映画専門家レビュー一覧

  • クイーン・オブ・ダイヤモンド

    • 映画批評・編集

      渡部幻

      アメリカの異端児ニナ・メンケス、91年の代表作。極私的なアヴァンギャルド・スタイルで知られる女性作家の白眉は、果てしなく続く台詞なしのカジノ場面に表れる。日光を遮断した屋内に響き渡るゲームマシーンの効果音による包囲……あの麻痺感覚と人間疎外をこれほど生々しく伝えた映画もなく、終末後のような砂漠を彷徨う女性ディーラーの無表情と孤立感が言外の説得力をもって迫ってくる。アケルマンと比較できるが、やはりアメリカ、それもユダヤ系のアウトサイダーから生まれた不条理性の映像美学。

  • 青春18×2 君へと続く道

    • ライター、編集

      岡本敦史

      おお、チョン・モンホン作品のスターたちが長野県松本ロケで共演している、という感慨はあった。しかし、本格的な日台合作の青春映画という試みの面白さに、作品自体は届いていない。こういうベタな青春ドラマをただ新味なく撮っても、タイのGDHなどには全然敵わないし、今の観客に届けるための戦略を感じさせてほしい。特に回想パート。甘酸っぱさと気恥ずかしさは同義ではない。ただ、乗り鉄的には見どころが多く、クライマックスの舞台は大いに納得。そりゃ絵になるもの、只見線。

    • 映画評論家

      北川れい子

      そういえば劇中、岩井俊二監督の映画が好きだ、という台詞があるが、台湾と日本を舞台にしたこのラブストーリーの人物や行動、エピソードも多分に岩井俊二的で、「新聞記者」「最後まで行く」の藤井道人監督・脚本にしては、これまでになく軽やか。ひょんなことから台湾のカラオケ店に住み込みで働きだした日本娘アミと、アミに恋した18歳の僕。18年後、人生の岐路にたった僕はアミに会うため日本へ。台湾と日本のどちらにも配慮した脚本は、みんないい人ばかりだが。

    • 映画評論家

      吉田伊知郎

      清原果耶のベストアクトというべき魅力が引き出されており、その一点押しで評価したいが、ここは点を辛く。岩井俊二の「Love Letter」が劇中へ引用されており、物語もその影響下にあるが、それなら引用元を上回る要素がひとつでも必要なのではないか。日本各地で良い人と出会い、短時間で別れを繰り返すだけなので「幸福の黄色いハンカチ」の健さんみたいな行くに行けない焦燥がない。福島が大きな位置を占め、過去と向き合う物語なのに、震災や原発も透明化されている。

  • 殺人鬼の存在証明

    • 俳優

      小川あん

      かなりウェルメイドに作られている。時代を交錯させ、章ごとの展開が事件を複雑化させる。徐々に加害者と被害者の周囲をめぐる人間関係が露呈し、一連を見届けた鑑賞者がきちんと納得できるように事件は帰結する。それゆえに、少しちゃんとしました感が強い。この人がこうなって、これとこれが繋がってといった、人物相関図を作りたくなるような映画。そうなると「なるほど。よくできたクライム・サスペンスとして、最後まで飽きずに見終えました!」と発展が難しくなってしまう。

    • 翻訳者、映画批評

      篠儀直子

      2021年のロシアの映画製作がどういう状況だったかはわからないが、古今東西のさまざまな映画をきちんと学んだ人が撮った作品という印象(ちなみに監督はジョージアとウクライナにルーツがある人らしい)。手のこんだ構成とこだわりの映像で、いつの間にやらぐいぐい引きこまれる。これと同様に実際の事件に想を得たポン・ジュノの「殺人の追憶」もそうだったが、捜査と並行して警察組織の堕落が描かれる趣向で、ソ連時代が舞台とはいえ、権力こそが狂っているのだという痛烈なメッセージが。

    • 編集者/東北芸術工科大学教授

      菅付雅信

      旧ソビエト連邦での52名を殺害した連続殺人鬼をモチーフにしたサイコスリラー。熱血捜査官が容疑者を逮捕したところですべてが解決したかと思いきや事態は思わぬ展開を見せる。監督したラド・クヴァタニアはCFやカニエ・ウェストのMVなども手掛けるだけに技巧派で、凝った編集もあり最後まで飽きさせないが、策士策に溺れるならぬ技巧派技に溺れる的なトゥーマッチ感。画作りと技巧性ではフィンチャーを想起させるが、フィンチャーのような洒落っ気はなく、ロシア的鈍重さが画面からのしかかる。

  • ミセス・クルナス vs.ジョージ・W・ブッシュ

    • 文筆業

      奈々村久生

      いつ帰ってくるのか、帰ってこられるのかどうかもわからない不在の長男を待つ拠り所のなさを、メルテム・カプタンの演じる肝っ玉母さんの強烈なキャラクターで強引に押し切る。その原動力が無条件の母性というものにフルベットしていて、劇中の訴訟でもそれを最大の武器として民意に訴えているのがしんどい。彼女にはラビエというファーストネームがあるのだが、邦題では「ミセス」と改訳されているのも、人間であることより母であることが存在意義のすべてとされているようでつらい。

    • アダルトビデオ監督

      二村ヒトシ

      息子が突然いなくなった母。息子は自分の意志で帰ってこないのではなく、遠い外国で幽閉されてしまったのだ。しかもドイツの友好国であるはずのアメリカの兵隊から拷問をされている。ほんとうにひどいことが世界中でおきている(こういう外国映画を観て「日本はまだマシ」とは言いたくない)。だけどこっちに元気があるうちはジタバタはしてみるものです。がんばるおっ母さんとマジメな弁護士のユーモラスな凸凹コンビの姿を見ているだけで、笑うべきところじゃなくても笑みがこぼれてしまう。

    • 映画評論家

      真魚八重子

      クルナス夫人のように陽気でふくよかで、華やかな女性はいる。政治にうとくても収監された息子の解放のため、奔走するイメージそのものの外貌だ。その明るさと経過する日数の乖離が恐ろしい。役所の書類はなぜか読みづらい文章で書かれていて、意味を解するのが難しいのはどこも同じか。それがさらに複数の言語にわたってしまうと、絶望的な気持ちになる。本作も人権派弁護士のおかげで理解できるが、被監禁者がどういう理由で、なぜたらい回しにされるのか、根本的なところが知りたい。

  • 人間の境界

    • 映画監督

      清原惟

      モノクロで描かれる夜、メガネの輪郭だけが闇の中で光るさまが印象に残った。一見何が起きているのか掴みにくい映像が内容と強く呼応する。難民の中にもウクライナのように優遇される人々と、肌の色によって冷遇される人々がいるという現実を突きつけられ、今まさにパレスチナに対して起きていることを思い苦しくなった。正義だと思われていたヨーロッパに対しての問題提起がなされていること、それがさまざまな立場の人間による複数の視点によって支えられているところに心を動かされた。

    • 編集者、映画批評家

      高崎俊夫

      内戦を生き延び、難民としてヨーロッパへ辿り着いた6人のシリア人家族を容赦なく見舞う地獄めぐりのような苛烈なドラマだ。原題は「緑の国境」だが、峻厳なモノクロ映像は数多の難民がポーランドとベラルーシの境界上に張り巡らされた鉄条網で深手を負い、命を失う光景を鮮烈に刻み込む。アンジェイ・ワイダの衣鉢を継ぐホランド監督は難民のみならず、国境警備隊の青年、中年の女性活動家と視点を分散させた語り口によって、単なる告発調に陥らない切迫したリアルさを獲得している。

    • 映画批評・編集

      渡部幻

      時は2021年10月のヨーロッパ。22年2月のウクライナ戦争前夜。2014年からのベラルーシ難民はポーランド国境警備隊による非人道的な扱いでベラルーシに押し返され、国境の原生林で約3万人が死んだ。一方、ポーランドが受け入れたウクライナ難民は最初の2週間で約200万人。違いは、前者がベラルーシがヨーロッパ国境を混乱させるべく“人間兵器”として利用した難民であったことであり、中東やアフリカを出自とする彼らの肌の色だった。フィクション映画の力を見せつける名匠ホランドの重要作。

  • 正義の行方(2024)

    • 文筆家

      和泉萌香

      サスペンスドラマが始まるぞ、というくらいにスタイリッシュなオープニングだが、これから語られ問われてゆくのは女の子ふたりが殺され、犯人とされた男性が、最高裁で確定してから二年あまりで死刑になった実際の事件のこと。監督が聞き出す事件の当事者たちの言葉の数々はすさまじく、日本の死刑制度と、現在進行形でおこっている暗澹とした現実にも思いを伸ばすとともに、生身の人間の顔を映し刻みつけることの重さと<パワー>を持っているのが映画であると改めて震えた。

    • フランス文学者

      谷昌親

      犯人とされた男にはすでに異例の早さで死刑が執行され、真相は永遠にわかりようがないが、粘り強く丹念な取材によって殺人事件の輪郭をみごとに浮き彫りにしていて、ルポルタージュとして観るなら、圧倒的なすばらしさだ。それぞれの立場からの証言や主張が交錯するさまはスリリングであると同時に、人間が抱える闇や社会のひずみをあぶりだしている。しかし、映画作品として観る場合、関係者たちのひとりひとりが過ごした事件からの30年あまりの時間の手ざわりがほしいように思う。

    • 映画評論家

      吉田広明

      死刑が執行されるまでの経緯、再審請求する弁護士、捜査の問題点や自身の報道姿勢について検証する新聞の三段構え、重厚な作りで見ごたえがある。弁護士や新聞の検証で、警察の見込み捜査、状況証拠の弱さなどの疑義が明らかになってくる。問題なのはそれに乗っかった新聞の報道であり、間違いを認めようとしない司法なのだが、新聞は自己検証した、では司法は?というのが本作最大の問いだ。日本の正義の女神像は目かくしをせず、右顧左眄して判決を下すという言葉が核心を突く。

  • システム・クラッシャー

    • 映画監督

      清原惟

      児童養護施設を転々としている、問題を抱える子を丁寧に取材して制作したという経緯がひしひしと伝わってくる。なにより、主人公の女の子を演じた俳優の演技と演出が力強い。破滅的になりたいわけではないのに、そうなってしまうこと。とんでもなく破天荒で衝動的で暴力性の高い子の役を、こんなにもリアリティを持って演じられることもすごいし、彼女の弱さや、周りと同じようにできないが故の魅力も表現されていた。衣裳として主人公が着ている服の鮮やかさがいつまでも目に残る。

    • 編集者、映画批評家

      高崎俊夫

      不敵な面構えの9歳の少女にとって世界とは“根源的な違和”の集積にすぎないのだろうか。幼少期に父親から受けたトラウマというとりあえずのアリバイをもかなぐり捨て、理不尽なる怒りに突き動かされ、彼女はあらゆる支援施設からの遁走を試みる。自然に抱かれた隔離療法のトレーナーとの束の間の牧歌的な時間さえ、自らぶち壊してしまう異様なまでの破壊への意志はどこから生じたのか。かつてトリュフォーや浦山桐郎が切実な想いを込めて描いた“不良少年”“非行少女”の残像すらここにはない。

    • 映画批評・編集

      渡部幻

      金髪にピンクの服。愛嬌もあるが、瞳の奥に猛烈な怒りと無理解への憎悪が滲んでる。9歳の少女役のヘレナ・ツェンゲルの演技力が驚異的で、母親の愛を求める少女の暴発は凄まじい。受け入れ先の施設もなくなってきていて、暴れるたびに母親との生活から遠ざかる。だから少女は逃げる。疾走の映像が美しい。しかし一体どこへ? やはり9歳の少年を描いた「かいじゅうたちのいるところ」を思い出させたが、このドイツ人女性監督が少女に寄せた共感、パンキッシュなエネルギーと解放感は他に比すものがない。

  • 悪は存在しない

    • 文筆家

      和泉萌香

      空の道から地の道へ、映画は道を途切れさせ、男は斧を振りかざし薪を割り、車は無邪気に遊ぶ子供たちへと接近し、音楽はぶち切られ、切断から切断へ……。不穏さを際立たせる音の数々と、真っ白な雪の厳かな美しさ、やや露骨に感じられるくらいのカメラワークが織りなす濃密さは、やっぱり外から遮断された映画館で見なくては。印象は真逆ながら、同じタイミングで鑑賞した「辰巳」で発せられるセリフ──男の性=セックスと暴力、殺しに関する──が思わず響いた。

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