映画専門家レビュー一覧

  • 幕が下りたら会いましょう

    • 映画・音楽ジャーナリスト

      宇野維正

      主人公のどこに魅力を感じればいいのか最後までわからなかった。それは劇中での設定も同様。夢破れた劇団主宰者が、妹の死(その死因にも脱力)をきっかけに思い出作りのような最後の舞台に挑むのだが、無賃労働の劇団員が彼女についていく理由がさっぱりわからないし、デビュー作の裏側が明かされた後はなおさらだ。本来は表現をするような才能がない人間が表現の道を選んでしまった悲劇に、製作から押し付けられたJポップ曲の場違いな響きが重なって、一層物悲しい気持ちに。

    • 映画評論家

      北川れい子

      96年生まれで演技歴もあるという監督の長篇デビュー作で、聞けば普段は出版社で働いている由。才能とチャンスがあればいくらでも映画が撮れるんだと感心したが、正直、このデビュー作、ヒロインの周辺に週刊誌ネタふうの事件やエピソードをあれやこれや盛り込みすぎて、逆に散漫で?みどころがない。しかもこのヒロイン、逃げ腰の責任転化が目立つのもいただけない。脚本をもっとシンプルにして、妹をパワハラで死なせたりしなければ、ヒロインの劇作家になる夢も純化したのに。

    • 映画文筆系フリーライター

      千浦僚

      しゅはまはるみの老け役が良い。実際四十代なのだろうが、いまどきのひとプラス他人に見られる商売の常で三十代に見えるところを、つくって六十くらいの役をやることに、映画の面白さと役者根性と若けりゃいいという風潮へのアンチを感じた。松井玲奈と日高七海が同年配の他の女優らに埋没しない佇まいなのも良かった。筋立てもまあ分かるが、個々の状況と人物が投げ出されっぱなしで終わることと、流れる曲の合わなさには疑問。だからラーメンすする音で終わって良かった。

  • スパゲティコード・ラブ

    • 脚本家、映画監督

      井上淳一

      群像劇でしか今を描けないと思う気持ちは痛い程分かる。群像というドーナツの輪に囲まれた空洞にしか、今はないみたいな(?筒井康隆)。しかし本作には「ショート・カッツ」や「カム・アンド・ゴー」にある慎重さや大胆さが決定的に欠けている。96分でサバイバルな登場人物たちに訪れるオチ。上手くまとめられているが故にガラスケースの中の人形劇に見えてしまう。救いも絶望もそんな簡単じゃないはず。本作に限らずだが、良くも悪くもない映画をこの字数で書くのは本当に難しい。

    • 日本経済新聞編集委員

      古賀重樹

      話し方や髪形やガジェットは今風だけど、中身はえらく古臭い青春映画。細切れのこじゃれたCMをつないだような映像に、登場人物の心境吐露のモノローグが時折乗っかるという安易な作りに加えて、それぞれのセリフの自己啓発本のような薄っぺらさにめまいがする。いい俳優を使っていて、一人ひとりが懸命に生きているのはわかるけれど、その背後にある現代社会にはまるで迫れず、ありきたりの風俗描写と紋切り型の東京論しかない。劇中で揶揄されるJポップみたいな映画。

    • 映画評論家

      服部香穂里

      大都会で錯綜する、様々な片想いの行方。その対象は、近くて遠い恋人や、誰のものにもならないアイドル、漠たる不特定多数や、一向に叶わぬ夢だったりもする。あの女優が場をさらう冒頭から、登場人物の多さの割にテンポよく展開し、死にたがりの女の子を食い止めようと空回りする男子高生の微笑ましい奮闘などは目を引くも、どこか既視感を覚える情景が続く。求めても手に入らぬ世界で生きる切実さがもう少し伝われば、絵に描いたような奇跡が醸す幸福感も、もっと活きたのでは。

  • CHAIN チェイン(2021)

    • 脚本家、映画監督

      井上淳一

      攻めた企画だと思う。低予算でよく撮っているとも。しかし罠だと知りながら近藤勇の妾宅に行く伊東に象徴されるように、登場人物がみなニヒリスト過ぎないか。現代の閉塞感と分断を幕末に持ってきた意図は分かるが、その借り物競走が上手くいっているとは思えない。群像が似通って連鎖せず群像のままなのだ。だから「百年経ったらいい世の中になっているといい」が響かない。行動や思想にもう少しコントラストがあれば。「侍も天皇もおらんくてよかやないですか」は良かったけど。

    • 日本経済新聞編集委員

      古賀重樹

      北白川派がとうとう時代劇を作った。しかも京都の伝統的な時代劇の枠からはみだし、文字通り現在の京都と地続きの場所で、新撰組の抗争を撮る。現代の古都に潜む地霊と向き合うという意味では、この一派の「嵐電」に通じるかもしれない。この街で暮らした者なら一度は襲われるタイムスリップのような幻覚的な瞬間。それを福岡芳穂は喜々として撮っている。物語は新撰組の内部対立を維新自体がはらむ矛盾と重ねる壮大なもの。筋を追うのにせわしないのが残念だが、意気は買う。

    • 映画評論家

      服部香穂里

      未だ多くのひとの創作意欲を刺激し、生み出され続ける幕末ものとは一線を画す。英雄視されがちな人物も含め、誰ひとり否定も肯定もせず、阿片窟の気丈な女将らの、史実からはこぼれ落ちた声も丹念に拾い上げることで、既成の史観に一石を投じる。現在の京都の風景も不意に紛れ込み、かつての仲間や身内同士で血を流し合った“戦後”が続く今を自分も生きていると痛感させられる、リアルな息づかいも胸に響く異色の時代劇。引退を表明した高岡蒼佑もニヒルな色気を放ち、花道を飾る。

  • ダーク・アンド・ウィケッド

    • 映画評論家

      上島春彦

      エクソシズム(悪魔祓い)映画のヴァリエーション。明らかに監督が「エクソシスト」ファン。ただし本来ならば「祓う」役割の聖職者のあり方がポイント。要するに無力。で、そこが一番の面白さ。日本では?いつくしみ深き…の歌詞で知られる讃美歌312番を口ずさむ母親の存在に注目したい。彼女を含めて主人公一家は無神論者なのである。当然何らかの棄教体験があったはずだが、そこが描かれないのが残念至極。このキッチンの場面は映画「樹海村」をヒントにしているのではないかな。

    • 映画執筆家

      児玉美月

      親という存在の「死」は多くの人が経験するものでありながら、我々にとってそれは不可解で未知数で実のところ何もわかっていないのではないかという問いが始発駅になっている点で、おそらく直近の「レリックー遺物ー」と共通しているが、終着駅がまったく異なっているように思われる。とくに「ロスト・ハイウェイ」などのデイヴィッド・リンチ的な要素もありつつ、身体的な痛さや不安を煽る演出など、とにかく観客を恐怖に陥れるために全力を尽くすあたりはホラー映画の鑑と言える。

    • 映画監督

      宮崎大祐

      動物や植物など、人間の近くに存在しながらも粗雑に扱われてきたものたちの権利が主張される昨今、これはまさかの新ジャンル、酪農ホラーなのかという期待に胸躍らせたものの、残念ながらその真逆で、身近に存在するものたち(病人)を積極的に恐怖対象化=外部化していこうという昨今大ブームの介護疲れホラーでした。この流れ、非常に今っぽいっちゃあ今っぽいんだが、知性派のはずのシャマランあたりまでハマっていて、どうなのか。中年姉弟を主役にしていた点だけは新鮮。

  • ダ・ヴィンチは誰に微笑む

    • 映画評論家

      上島春彦

      この一件はTVドキュメンタリーで見て知っていたがさらに面目一新した面白さ。見たら誰もがあっけにとられる。ネタバレじゃないから書いてしまうと、何でもない数十万円程度の絵が510億円に化ける、そのカラクリを暴き出す。有名なオークション会社サザビーズとクリスティーズの社風の違いも分かって有意義かも。誠実な美術史家が最初下した鑑定には「ダ・ヴィンチ工房の作」とする見解も暗に含意されているのだが、そこが意図的に抹消され、こういうことになったと分かった。

    • 映画執筆家

      児玉美月

      レオナルド・ダ・ヴィンチが実際に描いたかどうかも判然とせぬまま、絵画「サルヴァトール・ムンディ」を巡って美術界の裏側が明かされていくドキュメンタリー映画だが、予め答えのない作品であることがわかっていてもなお、単調な構成と演出のためか、ミステリーの快楽よりも虚空を?むようなモヤモヤ感が強く残ってしまう。親指が二本描かれているなど芸術品が実証的に検証されていく要素には興味をそそられたが、一方で人間同士の醜い利害関係が絡む要素には辟易するばかりだった。

    • 映画監督

      宮崎大祐

      取材対象がみなひとくせもふたくせもあり、サスペンス映画といっても差し支えないほどしっかりと練られた構成の上でユーモアたっぷりの映画的演出が冴える。ヨーロッパが時代を重ね築き上げた排他的で自己中心的な「芸術」なるものを、歴史を持たない虚構の帝国アメリカが例の紙片で買い叩き、根こそぎフェイクなジョークとしてしまったのが現代美術史だとするならば、そのスポンサーが有史以来反ヨーロッパとして唾棄されてきた中東やロシアだったというのは当然の話である。

  • JOINT

    • 映画・音楽ジャーナリスト

      宇野維正

      アウトローではない自分がここで発する「リアリティ」という言葉にどれだけ意味があるかわからないが、シノギの詳細から登場人物たちの顔つきやエスニシティまで、現代のヤクザ&半グレ映画としての「リアリティ」に驚かされた。暴力描写や性的描写に頼らないストイックな構成、逆光を多用した硬質な画作りもジャンル映画としては画期的。人物背景を大胆に省略してスピーディーに展開していく手法は、まるでソダーバーグ作品のよう。監督、脚本、主演、すべて新人。これは事件だ。

    • 映画評論家

      北川れい子

      目のつけどころは面白い。ヤクザでも堅気でもない。一匹狼でもなく誰かとつるんで行動しているわけでもない。ヒーローにもアンチヒーローにもなれない中途半端なワルの半グレ。正直、あまり共感が持てない主人公の話だが、ぶっつけ本番的な粗っぽい演出と、彼が関わるどのキャラも演技を超えたリアリティーがあるのには感心する。名簿ビジネスなど、個人情報の売り買い。そんな仕事から抜け出すべく主人公は投資家に転身するのだが、後半はヤクザ映画もどきになり、ちと残念。

    • 映画文筆系フリーライター

      千浦僚

      心躍った。マイケル・マンやN・W・レフンの如き語り口と撮影だがそれは小手先でなく、仁義ある半グレの誰にも知られぬ英雄性を描くオリジナルとして本作は大きく立つ。カタギでノすため三河島の焼肉屋で済州島からの不法入国者のツレを切れば後に前科者だと自分がITベンチャーに切られ、弟分の仇は激情から私的に果たす。その因果を山本一賢演じる主人公石神がきれいに過ごして、裏と表、内と外が繋がる。主人公のコハダの握りの食い方が良い時点で優れた映画の予感はした。

  • ユダヤ人の私

    • 米文学・文化研究

      冨塚亮平

      ダンスや女性に熱中した若き日の記憶について語る場面を比較的長く取り上げることが、ファインゴルトの人となりを伝えるとともに、その後の痛ましい体験との落差を際立たせている。随所に挿入されるホロコースト関連のアーカイヴ映像は資料性の高さと裏腹に目先を変える役割しか果たしていないようにも見える一方、同様に挿入される反ユダヤ主義者たちからファインゴルトへの近年のものを含む誹謗中傷の数々は、反ユダヤ主義が終わってなどいないことを端的に示す意味で効果的。

    • 日本未公開映画上映・配給団体Gucchi's Free School主宰

      降矢聡

      ホロコースト生存者、マルコ・ファインゴルトの証言に、ときおりニュース映像と反ユダヤ主義的な誹謗中傷の手紙が引用される。ホロコーストにまつわる記憶と当時の映像、そして今もまだ続く反ユダヤ主義という三つの要素は極めてシンプルな構成にもかかわらず、過去と現在とその狭間の時間軸を作り出している。ただし本来いるはずのインタビュアーの存在は消え、あまりにも饒舌で明晰に語るファインゴルトの姿に、編集の巧みさが良い意味でも悪い意味でも気になってしまう。

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