王国(あるいはその家について)の映画専門家レビュー一覧

王国(あるいはその家について)

初長編映画「螺旋銀河」が国内外で評判を呼んだ新鋭・草野なつか監督の長編第2作目。友情や家族をテーマに、「王国」を作り上げると同時に、その支配からも逃れようとする人間を描く。脚本の読み合わせやリハーサルを、俳優が役を獲得する過程=“役の声を獲得すること”と捉え、ドキュメンタリーと劇で交互に語る手法によって、人間の心情に迫ることに挑戦している。2016年度愛知芸術文化センター・愛知県美術館オリジナル映像作品として製作され、2017年に64分版を発表。再編集した150分版は第11回恵比寿映像祭、新文芸坐、三鷹SCOOLで上映、およびMUBIで限定配信されたのみだった。脚本を担うのは、草野監督の初長編「螺旋銀河」や濱口竜介監督「ハッピーアワー」の高橋知由。
  • 文筆家

    和泉萌香

    ある場所に大人が三人。耐久力も集中力もない筆者は強度があるとは言い難い画、殺風景なまでの部屋での、いささか観念的すぎるように思われる言葉の連続に逃げ腰に。友人の娘殺しの動機……とも言うのは野暮だろうが……長い長い反復に耐えて明かされる答えや物語にも、胸をかきむしられるようなものも新奇性も感じられない。でも、さまざまなリズムで打ち寄せる言葉の数々に自分をまきとられていくその体験、不可視に目を凝らし続ける時間は、ぜひ映画館の暗闇にて。

  • フランス文学者

    谷昌親

    映画の冒頭で、ある殺人事件をめぐる物語だということは示されるが、それ以降は、その殺人に至るまでのいくつかシーンを俳優たちがホン読みし、リハーサルする様子が延々と映されることになる。同じシーンが、ときとして執拗なまでに何度も演じられ、そのつど微妙に俳優の演技が異なるが、そうした別テイクが映画の完成形に向かって順序よく並んでいるわけではない。映画という形式、そして映画における俳優の演技について、その根本にまで遡って考えさせずにはおかない作品だ。

  • 映画評論家

    吉田広明

    家族という閉域=王国、そこに生じる歪みを察知してしまった一家の友人によって一つの死が招かれる。その友人と画面には不在の死んだ幼女の二人がその王国の歪みを露頭させる存在だが、映画自体もリハーサルの設定で何度も台詞を反復し、増幅し、解析する装置となる。リハーサルの中で役者たちが変化しているという印象もあまり受けない(始めから完璧)ので、この設定が映画にとって必須だったのか(製作条件だったのかとは思う)若干疑問が残るも、この達成はやはり見事だと思う。

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