映画専門家レビュー一覧
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アーロと少年
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映画批評
萩野亮
恐竜に文明と言語があり、人間が野生に暮らしているという一種逆転した設定なのだが、とくにそれが活かされたお話にはなっていない。恐竜と少年のあいだでことばが通じないのなら、全篇サイレントで通すくらいのくふうと思い切りがあっていいと思う。手足やしっぽを器用に使って農業さえいとなむ生活描写は練られているものの、ティラノサウルスなどおなじみの恐竜たちは「友情出演」ていどで、画面のテンションが低いのが何より残念。評者が少年のこころを失ったせいではない。
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エスコバル 楽園の掟
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映画監督、映画評論
筒井武文
何やら逃避行を企てていたらしい男女のところに呼び出しが掛かる冒頭の暗さから、一転三年前に遡り、陽光のもと、コロンビアに働きに来たカナダ人青年と土地の女性の出会いが語られる。愚直な手法だが、その分りやすさは悪くない。実際、女性の伯父である麻薬王の裏表が徐々に見えはじめるあたりから(とりわけボニーとクライドが銃撃された車に青年を乗せる件)、観客を虜にしていく。そして、冒頭の時制に戻り、同行者として15歳の父親が現れてからの不条理な切迫感は秀逸。
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映画監督
内藤誠
コロンビアの麻薬王エスコバルはマーロン・ブランドの「ゴッドファーザー」の生き方に憧れていたそうで、贅沢な生活スタイルもそれを模倣。ベニシオ・デル・トロが熱演しているのだが、ブランドほど感情移入できない。家族愛を描き、姪のマリアを可愛がりながら、物語の核心部分で、その恋人ニックをファミリーにふさわしい人物かどうか験す真似をするからだ。配下のアウトローたちもパターンになりすぎで、実在する人物と事件なら、年代順にドキュメンタリータッチで見たかった。
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映画系文筆業
奈々村久生
デル・トロがとにかく怖い。笑っていても怖い。何もしていなくても怖い。「まさかあの人があんなことを……」的な意外性ではなく、家族とたわむれるような一面も持ち合わせていながら普段の生活と地続きのテンションで非情な行為に及ぶことすら、一人の人間として矛盾のないように見えてしまうところがすごい。そんな彼に小動物みたいなハッチャーソンが追い詰められていくのはいたたまれなく感じつつも、怖いもの見たさで目が離せないホラーの娯楽性も兼ね備えている。
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人生は小説よりも奇なり
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映画監督、映画評論
筒井武文
これは日本映画のようだ。それは、プロットを「東京物語」から頂いていることだけではない。感情として、ショットが刻まれていく様が、往年の日本映画の間を想起させもする。壮年と老年の男子同士が結婚したことによって、離散する羽目になる悲痛さが、的確な距離で捉えられることで、ショットが変化する瞬間、痛かったり、喜んだり、切なかったりする映画固有の時間運動を刻むのである。NYの風景ショットも映画として生きている。その究極の名人は、わが三隅研次であるのだが。
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映画監督
内藤誠
ニューヨークの街並みを正装して歩く中高年の画家と音楽教師の同性カップル、ジョン・リスゴーとアルフレッドはいかにも幸せそうで絵になる。二人を取り巻く風景が実にいい。だが、新しい法律に従い、祝福もされて、結婚したばかりに、職を失い、マンションのローンも払えなくなる二人。そのドタバタ騒ぎが喜劇というよりは私小説風にリアルにしんみりと描かれていく。ただ演出の視点がバラバラで落ち着かない。最後をしめくくる少年のクールな目で語ってゆけばよいのにと思った。
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映画系文筆業
奈々村久生
夫婦別姓でさえまだ法的に認められないこの国では先の長い案件かもしれないが、世界では同性婚が合法化される動きは広まっている。しかしそれが社会的に受け入れられて人間らしい生活を営めるかどうかはまた別の問題だ。「結婚はゴールではない」という命題がここでも重くのしかかってくる。ましてや劇中のカップルはかなり高齢の部類。中年以上の男性二人が互いを愛おしんで抱き合う姿は胸を打つ。控えめな演出や映像の様相とは裏腹に相当にラディカルな一作である。
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インサイダーズ 内部者たち
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翻訳家
篠儀直子
新聞社論説主幹以外の悪役がぺらぺらでつまらないのが難だが、こみいったストーリーを運ぶだけで手一杯になるのではとの不安をよそに、アクションシーン(それほど多くはないけど)にも人物のちょっとした動きにも、美術装置にも工夫が見られるのがなかなか面白い。ビョン様が記者会見を開いたところで終わりかと思いきや、そこからの展開がほんとうの見どころ。腕力で片をつけるのではなく、「言葉の力」での対決の様相を呈する。あと、エンドロールに流れるテーマ曲がかっこいい。
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ライター
平田裕介
『スチュワーデス物語』の片平なぎさのごとく、イ・ビョンホンが黒い革手袋を外して義手を見せつける。この幕開けからから一気に最後まで持っていかれる130分。悪人どもの描き方は画一的だが、どこまでもワルをえげつなく描く彼の国固有のタッチ、組織の犬・巨悪の犬として生きてきた検事とチンピラが抗い、敵同様にしたたかな作戦を立てる構図と展開はどうしたって燃え上がる。「ベテラン」と同時期に製作されているが、韓国エンタメ系では今後この手の作品が増えるのか?
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TVプロデューサー
山口剛
政財界とマスコミの癒着腐敗を奇妙な友情で結ばれたヤクザと検事のコンビが暴いて行く――この種の設定のアクションドラマは昨今の韓国の世情を反映して、いずれも当っているという。リンチのシーンは凄惨だし、裸女を侍らせての乱痴気宴会は?然とするが、きびきびしたタッチは快調で、七〇年代の日活や東映のアクション映画の持っていたアナーキーな反体制的エネルギーを懐かしく思い出す。主演のイ・ビョンホンとウ・ジャンフンが好演、二人の対比がなかなか良い。
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桜ノ雨
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評論家
上野昻志
前にも高校生の合唱コンクールを主題にした映画があったが、合唱コンクールって、そんなに人気があるのかね? ま、当方としては、高校生の恋愛話よりは素直に入っていけるが(苦笑)。もっとも、同じ合唱部の話でも、こちらは、コンクールで金賞を狙うことより、楽しく歌うことのほうが大事、というのが物語の核になっている。ただ、主人公が内気で自分の気持を率直に表せないという設定のためか、演じる山本舞香の無言のアップが長い気がするが、あまり表情を作らないのはいい。
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映画文筆系フリーライター、退役映写技師
千浦僚
歌が先にありきで映画がつくられたとはおもしろい。石原裕次郎の映画みたい。「銀座の恋の物語」とか「赤いハンカチ」のような。それよりもう少し旧い時代の歌謡映画のようでもある。つい先頃も「風に立つライオン」があった。と、いう程度の人間にとってこの映画、というかプロジェクトはすごすぎる。もともとは音声合成歌唱ソフトのために想像されたバックストーリーだとは。想像外からの企画、発想だ。いやそもそも知らないんですがね。新作紹介からの引退を考えてます。
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文筆業
八幡橙
卒業ソングブーム(!?)とやらで、本作もまずボカロで火が付いた楽曲ありき。ゆえに、最初から概ね予想できるオチへと向かってゆくのだが、ラストの歌で感動の針が振りきれるはず、と観る者を構えさせる分、ハードルが高くなりすぎた気も。言いたいことを口にできないヒロインを中心に、10代の片思いやすれ違いが、昭和的な郷愁たっぷりに綴られ、“合唱”も正当に生かされている。もう少し一人一人にとって〈桜ノ雨〉がいかに大切な曲かを丁寧に描いていたら、圧巻のラストになったのでは。
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幸せをつかむ歌
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翻訳家
篠儀直子
母娘が積年のどろどろした思いをぶつけ合う、「秋のソナタ」みたいな映画(?)を想像していたら、全然違ってライトな喜劇。薄味すぎる気もするけれど、気楽に観られるのがいいところ。そういえばアメリカ映画には、家を離れていた親のひとりが子どもの結婚を機にふらりと戻ってきて、ひと騒動起こるというホームコメディーの系譜があるのだった。M・ストリープのロックシンガーぶり以上にR・スプリングフィールドの俳優ぶりが驚き。エンドロール映像がミュージカルっぽいのも楽しい。
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ライター
平田裕介
メリル・ストリープが、なんだかアミダばばあ。さらにバンドのメンバーを演じたリック・ローサスは死去、バーニー・ウォーレルは末期ガンで闘病中と、なにかと絵面が沈痛である。家族のギクシャク劇に、人種、貧富、セクシャル・マイノリティーなどをめぐる世のギクシャクもさらりと放り込んでいるのが巧み。とはいえ、メッセージ的にもストーリー的にも同じJ・デミの「レイチェルの結婚」セルフ・リメイクといった感じがしないでもない。演奏シーンは、音楽ものの名手でもある彼だけに○。
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TVプロデューサー
山口剛
「センチメンタル・アドベンチャー」「クレイジー・ハート」「インサイド・ルーウィン・デイヴィス」等々、老残のミュージッシャンを描いた映画は傑作が多い。大いに期待したのだが失望。夫も子どもも捨て音楽に生きるこの女性がよく判らない。一族再会のドラマも盛り上がらないまま予定調和の演奏シーンでハッピーエンド。このヒロイン、クレバーでスクエアーなのだ。ロッカーはもっとクレージーでヒップでなけりゃ。カラオケに興じるストリープを眺めるのは眼福耳福ではあるが。
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これが私の人生設計
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映画監督、映画評論
筒井武文
うんざりするくらい登場人物の経歴を説明しまくるので、映画の速度が観客の理解度より、はるかに遅れてしまう。それで、作中人物が全員ぼんくらに見えてしまう。コメディーだから、戯画化して描いたのだと言うのだろうが、真実を見る目をもった人物も必要ではないか。その役割をゲイの(先妻との)子どもに託したということか。監督の奥さんらしいヒロインをはじめ、俳優という俳優の魅力が、下手なカット割と相まって、引き出させれていない。偉大なイタリア喜劇の伝統はどこに。
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映画監督
内藤誠
日本のオリンピック競技場の設計では予算の都合とかで女性建築家がダメになったけれど、ローマでも女性建築家が優秀なのに男性社会の壁にぶち当たり、それを突破するために大騒動。ナンニ・モレッティの助監督を勤めたというミラーニ監督が巨大公営住宅コルヴィアーレに目をつけたのはさすがで、テンポのいいイタリア喜劇の伝統が流れている。主演の監督夫人パオラ・コルテッレージをはじめ、ゲイ役のラウル・ボヴァなど、街の不良少年にいたるまで配役がキメ細かいのに感心した。
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映画系文筆業
奈々村久生
働くシングル女性が直面する社会の壁をコメディーとして描くという点ではそつなく処理されており、それなりに笑って楽しめるが、肝心の建築プロジェクトがいまいち曖昧で説得力に欠ける。どんなにスーパーエリートでも、それを生かす場や環境のない田舎では、いかに女性が生きづらいか。その状況が設定としては提示されるものの、生身の女性の問題としてはなかなか伝わってこず、ヒロインが故郷に戻る選択をした根拠もよくわからない。ゲイの男性の息子が誰よりも生々しかった。
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フローレンスは眠る
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評論家
上野昻志
新社長の誘拐を企てる主人公に扮する藤本涼の、名前とは裏腹な熱演で、ミステリーが眼目ではない、ということがわかるのだが、そうなると、何がホンスジ? と眉根をこすることになる。結局、血縁で固めた同族会社のうちに隠された闇ということになるのだが、それも、主人公の実父が判明した時点で、伝説のブルーダイヤを巡る話も後景に退き、ただの家庭劇になってしまう。なんか、もっと面白く出来たはずだったのに、この腰砕けが残念。前田吟の渋い演技が光ってはいたけれど。
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