映画専門家レビュー一覧
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湾生回家(わんせいかいか)
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映画ライター
中西愛子
戦前台湾で生まれ育った約20万人の日本人のことを湾生と呼ぶ。戦後、未知の祖国・日本へ強制送還された彼らのいまを取材し、望郷の思いを丁寧に掬いとったドキュメンタリー。湾生の人たちのさまざまな人生。台湾製作だからこそ踏み込め、映し出せたと思われる、それぞれの背景の複雑さと豊饒さに引き込まれる。同時に、教科書ではわからない日本と台湾の関係も新たな角度から見えてくる。湾生の父を持つ娘さんの“アジアで日本が嫌いじゃない国もあるんだ”という言葉も印象に残った。
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華麗なるリベンジ
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批評家。音楽レーベルHEADZ主宰
佐々木敦
これはとても面白かった。痛快無比のコンゲームものであり、ユニークな裁判対決ものであり、ヒネりの効いたバディものでもある。小気味よくスピーディーな展開で、裏切りと企みと謀りの連続と華麗なるリベンジの行方を語り切ってみせる。 カン・ドンウォンは前号で評した「プリースト 悪魔を葬る者」とは打って変わってノリノリでイケメン詐欺師を演じている。ファン・ジョンミンは場面によって「顔」が違う。こういう渋い役者がスター俳優になるのが韓国映画界の度量だと思う。
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映画系文筆業
奈々村久生
「ベテラン」の余韻が冷めないうちに観る機会があったため、ファン・ジョンミンに対する期待の勢いが、当時本作を観る上でかなりの後押しとなっていたことが今にしてわかる。お堅い職に就いていながら常識はずれの豪快キャラという類似点も一種のプログラムピクチャー的な装いを感じさせ、作品単体とは別の楽しみ方ができる可能性を持っている。カン・ドンウォン演じる詐欺師の口ぐせである英語フレーズネタへの反応は、英語圏だからこそ素直に笑えることもわかった。
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TVプロデューサー
山口剛
昨今韓国映画に多い政財界の腐敗堕落を叩く犯罪ドラマで、今回の背景は司法界だ。冤罪で投獄された検事が同房の若い詐欺師と組んで図る復讐劇を、本作でデビューする脚本監督のイ・イルヒョンはかなり荒っぽいタッチで面白く見せる。安楽椅子探偵の趣もある。ベテラン名優ファン・ジョンミンと人気俳優のカン・ドンウォンのコンビはいい配役だが、バディと言うには今ひとつ息が合わない。もっと当意即妙な掛け合いがポンポンと出て欲しい。やや説明過多、2時間6分は長すぎる。
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誰のせいでもない
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翻訳家
篠儀直子
冒頭の事故のくだりは猛烈な素晴らしさで、このままバーナード・ハーマンみたいなデスプラの音楽に乗って心理スリラーになるのかと思いきや、人の思いも考えも、長い長い年月をかけて変化するものだと言うかのごとく、ヴェンダースは悠然と時を操る。よもやこれは成瀬? まさかムルナウ? と思っても、何もかもがこちらの予想を裏切り、想像もしなかった境地へ連れて行かれる。3Dが人工的なスペクタクル性ではなく、ぬめるような独特の生々しさを映画にもたらしているのも面白い。
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映画監督
内藤誠
不可抗力な交通事故で子どもを死なせた主人公(ジェームズ・フランコ)は法律とは別にひどいトラウマを抱える。しかし彼は作家で、周囲の人たちの心配をよそに、書く小説が良くなるのだ。このあたり、ヴェンダースのキャリアからくる本音が出ていて興味深い。歳月を経て、もっとも傷が浅いと思われていた少年のサスペンスフルな登場もみごと。ラストシーンのフランコの笑顔を見ていると、彼自身による事故であっても、この作家は小説を書くことで生きのびただろうと思えて怖くなる。
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ライター
平田裕介
身も蓋もない題名で、中身もそうとしかいいようがない。他人を不幸にしてしまった過去の出来事をプラスなものへと転化させる作家の性も、そういうものだとしかいいようがない。そこはかとなくサスペンス味のふりかけを掛けてはいるが、どうしてもヴェンダースならではのダルくてチンタラした感じが強いので、個人的には苦痛の二時間弱。ただし、窓から差し込む光にまばゆく反射する部屋のホコリ、白銀の街に舞い散る粉雪……といった3Dで捉えられた圧倒的な風光明媚には息を飲んだ。
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オケ老人!
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映画評論家
北川れい子
“オケ”に“老人”とくれば、どうしても“棺桶”を連想してしまい、実際、劇中でもそんな台詞がある。変化球狙いのタイトルというより、内容に沿っただけのタイトルなのだが、でも正直、“オケ”がオーケストラの略だと知っても“老人”ということばに気後れがして、積極的に観たくなるようなタイトルではない。それでも内容がとびきり痛快なら口込みも期待できるだろうが、これがまた想定内の紆余曲折。趣味を楽しむ年金生活者層向きの映画だからって、安易なご都合主義はヤメてほしい。
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映画文筆系フリーライター、退役映写技師
千浦僚
何にでも優劣があり、ほとんどすべての人間が何かしらの基準においては劣位にあり、忸怩たる思いを抱えている。ひと時の夢想や仮構であっても、そのことに対抗しようとする映画は好ましい。大きいものへのアンチや“鶏口となるも牛後となるなかれ”という発想がない今の若者(映画「何者」にも表れていた)であるヒロインの精神的転回を語ることは価値がある。題がボケ老人とかけてあるとか、老人らが死をブラフに使ってくるというエッジさはもっと押してもよかった。
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映画評論家
松崎健夫
老人たちで構成されたオーケストラが、ひとりの若い女性に導かれて成長を遂げてゆく。それゆえ、主人公が教師である設定にも意味がある。“ペンライト”は、その伏線として物語の中に度々登場し、まさに“一筋の光”としてオーケストラを栄光へと導いてゆく。下手な演奏が徐々に上手くなる過程を〈音〉で判らせることは困難を伴う。そのため、楽団員が徐々に増えてゆくことによって生まれる〈音〉の厚みを利用することで、急速な成長を遂げることに説得力を持たせているのである。
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ジャック・リーチャー NEVER GO BACK
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翻訳家
篠儀直子
もちろんトム・クルーズはいつでも最高で、クライマックスでホテルをよじ登っていくときの身のこなしの軽さなどいつもながらほれぼれするのだけれど、映画自体は弛緩した感じで、彼が主役じゃなかったら★の数はこれよりひとつ少なかったかも。シリーズ前作の、引き締まった美しい画面とタイトなクリストファー・マッカリー演出の記憶があるから余計に分が悪い。それでも、肉弾戦の迫力をたくさん見せようとしているのと、サマンサ役の女優がいわゆる美少女タイプでないのは見どころ。
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映画監督
内藤誠
トム・クルーズとズウィック監督が組んで一匹狼J・リーチャーを映画化したのだが、超法規の快感で、2時間近くを飽きさせない。アフガンでの麻薬と武器をめぐり、米軍上層部が汚職をしているという、ありきたりの物語ながら、知性も体力もあるスーザン・ターナー少佐をコビー・スマルダーズが魅力的に演じて、男に引けを取らない。「戦火の勇気」で女性軍人にスポットを当てた監督だけにさすが。花火があがるニューオーリンズのハロウィン・パレードをクライマックスにしたのも効果的。
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ライター
平田裕介
前作とタメ張る無双ぶりを誇るリーチャーだが、それを発揮するシーンやシチュエーションがクライマックスを除いてなんとも小ぶり。そのうえ、なにかとホテルを拠点にして出たり戻ったりするものだから落ち着かない。おまけに、黒いコートにジャケット、手には指出しのレザー・グローブ(こちらも黒をチョイス)という、時代錯誤というかあまりにベタな刺客の格好にも言葉を失う。しかし、トムの映画は“彼の彼による彼のための映画”でもある。ゆえに、グダグダ言ってはいけない。
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溺れるナイフ
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評論家
上野昻志
説明抜き、出会った瞬間に恋に落ちた二人を、常に動きの中で描いているのがいい。自転車の相乗りもそうだが、町中を流れる浅い川に、小松菜奈扮する夏芽が背中から滑り落ちたりするところ。「黒崎くんの言いなりになんてならない」で魅力を感じなかった彼女が、本作では見事な美少女ぶりを見せているのは監督のせいか。対する、金髪で走り回る菅田将暉は言わずもがな。ただ、その勢いがどこかで削がれた感じがして、★を一つ減らしたのは、二度目の火祭りがやや長過ぎたためか。
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映画評論家
上島春彦
漠然とジュニア版「火まつり」か、といぶかしんで見ていたら、全くそうだったのでかえって面食らう。物語が青春で音楽がやかましく画面が美しい。二時間続くプロモーション・ビデオというか、インパクトだけを計算した感じが私には疑問であった。が、後で一緒に見ていた先輩に聞いたら彼女はハマったそうだ。確かにパツキン菅田の美しさは比類なく、いわば生き神さまみたいな少年だからね。面白いのはこの少年がとある出来事を契機に挫折しちゃうところで、それを許せるかが鍵だな。
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映画評論家
モルモット吉田
小松と菅田が2人でいるシーンは常に周囲が水で満たされ、神話的世界を形成する圧倒的な素晴らしさ。これまで男の描写に難ありだった山戸が菅田を得て身体性を活かした演出も相まり〈特別に見えた〉2人の黄金時代が夾雑物を排して美しく描かれている。だが、後半の退屈な日常や重岡(演技はいい)との関わりが増えると凡庸に。三段式ロケットの如く次々と着火させて飛距離を伸ばす山戸映画の手法は中篇では有効でも2時間の尺では失速も顕著となり、★は相殺せざるを得なかった。
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エブリバディ・ウォンツ・サム!! 世界はボクらの手の中に
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批評家。音楽レーベルHEADZ主宰
佐々木敦
いきなり『マイ・シャローナ』が流れ、皆でクルマで合唱(合ラップ)するのは『ラッパーズ・ディライト』。そんな1980年が舞台。テキサスの大学野球部選手たちの話なのになかなか野球のシーンにならない。女の子を口説くこと&酒を呑むこと&遊ぶことしかやってない。ていうか基本、文化系のノリなのが可笑しい。「時間」に取り憑かれた映画作家リンクレイターの絶妙なセンスが、ある時代のすでに失われた雰囲気を見事に再現している。無名俳優たちの賑やかなアンサンブルも眩しい。
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映画系文筆業
奈々村久生
自分にとってリンクレイターはもはやファンタジーの作家。ドキュメンタリー的な要素を取り入れたり、すぐ隣にいそうな人たちを撮りながら、その世界には絶対にたどり着けない。特に本作では「80年代アメリカの大学生活」というフォーマット自体が映画の中でしか観たことのないノスタルジーなので、現実と映画への憧れがメタとなって迫ってくる。男ばかりの野球部の寮、ハメを外したパーティー、色褪せないボーイ・ミーツ・ガール。未体験なのに何もかもが鮮やかすぎる。
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TVプロデューサー
山口剛
自閉型の青春映画が多いので、体育会系の団体生活を送る若者たちの姿は懐かしくかつ新鮮だ。団体の中にいるからこそ個性が光る。リンクレイターの軽快な饒舌スタイルの原点を見るようだ。文句なく楽しく面白い。主人公の年齢順に並べると「6才のボクが…」「バッド・チューニング」から本作を経て「ビフォア三部作」へつながっている。娯楽映画を撮りながらも常に自分自身が作品に投影されている。この主人公は果たしてどんな老境を迎えるのだろう? 是非観てみたい。
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ジュリエッタ
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批評家。音楽レーベルHEADZ主宰
佐々木敦
アルモドバルは円熟の極みに達した。それは要するに地味になってきたということでもあるが、ミステリアスなメロドラマを語ることを何よりも優先するがゆえに、誤解を怖れずに言えば、映画的なマナーをある意味で犠牲にするという彼の姿勢は、ナレーションの使用や、芝居をカメラに収める仕方に如実に示されているのだが、それが意図的に選ばれたものである以上、文句は言えない。それに彼のこうしたやり方に、観客をいつの間にか物語に惹き込む匠の技が宿っていることも又事実なのだ。
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