映画専門家レビュー一覧
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人魚に会える日。
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評論家
上野昻志
沖縄の基地問題を主題にしたドキュメンタリーなどより、はるかに濃厚な、沖縄の空気がある。それは、たんにキャストもスタッフも全員が沖縄出身だからというわけではない。むろん、映画作りのベースとしては、それも無関係ではないが、見ていて直接感じるのは、画面を構成する独特の間である。それが沖縄の空気を醸し出すと同時に、わたしのように外から見ている者が口にする基地問題についてのあれこれの言葉を突き放す、いま、そこに生きている者の想いが滲み出てくるのだ。
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映画文筆系フリーライター、退役映写技師
千浦僚
重大な問題であり作り手にとって切実な題材であろうが拙かったという印象。技術というよりは、取り組み方に腰の据わらなさがあったのかも。神話的感性やファンタジックさを主人公たち側からは正しい直観として描き、逆の陣営の、政治性や因習に捉われている者たちのそれは邪教か狂気として描くことにはもっと周到さが必要かと。辺野古は架空の名にせず辺野古のままでいい。沖縄は日本の生贄、沖縄の対基地運動も生贄を必要としたという指摘は鋭い。その鋭さでアメリカをも刺せと。
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文筆業
八幡橙
どこかで、誰かが、必ず犠牲にならなくてはならない。その理不尽と悲しみ、湧き上る憤りとその果てに漂う諦観を、本作が2作目となる18歳の仲村颯悟がまっすぐな目線で見据える。沖縄の基地移設問題を「いけにえ伝説」を交えつつファンタジーに仕立て、観る者を惹きつける力量も確かだが、なにより核となるテーマが内包する絶望や無情と、独自の透明感や純粋性とのバランスの妙に唸った。監督自身「今しかないと思った」と語るように、若い魂が宿す瞬発力と可能性をひしひしと痛感。
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黒崎くんの言いなりになんてならない
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評論家
上野昻志
イヤー、カンシン、カンシン! プロデューサーは感心したろうが、そのぶん、こっちは寒心。なにせ省エネ映画も、ここまでやれば撮影日数も短縮、編集も楽チン、と製作側にはいいことずくめだものね。省エネで行くには、同じショットを使い回せばいいって、うまいこと考えたもんだ。もとが他愛のない話だから、そうなるって? だが、他愛ない話を工夫して他愛ある(!?)ようにするのが、映画屋じゃなかったのか、なんて言っても馬の耳に念仏だろうな。映画も舐められたものだ。
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映画文筆系フリーライター、退役映写技師
千浦僚
あと十数年もしたら待ち受けていることかもしれないが、自分の娘がこんなしょーもなさげな男どもとねちょねちょしてたらガキも娘もまとめて張り倒す。が、まあ本作は並の下くらいの普通の映画。ヒッチコック映画や「紳士は金髪がお好き」などのように、アメリカ映画のクラシックに連綿と存在する、ブルネットとブロンドの女優二種をその性格分け(黒が隠微な情熱家、金がアマちゃんもしくはクールな打算家)とともに観て楽しむことを、現代日本男子でやったことは非常に興味深い。
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文筆業
八幡橙
「壁ドン」「顎クイ」をも超える、「耳?み」「首吸い」、さらには「混浴プレイ」と、過剰なまでの“エロキュン”を売りにした、定番の少女漫画原作モノ。「お前は俺の奴隷だ」と突如言い放たれ、出会い頭に無意味にキスされても「ええ~~っ!」と絶叫した上で結局喜ぶヒロインも、病的なまでにエラそうな男子=黒悪魔とやらも、一向に理解できぬまま本篇終了。一人一人の人物の背景や魅力を一切描かず、ただただエロキュン場面を羅列する。これは果たして映画なのだろうか? 本気で悩む。
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ジョーのあした 辰吉丈一郎との20年
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映画評論家
上島春彦
つい先日、息子の試合の話題がネットのニュースで流れたが、こっちは親父の方、辰吉丈一郎の記録である。この二十年間、彼の取材を続けてきた阪本が、その秘蔵インタビュー映像をここに公開。語られるのは当然ボクシングのこと、と思いきや、結構、家族の話題が多い。子供のことよりも自分の父親の件が面白い。昭和の親子って感じがするのだ。事実そうなんだけど、昭和の裏街道とでもいいましょうか。タイトルを失っている時期に父が亡くなったのがどこかでしこりになっているようだ。
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映画評論家
北川れい子
劇映画の主人公としてもドキュメンタリーでも、プロボクサーは実にドラマチックな存在だ。リングの上で勝っても負けても“画”になるし、黙々とトレーニングに励む姿も目が離せない。とは言え、正直なところ、かつてチャンプだった辰吉丈一郎のことはほとんど忘れていた。それだけに、辰吉がいまも、ボクサー辰吉という自分に自負と誇りを持って現役で居続けようとする姿勢は大したものだと思う。そして家族の結びつき。辰吉夫人るみさんの取材をもう少し盛り込んでほしかった。
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映画評論家
モルモット吉田
辰吉もしつこいが、阪本順治も然り。「BOXER JOE」への不満を20年かけて払拭してくれた。引退の境界に立ち続けるボクサーを主体にしつつ、阪本の問いに反射して彼の研ぎ澄まされた感性を通じて発せられる言葉が実に刺激的だ。16ミリフィルムゆえの撮影時間制限が両者の対決を盛り上げ、一筋縄ではいかない相手から言葉を引き出す阪本の対戦記録でもある。酒鬼薔薇事件を通じて子どもの世界への鋭い考察や、幼い息子たちへの撮影中の叱責が終盤に結びつく構成も素晴らしい。
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珍遊記
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映画評論家
上島春彦
このところ裸になってなかったなあ、と松山くんは出演を決意したそうだ。偉い。たまには頭も剃らなきゃ、とカナも出演を決意。かどうかは知らないが女優が三蔵法師というのは夏目雅子以来日本の伝統だ。笑えるギャグが少ないので星は減らしたが、原作ファンなら楽しめるはず。笑えなくても許せる、というタイプの映画である。溝端のゆるいブタ鼻メイクも悪くない。マツケンは「ユメ十夜」でも雄大さんと組んでおり、あっちではブタに舐められていた。雄大で『夢十夜』全篇映画化とか見たい。
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映画評論家
北川れい子
まず不真面目度が足りない。エロ度もグロ度も湿気っている。笑いの演出も全て不発弾。俳優陣はそれなりに揃っているのに、全員がその場限りのコントふう演技で、これでギャグ漫画の実写化とは、鼻先で笑う気力すら起きない。セットや衣裳、メイクも田舎芝居以下のチープさで、俳優サンたち、それに引きずられて笑えないゴッコ演技に? ジジ、ババのババ役を笹野高史にキャスティングするなど、けっこう遊んでいるのにさして効果がないのももったいない。ああ、つらい映画だった。
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映画評論家
モルモット吉田
原作のイメージに合おうが合うまいが、なんとなく成り立って実写化の中心にいるのが松ケンの凄さだが、今回も終始頭カラッポの山田太郎を演じきっていることに感嘆。自分のキャリアや小雪に怒られるのではないか、なとど一切考えてなさそうな吹っ切れた芝居ながら、それでいて下品になっていないことに驚く。意外に実写ベースだったので、VFXを駆使した下品極まりない過剰なまでの猥雑な活劇を期待すると大人しい印象だが、笹野高史、温水洋一の演劇出身勢は意図をくんで大怪演。
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女が眠る時
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映画・漫画評論家
小野耕世
「スモーク」で私をとりこにしたW・ワン監督は、何年も前にマカオに住む私の友人のロシア人の画家を訪ね、彼の絵に触発された映画を撮ろうと考えた時期がある。それはまだ実現していないが、日本のリゾート地を舞台にしたこの作品は、プールサイドに並ぶ男と女の姿を示すところから、妄想とも現実ともつかない洗練されたミステリー世界に観る者をひきこんでしまう。男の視線で語られているようで、実はすべてが女性の視線に奪われていたのでは。とりわけ女性描写がすばらしい。
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映画ライター
中西愛子
西島秀俊演じる作家は、「アンジェリカの微笑み」の、ファインダー越しに横たわる美女に魅入られた写真家のように、内省的な迷宮に誘われるも、最後は正反対のところに着地する(が、どちらもハッピーエンド)、とは私の一解釈。少し遠くから、薄い皮膜を通して見える世界のなんと官能的なことか。覗きの死臭。この危険な快楽を、確信犯的に、知的なゲームとして楽しみたい大人のためのアート映画。カメラの中の眠る女を、慈しんで見つめるビートたけしの佇まいと表情が新鮮だった。
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映画批評
荻野亮
サッパリよくわからなかったのだが、眠っていたのはスクリーン上の女であって評者ではない。俳優たちのアンサンブルのよさが出る前に上映時間を使い果たしており、エロくもフェチくもなければ、狂気など小指の爪ほども感じない。ひんやりとした剃刀でおくれ毛を剃られる忽那汐里のうなじ、だけがややよかった。西島秀俊はむしろ欲望を欠いた人物を演じたときにもっともすばらしい瞬間があると思う。書けない作家と撮り続ける男の話だったら、同じ監督の「スモーク」のほうが断然よい。
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偉大なるマルグリット
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映画・漫画評論家
小野耕世
この映画の試写では笑い声も起きていたが、こんな恐ろしい映画は近ごろ初めてだと感じていた私は、とても笑えなかった。自分の音痴に無自覚で歌い続けるこのヒロインは、勝手な文章を書いていい気になっているような自分に重なるのではないかと、冷や水を浴びせられた思い。一九四〇年代に実在したアメリカの〈歌手〉を一九二〇年代のフランスに置きかえたこの映画のなかで、彼女に黙って仕え、最後までその写真を撮り続ける執事役のデニス・ムプンガの演技が最も心に残る。
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映画ライター
中西愛子
ヘタうまというのは、時に、説明を超えた魅力に富む。本作はそんな才能で人気を博した実在のオペラ歌手をモデルにしているというが、背景は違うし、夫婦愛が裏テーマにあるので、別ものととらえた方がよいだろう。主人公の絶妙な音痴具合、演じるカトリーヌ・フロの何とも言えない無垢と貫禄と謎めいた味わいが素晴らしい。それにしても、自分の実力を正確に認知する方が難しいのだ。人畜無害な人間の勘違いとは罪なのだろうか。ラストの真実の突きつけ方はひどく残酷に思えた。
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映画批評
荻野亮
にくめない有産階級者の大音痴をおおらかに笑いとばすカーニバル的喜劇かと思いきや、刃の切っ先をもてあそぶような残酷譚である。無垢な存在を前にした人間の悪意についての映画だと気づかされた。喜劇的からの鋭角な急展開はこの作品そのものの「悪意」でもある。合衆国の実在人物に着想しながら、頽廃と人間不信の二〇年代フランスに舞台を置き換えた感性が冴えている。主人公の歌声がもつ秩序破壊的な力をもてはやす前衛詩人、あのモデルは明らかにトリスタン・ツァラ。
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ザ・ブリザード
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翻訳家
篠儀直子
まっぷたつになったタンカーの船内と船上で起こることの描写がすべて面白く、「砂州」と呼ばれる難所をちっぽけな救助艇が越えるシーンは大迫力で、ぜひ劇場の音響と映像で観てほしい。でも、救助してから帰港するまでのくだりは、こんなに工夫がないならばっさり短くしたほうがいいし、何よりもまず、シンデレラの愚かで意地悪なお姉さんの役が抜け切れていないように見える女優さんの出演シーンを全部カットしたら、この3倍は面白い映画になったのではないかと思わずにいられない。
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ライター
平田裕介
ミルクレープか、ミルフィーユか。そんな断面をさらして荒れ狂う海を漂うタンカーは、CG全開とはいえ圧倒される。さぞ人が死にまくるのかと思いきや、そこはディズニー。凄惨な画はほどほどに、品行方正な仕上がりに。実際にそうだったのだろうが、もうすこし展開にケレン味を振りかけるべき。定員12名の救命艇で生存者32名を救う秘策も期待したが、目一杯乗せるだけで面食らう。ひねたタンカー船員に扮して妙な存在感を放つ、マイケル・レイモンド=ジェームズは本作最大の収穫。
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