映画専門家レビュー一覧
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彷徨える河
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映像演出、映画評論
荻野洋一
この映画では二度の旅が描かれている。先住民が若い時と年老いた時にそれぞれ白人探検家と知り合ってアマゾン地帯を徘徊する。この「二度」というのが示唆的であり、私たち自身の肖像ともなっているのではないか。一度目は青春の旅、生まれるための旅であり、二度目は懐古と悔悛の旅、死を準備する旅である。時を隔てて二つの旅は交錯し、それはあたかも同じ場所の通過を反復しているだけであるかのようだ。アマゾン流域の秘境は私たち心の中を示し、同時に宇宙とも直結する。
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脚本家
北里宇一郎
アマゾンの河を上ったり下ったり。その密林の内外の景観をあれよあれよと眺めて。映画で先住民がちゃんと描かれたのは、これが初めてではないか? そのすべての言動に惹きつけられる。登場人物たちが訪れる先は、白人たちの夢の跡。そこに先住民の生活や存在を破壊しつくした残酷さを思わせて。二つの時間を交錯させた構成だが、演出は素朴。その飾り気のない率直さに、彼らに寄り添おうとする作り手の意志を感じる。多少スピリチュアルに傾きすぎて、モヤモヤした想いが残るけど。力作。
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映画ライター
中西愛子
20世紀初頭と中盤、2つの時代の探検エピソードを並列しながら、未知なるアマゾンの世界を炙り出す。「フィツカラルド」(83)や「ミッション」(86)の主人公のように、白人文化をジャングルに持ち込むスタンスでないからか、本作の2人の白人主人公(民族学者と植物学者)は、原住民やその文化に深い敬意を抱き、知的な順応性もあって、闇の奥を静かに観察し続ける。壮絶なロケ撮影。圧巻の映像美。監督は南米の先鋭シーロ・ゲーラ。骨太で思慮深い演出に只ならぬ才気を感じる。
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92歳のパリジェンヌ
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批評家。音楽レーベルHEADZ主宰
佐々木敦
どうして最近の映画って「実話」がこんなにも多いのだろうか。良く出来た話にフィクションもノンフィクションもないとは思うが、なんとなく「事実」に対する「虚構」の持ち得る力が全世界的に弱まっているような気もしてしまい、少し寂しい。92歳の誕生日を迎えたマドレーヌは、病気でもないのに、2カ月後に自らあの世に旅立つと宣言する。そこから起こる悲喜劇。マドレーヌの気持ちがわかる人って結構多いのではないだろうか(自分もです)。娘役のサンドリーヌ・ボネールが良い。
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映画系文筆業
奈々村久生
超高齢化社会となりつつある現代社会において、命の終わりを決めるのは医師なのか、意志なのか。医学による死のコントロールが認められるならば、それを選択するか否かの個人の意志も尊重される必要がある。高齢者という集合体の象徴ではなく、あくまでも一人の人間のパーソナリティとして、その闘いを描いているのが面白い。冒頭いきなり本題に入る語り方や、同時に起きていることを同じ画面の中で一度に写すのではなく映画ならではの複眼的な視点でつないだ編集も上手い。
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TVプロデューサー
山口剛
ヒロインの老女は他人の助けを借りねば生きられなくなったら自らの手で人生に終止符を打つと決意し、家族に死ぬ日を告げる。家族は皆狼狽するが、高校生の孫息子だけが祖母の意図を素直に理解する。自死を決意した老女の話だが、決して暗くなくユーモラスな家庭劇になっている。宗教的、司法的問題もあるだろうが、介護社会に住む我々にとっても切実な問題だ。若い頃は政治運動もし、華やかな恋愛もあったらしい彼女の過去をあえて描かず、全て観客の想像に委ねているのもいい。
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コンカッション
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批評家。音楽レーベルHEADZ主宰
佐々木敦
リドリー・スコットの製作、ウィル・スミス主演による、実話を基にした、最近よくある告発的内容の作品。だが申し訳ないのだけど、自分はアメフトにもNFLにも全く関心がない。なので評者としては不適格なのだが、非常にシリアスで地に足の着いた良質な作りの映画だと思う。現在も継続中の問題を扱っていることもあってか、娯楽性は皆無であり、地味と言えば限りなく地味なのだが、社会派ドラマとして正攻法の作りの中でスミスの抑えた演技が光る。しかしこれ、解決出来るのだろうか?
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映画系文筆業
奈々村久生
米大統領選の演説合戦を見ていると、正義とはどれだけ多くの人を説得できたかどうかで決まるのだと肌身で感じる。何かを訴えたければ真実を検証するよりもスピーチの見せ方や論法を磨いたほうが現実的なのだ。もし本作が娯楽作品ならば、ウィル・スミス演じる医師も奇抜な説法でNFLに対抗しただろう。逆に正攻法で描こうとすれば、シリアス=退屈のリスクをとるしかないのだ。アメフト信仰を脅かしかねないナイジェリア人医師への攻撃は容赦ない。大人のいじめはこわい。
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TVプロデューサー
山口剛
アメリカの国技アメフトの最高峰NFLは膨大な資本を動かす巨大産業だ。その選手の多くが試合中の脳震盪で痴呆化、若死にしているという告発を若い黒人医師が行なう。象に挑む蟻の闘いだ。NFL側の圧力、抵抗がいかに大きいかは想像がつく。しかし映画では彼を排除抹殺しようとするNFL側の悪辣な工作は描かれず、告発は予定調和的な解決で収まる。観客の見たいのは圧力に抗し隠蔽を暴露する緊迫した告発劇で、彼が祖国と家族を愛する信仰心の厚い有能な医師だというお話ではない。
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フランコフォニア ルーヴルの記憶
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批評家。音楽レーベルHEADZ主宰
佐々木敦
個人的にはソクーロフって結構出来不出来があると思っていて、これも実はあまり期待していなかったのだが、予想をはるかに越えて素晴らしかった。第2次世界大戦中、ドイツ占領時のルーヴル美術館の運命を描いたフィクション仕立てのドキュメンタリー(?)で、劇映画的場面の合間に監督自身(?)が船で美術品を運搬中に嵐に遭遇している友人の船長とスカイプで会話するシーン等が挟み込まれる。ルーヴル美術館長ジョジャールとナチス将校メッテルニヒ伯爵の長い物語には感動した。
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映画系文筆業
奈々村久生
漱石の『夢十夜』に、明治の木に仁王は埋まっていないという話がある。だから鎌倉時代の人間である運慶が生きて彫り続けているのだと。過去に戻ることはできないけれど、当時から残っているものには、やはり当時の文化や人が宿っているはずなのだ。それがルーヴル美術館ともなれば、増改築を重ねた建物自体にもいくつもの時代が刻まれ、収容されている美術品にもそれぞれの時代や背景がある。しかも今なお現役で。ドキュメンタリードラマの舞台としてこれほど贅沢なセットはない。
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TVプロデューサー
山口剛
フランコフォニアとはフランス贔屓という意味だそうで、メッテルニッヒ将校か美術館長のJ・ジョジャールを指すのだろう。ナチス占領下のパリでの美術品保護をめぐる両者のかけひきが主題となる。美術館がテーマだが、90分1シーン1カットで撮った「エルミタージュ幻想」とは異なり、「モレク神」「太陽」「ファウスト」などに連なる歴史と権力者のドラマと言える。監督のソクーロフ自らが出演し絶えず現在と過去を往還しながら描かれる歴史の暗部はスリリングで刺激的だ。
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ブリジット・ジョーンズの日記 ダメな私の最後のモテ期
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翻訳家
篠儀直子
ラブコメとしては安定の面白さ。しかしブリジットも今やニュース番組のプロデューサー、恋愛はへっぽこでも仕事はキレッキレなのだろうと思いきや、このプロデューサーでよくこれまで番組が回っていたものだと思わざるをえないシーンしか出てこなくて、イカレたボスがやって来るまでもなく、これじゃ現場から外されるのも無理ないわと思ってしまう。で、ラストの時点で、彼女のキャリアはどうなっているの? 定石だと復職する流れだと思うが、作り手はそういうことに関心ないようで。
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映画監督
内藤誠
シリーズに影響を与えた「高慢と偏見」のガーソンとオリヴィエ共演版でも英国人の偏屈さが笑えたが、今回はゼルウィガーのブリジットがテレビ局に勤務。脇役のおかしさと、二人の男性と同時に関係して誰の子か分からない妊娠をしてしまうドタバタ騒ぎにより、ブリジットは深刻でも観客は爆笑。ダーシー役コリン・ファースとアメリカの金持ちパトリック・デンプシーの相手役もいい。脚本と産婦人科医の役を兼ねるエマ・トンプソンが印象に残り、ロンドンっ子の新しい面を見せてくれた。
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ライター
平田裕介
狙った獲物を逃した猛禽類みたいな険しい顔付きになった、R・ゼルウィガー。あのままでブリジットですと現れて日記を綴られても……と震えていたが、柔和な感じに戻していて一安心。誰にも迷惑をかけずに生きていても年齢次第で“イタい”とされる風潮を筆頭に、40代あたりがギクリとするあれこれをチラリと盛り込んだ手堅いノリは相変わらずでキッチリ楽しませてもらったし、P・デンプシーの全方位イケメンぶりも◎。しかし、写真だけの登場でさらっていくH・グラントには感服。
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PK
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翻訳家
篠儀直子
pkかと思ったらETか、とか言ってる間に舞台はまさかのベルギーへ。「きっと、うまくいく」もそうだったが、この監督の画面は切り取り方が気持ちいい。宗教ビジネスの暗黒面に切りこむ勇気にびっくり。いくら何でも長すぎるだろというくだりも中盤あるが、その印象を払拭してお釣りが来るほど見事に演出された展開がその後待ち受ける。インド映画女優のイメージを塗り替えてしまいそうなアヌシュカ・シャルマには世界的活躍を期待。A・カーンとのダンスシーンももちろん最高。
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映画監督
内藤誠
筋骨隆々で瞬きを絶対にしない、へんな宇宙人アーミル・カーンが地球を研究するためにインドに到来。異文化による?み合わない者どうしの喜劇が始まる。一方、ベルギーの留学先で知り合った恋人がパキスタン人であるために失恋したアヌシュカ・シャルマはテレビ局に勤め、奇妙な人間アーミルを素材にして番組を作ろうとする。とたんに話はシリアスになり、インドの複雑な宗教問題に移る。博物館的オブジェが映し出されているうちはいいが、突然、爆破テロが起き、長すぎる映画に。
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ライター
平田裕介
誰もが抱いているものの声を大にしては言いにくい、宗教に対する矛盾、不満、疑念。地球に降り立った宇宙人の視点を借りてそれらに突っ込んではブチまけるとはいえ、ひときわ信仰心の厚そうなインドでこれをやってのけるのには感嘆にして痛快である。といって妙にヘビーにするわけでなく、笑いと涙と歌たっぷりのマサラ・ムービーの枠を外さないあたりも流石だ。「チェイス!」でもピュアネスな役柄を力演していたアーミル・カーンだが、本作での宇宙人役もドンピシャのドハマリ。
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手紙は憶えている
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映像演出、映画評論
荻野洋一
大戦終了後すぐにナチス残党狩りという新ジャンルが、O・ウェルズ監督・助演の「ザ・ストレンジャー」(46)あたりを嚆矢として作られた。だが収容所の生き残りだという本作の主人公は90歳。従軍慰安婦の問題と同様、当事者の高齢化と共に、いよいよナチス残党狩りというジャンルも、現在形のサスペンスとしてはこれが最後となるかもしれぬから、心して見届けた。あとは「帰ってきたヒトラー」のようなナチ復活を謳う不気味な風刺喜劇の時代がやってくる。風刺だけに終わればいいが。
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脚本家
北里宇一郎
久しぶりに脚本力を感じる映画。認知症の老人を手紙で誘導して、復讐へ向かわせるというセントラル・アイディアがゾクゾクさせる。しかもターゲットがナチスの残党というのが次のゾクゾク。で、容疑者が4人いて、誰が本物の標的かの謎。それより彼らの許に無事辿り着けるかのハラハラ。その道中の趣向も含め、串団子式構成の巧さを発揮している。アトム演出は乾いたムード描写を生かしガッチリ。プラマーの老巧な演技も楽しめる。認知症の認識に疑問点があり、そこがちと気になるが。
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