映画専門家レビュー一覧

  • 戦火のランナー

      • 映画・音楽ジャーナリスト

        宇野維正

        人物を対象としたドキュメンタリー映画への評価は、その人物に対する敬意や畏怖の念と分けて考えたい。その前提に立つなら、本作から得られるのは、テレビのドキュメンタリー番組や再現ドラマを視聴するのと変わらない情報でしかなく、映画的な体験として評価すべきポイントはない。また、どこかで何度も見てきたような、一人のアスリートの過酷な人生を通してオリンピック大会の大義を正当化する、IOCのプロパガンダ作品的な側面にも鼻白まずにはいられない。

      • ライター

        石村加奈

        「走る原動力とは?」等、会見で難問に簡潔に応じるスポーツ選手の姿には畏敬の念を抱くばかりだが、ビル・ギャラガー監督はグオル・マリアル選手に安易に言葉を求めない。アニメーションを用いた回想シーン等様々な映像資料を巧く組み合わせて、いまなお走り続けるグオルの心の炎に静かに迫る。約7年かけた信頼関係に基づく、誠実な構成だ。ロンドンオリンピック当時、シカゴ・トリビューンを筆頭に、世界のマスコミが連携し、独立選手団という第三の選択肢を生んだドラマも感動的。

      • 映像ディレクター/映画監督

        佐々木誠

        開催の是非で揺れる今回の五輪。オリンピックの意義についてここまで考えたことはなかったが、本作は、その東京大会に向かって動き出すところで終わる。過酷な運命を命がけで“走って”生き抜いたグオル・マリアル。彼の視点を通してスーダンの内戦、南スーダンの誕生、という制圧と略奪の日々、そこからの希望が描かれ、オリンピックの存在意義も語られる。政治と密接に結びついているイメージがより濃くなったこの大会になぜ選手は夢を見るのか。その想いが深く刻まれている。

    • 映画大好きポンポさん

      • 映画評論家

        北川れい子

        「泣かせる映画で感動させるよりも、おバカ映画で感動させる方がカッコイイでしょ」とポンポさん。ナリフリはまんまアイドルキャラの映画プロデューサー。手掛けてきたのはB級映画がほとんど。映画を題材にしたアニメといえば「映像研には手を出すな」があるが、架空の映画の街を題材にした本作のキャラとストーリー、共感を誘うセリフと絵の美しさはもう抱きしめたいほどで、緩急のあるテンポも最高。そうそう劇中劇にも感心する。そして何ともカッコいい“90分”ネタのオチ!!

      • 編集者、ライター

        佐野亨

        ウェブマンガの人気ぶりは知っていたものの、ちゃんと読んだことはなく、したがってこの作品が原作をどう劇場映画に発展させたのかはわかりかねるが、「映画とはおよそこのようにつくられているのだろう」という妄想にもとづいた一種の職業ハウトゥものであり、「こうだったら面白いよね」という理想の投影としては楽しめる。ただ、ここでつくられゆく「映画」が実際には映画である必要がなく、それこそアニメ内アニメのような代物であることがしだいに頭をもたげてしまった。

      • 詩人、映画監督

        福間健二

        「ポンポさんが来ったぞー!」と自分で言って登場するポンポさんは、どう見ても子供だが、映画の都ニャリウッドの敏腕プロデューサー。製作アシスタントのジーンを監督に抜擢して自分の書いた脚本で撮らせる。主演は十年ぶりに復帰する大名優と映画未経験の新人女優。こういうの、アニメはやれる。ちょっと感心した。ここにある「映画」は決定的に古いが、映画作りの基本の一端を復習した気はする。平尾監督、ジーンと自分を重ねて考えただろうか。気づけるそのサインが欲しかった。

    • はるヲうるひと

      • 映画評論家

        北川れい子

        売春島の売春宿とは、かなりご大層な設定で、何やら時空の異なる世界の話のよう。そんな世界で生きる3人兄妹の愛憎が、澱んだ空気の中で進行していくのだが、どうも映画自体が独り相撲を取っているようで、いまいちピンとこない。格別土着性とか宿命的な要素があるわけでもないし。むろん、人間の業とか、出口なし的な状況を描いた寓話としてみることも可能だが、それにしては兄妹の関係も娼婦たちのエピソードも表面的でありきたり。山田孝之が受身演技ばかりなのももの足りない。

      • 編集者、ライター

        佐野亨

        「宮本から君へ」で垣間見えた佐藤二朗という役者の「いやな感じ」が全篇を支配する。と同時に、佐藤二朗の現在の立ち位置がなければ成立しなかったであろう映画。その意味で山田孝之ともども、正しい力の行使の仕方といえる。戯画化に陥る一歩手前の、あっけらかんとした人物造形の軽さは、脚本協力・城定秀夫の手腕が存分に活かされているところ。ただし、露骨な性描写やビザールな表現がもうひとつ血肉化されず、ウケねらいとしての過激さに映ってしまうのが惜しい。

      • 詩人、映画監督

        福間健二

        こういうヤバイ島が実際にあるのだろうが、これは架空の島の話。時代設定は「近過去」か。半世紀以上前ならいざ知らず、理解に苦しむ惨めさのオンパレード。山田孝之演じる得太の怯え方。その腹違いの兄の、佐藤監督自身が演じる哲雄の造型。真相が明かされても哲雄はたいした罰をくらわない。スッキリしないことだらけだが、全体に一種の執念がみなぎっているのも確か。仲里依紗、今藤洋子、坂井真紀たちの女優陣は、娼婦の役はどんな女優もサマになるという説を裏付ける以上の演技。

    • るろうに剣心 最終章 The Beginning

      • 映画評論家

        北川れい子

        話を総花的に広げすぎた上に、乱暴狼藉ふうの集団アクションばかりが目立っていた「The Final」より、人斬り剣心の孤独と闇に迫った今回のほうがずっと面白い。幕府側の者なら誰かれなく斬って斬って斬りまくり、血まみれの死体の山。何が彼をそうさせたか。剣は得意だが何者でもない自分を何かにしたいという野心と欲望? 倒幕派の桂小五郎らはその野心を暗殺者として利用する。妻となる巴絡みの伏線も効果的で、愛は剣より強し。剣心と巴が農作業をするくだりはまるでおままごと。

      • 編集者、ライター

        佐野亨

        「The Final」で明かされた過去を律義にたどっているというだけでなく、ことごとく型通りの愛憎劇でしかない「アリバイ」的な前日譚。絶えず鳴り響くジャーン調の劇伴にうんざりする。俳優のたたずまいも、業を背負っている人間にはとても見えず、なにやらもってまわった深刻さに終始して、ふくらみがない。あとはアクションシーン頼りということになるが、剣戟は中途半端に終わってしまい、後半はVFXと爆発の繰り返し。最後までこのシリーズとは相性がわるかった。

      • 詩人、映画監督

        福間健二

        佐藤健演じる剣心、なぜそんな殺人機械なのか。「The Beginning」ならそこからやってほしい。勤皇側が勝利して「いい時代」が来る。その助けになれば、と斬りまくるのはしかたないとしても、その超人性と人間性との連絡は不十分なまま。有村架純演じる巴との?末は、「The Final」で大体わかったことが引きのばされている。わかっていても驚かされるというほどのことにはならない。大友監督たちは、歴史、すなわち明治維新への批評的挑戦を試みる意欲を欠く。剣心以外の人物に魅力がない。

    • 幸せの答え合わせ

      • 映画評論家

        小野寺系

        夫婦関係の危機を、深刻かつ知的に描いた内容に驚かされる一作。作家であり脚本家としてのキャリアも豊富なウィリアム・ニコルソンの小説を、自身が監督として映画化しているからこその、人間の喪失感に真摯に向き合って安易な展開に転ばない文学的アプローチには、凡百の映画には真似のできない深みと力強いテーマが存在する。さらに、アネット・ベニングの修羅場における燃えるような演技によって、映画ならではの魅力も横溢。現時点で過小評価されている作品の一つだと思わせる。

      • 映画評論家

        きさらぎ尚

        当事者夫婦と息子の三人の、人物描写と話の運びが巧みだ。関係が完全に破綻した者同士が同じ家で暮らす残酷さを鋭く描写する。それも互いの欠点をぼかすことなく、である。結果、屋内の場面は室内劇に似た逃げ場のない緊張感があり、屋外場面は感情を解放してくれるという、くっきりした対照性をもったドラマに。両親の間で板挟みになる息子の客観的な立ち位置がドラマに普遍性をもたらし、かつ主題を支える。誰でも自分に引き寄せることができる物語だけに、邦題にもうひと工夫ほしい。

      • 映画監督、脚本家

        城定秀夫

        こわれゆく夫婦と、板挟みになって途方に暮れる息子の物語はなかなか身につまされるものがあり、婚姻関係につきまとうエグ味と愛情の残酷さを生のまま捉えることには成功しているのだが、各アングルからマスターを撮って編集時に繋ぎを考えているように見えるショットとしての意図が脆弱なカッティングが映画の強度を下げてしまっており、着地点を見失い、それっぽいイメージ画とそれっぽい言葉を散らして雰囲気に逃げたかのようなポエミーなラストも個人的にはあきたりなく思った。

    • カムバック・トゥ・ハリウッド!!

      • 非建築家、美術家、映画評論、ドラァグクイーン、アーティスト

        ヴィヴィアン佐藤

        コロナでハリウッドが苦境に立たされ、新作の制作や公開が難しい状況だ。だからこそ原点に立ち返り、様々な過去の苦境をポジティヴに捉えなおそうという姿勢。終始笑えるコメディだが、練られた脚本・演技・演出は唸らされる。名役者をここまで揃え、馬鹿馬鹿しいほどの内容をここまで真剣に自虐的に昇華させた作品は素晴らしい。過去において幾たびも困難な状況はあったが、ハリウッドに存在する「奇跡」の「軌跡」に倣えば、コロナもまた轍のひとつとして風化していくだろう。

      • フリーライター

        藤木TDC

        三大スター競演のハリウッド版「蒲田行進曲」みたいな話で、中高年が古ぼけた映画館で饅頭でも頬ばりつつ見るに絶好な肩のこらない純娯楽作だ。B級映画制作にまつわる定型的ドタバタだし監督が善良志向で芸術性やおたくノリ、下ネタなどは限りなくゼロ。老優たちの軽妙演技を楽しめ、ご都合主義のユルい演出でも長年の映画愛好者は満足できるのでは。エンドロール途中に流れる「グラインドハウス」ばりの予告篇は冒頭に置くほうが私は良かったと思うが、それも監督の趣味だろう。

      • 映画評論家

        真魚八重子

        前半50分の金銭トラブルから新作をでっちあげていく場面の、演出のかったるさや熱意のなさ。撮影もカメラを不安定にしていれば現代的になると思っていそうだ。しかし西部劇の撮影シーンが始まってからは、急に奇妙な熱を帯び始める。時代考証や現実味、詳細の正誤などは後回しにされているが、映画を撮る喜びに溢れていて別人のようになる。ラストの映画愛や祝祭感も単純で露骨すぎとは思いつつ微笑ましい。後半で策略が失敗していく、デ・ニーロの表情の変化が見事。

    • トゥルーノース(2020)

      • 非建築家、美術家、映画評論、ドラァグクイーン、アーティスト

        ヴィヴィアン佐藤

        北朝鮮に存在する政治犯強制収容所の実態。ナチス・ホロコーストを想起させる身の毛がよだつ光景。しかし、この完璧に感情移入させる作品の高度な手法にこそ驚愕させられる。全篇アメリカ英語、3Dアニメ、見慣れた色彩設計、ディズニーやピクサーを思わせる人物たちの動作や表情、そしてTEDでのプレゼン。これでもかというほど北朝鮮という国の狂気や正義の不在が描かれていく。思わず感情が激しく動かされている自分を傍観しつつ、我々の社会は少しはマシなのだろうか。

      • フリーライター

        藤木TDC

        コロナ禍の今、厳しい日々をおくる人々にわざわざ見ろとは勧めにくい暗澹たるアニメ。姜哲煥・安赫『北朝鮮脱出』や安明哲『北朝鮮絶望収容所』などの書籍の翻案風なので既読者には目新しさはない。ただし英語劇やCGアニメという手法ゆえ情報に接してこなかった人々への啓発効果が期待され、上映の意義は感じる。描かれる世界が完全に事実にもとづく可能性も多いにあるが、あまりに前時代的、非人道的すぎプロパガンダやエクスプロイテーション映画にも見えてしまうのが弱点だ。

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