感をともなって現出した(それだけに性暴力シーンは鑑賞に注意が必要だ)。激情の底に繊細さをしのばせた池松壮亮と蒼井優に大拍手。ピエール瀧、佐藤二朗ら現代の怪優たちも一段上の本気度で応えている。
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詩人、映画監督
福間健二
冒頭の音楽の入れ方からして説明的。演技も、いまっぽさの一方で力みすぎの芝居が入る。池松壮亮も蒼井優も果敢に汚れ、バクハツ的な人間味へと健闘する。それは認めるが、正念場の、非常階段の決闘を終盤におくためか、時間が行ったり来たりする。わかった成り行きをなぞる構成ではないか。真利子監督、共同脚本の港岳彦。ダサいほどの、必死の、なりふりかまわぬ奮闘にこそ人間の実があるという通俗哲学以上の何を拠りどころにしたのだろう。出会うべき本当の敵を見逃している。
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任侠学園
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ライター
須永貴子
ヤクザの組員たちのキャラクターと関係性が、「また奴らに会いたい」と思わされる可愛らしさ。アクション監督下村勇二&西島秀俊の貫禄の格闘シーンをお約束に、痛快人情コメディとしてシリーズ化できるポテンシャルを感じる。が、ナンセンスなギャグ、特に効果音の使い方がいただけない。例えば、豚の丸焼きの顔を何度もクローズアップにするたびに「ブヒ!」という豚の鳴き声が重なることで、会話のリズムが止まってしまう。シリーズ化には賛成なので、ギャグ禁止でぜひ。
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脚本家、プロデューサー、大阪芸術大学教授
山田耕大
ヤクザを育てる学校の話ではない。ダメな高校をヤクザが立て直す話だ。設定も筋運びも目新しいものはない。だが、面白い。東映ヤクザ映画へのオマージュなのか、劇伴にのせたメインタイトルの出から、惹かれる。全篇にまぶされた笑いも泣きも過剰になることなく、さらりと差し出してくれて、嫌味がない。話の展開もパターンと言えばそれまでだが、パターンと思わせてしまう隙を見せない。職人技である。これが今の日本映画の平均値だったら、どんなにいいだろう。
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映画評論家
吉田広明
ヤクザが学校経営という設定の奇抜さだけで終わらない、演出の映画。様々な生徒を巡るエピソードの連鎖の中で、学校の経営権を握ろうとする勢力がいることが明かされ、と飽きさせない展開。原作小説自体の錬成度が高い(シリーズ化されている程だし)うえに、反復される台詞や仕草、効果音など編集が的確なためにギャグも上滑りしていない。組員一人一人のキャラが際立っており、特に西田敏行の芸の幅には大いに助けられている。これなら続篇もぜひ見てみたい。
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パリに見出されたピアニスト
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映画評論家
小野寺系
ちょっといまの時代に撮られたとは思えないほどの、ひねりのないド直球の苦労人サクセスストーリーで驚いてしまった。型にはまった展開がいちいち予想できてしまうのがつらいものの、演奏時の静かな間など、場面ごとの見せ場をゆったり堂々たる演出で見せきっているのには感心しきり。 キャストも良く、とりわけクリスティン・スコット・トーマス演じるピアノ教師“女伯爵”の存在感が素晴らしい。主演の男の子ジュール・ベンシェトリは、ジャン=ルイ・トランティニャンの孫だという。
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映画評論家
きさらぎ尚
自分の指で未来を拓くが主題のこの映画、ストーリーはありきたりの成功物語だが、俳優と、ラ・セーヌ・ミュージカルなどのロケーションを含むパリの風景、ラフマニノフ『ピアノ協奏曲2番』などの名曲とで、一応の体裁は整えている。が、目的地点、つまり成功に到達するまでは、エピソードが予定通りに積み重ねられていくので、もうひと工夫欲しい。横顔の、額から鼻筋にかけての輪郭に祖父J=L・トランティニャンの面影がにじむJ・ベンシェトリの今後に期待して★ひとつ進呈。
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映画監督、脚本家
城定秀夫
人混みの早回しを長々と見せたり、警察との追っかけっこを妙にポップに演出したり、冒頭からしてなんかダセえ……と嫌な予感はしたものの、その後の展開はそれなりに丁寧で、このままラスト上手く盛り上がってくれればイイ映画になるのかなあと思ったが、その思いは見事裏切られ、無造作に次々と障害を置いていくだけのあまりに雑なクライマックスには呆れてしまった。主人公をゴリゴリのヤンキーにして全体をB級ノリに舵切りしていれば安さ爆発の終盤もむしろ美点になり得たのだが。
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ホテル・ムンバイ
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映画評論家
小野寺系
期待の監督アンソニー・マラス長篇デビュー作。実際の出来事の映画化作品ながら、「ダイ・ハード」や「タワーリング・インフェルノ」を想起させる娯楽作として成立しているところが凄まじい…!その上で被害者のあっけない殺され方に漂う無情なリアリズムや、テロリストとして送り込まれた青年たちの葛藤を描くバランスがモダンで素晴らしい。一方で、西洋側の視点をもって、西洋人が多く泊まるホテルへのインド人たちの忠誠を美徳として描くことへの“ためらいのなさ”には疑問を持った。
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映画評論家
きさらぎ尚
作品の成り立ちからして面白いとは言いにくいので、実話の強みと手に汗握るサスペンス性を併せ持つ、とする。主人公のホテル従業員と料理長の信念と行動力はもちろん立派だが、劇中に散見するテロリストたちの状況にも関心を向けているのでドラマが力強い。無言で人を射殺する一方、恐怖心が募り泣きながら父親に電話をする者や、父親に「もうお金はもらったか」と電話で確認する者までいる現実を見せつけられるとは……。首謀者の偽善に操られる彼ら。根深い哀しみを見た。
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