映画専門家レビュー一覧

  • DAU. 退行

    • 映画評論家

      上島春彦

      科学(スターリン思想)で成立した国家という虚妄が一部崩壊した時代のソ連における科学研究施設の腐敗を描く。哲学と宗教を巡る真面目な議論に始まり、ネオナチそのものの若者集団によるハレンチ行為に収束する物語は醜悪極まりない。舞台は60年代だがセクハラなんて字幕が出てきたり既述の若者グループも現代人の感覚。資料によれば一人はその後、刑務所で殺されたようだ。恐るべき傑作。ただし私としては芸術映画の名の下に「消費される豚」が可哀そうでならなかったのも事実。

    • 映画執筆家

      児玉美月

      破格級の規模ながら近視眼的な作品に仕上げた前作「ナターシャ」と比較しても、本作は「映画」というより「実録」の様相が強く、徹底したリアリズムと6時間に及ぶ長尺によって観客に追体験をもたらす。フルジャノフスキー自身が述べるところの「ソヴィエトが残した“記憶喪失”なる病」への「治癒」のためにこの「実録」があるならば、娯楽性が希薄である以上はその「効用」に評価が懸けられるが、そこに袋小路があるだろう。作品の全貌が?めていないため本評価は暫定に留まる。

    • 映画監督

      宮崎大祐

      ソ連の「社会実験」を再現した6時間にもおよぶ本作は、同じような「実験」を繰り返してきたラース・フォン・トリアーの諸作とは異なり、いかなる観客も安全な位置から傍観することを許されず、被験者のひとりとして参加することを強いられる。そこで流れる緩慢な時間や無為な反復、そしてそれを根底から引き裂こうと唐突に吹き出す暴力は、この映画があぶり出そうとしている全体主義の実際を越え、人類全体に備わっているあの真っ暗でうつろな空洞までをも照らし出しているようだ。

  • 鳩の撃退法

    • 映画・音楽ジャーナリスト

      宇野維正

      物語の構造そのものに手を突っ込んだ作品というのはよほどの自信と技術がないとできないことで、原作はそれをクリアしているのかもしれないが、少なくとも本作は「映像化不可能と言われ続けてきた」とかいうレベルのはるか手前でつまづいている。冒頭のシーンからひたすら台詞が薄ら寒く、回想ショットで説明を重ねれば重ねるほどリズムはもたつく。小説家という職業が何か特別なものであるという前提、藤原竜也の独りよがりなハードボイルド風演技、すべてがしんどかった。

    • 映画評論家

      北川れい子

      ハンカチから鳩が、といえばマジシャンがよく使うトリックだが、この映画の鳩は富山と東京を慌ただしく飛び回り、その度にトラブルが。いや、そもそも鳩って、何のこと、誰のこと? 万札を本の栞に使う癖がある作家が巻き込まれたニセ札騒動。と見せ掛けた創作秘話。と思わせて進行する人騒がせなミステリー仕立てのコメディで、曰くありげな人物やエピソードが、ただの捨て駒だったりするのが心憎い。あっ、もしかしたらこの映画自体が、捨て駒だったり。で、笑うのは藤原竜也。

  • 岬のマヨイガ

    • 映画・音楽ジャーナリスト

      宇野維正

      いかにも「小学校の夏休み推薦図書」的な作品世界にあって、主人公ユイのキャラクターの可憐さと彼女を演じた芦田愛菜の魅力が際立っているが、結局は「美少女とアニミズム」というこれまで数限りなく繰り返されてきた国内アニメ映画の類型に収まってしまっているような。野暮を承知で言うなら、この「家族」を黙認する行政サイドの大らかさも気になって仕方がなかった。現実の震災をモチーフにしているなら、長篇作品ではそこまでちゃんと描き込む必要があるように思うのだが。

    • 映画評論家

      北川れい子

      東北地方に残る民話や伝説の生き物たちを、人間界の一大事の頼りになる助っ人として甦らせたファンタジーで、マヨイガのガとは家を指すらしい。明かりを求めて集まってくる蛾の意味も、あるような? それにしても青空に白い雲、緑の山野に青い海と、風景映像の美しさは出色で、一方、海の近くには大津波の痕跡もまだ残っていて。そんな中、拠り所のない少女二人が不思議老女と出会い、奇妙な冒険をするのだが、少女たちの設定の痛さが気になり、妖怪たちのいたずらも楽しめない。

    • 映画文筆系フリーライター

      千浦僚

      女性たちがユートピアで暮らす。そこはとてもよかった。全篇の画面も。しかし微妙に芯を外すような、誤魔化される感じもある。アナーキーな妖怪は好きだが本作の妖怪はどこか紐付きの、官製の匂いがする。常日頃無神論唯物論、一乗寺の決斗に臨む武蔵のように、神仏に恃まず、と生きているので、狛犬、地蔵に手を合わせていいことあるよ、が嫌だ。被災地から住民が去るのは悪い妖怪のせいで、それを良い妖怪や地蔵が助けてくれる。ノレない。作中の善男善女は何党に投票するのか。

  • スペース・プレイヤーズ

    • 映画評論家

      上島春彦

      名作「スペース・ジャム」の続篇。というより「サイバースペース・ジャム」という乗り。ワーナー・アニメのファンなら次々に登場するキャラに感涙間違いなし。ロードランナーとコヨーテはもっと日本でも流行らせたいところだ。ヴァーチャル現実の観客席にはテレビ版のバットマンとロビンとか「時計じかけのオレンジ」の悪ガキ連中とかどっさり投入されているので存分にご確認下さい。CGと同様に従来の平面アニメも大事にしているのが分かり、むしろそっちのファンに支持されそう。

    • 映画執筆家

      児玉美月

      良くも悪くも老若男女楽しめる家族映画としてウェルメイドだが、予定調和なストーリーにも無味乾燥なCGがふんだんな映像にも、取り立てて秀でるものを感じられない。ワーナー・ブラザース所有のキャラクターたちの出演も、そこが面白くなりそうな要素であるのにもかかわらず、表層的に並べただけで魅力的には見えず、よって映画というよりも同社のプロモーションビデオ化している。肝心のバスケシーンももうひと工夫欲しかった。この内容ならば2時間ではなく90分が限界だろう。

    • 映画監督

      宮崎大祐

      バスケットボールの神様マイケル・ジョーダンを主演にすえ話題を呼んだ映画「スペース・ジャム」を、ジョーダン以降最高のプレーヤーと言われるレブロン・ジェームズをむかえリブートした本作、この25年の間に人類の敵は宇宙人からユビキタス内に住むアルゴリズムへと姿を変え、カートゥーンやCGは実写との境界を認知するのが困難なほど高度になった。数秒ごとにさまざまな身体的反応を喚起され、まるで神経刺激の洪水に飲み込まれるような映像体験はまさに2021年の映画だ。

  • 沈黙のレジスタンス ユダヤ孤児を救った芸術家

    • 米文学・文化研究

      冨塚亮平

      恥ずかしながらまるで知らなかったマルセル・マルソーのパントマイム以外の活動について学べたという点では有意義な作品だったが、肝心のパントマイムと絡んだ場面がことごとく冴えない。ラストへの伏線という狙いはわかるものの、観客の笑い声を過剰に強調するTVのお笑い番組のように、マルセルの動きを見て笑う人々の顔を捉えたショットがたびたび挿入される演出からは、演者の身体も観客の眼も信じきることができなかった作り手側の用心や不安が透けて見えるように感じた。

    • 日本未公開映画上映・配給団体Gucchi's Free School主宰

      降矢聡

      神経質な顔つきと饒舌で早口という印象が強いジェシー・アイゼンバーグがパントマイムの神様とも評されるマルセル・マルソーを演じるというキャスティングに惹かれる。また、ユダヤ孤児と心を通わせるきっかけとなる火に息を吹きかけるというマイムが、あるときはナチの兵士を火だるまにするという変奏に顕著だが、レジスタンス運動に身を投じていた時期のマルセル・マルソーの映画化だけあって、抵抗運動あるいはナチスと芸術の絡み合いが律儀に時折ちらりと顔を覗かせる。

    • 文筆業

      八幡橙

      存在しない物を見せ、存在する物を消し去る。パントマイムの魔力を随所に生かし綴られる、ナチに立ち向かったマルセル・マルソーのレジスタンスの日々。自らホロコーストを生き延びた者の子孫だというヤクボウィッツ監督の、ただ感傷に流されず芸術としての映画の力に堂々依った姿勢に感服。「大脱走」的なスリルの連打と、悪役(シュヴァイクホファーがいい)含む人物の造形が映画に引き込む。子供の頃、マルソーのパントマイムに漂う哀愁が怖かったが、この背景に改めて感じ入った。

  • サマー・オブ・ソウル(あるいは、革命がテレビ放映されなかった時)

      • 映画評論家

        上島春彦

        リアルタイムで知っている69年夏の出来事と言えばアポロの月面着陸に尽きる。米国でもそうだが、ただしNYハーレム公園だけは違う。この音楽イヴェントの凄さは観客も出演者もほぼ黒人というところでフィフス・ディメンションやステイプル一家のライヴ映像はまことに貴重、もっと見たい。ハービー・マンのグループは例外的に白人中心だがソニー・シャーロックの無手勝流ギターをフィーチャーしてバランスを取ってある。ただし現在視点のコメントがかえって問題を鈍らせてしまった。

      • 映画監督

        宮崎大祐

        21世紀に入ってからというもの、わたしのような平凡な日本人には今まで想像すら出来なかったアメリカにおけるアフリカン・アメリカンの闘争や歴史に触れる機会が増えたように思えるが、本作はまさに1969年のニューヨークで起きたテレビには映らない音楽による革命の記録であり、その先進性を目の当たりにすると50年前のハーレムですでに人類の未来は明示されていたような気すらするのだ。鑑賞後わたしのアップル・ミュージックのリストが激増したのは言うまでもない。

      • 映画執筆家

        児玉美月

        これまで見過ごされてきてしまった文化が当事者たちの証言と共に描かれていく手法は、映画におけるトランスジェンダー表象を当事者たちの証言と辿った「トランスジェンダーとハリウッド」を想起させる。ブラック・ミュージックに詳しくない観客にとっても、画面から放たれる熱量と迫力に圧倒され、高い満足度を得られるのでは。とくに終盤あたり、一人ひとりの語りに無数の声が被せられる音響演出が、そこで語られていない人々にまで物語を敷衍させているようで、とりわけ秀逸。

    • 白頭山大噴火

      • 映画評論家

        上島春彦

        日本が絶対に韓国にたちうち出来ないのが、こういう「有事」映画である。白頭山は北の山だから地理上は結構南から遠いのだが、噴火の影響地震が頻発するのでチームが立ち上がる。北のエリート(高官スパイ)と南の雑草(爆弾処理班)、それぞれ思惑が違い、そのせいで道路から外れてバディ(ロード)ムーヴィみたいになる展開がいい。「PMC」ほどゲーム的じゃなく「南山の部長たち」ほど実録じゃない。だから先が読めそうで読めない。北がどう動いたか一切分からないのが可笑しいね。

      • 映画監督

        宮崎大祐

        北朝鮮の核弾頭を強奪し、それを阻止しようとするアメリカ軍をけちらし、最終的には中国との国境付近にある絶賛噴火中の火山地下にある炭鉱でその核弾頭を爆発させなければならないという、「アルマゲドン」の任務が朝飯前に思えるほど困難な任務をおおせつかった韓国の特殊部隊が北朝鮮の工作員と手を組んでピンチを切り抜けていく様子が説得力を持って迫ってくるのは、朝鮮半島の歴史・地政学的な背景はもちろんながら、韓国映画界のハリウッド・レベルの技術力があってこそ。

      • 映画執筆家

        児玉美月

        韓国を代表する名優たちによる共演と、豪勢な予算規模でのスペクタクルは及第点以上のカタルシスを与えてくれる。しかし冒頭の「安全すぎる」仕事からの導入と転調も含め、ハリウッド映画からの影響も色濃い正攻法な作劇により、既視感に苛まれ続ける。特に任務を命懸けで遂行する男主人公のエピソードと並行する形で出産間近の妻を配置する辺り、手垢が付きすぎでは。その意味で意欲を感じさせた直近の「新感染半島 ファイナル・ステージ」(20)等と比べると、どうしても見劣る。

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