映画専門家レビュー一覧

  • 悪なき殺人

    • 映画執筆家

      児玉美月

      山羊を背中に乗せて自転車を滑走する少年の動的なショットから山羊の瞳の接写のショットへ移行するオープニングシークェンスが素晴らしい。宣伝上で謳われている5人の主要人物をめぐる「羅生門形式」は一つの出来事の解釈の相違を示すためではなく、一つの真実に一歩ずつ近づいていくために選び取られた手法のように見える。イニャリトゥの「バベル」の傑作群像劇を最も想起させるが、注意深くいなければ容易に解決させてくれない謎が、一度に留まらない鑑賞への欲望を掻き立てる。

    • 映画監督

      宮崎大祐

      ひとつひとつの出来事やサスペンスは極めてシンプルでさしたる驚きはない。しかし、三方向からでは到底把握できなくなった世界を多元的につかもうとする試みは興味深く、フランス映画ではおなじみの面々が見せる引き算の芝居が素晴らしい。本作の原題は「動物だけが」である。「人間だけが」もちいる例の紙片がフランスの山奥から遠く離れたコートジボワールのタコ部屋まで姿の見えない悪魔をはびこらせ、今日も暴力を連鎖させつづけている現実を見すえよということだろうか。

  • ショップリフターズ・オブ・ザ・ワールド

    • 映画評論家

      上島春彦

      万国の万引き犯諸君、団結せよという物騒なタイトル。ではあるが、爽やかな青春映画で驚いた。ラジオ局ジャックの実話が基になってはいるが事実とは大きく変えてある。むしろ「アメリカン・グラフィティ」が発想源だろう。公式的な主人公と彼のガールフレンドよりも、懐深いDJの好演で★を足した。これって〈メタル・グルー〉のパクリだろ。などというあまりにマニアックな台詞に痺れる。実在のグループ、リーダーのインタビューもたっぷりでファンならずとも貴重な映像の数々。

    • 映画執筆家

      児玉美月

      閉塞的な世界に生きる若者が大切なバンドを失ったことは世界の終わりに等しく、映画はその重大さを描こうとしているが、いかにも青春時代のありふれた混乱状態をそのまま映画にしたに過ぎなく、一つの作品としての整合性とまとまりが感じられない。冒頭から同性愛嫌悪が横溢する以上、登場する当事者のクィアな若者たちの描写をもう少しポジティヴに調整する必要もあったはずだろうが、やはりやっつけ感の強さが否めない。こういった趣向の既視感に満ちた青春映画は、もう食傷気味。

    • 映画監督

      宮崎大祐

      一聴するだけで涙腺がゆるむザ・スミスの神曲群の合間に、信じがたいほどスノッビーでいらぬ政治的配慮だけが行き届いたゴミのようなドラマがはさまっている。本作を見たモリッシーの本音を聞いてみたい。これならば90分のリリック・ビデオを作った方がザ・スミスの魅力を端的に表現できたのではないか。自称イケてる友人たちによる相互承認飲み会に徹夜で付き合わされたあとのような疲労とムカつきはしばらく消えそうにないが、ザ・スミスへの変わらぬ愛と支持ゆえに一点加点。

  • スティール・レイン

    • 米文学・文化研究

      冨塚亮平

      現代を舞台にしたこの手の映画では荒唐無稽な部分とリアリティのバランスが難しいところだが、各国首脳の人間的な触れ合いを描くなら人物造型はやり過ぎるぐらいでちょうどいいという判断は当たっているように思えた。日韓の人物描写の対照性などツッコミ所は多々あれど、前任者の紋切り型のイメージをこれでもかというぐらいに誇張した米大統領や一昔前のB級映画の香り漂う副大統領、対するインテリでイケメンの北朝鮮主席と、脇を固める人物たちのキャラの立ち方は素晴らしい。

    • 日本未公開映画上映・配給団体Gucchi's Free School主宰

      降矢聡

      韓国、北朝鮮、アメリカの首脳が北朝鮮護衛司令部によるクーデターで潜水艦に監禁される展開や、韓国は真面目、北朝鮮は堅苦しく、アメリカはガサツで傲慢というキャラ付けされた各国の首脳を見るに、本作は政治サスペンスでも軍事アクションものでもなく、コメディ映画なのだと思わされる。しかし笑いの場となるはずの、アメリカ大統領が通訳の苦労を無視して喋りまくるシーンや、首脳会談ならぬ下らない言い争いをする首脳たちという場面はどこも突き抜けず、中途半端な印象を残す。

    • 文筆業

      八幡橙

      ウェブトゥーン作者でもある監督が、「鋼鉄の雨」に続き自ら同シリーズを映画化。チョン・ウソンにクァク・ドウォン、同じキャストが違う役を演じる趣向は面白いが、潜水艦が主舞台の今作は、南北問題のみならず日・米・中をも複雑に絡ませすぎて、焦点がぼやぼやに。笑いの要素もなぜか一気に増量され、アメリカ大統領の密室での暴走ぶりは、まさかの『サタデー・ナイト・ライブ』状態! 妻役ヨム・ジョンアらと軽妙な掛け合いを見せるチョン・ウソンの大統領像に韓国の夢が溢れる。

  • ナチス・バスターズ

    • 米文学・文化研究

      冨塚亮平

      限られた予算の中でサスペンス演出に活路を見出そうとしたのではないかと想像するが、たとえば衣装箪笥に隠れたソ連側の妊婦がいかにナチたちから逃れるのか、といった場面にも十分な緊迫感が漲っているとは言い難い。また、人物像についての謎を残しつつ同時に強さと英雄的要素を強調しようとした結果なのだろうが、ソ連側がピンチに陥るたびに突如「赤い亡霊」が画面外から一撃でナチス兵を狙撃するというパターンが何度も登場するのはさすがに工夫が足りなさすぎではないか。

    • 日本未公開映画上映・配給団体Gucchi's Free School主宰

      降矢聡

      西部劇を思わせる劇伴や大胆な構図が特徴的で、キーとなる「赤い亡霊」と呼ばれる凄腕スナイパーも流れ者のように描かれている。この「赤い亡霊」は、終始謎に包まれており、最後の最後に「誰であるかは重要でない」ということが「重要なのだ」という形で正体が明かされるが、この気が利いている様で物足りない結末には少し拍子抜け。「お前は私よりひどい死に方をする」とご丁寧に張られた伏線も、ラストまで引っ張りながら普通に死んでしまうなど気になるところが多々あり。

    • 文筆業

      八幡橙

      戦車同士の接近戦で魅せるロシア版「フューリー」とも言うべき「T-34レジェンド・オブ・ウォー」がロシア娯楽活劇の隆盛を象徴する昨今なれど、やはり玉石混淆、なのか。本作の場合、何よりドラマ性の薄さが最大の難。謎のスナイパー「赤い亡霊」(原題)の正体も、女性が一人存在する意義も、彼女が突然出産する意味も、すべてがうやむやのまま、雪野原と延び切った「間」の白さだけが目に沁みる。せめて狙ったと思しきタランティーノ風会話の妙さえ、もう少し生かせていれば……。

  • パーフェクト・ケア

    • 米文学・文化研究

      冨塚亮平

      悪事を働く主人公を実にイキイキと演じたロザムンド・パイクは「ゴーン・ガール」の記憶を更新する見事なハマり役で、彼女の活躍ぶりを観るだけでも一見の価値はあるだろう。また、役者の性別や年齢をめぐる通念を覆す現代的な配役を行うことで、かえって不謹慎なネタを遠慮なく投入できるという利点を生かすしたたかさも買いたい。ただ、カモられそうだった老女が意外にも、という転調までは大変楽しめたものの、ひねりが入ってからのパートがいまひとつ盛り上がりに欠けた印象。

    • 日本未公開映画上映・配給団体Gucchi's Free School主宰

      降矢聡

      ロザムンド・パイクの金髪の艶やかな質感とワンレンボブは、その美しく揃い過ぎた毛先が非人間感を漂わせつつ、彼女がただならぬ人物であることをわからせるのに十分すぎるほどに効いてる。また、男に一切屈せず、成功のためには反道義的な仕事もこなす業が深く強い人物として全力でロザムンド・パイクを仕立て上げる映画の志も良い。残念なのは、途中から業の勝負ではなくヘッドロックなどの物理攻撃に頼るところか。ダイアン・ウィーストのヘッドロックは素晴らしいけれど。

    • 文筆業

      八幡橙

      見事な「反転」の映画だ。主人公マーラは言う。「私は子羊じゃない、獰猛な“ファッキン”雌ライオンよ」と。劇中、こんな台詞も。「年寄りだからって善人とは限らない」。そう、これは女性=弱いとか、高齢者=善き人だとか、そういう既成概念をフルスイングでブッ飛ばす快作であり、同時に極めて胸糞悪くもある、実に見事な「反転」の映画なのだ。憎々しいが愛嬌滲むロザムンド・パイクと、眼光鋭いダイアン・ウィースト(最高!)。睨み合う二人をもっと、ずっと見ていたかった。

  • グロリア 永遠の青春

    • 映画監督/脚本家

      いまおかしんじ

      体当たりとはこのことを言うのだと思った。絶対面白い映画にしてやろうというジュリアン・ムーアの意地が見える。ジュリアン・ムーアが踊りまくり、泣きまくり、笑いまくり、怒りまくる。セックスが始まる前に、彼のコルセットをバリバリ剥がすのが面白かった。おっさんおばさんの恋ならではのエピソードがてんこ盛りだ。後半、ジュリアン・ムーアが暴走する。そのキレっぷりも可愛くて、笑ってしまった。ジュリアン・ムーアすごいよ。えらいよ。意地見せたよ。

    • 文筆家/女優

      睡蓮みどり

      素直に告白してしまえばリメイクでない元の作品の方が好きだった。ジュリアン・ムーアが主演になったのだけど、ただただ彼女の“演技のスゴさ”を見せられているように感じてしまう。セバスティアン・レリオ監督の「ナチュラルウーマン」も「ロニートとエスティ」も確かに映画表現における新しい女性の描き方を模索していた思う。だけど現代において「自立して恋に奮闘して男に媚びない私」は正直古くさい。気になる監督だけに恐れずに新作を作っていって欲しい。次回作に期待。

    • 映画批評家、東京都立大助教

      須藤健太郎

      2013年製作の「グロリアの青春」のセルフリメイク。しかも、誰が見てもほとんど同じといいたくなるほどそっくりではあるが、まったく同じというわけでもなく、そのあたりのさじ加減に若干の戸惑いを覚える。ジュリアン・ムーアがやはりゴージャスすぎなので、主人公の人物像は全然別ものに見えるのだが。ちなみにアーノルドが朗読する詩(前作と同じ)が気になり調べてみると、クラウディオ・ベルトーニというチリの詩人の作。「僕は巣になりたい、もし君が鳥なら」と始まる。

  • 天才ヴァイオリニストと消えた旋律

    • 映画監督/脚本家

      いまおかしんじ

      主人公が再会した友人を思い切り殴りつけるシーンに驚いた。探す動機が怒りだったと、ここで知る。勝手に消えた友人を35年も探し続ける男。男と男の友情は、恋愛に似ている。少年の頃に出会った天才と仲良くなりつつ嫉妬もあるって感じがよく出ている。まさに恋愛。奇行に付き合わされ、文句を言いながら、それでも楽しくなってくるあの感じ。ヴァイオリンの演奏が、天才っていうだけあってすごいと思った。少年の彼、本物のヴァイオリニストだったのね。納得。

    • 文筆家/女優

      睡蓮みどり

      ヴァイオリンの音が身体の中に入り込んでくるような不思議な感覚に陥った。その音はただ美しいだけではなく、重くのしかかる苦しみも伴っている。コンサートの日に失踪した天才ヴァイオリニスト・ドルヴィルと彼を探すマーティンの物語は、謎解きのミステリーとしての面白さもある一方で、一筋縄ではいかない家族への愛情と友愛の物語なのだと受け取った。この、なんとも表現しがたい感情をどう映像で見せるか。緊張感溢れる挑戦的な作品だ。音と映像のバランスで魅了してくる。

    • 映画批評家、東京都立大助教

      須藤健太郎

      トレブリンカで死んだ者たちを忘れないように、みなで名前を口ずさみ続けて生まれたという“名前たちの歌”というアイデアがあまりに強烈であり、この映画も結局はそこに尽きる。ただ、これは他の映画を見ていてもたまに思うことだが、他にクライマックスの作り方はないものか。最後のコンサートの場面で、シナゴーグで初めて聴いた〈名前たちの歌〉から病棟やトレブリンカでの演奏までが映像で順に挿入される。これだと、「あー、はいはい」ってなるだけではないかな、と。

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